第128話

 ここ、世界樹に繋がる中に入れる男性は闇魔法遣いばかりということもあってか、持ち物は多かったらしい。おかげで本なども結構あった。中で過ごすために、剣などよりも本を優先したのか……。


 本は小説や、神話などが主だった。

 最後の心の拠り所に神話を選択したとしても、あの北欧神話だ……。

 心の拠り所になり得たか甚だ疑問ではある。


 死期を目前にして、人の本性が垣間見えてしまう日記。

 解決方法を知りたいという目標がなければ、読めなかったかもしれない、赤裸々な人の本音の数々。

 木の洞に入る時期は男女別々のことも多かったらしいが、それでも最後には自ら入っている彼らはやはり王族なのだろうと思う。少なくとも、発狂してしまわない強さを持っている。

 女性のほうも、光魔法が強い者でなければならないため、ほとんどは王族に連なる者の家系であったようだ。

 最初は怒りや不満などが綴られていても、最後の最後では感謝を書き綴る人が半分以上いた。冷静になって本来の姿に戻れるのか、内観していくうちに反省とか感謝とか心情の吐露も見られた。


 死を前にして、人柱となることを自分だからこそ役立てることがあって嬉しいと思えるようだが、正直、私には人柱自体には感謝すらない。

 付属的なこと、例えばニーズとのおしゃべりがスムーズだとか、不眠不休で過ごせる体があるとか、幼馴染が一緒で怖くないとか、そういったことには恵まれていると嬉しくなったり、感謝できても、人柱に対してはなぜ誰かを犠牲にしなければならないのかと、根底で思ってしまう。

 だいたいが、おかしくない? そもそも何故、神の恨み哀しみを晴らすために、人が代理戦争しなきゃならないの?

 戦争なんて彼らがすればいい。

 人に押し付けないで欲しい。


「やっぱりどう考えても、ロキはバカ野郎だ!」

「どうしたシャイン?」


 思わず口に出してしまった。


「あ、ごめんね。色々考えていたら、代理戦争させる神に腹が立って。ロキなんてその裏でダンジョン作って遊んでいたのでしょう? あんまりよ!」


 大っぴらに言えないけれど、フェンリルやヨルムンガンドと言った力メインの、人から見たら怪物と言っていい者を生み出し、巨人と共に神々を襲い戦ったラグナロクの立役者、ロキ。ダンジョンの魔物を作ったかまでは分からないけれど、ロキならやりかねない。ロキ作ダンジョンの魔物がこの世界のラグナロクで襲うのは、神でなく代理の人。

 もちろん、最初に預言を信じてフェンリルたちロキの子供を殺す目的でいじめ抜いたのはオーディン。ロキがいい世界をと願ったこの世界に、邪魔しようとしたのはオーディンの息子ヘイムダル。

 歴史は繰り返すと言うけれど、はた迷惑すぐるわ。


「……シャインは正直だな。普通、腹が立っても、その怒りは神へと行かず、他の対象に向かうものだが」

「他に向かうの? 代理戦争もそうだけど、そんなのいい迷惑よ!」

「人柱もそうだろう? 預言で選ばれること自体、天の采配だ。神へ向かってもいいはずの怒りやうっ憤を、男性は自分が選ぶ女性を嫌いな相手を選ぶことでも晴らそうとしているかのようだと感じるんだが……」


 そうかもしれない。この世界が続いているのも、預言を受け入れたから。

 親が子供で代理満足することがあるように、神もまた代理満足するためにしている?


「はぁ。結局、神も人も代理を選んでいるわけね。なんか癪だわ。絶対に外に出て見せるんだから! ふんすっ」


 クレトの「鼻息荒い」には華麗にスルーさせてもらって、私は手元の資料に目を落として、聞くともなしに尋ねていた。


「世界樹を作ったのは神よね? リーヴ達を生かしたは神だから。おかしいわねぇ。リーヴ達はあの荒れ果てた大地の世界でも生きて外に出たのよね?」

「あぁ、俺も思っていた。戦争の間、世界樹の中で無事に過ごせるように、不眠不休不食の機能を持たせたのが始まりだろう。この世界が破壊と崩壊に見舞われたラグナロクの後、新大地が海から姿を現したのは、神々が前もって仕組んでいたと思う」


 私の不足な説明にもちゃんと理解して相槌を打ってくれるクレトは何気にすごい。

 コミュ力分けてほしい。 


「新大地を復活させたのは、死んだ後ではいくら神でもできなかったはずよね。仕組む場所ってやっぱりこの世界樹ではないかって思うのだけど……。だからこそ、ええっと魔氣、……魔氣が足りない時に、その子孫たちがこの世界樹に入って支えることができた、のではない?」


 バルドルとヘルの力をもらったようだけど、それはたぶんこの世界特有のもの。前世の神話では、バルドルがリーヴに会うのは、新大地が復活した後だ。


「世界樹の中のどこかにあるかもしれないってことか。ただ、見てそれと分かるか、もしくは使えるかは未定だけどな。シャインも読んでいた太陽と同じエネルギーを出せる装置、あれを作れたらいいけどね」


 そうだ。仕組みがこの中にあったとして、それを扱えるかはまた別なんだ。

 はぁ。上手くいかない。

 先人たちも努力して、木の洞の延命力に気づいただけでもすごいんだ。




 それでも、新しい発見などもいっぱいあった。

 最初の部屋の机もどき。あれは机でもあり、魔具でもあった。

 少し魔力を流すだけで立体地図が現れたりした。

昔の地図だけど。

 机が魔具だと知れたのは、ニーズたちのお陰だった。



「これらは何か教えて」


 何か知らない私は机を前にしてそうお願いしたのだけど、呆れたような声が返ってきた。


『見えてないんだが。視界を共有しているわけでもないのに、“これら”だけで分かるものか』

『あはは。僕はシャインの感情は少し流れてくるから分かることもあるけど、さすがにこれらだけでは分からない』

「あのね、机のようなものが沢山あるの。これってただの机かなぁ。私、これを目にしたときに最先端技術って言葉浮かんだの」

「勘?」


 う゛……。お、女の勘は当たるんだよ?

 私は外してばかりだけどさ。


『魔力を流せるなら流してみたらどう?』

「そっか。分かった」


 私は近くの机に魔力を流して見る。

 浮かび上がる地形。

 それを見てクレトも隣の机に魔力を流した。浮かぶのは星のようだ。


「この地形は立体映像だけど、この国だけ、なのかな。ナリア諸島がないけど」

「レイバ領のナリア諸島がこの国となったのはまだ百年かそこらだからね」

「スクロールも拡大もできる」


 回転したりと自在に動く地形。

 そして、やはりといおうか私の勘は外れ、先人たちの遺留品、魔具だと分かったのだ……。

 こんな大掛かりな物、持ち運んでいると思わないからね、普通。

 


 さすがは王族関係者。金持ちの遺留品はいい物が多い。

 剣や盾といったものも数は少ないのだけれど、物がいい。

 で、それらの金属を元に、造ったのであろうと思われる物たち。本を優先して持ち込んだと思ったら、別の物にすり替わっていたようだ。


「これらは召喚獣の話す言葉を聞いて造った装置らしいな」


 側にあったノートを見てクレトが言う。

 そこで気づく。私も剣とか造れるのだから、装置なども造れる、と。


「女性が作ったのね?」

「そうらしい」


 炉がなくても造れたのは魔力量とこの中だからかもしれない、とのことだ。

 何しろ高位貴族の令嬢たちだ。この中に入る前に鍛冶屋の真似事をしようと思うわけがない。……私は作ったが。


「くっ……くくく」

「我慢しなくてもいいわよ。もう、盛大に笑ってどうぞ」


 私と同じ考えに至ったらしいクレトが私をちら見して、笑いを堪えきれてなかったから、笑っていいよと言ったのだ。だが、まさか十分以上も笑われるとは思わなかった。


「クレトが笑い上戸になった……」  

「シャインと一緒だとどこでも楽しいな」

「そ、そう? ほめ言葉をありがとう」


 ほめ言葉にしてあげた。

 たまに人を嘲笑ったり、他人の弱い部分を嗤う人がいて、最初こそショックを受けたが、私は余りにもうっかりが多いので、嗤われることには慣れた。それどころか自分でネタにすることすら覚えた。それでも、他人を嗤いのネタにして自分を持ち上げようとする人はあまり好きではなかったのだけど、そんな場面で適切なフォローができる人は尊敬してしまう。


 クレトはそこらへん、上手だ。

 私への悪意があるかないか、分かるようで、ルカが私の失敗をばらしてもほぼフォローなしだったりする。何よりルカを叩く、もとい、叱るのは私の楽しみだ。ルカも相手を見て言ってるようだし。人を欺こうとする人には言わない。

 クレトもルカも、リタだって友人関係はスムーズでいいなぁと思うことがある。


 私はどうしても、きついイメージらしくて、ルカがばらす私のうっかりネタはいい緩和剤になっていると思うのだ。

 私、怖くないよ? と思うけれど、気さくに声をかけたい雰囲気でないらしい。それを聞いたとき、横にいるリタと比べたら、誰だって可愛いリタに声をかけたいだけと思っていた。だが、どうやら違うらしいと分かったのは学園に入ってからだ。

 アンブル領の人々は性格が南地方だからかオープンで、人懐っこい子供が多い。だから気づくのが遅れた。遅れるのは日常過ぎて、まぁ、どうでもいいのだけど、私は女の子の友人がいっぱい、百人は欲しいのだ。

 同性の友達いっぱいの彼らなんて、うらやましくない……はずもなく、ただただ尊敬しかない。


 クレトは六歳で出会った頃の表情の影はもうあまり感じない。ただ、闇魔法遣いだからなのか陽と陰で言うとどっちかと言うと陰のイメージはある。横にいるルカが明るすぎるのと、涼しげな瞳や髪色のせいでそう思うだけだよね、きっと。


 別の本を手にしたクレトが目線はそのままで言う。


「世界樹はインターフェースの役割を担うらしい」

「インターフェース……、えっと広くは確か橋渡しとか接点、境界面の意味を含むわよね?」


 異種装置のデータ形式を変換したりして、両者間のデータ取引を可能にする回路や装置などのことを言ったはず。


「だね。九つの世界を繋ぐ木、世界樹だから当たり前といえばそうだけど、神話の中でも人はトネリコの木から作られたとあるだろ? その神話も不思議だったんだ。光や闇魔法を遣える者たちがこの世界にいるだけでも十分だったというニーズの言葉。なぜ人が世界にいるだけで十分だったのか、それと、トネリコの木が各地にあることがなぜ重要だったのか。インターフェースだからなのか」


 ええっと、よく分からない。

 私は首を傾げた。


「たぶんだけど、他の世界や神の力、魔氣というエネルギー、人の生命エネルギーや魔力、そういったものの相互交換の役割もできるし、大地とのインターフェースでもあるのだと思う」 

「まだよく分からない」


 追加説明でも分からない私に追追加説明してくれる。


「フェンとニーズにシャインが初めて触れたとき、フェンは大きくなり、ニーズの頭上には花冠が咲いたよね? あれはシャインのインターフェースの力を通して受け取った魔氣、もしくはアースのエネルギーだと思う。アースのエネルギーの多さは髪色にも表れているくらいだから、そうじゃないかなと思うのだけど」

「おお、そうなのね!」

「……シャイン、はっきりとは分かってないよね?」


 ばれてらー。

 苦笑するクレトは、優しく頭を撫でてくれる。

 ピンクのお頭と思ってないわよね? 逆に賢くなーれ、と思われても、ちょっとな、と思いつつも、その手が気持ちよすぎて眠らなくていいはずなのに、眠たくなった。



 その後、フェンたちに尋ねて、その推測は外れてないことを知る。

 ただ、スイッチは何? とそこが気になり、かつその理由は彼らも分からないとのことだった。


『良い想い、動機そんなことじゃないかと思うのだけど、はっきりしないよ。シャインが触ったとき、僕たちを好きなことは伝わったけれどね』 


 ちゃんと、愛情が伝っていたことに私は笑顔になった。

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