第82話

 後等部に進学した次の日、朝から何やら騒がしい。

 朝食のマスカットを口に運びながら、情報通のビアンカに聞いてみる。


「周りが忙しそうだけど、何かあったの?」

「昨日魔物討伐に出かけた上級生が戻れなかったらしいの。それくらい魔物がいっぱい出たってことなんでしょうけど、彼ら付きの執事たちが追加の食事やら服やらを準備して送るとかで騒がしいのね」

「魔法陣で人も移動できたらいいですのに」

「そうよね。でも、物を自由に送れるだけいいかも」 


 ビアンカの答えに、前等部の生徒たちも話に入り込んだ。

 アンブル領の下級生たちは皆可愛い。生意気な生徒もいたらしいけれど、そういう子たちもマルガリータが教育すると、すぐに落ち着くらしい。どんな教育かなんて、知りたくない。

 領主の娘マルガリータさま、最恐……。


 そんな彼女は本来文官コースの管理に進むはずなのに、騎士コースを選んだから、今は不在。マルガリータさま、張り切って前線に出てなければいいけど。

 私は気になることを尋ねる。


「けが人は出てるのかしら?」

「全体は分からないけれど、アンブル領の上級生たちは全員無事でいるとは聞いているわ」

「シャインは治療魔法いくつか使えたのよね? 要請が来るかもしれないわ」

「まさか。上級生の治療を使える方たちから行かれるでしょうし」

「そうだけど、治療魔法使えるのはスキルが必要だから人数が少ないと思うわよ」

「では、要請が来た時のために、このデザートは私が頂きます」


 そう言って、朝から珍しく食卓の上に置かれていたマドレーヌに手を伸ばす。

 「シャインらしい」とか「朝からマドレーヌを食べれるのはシャインだけ」とか聞こえるけど「全部どうぞ」の声に思わず頬が緩む。


「では遠慮なく全部貰います」


 そう言って、小さな籠を自分に引き寄せれば、下級生の食卓からもマドレーヌ入りの籠が送られてきた。なんていい子たち!

 マドレーヌは結構日持ちがするのだ。たぶん、遠征に出た騎士たちのために焼いたものが、朝から食卓に並んだのだと思う。プレーンとナッツ入りのものしかないし。四日は持つと見た。四日で籠に山盛り二つ分なら、余裕で食べれる。

 紙に個別包装しようと思いながら、一つを口にする。しっかりした生地にバターの香りがふわぁと漂う。朝からリッチだ。



 いい気分で学園に着くと、朝のホームルームがあるという。

 お知らせがある時のみのホームルーム。少し嫌な予感。まぁ、騎士コースの生徒たちが出かけているから、そのお知らせなのだろうけど。


「後等部一年生騎士コースの生徒たちも魔物討伐の依頼が来ました。と言っても、一年生は後方支援が主な仕事です。物質移動のためにも魔力は要りますし、住民の避難なども召喚獣が使える地域ですから、できることは結構あるそうです」


 そこまでの説明に生徒から手が挙がる。

 どうぞと促す初老に片足突っ込んで、もとい、若干ロマンスグレーな香りを漂わせる担任。


「魔法を使え、召喚獣も持っている私たちにも出動要請が来たりするのでしょうか?」

「それはありません。ここから距離もありますし、騎士コースの生徒のように訓練を受けてはいませんから。ただ……」


 そこで私を見る先生。あ、詰んだな。

 目を逸らすけど、話を続ける先生。容赦なし。まぁ、先生は伝える立場なだけで、決定したのは別の人だろうけど。


「シャインさんには個別に出動要請が来ています。前等部では騎士コースも受けていたようですから訓練もされているうえに、治療魔法が使える貴重な人材だということで、特別だそうです」


 貴重と特別を強調して言ったよ。

 貴重とか特別という言葉に釣られるのは、ルカぐらいですよ、先生?

 心の中で思いつつ、口に出すのは肯定の言葉。


「分かりました。どこへ行けばいいですか?」

「一年騎士コースの生徒と一緒に移動してくれたら、指示があるそうです。詳しくは騎士コースの六組が女子が数名いるからそちらに行けば分かるはずですよ」


 私は追い立てられるようにして、教室を出た。リタと同じクラスで良かったよ。後はしてくれるそうだ。何しろ私には侍女がいないから、もし遠征が長引く場合、服の洗濯なども気になる。女子ばかりならまるっとお任せでいいが、医療班は男女混合。そこに来るのはほとんどが手負いの騎士たちばかりだろう。細かい所はどうしても自分でしないといけないと思うのだ。これでも一応貴族の子女だから、気を遣う。

 ついでにクレトが自分も騎士コースを取っていたが要請はないのかと聞いていた。聞かなくていいのに。まぁ、クレトが近くにいるのなら安心だけど、どうせ私は医療班だろうし。そう思いつつ、頭の片隅は朝のマドレーヌをしっかり個包装しておいて良かったと思う。


 私は騎士コースの六組へ行き、そこで挨拶をしてからいったん寄宿舎へ戻り準備をした。

 騎士コースを受けている女生徒は全部で六名。貴族の子女は二人なのか、侍女が二人駆けつけて準備物を手渡していた。マルガリータのような女生徒が他にもいたことに思わず吹き出しそうになったが、よく考えてみれば女性騎士は近衛騎士になれる可能性が高く、憧れの職業だと小耳に挟んだことがあったのを思い出した。

 どちらにしろ、仲良くなれたら嬉しい。



 ルカたちとは寄宿舎で顔を合わせた。

 顔を見るなり、指さされて笑われた。


「シャインが行くだろうとは思った、ぶっぁはっははは」


 笑いすぎだ。

 むぅと口を尖らせていると、ヨハンネスが苦笑しながら寄ってきて言う。


「シャイン、怒るなよ。クレトがいたらいいのにって話になって、クレトじゃくてシャインがいたら笑うなって話をしてたんだよ。そしたら本当にクレトはいないのに、シャインがいたからさ。でもシャインのおかげで緊張が飛んだみたいだ」

「ヨハンネス、無理しちゃダメだよ? 私が教室出る時、ビアンカが心配そうな顔して見てたからね」

「うん、分かってる。どちらにしろ一年生は後方支援しかしないって聞いたよ。それでもこんな大規模の遠征は初めてだから皆緊張してたんだ」

「そう。じゃぁ、このマドレーヌをあげよう。美味しいものを食べたら緊張もどっかいくよ」

「シャインらしいな」


 そう言いながらも、ルカたちはマドレーヌを受け取る。

 やっぱり欲しいんじゃないか。二個取ろうとしたルカの手は叩いておいた。その間に他の生徒に取られていたけど。



 騎士コースの生徒たちと一緒に召喚獣に乗って、後方支援部隊まで移動する。

 一年生の騎士コース以外の生徒で治療をするのは私だけだったようで、医療班の情報は手に入らなかったが、見知った顔ぶれと一緒に移動できるのは気持ち的に落ち着けた。

 ニーズが一緒だったというのも大きいが。念話できるから、状況を話して置けた。


 後方支援部隊に着いてすぐに私は医療班に移動を命じられた。

 医療班のある場所は数カ所あるそうで、前線に一番近い場所にいるのが第一医療班。その中に医療部隊もいるらしい。私が行くことになるのは、後方で一番大きな医療班。名前なし。医療班と言えば、ここを指すらしいから。

 町にある大きな建物を臨時の医療班にしている。町人はすでに避難した後。ここまで魔物が出ることはないらしいけれど、隣町に緊急避難させて、部隊が使わせてもらうらしい。簡易ベッドなども魔法陣で送れるから、屋根付きの水回りが整備されているところであれば、割とどこでも医療班陣営が築けるようだ。

 その建物の周りには、騎士たちも夜は寝泊りするそうだし、安全な場所だと言う。

 私一人が追加で来たので、説明を受けるのも一人。


「ここは治療を受けたあと、血が大量に出て安静にしないといけない人たちが点滴をする場所だと思えばいい。騎士たちは一日もせずにまた前線に戻りたがるから、それを後方支援するように説得したり、出来るだけの心のケアまで行う。ここだからこそ食事も他と比べたら豪華だ。上級生の一人に付いて学べばいい」

「思っていたのと違うんですね。笑い声が聞こえたりしていますし……」

「そうだな。前線ではないし、心のケアまでしていると言っただろう? 女生徒がいたほうが明るくなると思うから、君も笑顔で接してくれたらそれでいい」


 気が抜けるくらい、緊張感のない医療班の隊員たちだった。

 患者は誰も前線に戻りたいという感じでもないし、偉そうな騎士たちばかり。

 私は持ってきた上級ポーションも言い忘れて、治療魔法も使うことなく、その日を終えた。ただ、学園に帰えることはできなかった。

 戦いなんて早く終えたほうがいいだろうに。運ばれて来る人たちは結構いるのだから。

 負傷はすでに治っているから、治療をしないけれど。


 次の日、情報を収集して分かったのだが、ここにくるのは貴族たちなのだとか。本当に前線で戦ったのかも怪しいらしい。そして、それを受け持つ医療班たちも貴族だったり、治療魔法を使えない人もいるらしいことに気づく。

 確かに魔心臓は三つが活性化しているから、高位貴族ばかりなのだろう。


 私の事も、同じ貴族とは思ってはいるようだが、無駄に笑顔を振りまいたりヨイショしたりする喜ばせ組かのような扱い。笑顔は引っ込んだ。

 何だろう、このモヤモヤ感。 

 気づいたら、ここの指示をしているという医療班隊長の前にいた。


「私はもう少し前線のほうで、治療魔法を試してみたいです!」

「君は学園の生徒ではないの?」


 おっとりした感じでぽちゃっとした隊長は聞く。

 私は何となくいらっとして、騎士たちのようなきりっとした感じの口調で答える。


「はいっ。魔法学園後等部一年です。前等部では騎士コースを受けました。治療魔法はいくつか使えます」

「そぉ。ま、治療魔法を使える人材の要請はここにも来ていたから、君が行きたいと言うなら止めはしないよ。でも、サインは貰えるよね?」


 自分から前線の治療をしたいと言い出した旨を書き残せってことらしい。要は全部自己責任ってやつね。

 上等だ。 

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