第127話

『そんなこと分かるか』


 フェンが突き放したように言う。

 私が「ラグナロクは起こるの? 起きるとしたらその回避方法はあるの?」と聞いた答えがこれだった。

 え? 分からないの?


『あのね、僕たちは預言者でもないし、人型でもない。感じることもあるし、分かることもあるけど、万能じゃないよ。それを前提に聞いてね』

「う、うん、分かった。私たちが自分たちで考えずに尋ねてばかりだから、フェンが気を悪くしたの?」

『気を悪くする? それはない』

「そ、そう。それならいいの」

「シャイン、感情的にはフェンは問題ない。何の負い目も感じる必要はないよ」


 フェンの感情が伝わっているのかクレトが柔らかい口調でフォローしてくれる。

 ラグナロクが起こるとしたら、自分のせいのような気がどこかでしていたようだ。 


『先ほども言ったように、ラグナロクが起きるようにすでに動きは始まってしまった。これは原因が神の方にあるから、どうしようもない、と思う』

「そんなぁ……」

「代理戦争をさせられるのか」


 代理戦争……。クレトの発言に背筋が凍る。

 ラグナロクは起こってしまうの?


『そうだけどね。ラグナロク自体は、天の氣の流れでは起きると分かる。だけど、程度は人の氣で変えられるよ?』

「どういうことだ?」

『そもそも代理戦争だとして、どうやって世界が滅びの道に行くようになるのか、なりつつあるのか分かるか?』


 そういえば、戦争だとしたら、どこかの国が引き起こすのだろうか。

 沢山の武器が必要になるだろう。


「国外との戦争を準備しようと武器の開発や取引をしていたこの国の組織なら、すでに潰してある。国外までは分からないが、一番の大国はこの国だ。どこかで兵器が開発されていない限り、そこまで大きな戦争は今のところ予兆はないはずだが?」

『あれはクレトがよくやったよな』

「クレト、そんなことしてたの!? 危なくなかった?」

「シャインと一緒に遊んだあのお化け遊園地での取引、あれ絡みだ。俺は連絡しただけで何もしてない」

「学生が武器商人相手に何かしちゃだめだし! 偉いよ。暗躍してたのはクレトもなのね。このこのぉ~」


 私は、少しほっとしてクレトを茶化したが、クレトの視線が痛い。

 残念な子を見つめる視線はやめて。


『ダンジョンにまで手をだしたでしょう? ダンジョンってね、ロキの楽しい遊び場でもあったんだよねぇ。神の力のエネルギーが強いところ。そこの魔物を不自然に集団暴走させ、生態系を狂わせた。それだけじゃないようだけどね』


『ダンジョン下層に続く穴を開けたのはかなりまずかった。それもこの世界では一番影響力のある国で。闇魔法の力の氣が流れ、全体のバランスがかなり崩れてしまった。それでなくても、人による自然の調和が狂ってしまっている部分も多いのに、加速させた』

「なんだ、それならやっぱりシャインが原因というより過激派組織の原因じゃないか!」

『去年の魔物討伐でシャインが隊長にヒントをあげたのも少し加速させてはいるかな』


 え? え? 私??


「何か言ったのか?」

「ヒントって何のことか分からない……。膝は治してしまったから騎士に復活されたんだけど……。あ! もしかして、薬剤のことで意見交換したこと?」

『それそれ~。シャインの考えはこの世界のものとは違う部分もあるから。それを悪用されてしまったね。あの時、シャインはすごく嬉しくて舞い上がっていたのが伝わって来てたよ』


 クレトの前でこの世界とは違うと言われて少し焦る。クレトは聡いもの。


「薬品を開発するのに役立ってしまったわけか。気にするな。薬品開発自体が悪いわけではない。悪用するのが悪いんだ」

「う、うん。ありがとう」


 とりあえず、スルーしてくれたらしい。

 クレトならばれても、どうってことない感じで接してくれそうではあるんだけど。


『魔氣が足りないのを補えれば、ダンジョンの暴走は抑えられるとは思うが』

「魔氣?」

『魔力の源。エネルギーのことだよ』

「それはどうやって補う? 魔氣を補えればラグナロクとなりうる規模のダンジョンの暴走は抑えられるんだな?」

『そうだと思うけど……。補給方法は幾つかあるけどね……』


 言い辛そうなニーズの言葉をフェンが繋ぐ。


『王族の言う人柱が代表的だ』

「…………」

『他にもあってね。というか元々は光や闇魔法を遣える者たちがこの世界にいるだけでも十分だったんだよね。それが地理的に木が必要なところの材木を切り出したりすることで、砂漠化したりしてバランスが崩れ始めたんだよ。この世界には、元々トネリコの木が豊富にあったんだ。トネリコの木は重要だったのにね。木は氣に通ずる』


 木と氣の漢字が同じなのは、偶然?


「生木でもよく燃えるから薪として重宝されたんだろうな」


 弾力性に富む材木は神話でオーディンの杖として使われていたことで、杖はもちろん、家具など様々な用途がある。成長は早い木だけれど、追いつかなかったのだろう。


『王都付近でしか見られないくらいにこの国ですら減ってしまった。おかげで召喚獣が全世界を飛び回れなくなる遠縁にもなった』

「そんなに重要なら教えてあげてれば、良かったのに」

『念話できる者が少ないうえに尋ねる者も極少しだ。シャインもそうだっただろう? そちらの世界の住人は人。俺たちじゃない。召喚獣が誘拐していることを気づいてもそのままシャインたちを乗せていた意味を考えろ』


 この世界の主人は私たち、ってことかな? その人が聞かないことを彼らはあえては言わない……。

 確かに、意思疎通ができても、ニーズの言うことが片言で聞きづらいこともあって、あまり多くは尋ねなかった。今更だけど、色々聞いておけば良かったと思う。


「そうだね。せっかくこの世界には召喚獣がいるのに、もったいないね」

「それで、結局は俺たちが人柱になるしか方法がないのか?」

『どうだろうね。たぶん他にもあるとは思うんだけど、分からないや』

『最初のころはその中で過ごすだけだった。それが木の洞を利用し始めて体自体を保ち、延命することで期間を延ばしたように、何か他にも方法はあるとは思うが、俺たちじゃ天界の知識もない。教えられることがない』 


 ニーズたちは天界所属じゃないらしいけど、天界所属の召喚獣なら他の知識があるかもしれないってことね。

 確かに、天界の代表オーディンは知識豊富だ。召喚獣であっても、見たり聞いたり、それどころか尋ねたら答えてくれたかもしれないのね。少し残念。


「そういえば、ノートとかあったよね? そこに何か書いてあるかも?」

「だな。王族の召喚獣は元々天界の方の召喚獣たちだろう。尋ねたことが記載されていたらヒントになることがあるかもしれない」


 クレトと顔を見合わせ、頷きあう。


「ニーズ、フェン、ありがとう。少しこっちでも調べてみる」

「また後で」


 ニーズたちはおしゃべりが楽しかったと言ってくれて、念話を終えた。

 私たちはノートを手分けして読んでいく。

 ありがたいのは、この中にいれば不眠不休不食で過ごせること。ずっと同じ姿勢でいることだけ気をつければ、他は問題ない。

 と言っても、お菓子を食べる習慣は体の癖となっているのか、口さみしい。

 私は収納カバンにあったお菓子をクレトと分け合って食べた。同じように食べれるし、おいしさも感じて嬉しい。


 ノートは日記がほとんど。後は残してきた家族のこととか、かな。

 気づいたのは、入る男女がカップルや夫婦ではないこと。男性側が嫌いな家柄の女性や個人的に嫌いな女性を選んでいたらしい。

 人柱の女性を選ぶのは、男性……。

 最後に一緒にいるのだから、お互い歩み寄れなかったのだろうか。

 私は、もし人柱になるとしても、幼馴染のクレトが一緒で本当に幸せだと思う。


 ニーズに尋ねて知ったけれど、こういった人柱として選ぶときに、相手を嫌いで貶めようとした男性の想いは、世界にマイナスの要因をもたらす原因となり、かつ自身も苦しんで死ぬことになったらしい。


「もしかして、あの苦しそうな表情を男性だけがしているのは、女性を貶めようとした結果なのか?」

『たぶん。その中は人にとって神聖な場所。そんなところで他人を恨むだけでもいい結果にならないことは明らかなのにね』

『人を恨まば穴二つ、の由来だな』


 この世界の人を恨まば穴二つはまさかのここから来てるの??

 目を白黒させていると、フェンが『冗談だ』って……。

 ややこしいわっ



 ノートは日記が多いけれど、先に魔氣増幅のヒントになるようなものを探して読んでいった。

 ノートによると、魔氣の増幅方法も、あるらしいのだが、彼らも結局は完全解決までは行かなかったらしい。

 太陽と同じ程のエネルギーを得る方法があると、希望を持つのだが、理論も装置も何もない中での手探り作業が伺えた。

 ……太陽と同じ程のエネルギー。どっかで聞いたような……。


 あぁ、そうだと思い出す。

 後等部へ進学したあの朝、太陽を見ながら思い出した記憶。

「レーザー核融合」や「レーザー光プラズマ」と言った単語からそれにまつわる知識と四千兆ワット出力装置などのこと。


 一瞬、できるかと喜び、その後に気づく。

 海水がここでは手に入らないこと。あんなに豊富にある重水素。それをどうしたらいい? それ以前に、装置は?

 希望を持ったがために、気分は奈落の底に落ち込む。

 きっと先人たちも同じだっただろうとは思うが、気分は優れない。


「だめだ……」

「シャイン、少し休もう。いくら不休でいいと言っても、頭を動かすんだ。他のことをしていたほうがいい考えも浮かぶかもしれない。今日は俺がお茶を淹れるよ」


 お茶を淹れる道具も誰かの遺留品があったが、クレトも持っていた。我が家や他の家でお世話になるためにと簡易の自動ポットなど、結構沢山のものを異空間に入れていたらしい。


 今日はコーヒー。

 苦いだけのブラックだけど、豊かな香りに心が落ち着く。

 生クリームがあれば、最高だと思っていたけれど、良い豆のおかげか、ブラックがよりコーヒー本来の美味しさを際立たせてるようだ。


「美味しいね。落ち着く」


 私たちはにっこり笑い合った。クレトと居れて幸せだなぁと思う。ニーズたちとも念話できるし、恵まれている。

 そこまで思って、笑いだす。目を丸くするクレトに説明した。


「こんな状況で、自分が恵まれていると思っていたの。おかしいでしょう?」

「俺も同じこと思っていた」


 クレトも?

 私たちは幸せな刻の中、ふたりで笑いあった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る