第100話
母からタブレットを通じて連絡があった。冬休みの予定を聞きたかったようだけど、私も母に会いたい、声を聞きたいと思っていたから殊更嬉しかった。寒くなると人恋しいい気がする。お腹もすくから、実家の味が恋しくなる。
アンブル領に冬の到来を伝えるツルが飛来しているらしい。暖かい地方へ越冬するツルはアンブル領を経てレイバ領へと行くようだ。
冬休みは嬉しいけれど、思ったようなポーションができずに、心急く。焦っても仕方ないけれど、冬は材料も手に入り辛くなる。
物を一瞬で運べる転移魔法はあるけれど、植物自体が手に入り難い。
急ぎ作りたいのは、狂犬病抗ウイルス薬、もしくはワクチン。
ワクチンの方がウイルスから作れる分、開発は易しい。だが、不活化ワクチンを作る方法も分からないので、私にとっては難易度は同じ。
次がもう一つの改良上級ポーション。ゼータポーション。
改良ポーションが抗ウイルスになるのか、抗細菌になるのか、はたまた二つの効果が期待できるのか、もしくは全然違う効果が表れるのか、出来てみないと分からない。
獣の狂暴化の原因が狂犬病と決まったわけでもない。だが、ポーションに抗ウイルス効果が表れてくれれば、インフルエンザ等にも効く可能性が出てくると思う。
できたら、いろいろなウイルスに効果のある抗ウイルス剤ができてくれたら嬉しい。欲張りすぎるかな?
折しも季節は冬。乾燥からか風邪が流行っている。
マルガリータの風邪は、寒さからきた風邪。流行っているのは移る方の風邪だと思う。症状が長引いていないからウイルス性だと思われる。インフルエンザのような重篤な症状を引き起こすウイルスもあるけれど。
私は心を落ち着かせるために、深呼吸した後、知っている知識を書きあげてみた。
・ウイルスと細菌の違いは大きさがまず違う。
・細菌は抗生物質が有効だけど、ウイルスだとそのウイルス専門の抗ウイルス剤が必要になる。
・抗ウイルスとして使われていた漢方: 葛根湯、麻黄湯、麻黄附子細辛湯、補中益気湯、小柴胡湯……
書けたのは三つ。少ない……。
漢方の成分としては、葛根湯なら名前につくように「クズ」、麻黄湯なら「マオウ」、麻黄附子にはトリカブトの根、「ブシ」も入る。補中益気湯は免疫を高めるもので、小柴胡湯は、甘草などの成分。
「成分として他に何かあった?」
独り言のおかげか、八角が浮かぶ。漢方としての名前は
薬は本当に不思議だ。
他には――
藍! あいの根! 心臓がドクンと鳴る。
藍の根のことを漢方としては
藍の実は解熱剤として、他にも煎じ液が消炎、解毒、止血などにも効果ありと本草和名にも登場する。
藍職人は病気知らずと言われている。
今までの改良ポーションは全て根を材料とした漢方だった。
名前に根が入っている漢方。
私は早速、藍の根を探すことにした。葉は夏に収穫、根は秋に収穫されているはすだ。
藍の根を探しつつ、実験は続ける。
エプシロンは偶然できた。毒を持つトリカブトが材料となるとは思わなかった。だから、エプシロン上級ポーションができた後は、毒の成分を探してしまった。対になるほうも毒成分から薬になるのかもしれないと思って。
例えば十味敗毒湯。でも、これ名前に毒が入るだけで、成分自体は毒を持つものがなかったと後で気づいた……。排毒ではなくて、敗毒だけれど、おなじはいどくの読みであることに早く気づけ自分!
前世の知識とここの世界での知識とを織り交ぜて探っていても、よく袋小路にぶつかる。そもそもが勘違いってこともよくある。
ポーションに鉱物や虫、カビを混ぜてみたこともある。
絹は前世でも、こちらでも高級品だけれど、その元となるものをポーションに加えて失敗した。カビはもちろん、金粉は体にいいというが、これも失敗だった。
失敗続きで兄たちに愚痴ってしまったこともある。
「鉱物や虫を入れるのはシャインくらいだと思う」
「実験はいいのですが、成功しても誰も欲しいと思わないかもしれませんね」
いつもは優しい兄とホセですら、そんなことを言っていた。
でもでも、抗生物質のペニシリンだって青カビからできてたよ? 漢方の中には虫のさなぎから生えるキノコの冬虫夏草とか亀の甲羅とかも確かあったよ? と思ったが、前世の知識だから、反論できずに終わった。ぐぬぬ。
おかげでもっと嫌な漢方の材料を思い出してしまったが、それは胸の奥深くに埋葬した。飲んだことはきっとなかったと思いたい。ナムナム。
有力候補はケシなどの麻薬成分を持つ漢方。麻薬成分を持つ植物は往々にして、薬となる成分も持つ。
ケシのときも、蚕のときも、実は胸がドクンとなった。
取り寄せて、実験してみたけれど、改良ポーションにはならなかった。……ま、そういうこともあるよね。いや、成功しないことのほうがずっと多い。
薬の材料としては、可能性はあるとは思う。
実験はお金がかかる、というのは確かだと思う。ただ、鑑定スキルなるものがあるから、動物実験、人体実験の必要がないから、出来てしまえば余計な金はほぼかからない。
鑑定スキルのおかげで、ポーションが低価格なのかもしれない。
様々な実験を繰り返す日々は続いた。
年は明け、藍の根が手に入ったのは、春も近くなってからだった。
藍自体は染料として国内でも作られているし、育てやすい植物らしい。だけど板藍根を初冬に手に入れることができなかった。
早速、上級ポーションに粉を混ぜていく。
光で覆われて完成する改良ポーション。
ゼータポーション、だよね?
十五倍されたから、ゼータで間違いないとは思う。
エプシロン上級ポーションに半年遅れて、ようやくゼータ上級ポーションが出来上がった!
はぁ。長かった。効果が気になる。
祖母たちに連絡をした。
屋敷に鑑定士を呼んでくれるとのことで、その前に父と祖母にポーションを送った。だが、父へ送ったポーションの種類が多くて、結局週末に私も同伴して結果を聞くことになった。
種類が多いのは、いろいろと実験したから。
もちろん、失敗もいっぱいした。
ウルフの血液もポーションに混ぜてみたが、やはりポーションの方が血液に吸収されてしまった。ポーションがケガしたときに止血したりと血液に働きかけるからなのかもなと思う。決して、結果を見るまで気づかなかったわけではない。私って天才じゃね?と思いながら実験してない。
卵かけご飯が美味しかったので、火を通したらさらに美味しい新発明になるかと思ったのに、チャーハンの劣化版のようなオムレツもどきになった、とか。ポテトサラダが美味しいから、揚げたらフライドポテト以上のものができるのではないか! と期待値高く試食したけど、微妙なコロッケだった、とか。
普段の料理からポーション作りに至るまで、失敗は成功の母として大事にしているだけだ。
………………
…………
……ごめんなさい。嘘です。ただのうっかりです。おまけに失敗したらめっちゃ悔しいです。時にメソメソします。
でも、何か思いついたら嬉々として次の実験に取り掛かってしまいます。……私は三歩歩けば忘れる鳥か?
鳥頭のせいで、できたポーションの数々。五十はあるかな。
待ちに待った週末。
父のほかに兄たちもいる。私は筆記係りの体で何気に座っている。
毒を使ったものも結構あったので、五十はあるポーションを全部、鑑定士に見てもらう。ドキドキ。
ゼータポーションはできていた。
追加効果が分かった。
――抗生物質
思わずソファの隅に座っていたのに、鑑定士に尋ねていた。
「抗生物質とだけ出ますか?」
「追加効果が『抗生物質』ですね。もちろん、魔力回復と治療効果は上級ポーションですよ」
魔力回復するために、毎回抗生物質なんて飲んで体は大丈夫なのだろうか?
おまけに抗生物質って種類いろいろあるはずよね?
私の疑問に気づいた父が質問を続ける。
「抗生物質というのは、天然抗生物質に比べてとても強い感じがするのだが、魔力回復するたびに、抗生物質も一緒にとっても大丈夫なのだろうか?」
「ポーションメインが魔力回復と治療になっています。追加項目として出ていますので、安心していいかと思いますが? エプシロンポーションも追加項目が毒の無効化ですが、上級ポーションとして使えてますよね?」
抗生物質にも種類があるということは聞いたらおかしいだろうか。鑑定士はポーションなど薬剤に精通している人を頼んでいるそうだが……。
そう思っている間に鑑定士の問いに答えたのは、ホセだった。
「アルファとベータポーションでも、治療する必要がなくても魔力回復だけされていますし、副作用は出てないと私のほうでも聞いています」
「そうですね。鑑定でも副作用があれば分かるはずですが、出ないということと、メインの効果がその二つですから、問題ないかと思います。それより、気になっているのが、あちらのポーションですね」
鑑定士が指さしたポーションたちを彼の前に出す。
「これらポーションだと出るのですが、効果がこちらは『殺虫剤』と出ます。横の物は『殺虫剤低』、その横の物は『殺虫剤高。追加で人畜低害』、その後ろの物が『殺虫剤。追加が人畜無害』と出てます」
「殺虫剤がポーション括りですか」
農薬の中に殺虫剤が含まれていて、薬の字が入るから、水薬の意味を持つポーションでいいのではないのかな? どこかおかしいのだろうか?
「はい。初めて見ました。希釈千倍液ですか。除草剤もありますね」
千倍希釈! 効率よすぎ?
毒を使って実験したポーションが殺虫剤や除草剤を生んだのか。
ただ、一番欲しいのがない。
「すみません、これらの中に抗ウイルスという効能が付いたものはありませんか? もしくは、免疫グロブリン、ワクチンという効能はないでしょうか? 追加効果でもいいのですが」
「少しお待ちください。……えっと抗ウイルスか免疫グロブリン、もしくはワクチンですよね?…………ないようですね。……ありませんね」
「そうですか。ありがとうございます。最後に、抗生物質には種類はないのでしょうか?」
「出ていませんね」
私は抗ウイルス剤がないことにがっかりしたが、顔には出さずにお礼を言った。
鑑定士は出ている結果を言うだけだ。
殺虫剤ができたなら、図書室へ持って行けば喜ばれるだろう。
人畜無害の物をみたら、材料は除虫菊とタバコ、祈り茸等で作ったポーションだった。除虫菊は蚊取り〇香の主成分であるピレスロイドを持っている。人畜無害ではないが、比較的安全だった。ポーションになったら、それが無害になるとは何て素敵。
でも、ピレスロイド自体はトリカブトの毒のように昆虫類や爬虫類にとっては神経毒になるはずなのだけど、ポーションに神経毒効果はない。
山椒は漢方でも使われ、サンショオールには鎮痛効果などがあると知られているけれど、殺魚剤の毒もみとして使われる。魚にとっては麻痺毒になる。
まったくもって、薬とは摩訶不思議だと思う。
酒は百薬の長と言われているように、毒にも薬にもなるということか。その薬も百通りあるということ? ……うん、考えても分からない。
ランバートにもあげたら、レイバ領である南の島の蚊対策になるだろう。硫黄などの鉱石で作った殺虫剤しかなかったはずだ。いや、彼には売ろう。売りつけよう。
量産は苦労した。おまけに、三百近い在庫を抱えてしまっている。私だって、少しくらいは賢く立ち回りたい。恩を売りつつも懐を温めよう。最近は忙しいのか、お菓子を全然くれない。
「シャイン、殺虫剤を見ながら悪い笑みがもれてるよ? 怖いからやめよう?」
えええ!?? お兄様、ひどいですぅ。
私は顔をもみもみした。
他に、ケシや魔物の毒からも鎮痛剤や麻酔薬もでき、変わったものとしては「植物用殺菌剤」とかもあった。
人用でないものもできてしまった。人用なら、水虫とかの薬になったのかな。
千倍希釈などもできたが、希釈されないものもあったり、ポーションとしては使えるものの、価値が低いものも結構あった。
例えば、毒サソリの毒針を手に入れようとしたら、コスト的にも高価だ。でも、作られたのはただの鎮痛剤。他の材料で鎮痛剤を作るほうがコスト的にもいい。
もちろん、今の私では毒サソリの毒から鎮痛剤しか作れていないだけで、実際にはもっと素晴らしい薬ができるのかもしれないが。
とにかく、今回ゼータポーションができたのだ。
父たちは嬉しそうだし、いったんは実験成功として、喜びたい。副作用がないことも嬉しい。少なくともアレルギー症状などはでないだろう。
しかし――ペニシリン系でも十数種類あったはずだし、抗細菌性、抗カビ性など作用の分類もすっとばしてまるっと抗生物質なのだろうか……。
ポーション万歳、ということでいいかな、もう。
考えても分からないことは、いったん手放す。逃げるともいう。
「新しい改良ポーションもできたし、お祝いしようか。シャインが好きなお菓子を買っておいたんだよ?」
「ありがとうございます!!」
さすがです! フェルミンお兄さま!
私のもやもやした気持ちなんて、フェルミン兄の優しさで霧散した。
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