第125話
とうとう大木へと続く岩戸の中へ入った。
「大木なのに、岩戸?」と呟く私に、洞穴を抜けたところから大木へと続く道があると言われる。
暗い洞窟は嫌だなと思った私に、魔導具のカンテラが渡された。灯りの眩しさが調節できる優れものだ。お礼を言って受け取り、クレトへ渡し岩戸をくぐった。私は後ろ側がいいから。アフターユー。あなたの後ろから付いて行きまする。
岩戸は閉められてしまった。四人でようやく開けた。これを開けるだけでも大変そうだと思うが、閉めるのは隊長たち二人で閉めていたから、何とかなるんじゃなかろかと思うことにする。
暗いところは嫌だ。さっきまではクレトの首に切先を突き付けられているという緊張の故か、怖さは感じなかったのに、二人っきりになると風もないのに少し寒い気がする。
急ぎ洞窟を抜ける。右、左と繰り返せばいいと聞いた。こんなところで迷子になるのは嫌だが、最短距離で行けるだけで、どちらにしろ大木へは着けると言う。
すでに時間の感覚がなかったから、どれ程歩いたかも分からないが、角を曲がった途端、開けた場所に出た。
クレトが繋いでいた手を少し強めに握ってカンテラであっちと指し示す。
私はクレトに手を繋がれたままトコトコと付いていく。
目の前に現れたのは、大木たちがぐるっと円になり、一つの大きな建物のようになっているものだった。
玄関の如く張り出した部分があったので、そこに近づくと自動で扉が開いた。
「うわっ! びっくりしたぁ」
「大丈夫か? ごめん」
「何でクレトがまた謝るかなぁ。私が決定しなければ、クレトは入らなかったかもしれないのに」
「どうだろ。岩戸の中に入れられたら二人じゃたぶん開かないようにするだろう。そうなるとお腹が空けば、大木の中へ入ることになっただろうしね」
まぁ、あの場には隊長たちしかいなかったけれど、応援を呼ぶことも出来ただろうし、どちらにしろ私たちは閉じ込められていたのか。つっかえ棒などで一時でも扉を開けれないようにも出来ただろうし。
一度ため息を吐き、気を取り直して、大木の扉の中に入ることにする。
私たちが一歩中に入ると、ぱぱぱっと次々と灯される照明。
「中は結構広い造りで、中央部分に色々あるらしい」
クレトが話す間に扉が閉まる。開かないかとその前を行ったり来たりするけれど、開かないようだ。後で調べよう。ここは大木の中だ。いざとなったら、収納カバンに入っていたらいいなと期待している剣や魔法で脱出を試みるつもりだ。木には申し訳ないけれど。
カンテラはクレトが空間に仕舞った。便利でいいなぁ。
私は繋いだままの手を大きく振って言う。
「クレトと一緒ならどこでも怖くないね。一緒に来てくれてありがとうー」
「……元気だな。から元気でも、その方がいいか」
「うんうん。大好きなクレトと一緒に探検できて嬉しいよ」
「…………」
返事がない。ルカなら「おう」とか「もっと感謝してもいいし、褒め称えてもいいぞ」と返ってくるのにな。探検できるなんて、今の状況を考えればおかしかったのだろうか。
だが、そっと見るクレトの耳が赤い気がして、居たたまれない気分になった。最近、クレトといると、そんな気分になることがあって、慣れない。
同じ幼馴染でも、お腹の中からの付き合いのあるルカとは違うのだろうか。
そんなことを思い足を動かしていたら、扉の前に到着した。
最初の扉は周りの木と同じような材質で出来ていたが、ここの扉は木材ではないようだ。自動扉なのは同じだったが、家の自動扉と同じように内側からも難なく開いた。
その空間に入り、見渡す。
何だか、最先端技術のお部屋というイメージだ。机が配置されているだけなのだけど、そう思った。何の材質か分からない真っ白の机たちだからだろうか。
「先にこの奥にあるという洞にいって見よう」
クレトに続くと先ほどの部屋を抜けた通路の壁の一部が本棚になっていた。本もあった。ノートも。埃っぽくもないし、適当に整理されている様は誰かが管理していたようにも見えた。
「ねぇ、誰か他の人も入れるのかな?」
「いや、入れないと思う。なぜ?」
「ん、本やノートもあるし、塵も積もってないから」
「空間浄化の魔法でもかかっているんだろうな。本やノートは先に入った者たちが書いたものだろう。すぐには洞の中に入らないと見える」
「そうなの。それにしては、ここがどうなっているのかとか情報が知られているよね? もしかして、タブレット使える?」
「ダンジョン内と同じらしい。タブレットは使えない。耳型の通信機なら使えると思うけどあれは無線の範囲だけだし、無理だと思う。ここの情報が知られているのは――」
そこまで言って話を止めたクレトの視線の先を追って、小さく「ひぅっ」と息を飲む。
目の前にあったのは、本当に棺にしか見えない二つの洞。そこには成人男女二人が立ったままの姿で、居た。
女性の方は目を瞑ったまま、表情はただ寝ているようにも見えるが顔色は死人の色をまとっている。
男性の方は――苦悶の表情に白目を剥いていた。顔色は青白く息絶えているかのようだ。
「シャイン、見るなっ」
そう言って彼らから私を自分の体で遮るが、すでに目に映した後だ。
震えてしまう声で問うた。
「死んでいるの?」
「いや。胸が微かに上下しているから生きているのだろう」
「じゃぁ、助ける?」
「……もう無理だと思う。生き返っても彼らは二百五十年前の生まれだ。外界に出て生きて行けるかも分からない」
苦渋の色がにじむ声音で答えたクレトは私の肩を抱いて、来た方向へ誘導し、私が振り返っても彼らの姿が見えないように後方で歩く。
何とか足を運びその場を離れた。
ここがダンジョン内と似た空間なら、闇魔法の力が働くことで、細胞が維持できているのかもしれないが、確かに外に出てどうなるかまでは分からないのだろうと思う。
そんな冷静な判断をしているのは、自分の未来をあの姿に重ねるのが怖いから。
「大丈夫か? 指先の熱がない」
心配そうな表情のクレトの顔を一度見上げ、何を言っているのか咀嚼してから自分の手に視線を落とす。
冷たくなった指先をクレトが自分の手で包んで温めようとしてくれていた。
大丈夫と言いたいのに、震えてしまい上手く声が出ない。唇を開けただけで終わる。
一時の感情に流されて、また私は間違った判断をしてしまったらしい。クレトを巻き込んで死へと向かってしまった。
人柱というと、生き埋めのイメージで怖さ極大だけど、大木の中で過ごしたり、木の洞に入るということが人柱のイメージと結びついていなかったのだ。しかし、あの二人の生ける屍然とした姿を見て、自分の考えが単に甘かったことを知った。
怖い、怖い、怖い……
ふわっと暖かいものに包まれた。
気づいたらクレトが優しく抱擁し、子供をあやすかのように背中をトントンと叩いてくれていた。
私はクレトに自分の重さを預けた。
どれ程そうしてもらっていただろうか。
ふと、男性の方が苦しそうだったことに思いが行く。女性は眠っているだけのようなのに、男性はなぜあんな表情だったのだろうと考えて、クレトの方が怖いのではないかと思い至る。
顔を上げて、尋ねる。
「クレトは怖くない?」
「覚悟して来たし、シャインがいるのならそこが俺のいたい場所だから」
「クレトは覚悟できてるんだね。私は結局のところ何も考えてなかった……。巻き込んでご――」
「謝るのは俺の方だから。六歳の俺を助けた時点で身代わりをフェルマー隊長が考えていたのなら、狙われていたのは俺だ。シャインはいいように説得材料に使われただけで、アースの意思を受け継ぐ者の話が本当かも疑わしいと俺は思う。俺の弱点を分かってシャインを使っただけだ」
謝る言葉を遮り、クレトが優しい言葉をくれる。
うん、もうきっと大丈夫。
「そうだった。私抜け道を探して逃げようと思っていたのに、それすらしないで、怖がっているだけなんて、だめだね。クレトがいるからもう大丈夫。頑張って帰れる方法見つけよう? あと、先ほど言いかけてやめたのは何?」
「先ほど? ……あぁ、ここの情報が知られている理由か。召喚獣から一部聞いているらしい」
「召喚獣からと言うと、念話で? そっか、念話できるのは私たちだけじゃないのね」
「王族の召喚獣は念話できる相手が多いと聞く。ただ、フェンリルとかだと全部が念話してくれるわけでもないらしいが。そうだ。たぶんフェンやニーズと念話できるはずだ」
「本当!? 嬉しい! 会いたかったのだけど召喚を許してくれないと思ってあきらめていたの!」
ニーズのことをニーズヘッグと知られていたから、警戒されると思ったのだ。
早速お互い話しかける。
『ニーズ、ニーズ! 聞こえる?』
『ちゃんと聞こえるよ。世界樹の中に入ったんだね』
『シャインも一緒なんだな』
ん? 誰の声? 私は首を傾げた。
「四者通話が可能なようだな」
「そうなの!? じゃぁ、私の名前を言ったのはフェン?」
『あぁ、久しぶり』
一気にテンションが上がる。
「嬉しい! フェンも元気?」
『さすがシャイン、のん気だな。さっきまでピイピイ泣いてたのにな』
「なななんで知ってる、って、泣いてないし! ……フェンって見た目と同じで冷たすぎる!』
私は銀雪色の毛並みを思い出しながら言う。触ると暖かいのだけど、見た目は涼しげな色見。ふわふわ、もふもふで大好きだ。
『フェンもシャインに声をかけてもらえて嬉しいんだよ。気にしないで』
「ふふ。私のニーズはやっぱり優しい。そっか、フェンはツンデレかぁ。ニマニマ」
『クレト、何か聞きたいのだろう』
「無視ですか」
「……あぁ、まだ頭の整理も出来てないが、あの人柱……木の洞に入っている男女はどうなるか分かるか?」
私をスルーしたフェンに、クレトは冷静に男女のことを尋ねる。
『もうすぐ光となり、消える』
「魔物が消えるようにか」
『まぁ、そうだな』
遺体になったらどうしたらいいのかとちらっと思っていたが、どうやら消えるらしい。
私は努めて明るい声を出す。
「ニーズもそうだけど、言葉がスムーズに伝わるってことは、こことそちらの世界は近いの?」
『トネリコの木の近くで話をしていたのを聞いても聞こえるけれど、今はその中。それも元の世界樹に繋がる木の中にいるから、意思疎通も障害がない分、易しいのだろうね。繋がっているし。と言っても次元自体違う。そちらには行けないことはないけど行きにくいんだよね。ダンジョンに入るよりもっと大変なんだ』
残念。会えたらもっと嬉しいのになと思ったのだが、ニーズの声を聴けるだけでも幸せだ。
「召喚獣がダンジョンに入りたがらない理由と同じか?」
『飛猫たちは合わないというのもあるが、地底の者でも下手したら吸収されてしまうからな』
「地底? 一緒の次元から来ているのではないの?」
『王族の召喚獣は天界に所属していることが多いよ。僕はちょっと違うけど、ニヴルヘイムやヘルヘイムに住むものもいるよ』
僕と聞こえるのは私の頭の中の変換なのか、雄だからなのかは分からないけれど、確か神話の中のニーズヘッグはニヴルヘイムに世界樹の根の一つが伸びているその下にある泉に住んでいたはず。ヘルヘイムは川で隔てられたロキの娘ヘルが治める地域。
ヘル……。
フェルマー隊長の助言の中で、反発したかったけれど心ができなかったことを思い出していた。
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