第101話

 ポーションの詳細は後でもらえることになっている。

 量も多いから、大変だと思うが、鑑定士に任せた。


 早速お菓子をいただきながら、家族との団欒のひと時を過ごす。

 フェルミン兄の用意してくれたお菓子は、最近王都で話題になっているお店の苺パイだった。苺をふんだんにあしらった下にはカスタードクリームと生クリームがパイ生地に挟まれている。

 タルトぽい見た目だけれど、サクサクのパイ生地にカスタードと生クリームの二つの甘さとイチゴの自然の甘さと酸味がたまらない。

 味は苺ミルフィーユに近い感じ。

 左手が頬に行ってしまうのは、ほっぺが落ちてしまわないための条件反射に違いない。


「とっても美味しいです! フェルミンお兄さまはいつもどこでこんな美味しいお店を知るのですか?」 

「妹が美味しいお菓子が大好きだと言えば、教えてくれる友人くらいはいるからね」


 にっこりと笑う兄。お菓子情報を共有しあえる友? それって女性? 王都にあるケーキのお店を教えてもらえる友人……。

 う、うらやましくなんてないもん。お菓子を買ってきてくれる友人たちはいる。一緒に行こうと誘われたことがないだけだ。

 あれ、何故だろう?


「イチゴのレアチーズケーキは二ホール買ってきたから、寄宿舎に一つ持って行って食べるといい。収納カバンあるだろう?」

「はい!」


 さすがは兄!

 可愛い苺ケーキのような女子友たちを誘い、一緒においしいお菓子を食べて仲良くなれ、ってことですね!

 男子どもからケーキは守って見せます! そして私もハッピー学園ライフを送りますとも!

 収納カバンは一つ上げようとしたのだけど、すでに小さいのを持っていると受け取ってもらえなかった。だが、カバンを持っていることを覚えてくれていた。そして他にも。


「これ、檉柳梅蜂蜜マヌカハニーのキャンディー。のど飴としても優秀らしいから、一瓶持って行ったらいい」

「マヌカハニー飴ですか!? 私が言っていたこと、覚えてくださっていたのですね! ケーキの他に飴まで、嬉しいです!」

「お安いごようだよ。シャインのおかげで僕とホセは副業だけで食べていける程だし。ババさまがポーション改良を始めたとはいえ、その後の実験も頑張っていて、貢献しているよね。今回の新しいポーションも半分はシャインが作ったのだろう?僕たちが副業できるのも、シャインがいてこそだからね」


 あ、半分が私作成って設定になっていたね。

 きっと、薬効が微妙な鎮痛剤とか、ポーションでないものもあったから、それらは私作成となっているのだろう。私が作ったもので変わりないが……。

 副業を頑張っているのは兄たちだけれど、褒められたら嬉しい。おまけにこのご褒美。


 飴は食べたことがないが、蜂蜜ならある。

 マルガリータにお粥をあげたことがあったが、その時に勧められた。

 マヌカと呼ばれる木の花から採れる蜂蜜はどろっとしていて、香りが私には強く感じた。つまりはちょっとまずそう、と失礼ながら思い辞退した。

 その後、喉が痛い時に一口もらい、喉の痛みから解放され、その瞬間、まずそうと思った自分を小一時間説教してあげたい気持ちに駆られた。味はともかく、喉がひりっとするのもあるけれど、軽い症状だったからか、とても楽になったのだ。


 喉の炎症にプロポリスのスプレーを以前使っていたが、それと似た感じもした。ハチが作るものだからなのかもしれない。子供のころは苦手でうぇぇとなったものだ。でも、プロポリス液よりはマヌカハニーは甘さもあるからか、大丈夫だった。すぐ溶けてしまうけど。

 その話を兄にしたことがあったので、覚えていてくれたのだろう。

 マルガリータのはちみつは「これは医療現場で使われているものらしいわよ」と言っていた。メチルグリオキサルが1100mg含有のその蜂蜜は値段がびっくりするほど高かった。実家で使う蜂蜜の二十倍以上もするお値段だった。

 ちなみに、兄からもらったのは十倍もしない。それでも高価だけど。


 喉に優しいカリンのはちみつ漬けをババさまが毎年作ってくれる。薄く切って蜂蜜に漬けるだけだけど、カリンは固くて切るだけでも大変だったりする。香りだけでごくりとなるほど、美味しそうな甘い匂いがする。実際はそのままだと渋いけど。

 これは普通のお茶としてよく飲む。とても飲みやすいが、個人的には喉の炎症効果は低かった。熱湯を注ぐからだろうか……。

 母は咳止めに花梨酒がとてもいいと絶賛しているので、母には、あうのだろう。何より飲みやすいと思う。香りからして美味しそうだから。


 マヌカハニーに花梨や柚子を漬けたら効果は凄そうだけど、味は香りですでに戦っている気がする。私だって、いつもいつも失敗するわけではない。

 喉にいい蜂蜜といえば、栗の花の蜂蜜。栗の蜂蜜も匂いが独特すぎた。カレーに入れるのなら大丈夫と思い、一鍋すごい匂いの料理にしてしまい怒られたことは、あったな……。

 父が栗花の蜂蜜バタートーストが好きなのだ。ブルーチーズとも合うといい、ワインと共に楽しんでいるようだ。

 

 私は、花梨茶や柚子茶のほうがいいや。

 マヌカハニー飴でどれ位喉の痛みに効果があるか分からないけれど、のど飴としてならあの香りも少し我慢できる。


 マルガリータの兄ベルドナルドは、マヌカハニーがお口に合わないそうだ。思うに、お子様し好がそのままなのだろう。私にミント味マカロンを押し付けたことは忘れていない。

 私は最近はミントチョコも少しは食べれるようになった。私も大人の階段を上がっているらしい。もちっと背が高くなったらいいなぁ。


 ポーションの中に抗炎症とだけ出ているものがあった。

 詳細で問題がないようなら、スプレー容器に入れてのどの痛みに効果があるか、試してみようと思う。プロポリスもいいけれど、無臭に近いならそのほうが楽だから。


 前世でプロポリスは古代ローマ時代から天然の抗生物質と言われていたという。細菌は十七世紀に見つかったと言われているが、酵母の研究などはその前からあった。

 この国では、鑑定に出るので抗生物質などの概念自体はある。

 例えば、前世で虫垂は要らない臓器と考えられていた時代もあったが、虫垂に免疫を高める効果があると鑑定で出るそうだ。


 そんなことを思っていたら、兄からポーションの件で聞かれる。

 

「シャイン、先ほどワクチンとか言っていたけれどあれは何に使うの?」

「病原体対策です。ばい菌、特にウイルスに、ですね。去年の夏から秋にかけて、魔物の集団暴走がありましたよね。魔物の狂暴化が話題に上がっていたのですが、王都周辺の獣にも狂暴化がみられるとの話を聞いたのです。その薬になるかは分かりませんが、ウイルスに対抗できる薬ができたらと思ったのです」


 一番欲しいのはできてなかった。

 兄に答えると、それを聞いて父に尋ねる。


「そうなんだ。消毒を徹底的にするようにとは僕も聞いたよ。父さま、獣の狂暴化はその後話は出てないのですよね? 原因は分かったのでしょうか?」

「獣や人々の被害もその後出ていないが、原因解明も未だだね」

「このまま沈静化してくれたらいいですね」

 

 父たちも頷く。

 私は別の話題を口にした。


「そういえば、トネリコの木の研究、進んでいるでしょうか?」

「あぁ、言ってなかったか。トネリコの木を数か所の領地に増やしてみる試みが始まっているよ」 

「兄さんも頑張っているようですね。そういえば、お付き合いしている方がいるとか聞いたのですが?」


 フェルミン兄が爆弾発言を落とした。

 喉がごくりとなる。このマディチ家嫡男に嫁に来てくれる女性はどんな人だろう。いや、まだお付き合いの段階か。

 上の兄は寡黙だから少し心配してしまうのだ。フェルミン兄はよくかわいいねとか言ってくれるが、上の兄からは言われたことがほぼない。女性の口説き文句なんて知っているのだろうか。それでなくても、植物の研究所なんてところで働いているから、出会いがあるのかと要らぬ心配をしてしまっていた。

 ドキドキして話を待っていると先に義母が口を開く。


「そうね。シャインに感謝しなければ。ニヴル領にあるカトレー子爵家のお嬢さんよ。ローサ夫人もご存じの家だったから、話がすんなりとまとまりそうよ」


 ローサ夫人、いつの間に!

 ん? カトレー家? 


「カトレー、ですか? もしかして、四、五年前からのお付き合いなのでしょうか?」

「いや。学園では一緒だったそうだが、本格的にお付き合いが始まったのは今年初めだよ」


 私の疑問に父が答えてくれるけれど、私は入学式で上の兄からもらったカトレアの花の髪飾りが気になる。カトレーとはカトレアの花の名前の由来になったのではなかったか。あ、これ前世の記憶かも。


 学園で一緒だったということは、まさかのずっと片思い?

 それで、義母がローサ夫人を通して知り合えたと私に感謝、という流れなのだろうか。


「二人とも落ち着いた性格で、気が合ったみたいね。元々好意はあったみたいなの。同じクラスになった時にはよく話をしていたそうだから」


 なんと、両想い!

 あの兄がよく話をしていた、というのも驚く。両想いだったのに、なぜ告白しなかったのだろう。同じ子爵家だし、同じクラスなら機会もあっただろうに。好意はあったけれど、それが恋だと気づかなかったパターン?

 うーん、恋愛指数値が足りないようだ。さっぱり分からん。


「まぁ、本人が一番頑張ったと思うよ。二年前からだったか、ニヴル領出身の屋敷でのパーティだけには出ていたからな。カトレアも同じだったようだが」


 うわぁ。似た者同士だ。って、名前がカトレア? 

 まんまですか! 

 まさかカトレアにあげようとして買ったものを私に回したわけではないですよね……。あの時の感動が……。


「おめでたい話があったから、シャンパンだったのですか? ローサ夫人も水くさいです。全然しりませんでした」


 私は父たちが飲んでいるシャンパンを見ながらむぅと口を尖らせた。別室にいるローサ夫人が少し恨めしい。妹なのに全然知らないって少しショックだ。


「これは、純粋に新しいポーションのお祝いだね。ローサ夫人を責めるなよ。口が堅いのが長所だと言っただろう? それに、シャインがしゃしゃり出ても困るだろう。まだ学生なんだから」


 父がシャンパングラスを指して言う。兄もいないのに、お祝いでもないか。

 確かに、口が堅いのはローサ夫人の長所だと聞いていた。

 気を取り直して、口を開く。


「わかりました。では、兄のために乾杯しましょう」


 私はジュースの入ったグラスを持ち上げた。



 後でこっそりフェルミン兄が「あの髪飾りは一緒に選んだものだよ? 兄さんが手に取っていたから、シャインの瞳の色だねって後押ししてしまったのは僕なんだ。まさか好きな女性の名前だから見ていたとは思わなくて、ごめんね。二人に悪いことしちゃった」と囁いた。

 気を使わせてしまったようだ。


「いえ、私こそお祝いの席で不満を口にしてごめんなさい。お兄さまとカトレアさまに何か贈り物したほうがいいでしょうか?」 

「近々、家にカトレアさんを呼ぶだろうね。その時に歓迎の意を表せたらそれでいいと思うよ」


 名前がカトレア・カトレー。ダブルカトレア。

 これはもう、蘭の女王、カトレアで攻めたい。


「カトレアの花で家を飾ったらいいのでしょうけれど、時期が合うかしら」

「それもいいね。ただ、兄さんが花はプレゼントしているとは思うけど」


 リタならハギレを使って布でできたカトレアの花束を贈りそうだ。

 私が作るとしたら、カトレアの模様が入った剣……却下だ。おとなしい令嬢に贈るものではない。

 カトレアの建物……意味不明。

 カトレアのポーションがもしも、できたら真っ先に贈ることにして、私は既存のものを探すことにした。


 ちなみに、

 上の兄の名前はピオニー・マディチだ。

 ピオニーとは牡丹のこと。花の王様とも言われる牡丹ピオニー。蘭の女王カトレアといい勝負だ。ちなみに、シャクヤクは花の宰相。牡丹とシャクヤクは牡丹科だから総称でピオニー。

 ピオニーはギリシア神話で神の傷を治した医療の神ペオン(=パイエオン)が由来とも言われれている……ギリシア神話ってことは前世の知識の方か。

 マディチ家では始祖の名前だから、嫡男によく使われる名前だ。


 どちらにしろ、カトレアも、ピオニーも花の名前。

 きっとお似合いの二人だ。そう思った。

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