第126話

 クレトの背後にいるのはヘルだと隊長は言ったのだ。

 それも、そのヘルは私の背後にいるバルドルを愛おしそうに眺めているのだと、付け加えて。

 闇魔法を遣うからと言って、地底の神に重ねるのはどうかと思う。思う、のだが何となく納得している自分がいた。


「ニーズ、ヘルヘイムはヘルが治める地よね? 彼女はそちらにいるのでしょう?」

『うん』

「やっぱり。じゃぁ、ヘルがクレトの背後に視えるという隊長の言葉は、ホラだったのね」


『いや、合ってる。そのフェルマーだってヘイムダルの分霊を持ってるがな』

「はぁぁああああ??? いやいやいや、ヘルヘイムを治めているなら忙しすぎるじゃないの。無理でしょう。それにそれだと本当に私にバルドルが憑いてるぽくて嫌なんだけど」

「好き嫌いかよ」


 くっ。

 クレトはなぜ冷静でいられるのだろう。隊長なんて使えるスキルもヘイムダルと似ていて、再来と言われたことを喜んでいたかもしれないが、あなた憑きはヘルだよ? 分霊でも、ヘルよ?

 キッとクレトを睨んで言う。  


「クレト、あなた冥界の女王憑きって言われているのよ? 私なんて光の神バルドルだから守護神と考えればまだましかもしれないけれど、冥界の神なんて怖いよ」


 私は正論を述べたと思った。

 だがそこへフェンが爆弾を落とす。


『シャインの父親なんてロキだぞ。俺の親父』


 ……フェンの頭は沸いているのだろうか?


『沸いてない。シャインじゃないからな』


 あ、聞こえていたらしい。

 口を両手で覆う。遅いけど。そ、それよりすごいこと聞いた気がするよ。

 

『以前言ったよね。人は気持ちが引きずられるって。分霊だからそこまで影響力はなくても、元が引きずられ易いし、シャインの父親は少し特殊かな』

「ないよ! お父様はロキに似てない! 天邪鬼じゃないし、トリックスターでもない」


 ニーズの言葉に反発して叫んでしまう私にフェンが諭す。


『似るとは誰も言ってないだろ。落ち着け』

「お、落ち着けない。おかしくない? ロキの娘で私がバルドル?」

「それおかしいから。言いたいことは伝わるがバルドルは男だし、ロキの娘はヘル、な」

『そうだ。バルドルは光の神で、皆から愛されていた。あわてん坊のシャインとは似ても似つかない。背後に視えるからと神と人が同じではない。一部人が神の記憶を受け継ぐことはあったとしてもな』


 二人、いや一人と一匹か、似た者同士だ。突っ込むところはそこかいっ。

 私は口をパクパクさせるが、上手く言葉が出てこない。 


 あの父にロキが?

 そういえば、学園の入学式の日、クレトを見る父の表情に懐かしさが浮かんでいるのを感じたことがあった。あれは父というより、ロキが娘のヘルを見ていたのを父を通して感じたものだったの?

 で、……ロキがフェンの親父だとしたら、オーディン殺しのフェンリルがフェンということではないか!  あ、記憶があるだけなのか、な?


『シャイン、人の常識で考えても答えは出ない。ただ、ロキが最初に願ったものがあってこの世界は始まったから、特殊と言ってしまった』

「ニーズ、この世界ってことは似た世界もあって、この世界はある願いを果たそうとしているとでも言いたいの?」


 私の問いにはきちんと答えずにニーズは念話する。


『バルドルをロキは二度殺した。だからそれを反対に二度生きるようにしたら善い世界になるかと思った、それが展開されているこの世界』

「ロキが背後から操っているシャインの父親から、バルドルの分霊に見守られるシャインが生まれることでバルドルを一度生かしたことと見なし、殺されるはずだった襲撃から魔導具や護衛を通して救うことで二度生かしたということか?」


 生を授けることで一度、命を救うことで二度私の背後のバルドルを生かした条件になった? 


『だいたいだが、まぁ、そんなものだな』

「それなのにラグナロクは回避できなかった……」

『ロキが反対にして、取り戻そうとしたのを邪魔しようとしたのが、ヘイムダルだ。彼は二度生かすことが出来たら、ラグナロクが無くなるのではなくて、反対に神話のように早まるようにしてしまったんだ』


 私の呟きにフェンが答えてくれた。追加で説明してくれるのはニーズ。


『そこまではっきりラグナロクを意図したというより、ロキの願いは禄でもないことが多いからヘイムダルは悪を阻止しようと願った結果なんだけどね。ロキの願いは叶わないようにと、反対になるようにと。ただ、――相討ち死した間際の願いだったから強すぎたんだ』


 そうだよね。だって、ヘイムダルはバルドルの異母兄弟。

 いくらロキ付きの父から生まれた娘だとしても、それなら尚更のこと私の背後にいるバルドルを意識しないはずはなく、私が最後の最後まで隊長を憎めなかったのはもしかしたら背後のお陰。

 私に向ける優しい眼差しは家族へ向けるものだった。だからこそ、私は隊長の膝を治したいと強く願ったのだと思う。


「はぁ。結局、フェルマー隊長の推測は外れてないが、自分の背後のせいだとは隊長もさすがに気づいてないだろうな」


 クレトは苦い顔でそう言う。確かに終末のラグナロクが起こる原因になったと考えると恐ろしい。

 だが、私は襲撃から生き延びて嬉しかった。ラグナロクが起こるのは怖いけど、個人的には色々感じることがあった。父が兄たちではなく屋敷が買える価値ある闇魔法の魔導具を与えてくれたのは、背後の動きがあったと今知ったけれど、それでも、私のことをきちんと見て愛情をかけてくれていると実感出来た事件となった。


「そういえば以前、色々ニーズに尋ねたときに、途中で止めてしまわずに、こんなことまで尋ねて知っていたら違う未来があったのかな……」

『どうだろうね。運命の流れはあるし。ここの情報もそうだけど僕たちが知っていることって僕たち目線だけの内容でしかないよ?』

「どういう意味だ?」

『人型でもない俺たちに知識的な過剰すぎる期待をしても無理だってことだ。そもそも常識からして違う。神々は欲にも素直だが、人間は制限ばかりしているし、必要らしいからな』


 とても賢い彼らが、謙遜しているわけではないと思う。教えたくなくて言っているのでないことは伝わる。


「人型でないと知識的に劣るの?」

『この姿は力を求められた結果生まれた、とも言えるでしょ? もちろん、人とは比べ物にならないほどの膨大な時間の記憶はあるから、ある面では人よりも賢いかもしれない。それでも人型でないということ自体、知識的な部分は最初から劣っているんだよ。思考するより、力主体だから』

「みんな違ってみんないい?」

「シャインはたまにぶっ飛んだことを言う」


 クレトの意見に、前世日本の言葉なのだろうなと思う。

 この世界には歴然とした階級制度があるから。


「なぜヘイムダルは奴隷なんて作ったのかなぁ……」


 思わず声に出していた。不満の色をのせて。


『統制が取りやすいからだろ。俺たちと違って力の強いものに従うという本能があるわけではないんだ。リーダーからしてみたら統率の取り難い集団ではあるからな』

「別に奴隷でなくて平民でいいと思うの」

『同じだ。神からしてみたら』

「全然違うよ?? ね、クレト、違うよね?」


 驚いて、少し言葉がきつくなるのが分かる。それでもクレトに同意を求めてしまう。


「自由はないし、隷属だから持てるべきものが何もない」

『持たないといけないというのはよく分からない。知識があるんだから共有財産にすればいいだけだ』

「共有財産の前に、何も持つ資格がなくて、行きたいところ、住みたいところなどの自由もほとんどないのよ?」


 やはり、常識が違うようだ。少し悲しくなった。


『シャイン、上が馬鹿だと下が苦労するんだ。奴隷という名称に囚われないで考えてみて』


 ニーズの、のほほぉんとした口調と上が馬鹿っていう言葉に思わず笑ってしまう。


『国王一人では多くの人々を統制、管理するのが大変だから貴族も同じ括りとして作った。食べるために農耕が得意な人々を一定数決め、残りは統制される側として奴隷とした。ただそれだけだ。家族もそうだろ。祖父母たちが統制する。父母が働き、子供はその中で育つ。ただ家族はそのサイクルも規模も小さいから父母になったら、働く側に、孫が出来たら統制する側になるが、基本は同じだ』


 国と家庭が同じなんだ。

 まぁ、家庭が集まったのが集落。それの集まりが領地。領地の集まりを管理しているのが国ではある。そもそもリーヴたちから始まったのであれば、家庭が出発点?

 それに、いい国だともしくは組織だと下は楽だし、家庭でも笑顔の多い祖父母たちの中で育てば子供も同じように楽しく過ごせるだろう、けど……。


「俺たちが難しく考えすぎなのかもな。人間が欲が多くて本来与えられるはずのものまで搾取され、それが奴隷という名前だとさらに搾取されて何も持てる資格がないと思い込まされて、人が人を売買したからおかしくなっているのかもしれないのか」

『そうだね。利用しようと思った人の立ち位置で影響力はそれぞれ。どれ程利用できるかは違うから』

「何となく、分かってきたよ。つまりはヘイムダルが最初に奴隷を決めた時、搾取されるだけの人々を作ろうとしたわけではなかったってことだよね?」

『神の考えならそうだろうね。多くの人々が苦しむと星も苦しむことに繋がるから苦しませるために、その制度を作ったはずはないんだ。奴隷としての立場が苦しくなったから奴隷という名前を変えてほしいと願ったのかもね。でも、たぶんだけど僕が感じるのはあまり変化はないよ?』


 ニーズの言葉を聞いて前世の漢字、民の意味を思い出した。


 【民】の語源は【目をさされた奴隷】なのだ。


 目を刺されたら、奴隷の中でも使い物にならなくなる。

 民衆、国民。なぜ民の字を使うのかというと、わざとコントロールしやすいように、その字を当てているという人も居た程だったな、と。


 ハッとする。

 もし、この世界でも平民の裏の意味が、同じように「目を塞がれ、真実を視えなくさせられて、より搾取しやすい統制しやすい奴隷」なら?

 それを願った人がいたから、【平民】となった?


「間違ったのは人間なんだね。真実を隠され、コントロールしやすい制度の中に堕とされた……」

「人型が知識云々という先ほどの言葉が重いな。人なら考えないといけないのに、人は安楽な、考えなくもいい方を選びやすい。それが騙される要因とも気づかずに」

『悪人と言われる人ほど、よく考えているのは、確かだね。善人は頭を使わない。悪人程、身なりにも言葉遣いにも気を遣い、いつもどうやって騙せるか考えているようだよ?』

「善人こそ頭を使わないといけないのか」

『うん、そう』

『善悪の基準も少々違うが、動機は重要だな。この世界がある神々の意思を受け継いでいるように、よく願えば善く整う。どこかずれいたら歪になる』


 わぁ、大変とすでに考えたくない自分に苦笑する。

 五大元素に【識】を加えて六大にしようとした動きがあったのは、知識が、考えることが大事だから、だったのだろうか。


「主神オーディンですら片目を失ってでも知識を得ようとしたのだったな」


 ポツリとクレトが呟く。

 そうだったね。


『片目くらいならどうとでもなる、とは俺も思うが、それが正しいかは誰も分からない。ただ分かるのは欲は自然なものはいい。だが強欲は身を滅ぼす。これは誰でも同じだ』


 神も同じか。でも、そのバランスって難しい気がする。


「神と人間の意識の違いは分かった。もしかするとフェルマー隊長が奴隷と言っていたのは平民よりも神が思う姿に近かったのかもしれないな。色々調べて知識もあったようだったし」

「そうね。そうだったらいいなと願うわ。ヘイムダルもフェルマー隊長も幸せであって欲しいし」


 頷いていたクレトは真剣な表情になり、フェンたちに問うた。


「ところで。肝心な最終戦争ラグナロクを回避する方法はあるのか?」

「ちょ、ちょっと神々と巨人の戦いなんだから、ないわよ、ねぇ?」

「シャイン、現実逃避せずに、きちんと考えないといけない。俺たちの背後に神や巨人がいて、預言されたんだ。知るべきだろう」


 そ、そうだった……!!


「ラグナロクは起こるの? 起きるとしたらその回避方法はあるの?」


 私は恐る恐る彼らに問い、その返事を待つ――

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