第99話

「シャイン先輩ー、助けてください~」


 前等部の生徒の自分を呼ぶ声を聞いて、またかとため息がついて出た。

 

 今しているのは、図書室の一室で本の修復作業。

 これでも図書委員三年目になる。四年目でないのは前等部二年生から図書委員をしているから。

 

 本来、修復作業は生徒がすることはないのだが、表紙と中身の分離、背張り・背固めの除去だけは手伝っている。

 なぜか?

 司書たちが女性ばかりで、力作業が苦手と言うこともあるかもしれないが、本当の理由、それは――


 虫対策だ。


 羊皮紙の製本も多いため、管理は徹底されてはいるが、それでも虫食いがあったりする。虫損で綴じ糸が外れたりするから、早め早めに対処が必要だ。

 虫対策になぜ私が駆り出されるかというと、薬草を普段触っているので虫にも慣れているから、だそうだ……。おまけに騎士コースもとって野営の経験もあり、大丈夫だと思われている。

 いや、普通に好きじゃない。

 ただ、虫を見たくらいで「きゃー」とか声をあげないし、卒倒なんてしない。

 前等部二年生の図書委員になった時から、虫関係を先輩や司書からまるっと押し付けられた。


 それからは毎年、図書委員を強く勧められるという事態に陥った。

 読書は好きだ。

 だから「本がダメになる前に助けて」という台詞に負けて、図書委員をしている。

 他の人が助けたらいいでしょ、と思わなくはないけれど、貴族の子女たちが司書をしていて、学園図書室もまた貴族の子女たちの場所。社会進出がしやすい、女性の仕事としては花形職業の一つになっている。

 本は結構重いのだけど、そこは【浮遊】を本にかけて押していけばいい。私は最初の経験のせいか、物に【浮遊】をかけるのも少し苦手だ。本は魔力で筋力をあげてさっさと運ぶに限る。

 騎士コースを受けている男子生徒が図書委員をする姿なんて見ないし、仕方ない。


 ちなみに、今回は大量発生なんて、してない。今回も、かもしれない。

 一匹の虫をある女子生徒が見かけただけなのだ。虫と言っても蝶だって虫なのだけれど。たぶん、本につく虫ではなかったのだろうとは思う。

 だが!、一匹を誰かがみかけたら最後、全部の本を確かめたと聞かないと安心できないらしい。

 特に、破損したりした本を分離する作業が怖いとかで、分離までが私の仕事となる。


 今、私がしている修復の仕事の手を止めさせて、叫んでいるのも、虫を見たとかではないと思う。広報活動に必要な本を見たいが、虫がいないか確かめてほしいだけで私を呼んでいるのだ。


 私がいないときは虫関係のみと、侍女にさせてた人もいたらしい。司書になったらそうもいかないだろうけど、結局司書たちも私にさせているのだから、同じ穴のムジナか。

 虫が出たなんてことは、他の生徒、特に女子生徒には言わないようにかん口令がひかれているらしいけどすでに知ってる生徒はこんな具合だ。


 生徒がするわけではないが、こまめな掃除をするのは基本として、湿気管理なども徹底している。

 そこに、私はラベンダーなどの精油を使ったハーブでの虫対策を持ち込んだ。

 紙魚しみはラベンダーの香りを嫌う。

 一センチもあるから、女子生徒が嫌うのは主にこれ。繁殖力が高く、寿命も長いから厄介だ。

 

 他の小さな虫とかは掃除と湿気対策をすれば割と大丈夫。

 ただ、羊皮紙の本もあるからか、衣蛾も飛んでくる。

 前等部二年生の時、最初に退治したのが、衣蛾だった。どこかでふ化したのか数匹飛んでいたことで、図書室は軽いパニック状態。

 とても小さな蛾なんだけどねぇ。

 ま、本の天敵ですから、徹底的に退治しました。

 おかげで、図書室の英雄扱い。やることやっただけで、下っ端が褒められた。

 図に乗った私はいらんことまで指示した。

 

 図書室に花やドライフラワーを飾らなくなったのは、私のせい……。

 花は好きなのだけれど、虫と騒ぐ彼女たちが面倒で予防のためだ。

 召喚獣も念のため出入り禁止になった。外でお待ちいただく。私の癒し、もふもふちゃんたち……。

 たぶん、怖いーっと誰かが叫ぶあの恐怖の声で、怖さが増しているとは思う。

 でも、嫌がるのだから仕方ないよね。


 虫が出たとき用の委員のため、その他のことは免除されるという特典が付いてきたのは儲けものだったけれど。

 生徒へ本の貸し出しのお手伝いや紹介、新刊等の記事作成による広報活動などから解放されている。

 委員の時間で、本を読む時間が増えるのは嬉しい。

 委員を務めると、成績に少し加点される。


 後は、活動費というのが支給されるから、その活動費で、週に一度お茶をしている。年末の打ち上げだけ、なんていう頻度ではない。

 活動が週二回の各一時間。そのうち一回は半分お茶の時間。

 うん。まぁ、貴族の子女たちだからね。


 お茶は別室で、侍女たちが入れてくれた香り高いお茶に、売店と言う名のお菓子コーナーで買える王宮ご用達のお菓子等を頂く。私が図書委員になった理由がこの特典たちのためだった、気がする。 

 特に前等部二年生のとき、英雄扱いされて、先輩たちからお菓子をたくさんいただいたのはいい思い出だ。ただ、会話にはあまりついて行けてない。お茶の時間は三十分と決まっているから、私は優雅に見えるようにゆっくり飲んで食べてを繰り返す。たまに首を軽く上下にシェイクし聞いてるふりをし、口を動かしていれば、話を振られる心配も少ない。


 上級生たちが仕切る会話は恋バナがメイン。

 特に王族関連の恋バナには私以外は食いつく。

 入ってみて知ったのだけれど、割と上級貴族の女子生徒が多い。お付き合い範疇にいるのもあって王族への関心が深いのだろう。それか伯爵子息のランバートから聞いた秘密のカギで入れる書庫が関係するのかもしれない。

 私は下位貴族だし、王族たちを知らない。

 ランバートはやはり話題の一人で、彼の話題もたまに出ていた。


「ランバートさまはいつお見掛けしても、麗しくて恰好いいですわよねぇ」

「ランバートさまは王族にも遠くは連なるレイバ伯爵のご子息ですし、領主の息子だけあって成績も優秀なうえに、剣技なども優れていらっしゃいます。神々から愛された方と言うのはランバートさまのような方を言うのでしょう」


 それを聞きながら頬を薄紅に染めてほぅとため息をつく女子生徒たち。

 あら、王族関係者が割と身近にいたらしい。と言っても遠いのか。ほぼ無関係に近いのだろう。

 ランバートが恰好いい事に、異論はございません。ただただ、私には話を振らないでねと思いながら口にゆっくりとショコラ・ポワールを口に運ぶ。

 チョコ生クリームと洋ナシの相性がいいのだ。ほのかにブランデーの香りが鼻の奥を心地よく抜けていく。 

 タルト・オ・ポワールを気に入られたという図書委員長がわざわざ侍女に買いに行かせたケーキだった。今年の図書委員長はお菓子をよくくれるいい人だ。


「面倒を押し付けているようで申し訳ないわ」


 と言いながら、お菓子を下さる。

 本当にいい人だ。お菓子をくれる人は大事なので、二度言いました。三度でも言いたい。

 図書委員長はあのマルガリータの友人らしい。それもあって可愛がってくれるのかもしれない。マルガリータもお菓子はよくくれる。

 ちょっと……、だいぶ……、かなりの強烈キャラだけど、マルガリータはいい人だ。棒読みだったのは許してほしい。



 そのマルガリータが風邪をひいた。バカではないらしい。私もたいがい失礼だなと思うけど、風邪の理由は夜中に運動をして熱いシャワーを浴びたから。暑くて髪を乾かすのも兼ねて夜風にあたっていたらそのまま朝まで窓全開で寝ていたらしい。侍女が恐縮していたけれど、夜中に再度シャワーを浴びたり、窓全開で寝たのはマルガリータだ。

 前世で風邪をひく一説に第一位は鼻をほじくる、というのがあった。手に付着している風邪ウイルスが粘膜を触ることで感染する。つまりは手洗いうがいが大事ということらしい。

 マルガリータの風邪の理由がずばり鼻ほじくりだったら笑えたのにな……。

 

 日ごろのお菓子のお礼もかねて、風邪で食欲がないというマルガリータにお粥を作って差し上げた。リタに手伝ってもらって。

 何故か、皆んな私が料理をするとリタと作ったかを確認してくるから、リタと作るのが習慣化している。リタと作ると美味しいし、間違いがないのもあるけれど。

 野菜とキノコ類を細かく刻んで混ぜ込み、牛肉で出汁を取ったもので味付けした。梅干しかおしんこがあれば、ただのお粥でいいのだけどないからね。


 マルガリータは、食欲ないのと言いながらも、一口食べた後は、「食べられるわね」と言い結局全部召し上がったと侍女から聞いた。侍女からとても感謝されたけれど、別にお粥でなくても食べたかもしれないと思ってしまった。

 体調は大丈夫そうだ。


 お粥は京都風のとろっとした感じの朝がゆ。

 雑炊も美味しいけれど、お米から炊く朝がゆはとっておき。

 コツは吸水後、お水からでなく、熱湯の中にお米を投入して炊くこと。混ぜても大丈夫。

 普通のサラサラのお粥とは違って、とろっとろになる。

 マルガリータに「食欲落ちたときはお願いね」と言われている。さすがに領主の娘に頼まれたら断れないし、お米は必要。

 マルガリータが病気以外で食欲が落ちるというのは、あまり考えられないけど……。

 お米の流通があるのは分かったので、お米だけは大量に仕入れた。いえ、仕入れてもらった。これは自分が食べたいとう本音と領主の娘からの命令ゆえ、ローサ夫人にお願いした。

 お米は水田ではなく、畑でとれる陸稲だった。


 中の時間が止まっている収納カバンがあるのだからと、市場に行って大量に季節の果物は購入してはある。でも果物は普段食べるし、ジュレやピューレにしてしまうかもしれない。そうなると減りは加速する。誰かさんたちのおかげで。

 運動する成長期の男子は食べる。


 収納小さめのカバンは一つずつクレトが受け取らなかった分をルカとリタにあげた。ルカがそこに食べきれなかった夕食のパンを入れているのを私は目撃した。夜食にするんだとか。

 私も真似をした。

 配膳する人たちに聞いて、廃棄処分されてしまう可能性のあるものはもらい始めた。例えば湯がいた麺だとか、餡に着けてしまった揚げ物が大量に残っている場合。食材でなく、料理の形でも保管できるとは、まさにマジックアイテムではないか!

 残飯最高!


 だが、これら料理はすぐに消えた。騎士コースの合宿に持って行かれてしまうと空で却ってくる。

 多くの食料が手に入っても、すぐに出ていく。来年まで全然持たない。

 やることが上手くいくことなんて、日常の中では結構少なかったりする。


 なのに食べた騎士コースの生徒たちから「貴重なマジックアイテムに残飯を入れる発想か。シャインって庶民より庶民ぽいよな」と言われた。その残飯を食べたのは誰だ! はぁぁ。

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