第83話

 ちゃっちゃと終わらせて学園に帰ろう。

 私は、第三医療班へと移動することになった。王都第二騎士団の第三中隊と共にある医療班らしい。第二騎士団には第一中隊から第三中隊まで三つの中隊があり、一中隊が三百から四百名で構成されている。さらに小隊に分かれていて、小隊は四十名程で動いているそうだ。


 私は医療班にあった一番豪華なお菓子をたんまり袋に詰めた。移動がてら食べる分を持って行ってもいいと許可はもらったから、ね。一人分とは言われてないし。ニンマリ。

 ばれたらニーズが食べるかなと思ったと言えばいいと考えていたけれど、誰にも見つかることなく、そこにあったお菓子の大半は私の大風呂敷の中に消えた。

 前世の知識でただの布が風呂敷というものに代用でき、風呂敷の用途は大きいという事を知っていたからだけど。そそくさとシーツを外して風呂敷代わりにした。シーツは医療班のだから。

 お酒もあったから、度数の高いのを失敬する。アルコール消毒代わりに使えるかなと思って。ここでは必要なさそうだから、頂戴していく。同じ税金から出ているはずだし。一升瓶包みで上を輪っかにしてそこに紐を通して十個ずつ繋げたのを二つ。二十瓶もらってもまだまだ酒があるほうがおかしいのだ。



 私は大量の頂き物をニーズに乗せて、第三医療班へと飛んだ。

 着いたところは、さすがに戦場らしく、アルコールの匂いと血の匂いが鼻をついた。 

 そりゃそうだ。学園にまで出動要請が来ているんだ。危なくないわけがなかった。気を引き締める。


 紹介状を持って隊長にお目通りを願えば、隊長の代わりに副隊長からすぐに治療魔法を使うようにと指示がある。

 何でも、ここの近くで出た魔物の勢力が強かったようで、次々とけが人が運ばれているとのこと。一部の治療魔法を使える人たちはその前線にも出ているらしい。

 隊長も前線の兵士たちを治療する一人らしく不在なのだ。

 私はすぐに腕や足を怪我している人のところへ向かい、治療を始めた。


「癒せ!【治療ヒール】」

「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」


 どんどん治療しながら、尋ねる。


「中級ポーションで治る傷ですよね? ポーションはなかったのですか?」

「俺たちは騎士じゃないから、持つのは初級ポーションかハゥツポーションがメインだよ」

「あんなに強いとは思わなかったしな。ただのレッドベアのはずなのに、その上位種より凶暴だったから、見誤って俺たちはこのざまさ」

「冒険者なのですね。ご無事で何よりです」

「あぁ、Bランクのパーティの集まりなんだけどよ。レッドベアの群れが出たからな。三十体はいたよな。もう少しでダメかと思ったときに、学園の騎士たちが駆けつけてくれて助かったよ」

「え? 学園の騎士ですか?」

「そうだと思うぜ」


 私は驚いて、思わず治療の手が止まりそうになった。いけない、治療に専念しなきゃ。

 隣の人は血が出ていなかったので、後回しにしてしまったら足のじん帯完全断裂とその周りの骨まで複雑骨折していた。

 魔力を丁寧に注いで、傷がなくなったのを確認する。たぶん骨も完全に元通りだとは思う。「一年は治療が必要なほどのケガでしたから、治りはしましたが、気を付けて生活してくださいね」と伝えた。びっくりした顔をしていたけれど、どんだけ我慢強いんだと思う。後回しにして申し訳なかったので、気づいた左腕が石灰化していたのも治しておいた。「痛くないし、腕が上がる!」と言われた。五十肩でも石灰化すると激痛だという。やっぱりこの人我慢強いらしい。

 これで私担当の患者は全員終わった。学園の生徒について聞きたいと思ったら冒険者の方から口を開いてくれる。


「あんたと同じマント着てたよ。中の服は違うけどな」

「騎士コースの生徒たちは装備の上に、マントを着用しますから」

「ここに運んでくれたのも、その生徒たちだと思うぜ。召喚獣ってのに初めて乗ったよ」


「シャインさん、終わったらあっちも手伝ってあげて」


 冒険者たちと話をしていたら、声がかかる。

 私は急ぎ、他の患者のほうへ行く。


「今、治しますからね」


 顔も腕も全身に血が滲む。深くはなさそうだが、範囲が広い。全身に打撲や切り傷があるようだ。


「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」

「うおっ! 全身が一発で治ったぞ⁉ すげーな、あんた!」 


 【治療】でも良かったのだけど、ちまちましているより、さっさと終わらせて次の患者をみるために、【再生】を使ったからね。

 私は微笑み頭を軽く下げてすごいと言われたお礼代わりとして、次の患者に向き合い手をかざす。


「癒せ!【治療ヒール】」

「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」

「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」

「癒せ!【治療ヒール】」


 こうして、次から次へと治療していき、全員終わったなと思い、ほっと息をついて、ようやくその場の様子に気づく。

 あ、またやった。

 私が治療すると治療時間が早いのだ。魔力量も魔心臓三つだけど、いろいろ実験したから、魔心臓三つにしては多い。だから、一度に大勢の患者に治療を行うことができる。時間短縮というのも大きいとは思うけど。


 私は急ぎ、腰のポーションに手をのばし、本当に減った魔力を補うために魔力回復のポーションを口にした。

 その様子を見て、ようやくポカンと口を開けていた人たちが、元に戻る。

 痛いのは私が嫌だから、思わず張り切ってしまった。

 治療していた医療班の人から声がかかる。


「よく魔力がもったな。それに学園の生徒なのに手慣れているな」

「騎士コースを取っていたので、そこで実践していたからだと思います」


 半分ホラだけど。学園での治療なんてほとんどしてない。

 ポーションでほとんど治ってしまうし、大けがを負うような危険なことはしない。空を飛ぶ前に浮遊を学んだように、ちゃんとケガとかに対処する方法を学んでから実践しているし。たまに打撲したり擦り傷を負った生徒に【治療ヒール】をしていたくらいかな。

 前世の知識やイメージ力が治る速さの違いかもしれないとは思うけど。

 私は声をかけてくれた医療のスタッフにお願いする。


「前線で戦っているのが、学園の生徒らしいのですが、私もそこへ行かせてください」

「唐突だね。そんなのを決めるのは隊長たちだよ」


 出来たら生徒のいる所へ送って欲しい。


 副隊長が決定権を持っていることを知った私は副隊長の元へ走って戻る。


「副隊長、学園の生徒たちが応援に来ているそうなので、そこへ私も行かせてください」

「……は?」

「学園からは騎士コースの生徒たちが援軍として来ているんです。私も騎士コースを受けたことがあります。友人たちを助けたいのです」


 友人でなく上級生だろうけど。知り合いもいる。お世話になったセラスティノ先輩たちが前線の一部で戦っているのだから、心配になる。一緒に領地対抗戦で戦った上級生もいるかもしれない。


「いくらなんでも、私では決められない。隊長が戻られるのを待ってから聞いてくれ。今は、患者が運ばれて来たら、すぐに治療をできるように自分の状態を万端にしておくことだな」


 そう言われては強くも言えず、私は学園の生徒たちが心配になりながらも、出来ることをしに戻る。

 患者が多かったから、点滴の準備も、簡易ベッドも足りない。とりあえず治療しただけなので、これから別の医療班に行ってもらう患者と今日は一旦休憩する人に分かれるらしい。ゆっくり点滴を受けて休んでもらうには、前線すぎるのだ。第三中隊騎士団の拠点ではあっても、拠点なだけで、広範囲に広がる魔物出現で、分かれて出払っている。騎士なら召喚獣がいるけど、冒険者たちを送るために足になる必要もある。

 ケガは治っても、血を補う必要があるし、一人外れてもパーティで来ているから、人数の移動は結構な数になるらしい。

 ニーズは体を小さくしているので、重い荷物も運べるし、他の召喚獣よりたくさんの人数を乗せることができる。詰めれば四人は乗せれる。私が乗らなくても連れて行ってくれるけど、乗る人たちが嫌がなければ五人乗せて移動してもらおう。


「おまえとくっ付いて乗るとかちょっと嫌」

「それ俺のセリフな。お前、臭いんだよ」


 臭い、臭くないとじゃれ合う姿は楽しそうだ。トラウマになってなさそうで良かった。

 ニーズには人がいう事が伝わると伝えれば、冒険者たちは喜んで自分たちだけで乗ってくれて私が驚いた。「俺の召喚獣にならないか?」ってニーズが誘われている。

 緊急事態だし、距離も近くの町まで送るだけだし、他の召喚獣と騎士がいるからニーズだけで向かわせた。二往復をしたニーズは人気者だったそうで、それを聞いて嬉しくてにやけてしまう。



 隊長が夕方、夜の帳が降りる前に戻ったと聞き、すぐに掛け合いに向かった。

 召喚獣から降りて、簡易の建物に向かうところを捉まえる。

 隣の隊員たちから引き留められたけど、いいたい事は伝える。


「隊長、突然失礼します! 学園から派遣された生徒です。近くに生徒たちがいるそうなので、そちらに治療魔法使える者として行かせて下さい。騎士訓練も受けたこともあります」

「一人で向かわせるわけには行かないだろう。君は今日来たのかい?」

「はい」


 そう言いながら、疲労困憊の隊長の様子に気づく。

 私はすぐに腰のガンマポーションを取り出し、差し出した。


「これをどうぞ。魔力回復と治療を一度にしますから、少し楽になると思われます」


 ポーションを見て、私ではなく、丁度やって来た副隊長に声をかける。


「この新しい中級ポーションは沢山届いたのか? 在庫はどのくらいだ?」

「いえ、それは彼女の持ち物でしょう。ここには普通の中級ポーションしかありませんから」

「そういえば学園はこのポーションを使っているのだったな」


 そこで私が会話に割って入る。

 隊長はガンマポーションが魔力回復と治療を同時に行えると知っているらしい。 


「必要でしたら、個人的に百個お渡しできますが?」

「……学園というのは一生徒にそれだけ持たせるのか?」 

「いえ、百個は私物です」


 その会話の途中で、副隊長が紹介状の内容と、私が治療した様子を小声で隊長に告げていた。両方を同時に聞ける隊長は優秀なのだろう。

 医療班のメンバーというには、背も高くがたいがいい第三医療部隊の隊長。


「その百個のポーションを学生たちに届けたい、というわけか」

「いえ、学生たちに渡す分は別に百個は持っています。この医療班にもポーションはありましたし、治療魔法を使える方もいましたから、言わなかっただけです。前線を廻っていらっしゃるのを見て、必要かなと申し出ただけです」

「ふむ。学園からの騎士たちの陣営にも寄っては来たが、生徒たちだけの陣所よりはこちらの方が安全だ。そもそも君の派遣先はここだ。ポーションを届けたいというのならそれは許可しなくもないが、君をそこにやるわけにはいかない。ただ――」


 そこで一旦区切りにやっと笑うと続けた。


「俺と一緒に第三医療部隊の一員として付いてくるか? ポーションも渡せるぞ。ただし、危険が伴うし、部隊として動くから俺の指示の元に動いてもらうが」

「ありがとうございます!」


 にやっと笑った笑顔すら恰好いい。どこまでもついて行きますとも!

 私はすぐにお礼を言う。隊長が決断力に優れているって大事だと思う。

 隣では責任の有無を出して止める声もするけれど、どうやら一人医療部隊の人も負傷して血を流したから休ませたいという医療班側の事情もあったようだ。 

 私はそこまで耳にして、渡すものを取りに急ぐ。

 

 学園の生徒だからと心配してくれるのはありがたいが、少し小うるさいなと思っていた医療班の人たちも私が渡すポーションとここに来る前に失敬してきたお酒二十瓶を消毒代わりにと次々と並べるように渡したら、口を噤んだ。

 一人は目を丸くしているのを見ると、いいお酒なんだろう。

 隊長はそれらを見てわははっと豪快に笑っていた。

 あり、隊長にはどこから持ってきたのかばれてるらしい。他の隊員はどこの令嬢だ?とか話しているから、気づいてないようだけど。


 うん、笑い方も素敵だ。

 冒険者のおじさんたちを思い出す。それでいて、貴族だからか洗練された動きは文句なく恰好いい。隊長自らが前線に出ていることやほんの少しの間のやり取りしか見ていないけれど、出来る人だと思う。明日からの出動で、この人から多くのことを盗み見ようとニンマリした。


 寝所に戻って気づく。

 あ、隊長の名前聞くの忘れた。

 疲れていたのか、ベッドに横になっただけですぅと夢の国に旅立った。ぐぅ。

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