第124話

「クレトが保険になるというのは、今回の代役のことですか?」


 私は、クレトのことを隊長が八年前かに救ったのは万が一隊長の息子が人柱になったときに、代わってもらうためだったのか確認した。身代わりができるのか知りたかったから。


「そうだよ。ああ、一般には知られていないのか。神話での九つの世界の名前をつけて九年で一括りにし、その第一番目の年に生まれた闇属性を持つ男子の中から候補者は決められる。預言によってね。だが、第一番目の年に生まれた闇属性の男子であれば、代役は可能だ。女性は九番目の年に生まれた光魔法の強い者の中から選ばれる。女性は王族でなくても光魔法が強ければ構わない。シャインは下位貴族だがアースの意思を継ぐ者だからね、十分に当てはまるんだよ」

「九番目の年ですか? 二番目でなくて?」 

「年は逆に回るんだよ。クレトが第一の水、シャインは次の年に生まれているから第九番目の炎の年に該当する」


 隊長の説明にクレトが追加してくれる。


「神話に法ってもいるんだ。最初にギンヌンガガプというくうがあった。北には霧の国ニヴルヘイムと、南の炎の国ムスペルヘイムがあり、その霧と炎が合わさり巨人ユミルが生まれた。ユミルからこの世界は作られていて、九つの世界がある。それを引用し霧を意味する水の年が第一番目、炎が最後の九番目の年とされた」


 神話だけど、九星気学とも通じる話だなと思う。確か一白水星と九紫火星という名前があったし、年も逆に回っていた。一白水星と九紫火星であれば、仲のいい相星を含めたら全ての星を含みカバーするという考えがあったはずだ。


「霧と炎の二つからこの世界が出来ているのもあるがね、私はアースの意思を継ぐ者こそ、生き残った人間リーヴたちと同じではないかと思っているのだよ。リーヴだからということもあるが、この世には五大元素があるとされるだろう? なのに使える魔法は火・風・土・水。もう一つは植物の木であり、このアースの何らかの力、例えばバイタルエネルギーのようなものではないかと推測しているんだ」


 バイタルエネルギーとは生気エネルギーのこと、かな。この世界でもリーヴは葉の意味がある。

 隊長の話を聞いて思い出すのは、魔法書のことだ。

 魔法書に『寄生と言う形で、従来の土と言った四元素から生まれないものだから、契約出来なかったのではないか。四元素以外も存在していることを示すのが、このヤドリギではなかろうか。ヤドリギは五大元素があり得ることを示す存在だろう』とあったことを思い出していた。

 確かにヤドリギは植物でもある。世界樹も。


「シャインがアースの意思を継ぎ、五大元素の木の資質が強いと仮定したとしても、なぜシャインが犠牲にならなければならないっ」

「クレト君、もし私の息子が入るとしてもシャインを選ぶように助言してあるんだ。だからどちらにしろ、シャインが選ばれるのは決まっている。おまけに私の仮定が間違っているかもしれないが、それは試してみないと分からないとは思わないかい?」


 あちゃぁ。

 やっぱり巻き込まれたのはクレトだった。

 私はすでに人柱に選ばれていたらしい。


「フェルマー隊長、アースの意思を継ぐ者が人柱となったことはあるのですか?」

「シャインのように立派なツートンカラーではなかったようだが、千年人柱を務めた時の女性が若干ではあっても色味からアースの意思を継ぐ者だったようだと書かれた文献がある。それもこの国だけでなく、千年は他国にまで恩恵があった」

「だから、私を息子さんに推薦したのですね」

「それもあるのだが――。……この眼は見たくないものを視ることがある」


 眉間に皺を寄せても格好いいなと、また要らぬことを思ってしまう。

 その間にクレトに先を越された。


「何が視えるのですか?」

「魔眼の故なのかは分からない。たまに人の背後に映る人物が見える。シャインに視えるのはたぶんだが、光の神バルドルだ」

「ほへ? いやいやいや、いくら何でも、私に光の神は憑いてませんって」


 焦って言葉遣いも、いるの意味もだいぶ違うことを口走る。

 怖いの嫌い! 悪霊退散! ナムナム!

 だが、幽霊の類ではなくて、守護神とかそんなことかなと思いなおす。前世ではなくこの世界にも守護神の観念があったのだろうかと疑問が浮かぶ。


「シャインの召喚獣を見た時には驚いた。ニーズヘッグだったのだから。霧の国ニヴルヘイムにあると言われる根の国に住むニーズヘッグを従えているとはな。だが、ニーズヘッグはラグナロクを生き延び死者を背中に乗せて運んだとされている。なら、死者というのは復活したバルドルを指し、背に乗せていたのかもしれないと考えても不思議はないだろう」


 ぎょっとした。

 ニーズヘッグだと知られていたらしい。それなのに、そのままにしてくれたことは感謝だなと思う。ニーズを召喚できなかったら、悲しいもの。

 一方、バルドルのことは人ごとのように聞いていた。


「バルドルを見たから、彼の兄弟であるヘイムダルが付いている自分と重ねて家族と感じたのか。なのに、奴隷制度には反対するシャインを疎ましく思ったというわけか」

「自分の背後は鏡を使っても視えない。だが、そうだな。ヘイムダルの再来と言われていたことがヘイムダルの異母兄弟であるバルドルの見守るシャインを、家族のように思ったのかもしれない。バルドルは死んでも復活した。そこに望みを掛けたい」


 落ちたトーンの声音に含まれるのは、悲しみだろうか。哀れみだろうか。

 だが、クレトはそんな話を一刀両断する。


「視える話をされても、信じるには値しない。それにラグナロクがシャインのせいで早まったという話は矛盾する。バルドルが死んだことでラグナロクは早まった。バルドル憑きのシャインが死んだわけでなく、助かったのになぜ早まる? 信じられるか!」


 あ、あれ? 今憑依してるぽいこと言わなかった??

 そのせいで、おかしいはずのことをスルーしてしまう。


「ああ、それでいい。だが、シャインが入るのは決定している」

「そんなこと俺がさせない!」


 睨み合う二人。

 そんな前かがみになったら刃にあたって、クレト血が出るよ、危ないよと思う。


 クレトを危ない目に合わせたくない……。 


 決めた! 女は度胸だ!

 私は落ち着いたトーンで二人を諭すように話す。


「では、私一人だけ入るのはどうでしょう?」

「何を言っている?」

「何を言っているんだ!」


 ほぼ同時に二人は私に向って応えた。それが何だがおかしい。


「あはは。こうして見ると二人は親子のようですね」

「笑っている場合じゃないだろう? それに何故一人で入ろうとする?」

「そうだ。霧と炎が合わさってこそ、ユミルは、この世界は生まれたんだ」


 思わず笑ってしまった私にもっともなことを言う二人は、クレトの横にいるボニファテスと共に呆れた表情だ。

 

「あぁ、言葉足らずでしたね。どうせ私が入るのは決定事項ですよね。先に入ってどうなるか実験してみるのもいいかなと思ったのです。もし、ラグナロクという神々の最終戦争が私のために早まるとしても、この世界は神も巨人もいない。不眠不休で不食でいいなんて何がどうなっているのか、この眼で確かめたいという思いもありますし。中で魔力は使えるのでしょうか?」

「使える」


 隊長が即答してくれた。魔力が使えるなら、暗くても火を付ければいいかな。木の中だと危ないかな。


「シャインは怖くないのか? 王族でもないから、受けるべき恩恵も受けていないのに悔しいとは思わないのか?」

「怖いわよ? ただ、王族だろうがなかろうが、この世界に住む一人としてどちらにしろこの世界からの恩恵はすでに受けていると思うけど。空気を吸えて息をして暮らしている。おまけに私はとっても愛されたもの。愛する人たちが無事に暮らせることを望むし、私が入ることは決定してるみたいだし、ね」


 すごく怖い。

 人柱なんて、言葉だけで、もうちびりそうなくらいだ。

 だが、ちびれない。後等部生にもなってちびったら恥ずかしいではないか。もしも、入ったままになって後世にまで「千年続いたちびりのシャイン」なんて間違って伝わったら嫌だ。だから、丹田に力を入れて怖くな~い、と自分に呪文をかける。


 人柱になりなさいと預言されていたら、天を恨んだかもしれない。しかし、回避できたならすでに王族が回避しただろう。それができないのだ。

 おまけに、だからこそ結界の力の源になっているというのを聞くと今まで王族は頑張ったんだなと思う。何もせずにのほほんと代表というだけで悠々自適な生活を送っていたわけではなかったのだと、初めて知ったから、今度は私が頑張ると思うのだろうか。


 違うと思う。

 私はそんなにいい子じゃない。じゃあ何故かと言われるとよくは分からないのだけど、あの大木の中に入ってみたい。

 惹かれるのだ。

 いや、そんな好奇心で命を懸けるなと自分でも思うのだけど、この状況変わらないしなぁ。クレトが助かったらいいなと時間稼ぎも含めて言ってみたんだが。


「もしやシャインに麻薬でも投与して、ちゃんと思考できなくしているのか?」

「してない。シャインがおかしいのはいつものことじゃないか」


 は? 

 今、隊長の口から変な言葉が聞こえた気がしたし、頷いたクレトが何となく小憎たらしく見える。唇を尖らせて上目遣いに睨んでみるが、ごほんっとわざとらしい咳をされただけだった。


「今日中に人柱というのは入らないといけないのですか?」

「いや、今年中にと預言があったそうだ」


 猶予期間はあるようだ。


「では、いいじゃないですか。私が入ります。その代り、クレトは見逃して下さい。解決策がないか中で考えますし、私は棺には今のところ入る予定ではないので、解決してないときだけ、今年ぎりぎりに誰か送ってください。それならいいでしょう?」


 三人は顔を見合わせて言う。


「シャインに解決できるとは思えないのだが」


 うわぁ、そう来ますか?

 なんと核心をついたお答えでしょう。


「私だって、できるとは思ってませんよ。でも、足掻いてみたいのです」

「外で、足掻け」


 クレトの突っ込みはいつも一理ある。


「クレト君をそんなに助けたいのか。だが、誰かに話されるわけにはいかないからな。拘束したままになる。女騎士はすでに意識が戻っているかもしれないから、他の者に預けることになるし、困るのだがね」


 それを聞いてクレトは拳をぎゅっと握っている。まぁ、女の子に庇われたら少し嫌かもしれないけれどね、命掛かっているからね。我慢してね、と思って次のクレトの言葉に目がまん丸になった。


「分かった。俺もシャインと一緒に入る」

「はぁ??? ダメでしょ!?」

「どの口が言う」

「こんな夜更けにこんなところでコントはやめてほしいんだが、入る気になってくれたのは嬉しいよ」


 隊長の言葉に一瞬黙るが、小一時間は膝をつき合わせてクレトに問い詰めたい。全く、命は大事にしてほしいものだ。

 その後、十分程説得しようとして、自分が説得されかかりそうになり、断念することになった。隊長の助言もあったが、頭脳明晰なクレト相手に説得なんて土台無理な話だった。


「クレト、つき合わせてしまって本当にごめんね」

「俺のセリフだ」


 結局はお互い謝ってばかりで、苦笑し合う。


「家族や友人に手紙でも書きたかったなぁ」


 ポツリと零す言葉に隊長が袋をくれた。書いた内容は確認すると言って。

 あ、私の収納カバンだ。お菓子入りの。

 便箋セットを頭に思う。出てきた便箋に思わず笑顔になる。猫ちゃん柄とうさぎさん柄。猫は九つの命を持っているとどこかで聞いた。この世界にふさわしい動物かも。

 うさぎは満月にふさわしいなと夜空を見上げて思う。この世界では言わないけれど、前世ではお餅をつく兎が満月の象徴のようにそう見えていたから。 


 冬霧のかかった朧月が、霧の国の龍たちを表しているようだと前世の漢字も思い出す。

 私は素早く家族にあてて、少し留守にすると、私は元気だと心配しないでと手紙を綴る。最後に愛してると心を込めて付け加えた。リタ達にも書きたいが何と書いていいか分からなくて、家族だけにした。

 速攻で国から手当てなるものが支給されたら分かってしまうけど、私が家族を愛していたことに心が行ったらいいなと思う。


 日本とはもちろん違ってもこの国も山紫水明な地だと思うが、例え砂漠しかなくても、自分が生かせてもらった世界なら、私にとっての最高の星。

 まぁ、死に行くとはあまり思ってないのだけど。何もなかったとしても抜け穴とかないか探すつもりだし。逃げ出す気満々だな、私。

 

――その時、私はまだ人柱とか、よく分かってなかったのだ。

 世界樹ユグドラシルへ繋がる大木の中へと入ってみて、ようやく実感することになるのだから……。

  

 そして、私たちが中へ入った後、長いこと隊長がその場に泣き崩れていたことはもちろん、知らない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る