第46話 閑話 フェルミンside~思い出~

 先日学園に見事合格した異母妹シャインのお祝いをするため食事会が開かれる。

 合格祝いは何にするか迷ったが、王都で見つけた髪留めとお菓子の詰め合わせにした。


 僕が入学したときはシャインはまだ小さくて「おめでとうございます」の言葉と頬へのキス、それにとびっきりの笑顔をくれた。その後、ポーションを作ったと嬉しそうに腕にいっぱいのポーションを会うたびにもらっているから、本当はもっといいものを贈りたかったけれど、自分の小遣いではそれくらいしか買えなかった。


 「余ったら売るなり、人にあげるなりしてくださいね」と言われているけど、妹からのプレゼントを換金する気にはならなくて、必要とする人に分けてあげている。

 そのおかげで、人間関係が潤滑に行っているようなのは気のせいだろうか……。

 

 今年のアンブル領の新入生は優秀らしい。

 その中でも群を抜くのが妹だ。

 人数が少ないから、共に勉強したおかげだと言うけれど、同じ領内の子爵家子息エリアスから聞いた話では「剣やレイピアもうまいだけじゃなくて、他の人へのアドバイスが的確」だそうだ。

 体や動きの癖の指摘から、魔力の流れ、使い方などまで言及するらしい。

 薬剤師見習いというだけでなく、スキルにも関係するのかもしれない。


「いろいろなポーションがあるのも初めて知りました! これを飲め、それを飲めと持ってきてくれるんですよ」


 うれしそうに話すエリアスには悪いが――


 ……まさか友人を人体実験しているのではないだろうな? そう疑ってしまったのはシャインには言えない。だが、エリアスたちも心配ではある。

 ちゃんと鑑定士に副作用や毒などがないことを確かめたものだそうで、効能の出方とか速さ、個人差などを知りたいからという話をシャインから聞いて少しほっとした。

 シャインは実験となると、少し目の色が変わる気がするから……。


 目の色が変わると言えば、お菓子を目の前にするとその顔が緩み、目がキラキラし始める。

「お菓子をあげるよ」と言われたらすぐについて行ってしまうようなシャインだが、不思議と人を見抜いているようなところがある。

 ここ数年はシャインは僕に餌付けされているんじゃないかと思う程、王都のお菓子に飛び上がって喜んでいるから、あまり信ぴょう性はないが……


 危険なところにはあまり近づかない。賢いのかと思っていたんだけど、どうやら違うかもしれないと最近は思う。

 怖がりなんだ。ビビリのヘタレとも言うか。


「お兄さま、廃園になった遊園地とかは絶対に近づいちゃだめですよ! 本当に危ないところでは脳が幻影を見せてまでして遠ざけようとするんです! 危なくなるまえにとっとと逃げるが勝ちです! ふんぬぅ」


 鼻息も荒く力説していたが、その話をするだけで足ががくがくと震えていたのは自分では気づいているのだろうか?



 以前、王都の屋敷でシャインと過ごしたことがある。

 実はそれまで、シャインに関心はあまりなかった。たまに会うだけの妹、そんな淡々とした異母兄妹関係だった。少なくとも僕にとっては。


 王都の社交界シーズンで、子供たちも呼んでくれるお茶会があった。そこに父とシャインと共に行ったときのことだ。

 気づいたら、大人には見えない柱の陰のほうでシャインは子供たちに絡まれていた。悪口を言われていたらしい。小突く子供までいた。

「平民の血が混ざった雑種」だとか「半貴族なんて貴族じゃない」、「妾の子」とか、まぁ、色々だ。髪の色が変だと引っ張られてもいた。


 たぶんだけど、そこに集った子供たちは正妻の子供たちで、父親には愛人や第二夫人がいるんだろう。母親のうっ憤を子供たちは敏感に感じていたんじゃないかと今は思う。一人っ子なら、独り占めできるはずだった愛情が漏れていると感じても不思議じゃない。

 シャインのぎゅぅと握りしめた拳は赤くなっていたから、それらが彼女の心にこたえていることは明白だった。 

 そこに背の高い僕が通りかかったんだ。通り過ぎてもよかったのだけど、一人を多勢でいじめるというのは好きじゃないし、ぎゅっと握った拳の赤さが目に入ったことで僕はシャインをかばうように前に出ていた。


「シャインは国が認めた貴族だ。何か意見があるなら国に言うといい」

「…………」

「フェルミンさまのお母さまはきっとお嫌だと思いますわ!」


 子供たちはきまり悪そうにしていたが、一人の女の子が言い放った。

 その時はまだ母が父とシャインの母親を縁結ばせたと知らなかったから、ぐっと詰まってしまったんだ。

 他の子たちはそれを見て、そうだそうだと雑種がいけないんだと口々に言う。

 それがいつの間にか、僕にまで飛び火していた。

「雑種の兄なら雑種の仲間」だとかそんな話だったと思う。


 そんな混沌は高く澄んだ声音で突然打ち破られた。

 僕の前に立ったのはシャイン。


「お兄さまもお父様、お義母さまも素晴らしい方です! 雑種を拾って飼ってくれているからと言って、飼い主までさげずまれるいわれはありません! 第二王子さまが野生馬を飼いならしておられるますが、あなたがたは王子さまを同じ雑種や野生児扱いするのですか⁉」


 いきなり、小さな子供が凛とした態度と声でまくし立てたんだ。

 その場はシーンと静まり返った。


「お兄さま、行きましょう。お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


 そう言いながら奇麗なカーテシーを披露したシャインは貴族もかたやと思うような優雅な笑みを見せると、私の手をとりその場を後にした。

 他の子供たちはあ然としていたし、その後、会ってもきまり悪そうにしてるだけだった。

 でも、僕は知ってる。シャインが繋いでくれたその手はかすかに震えていた。

 自分が言われているときは、何も言わずにじっと我慢していた妹は、僕が非難されたとたん、その小さな体で僕をかばった。


 それに何だ? 雑種を飼ってくれているって? 飼い主って僕たちが?

 シャインの考えは飛びすぎていて、よくは理解できない。彼らの悪口を受け入れたように自分を雑種扱いしたり、なぜあのとき、カーテシーを僕に対してしたのかもよくは分からない。たぶん感謝の行為だったのだろうけど。

 反対だ。嬉しかったのはきっと僕のほう。

 シャインはかわいい僕の妹だ。シャインが僕の前で凛と話すときに目の下にあったピンクの髪を見ながら、そう決めたんだから。


 シャインはよっぽどショックだったんだろう、吐いて熱を出してふらふらしていたらしい。おかしいことに気づき、僕付きの執事から詳細を聞いた父がシャインを連れて、アンブル領まで直帰してしまったのには驚いたけど。

「多勢からの悪意を受けたことがなくて驚いたんだろう」と父は言ったが、王都の屋敷ではなく、地下鉄で移動してまで領地に戻る理由がよく分からなかった。子供たちが訪ねてくることを嫌ったのだろうか。

 父はシャインをブランケットで包み、地下鉄の中でも抱いていた。そして、耳元で呟いていたが「嫌な……わすれ……思いだ……」「シャイ……光……」と小さすぎてよく聞こえなかった。


 親戚のために領地に残っていた母にシャインを預けると父は王都へ戻って行った。

 母はシャインのそばにつきっきりで看病をした。

 ホッペを真っ赤にして寝ている額にキスを落とすのを見て、僕は尋ねた。

 その時に知った。母がシャインに対してどう思っていたのかを。


 そして、この時から母との会話が増えたのは僕にとって嬉しい副産物だった。

 

 数日熱を出して寝込んだ後は、ケロッとしていた。

 執事たちが言うには「子供は熱を出した後賢くなると言うけど、シャインさまはさらに賢くなられた」と。

 五歳にしてはそうなのかな。


 

 そんなことはすっかり忘れてしまっているシャインだけど、平民の友人をかばいすぎる行動がたまに垣間見えて心配になる。

 学園で中級魔法の試験があるとき、平民へのあたりがきつく、差別をすることで有名な先生がシャインの横にいるのを見たとき、嫌な予感がした。

 にやりと笑う先生が何か言うのが見え、友達を庇うように答えているシャイン。

 その後シャインが拳を握りしめているのを見たとき、子供の時のお茶会が浮かんだ。

 だが、シャインは先生へ大声も出さずに、試験に臨んだ。ホッとしたのもつかの間だった。嫌な予感というのはなぜ当たるのだろうか。

 シャインは三連続で魔法を使った。それも複合魔法まで使ったから一瞬で炎の海と化した。だから観客席を庇うようにそびえ立てたんであろう土壁。

 その厚さと硬度は本当に中級魔法かと思う程であったようだ。

 土壁を崩すのに試験官たちが苦労していた。



 シャインは怖がりなだけじゃない。緊張も人一倍するから目立つことが嫌いだと思う。

 挨拶のときなどすぅと一歩下がっていることも多い。

 目立ちたくないらしいが、シャインは目立つ。髪の色合いだけじゃなく、シャインはその名のように、ただ微笑んでいても暖かな陽の光のようなんだ。


――ギラギラと輝り照らすような大きな太陽ではないが、柔らかな光ではあると思う。


 シャインの前に魔法を使った友人たちは平民の魔力量ではなかった。それも三人とも。もちろん、特待生になるにはそれなりに魔力量は必要だが、それにしても手慣れすぎている。特に銀髪の少年。名はクレトだと後で知ったが、彼の立ち振る舞いは貴族だと言われても信じるだろう。

 それにシャイン自身も確実に魔力量が上がりすぎてる。

 シャイン、何をした?

 

 シャインには普段、裏護衛が付いている。

 いくら安全な領地とはいえ、まだ子供で町に住んでいるから。

 一度誘拐されかけたときは、町の冒険者たちの手によって阻止されたそうだ。なぜだか、シャインは冒険者たちにとても可愛がられている。町ぐるみでシャインを守っているそんな感じを受けると父が漏らしたことがある。

 薬師の祖母が領の知恵者だからだろうか。


 もう一度はシャインでなく、リタという同い年の子がたぶんシャインと間違われて誘拐されたことがある。リタは無事に救出されたが、誘拐犯は逃げようとして誤って足を踏み外し低い崖から落ち、打ち所が悪く死んでしまったから真相は分からない。

 リタは確かに美少女だった。だからリタを狙った可能性もなくはないが、貴族の子供であるシャインが狙われたが、間違ってリタを誘拐してしまったとみるほうが自然だろう。


 それからは二人の護衛が付くことになった。

 シャインはもしかしたら、この護衛が町からいなくなることでもリタのことを心配して学園に連れて行こうとしたんじゃないのだろうか。


 リタは虚弱だと聞いていたが、いつの間にかとても元気になっている。

 これは「祖母が作る薬のおかげだ」とシャインは言っていたが、シャインが願ったからババさまが動いたんだろう。


 剣はルカという少年の父親に習っていたらしい。剣も目を見張るほど上達しているのはいい。だが――


――妹よ両肩に大きすぎる剣を担ぎ手をそこに掛けるのはやめてくれ。


 ダンジョンや森で木を足掛かりに駆け出したり飛躍もするんだろう。

 でも、お願いだ、家の中で壁を斜めに走るのはやめよう。

 飛しょう力は認める。だが、スカートのまま空中回転するのはどうなんだ?

 言い出すと止まらなくなりそうだ。


 そんな妹が満点以上をとって入学してくる。

 同じ寄宿舎で過ごすのはうれしいが、しっかり見張らなければと思うと今からこの兄は胃が痛いよ。

 フェルミンは知らず手をお腹にあててさすっていた。

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