第98話

 数日後、孤児院には管理する大人が派遣されることが決まったと祖母でなく父から聞いた。

 町の事ではあるが、王都管理なので、貴族の方が話が通りやすかったようだ。個人で始めたものだが、他の孤児院が手一杯な孤児の受け入れもしていたことにより一部食料支援はされていた。そのための運営報告も上がっていたようだ。

 今後は、完全に王都管理の孤児院になるという。 


 私は、錬金術を使って剣を作ることにした。

 鍛冶屋のイバンに剣を依頼することも考えたけれど、子供たちにあげるものだからそこまで大げさにすることもないかと、手作りする。

 棍棒しかないと言っていた。年上からのお下がりもないのかと、少し切ない。


 鉄鉱石を少しと屑鉄を二束三文で買い、それを錬金術で剣にする。まず鉄から不純物をなるべく取り除き結晶を微細化していく。そこにニッケルを十パーセント少しにコバルトを入れて錆びにくい鉄の剣を作った。鉄隕石に似た割合にして刃渡り三十センチ程の薄い剣だ。


 ルカに見せた。

 熱心にじぃぃっと見たあと言う。


「すごいもの作ったな。何で作った?」

「……鉄」

「鉄の他に何か入れただろ? これ一つ俺にも作ってくれ」


 しまった。

 鉄剣だと錆びて手入れが大変なのだ。

 隕石で作ったとされる三千年錆びないツタンカーメンの短剣という前世知識でもって作ってしまったら、初見で見破られた。

 ほとばしる冷や汗。


「る、ルカには重いでしょ? 短いしさ」

「薄いし問題ない。てか、ニックたちにあげるために造ったんだろ? あいつらでも楽に使えるだろ、これ。軽いぞ」


 ですよねー。

 危なげなく振り回している。

 軽量化はした。それでもたぶん一キロ近くはあると思うんだ。それでも他の剣の半分の重さ。

 ルカは刃渡り七十センチ近くのものを使っている。


 私は安易に剣などを製造してはいけないことを学んだ。この世界の錬金術をなめてはいけなかった。

 炉もないし、鍛錬も鍛造も適当だったのに――。

 重心の取り方なども分からないから、自分の剣を参考にして作っただけなのに――。

 遅いけど……。今更だけど……。

 大げさな手作り剣が出来上がってしまった。


「ニックたちには鞘に入れておけと言えばいい。持ち手部分の柄にはボロ布を巻いておけばいい剣を持っているとばれないだろう」


 天才がいた。 

 剣の切れ味を試したいとルカとクレトが剣の手合わせをする。

 二人は持っていた鉄剣ロングソードと作ったショートソードで戦ったのだけど、上から振り下ろしたショートソードでロングソードを叩き折ってしまった。

 二人から攻めよられて、「近い、近い! ルカたちの分も作るから!」と叫ぶしかなかった。誰かに聞かれても私が作ったことは秘密ということで、ルカとクレトに短剣を作ることになった。

 満足げに顔を見合わせて笑ってるよ。

 男子は剣好きだものねぇ。騎士コースの生徒たちも執事に任せず手入れは自分でよくしている。


 鉄から炭素含む不純物を取り出したことで、精錬されたことになり、硬度が強化されたんだろうなぁ。鋼鉄になったところへ隕石と同じ比率の成分を入れてしまった。

 錆びないことだけを考えたら、クロムを混ぜてステンレスを造った方が良かったかもしれないが、見た目が鉄とステンレスではかなり違うだろうと勝手に思い込んだ。

 ほいほいといい剣ができたと喜ぶべきか……。


 物つくり、嫌いじゃないからなぁ。かといって裁縫とかの腕はないのが悔しい。私だって、可愛いドレス自作ですとか言ってみたい。ドレスは無理でも編み物で小物でいい。そこで思い出すのは、ぐちゃぁとなった毛糸の塊。

 私が作れるのは、ポーションと剣と、後は土壁とか……。

 いかん。落ち込む前に剣の話に戻ろう。


「ええっと、確かミスリル剣とかすごいのあったじゃない?」

「白銀の鋼か。あれは特殊だと聞くぞ。他にもダンジョンからしか産出されないものとかあるけど、量が少ないから貴重だしな。第一貴族でも金持ちしか持ってないだろ」


 そんなものかぁ。

 悩んだ末、ばれてるルカたちには隕石成分と同じ剣を、子供たちには普通の鋼鉄を造ることにした。

 五本の剣を完成させ、孤児院に向かう。

 剣はルカに託す。私が作ったのは内緒にしてもらった。

 ルカは俊足の仕方を私より上手に教えてあげている。さすが騎士コースの生徒だ。

 私は三百作ってあった魔導服のうち、小さいサイズをニックたち五人にあげた。それでも膝まで隠れる長さ。防具を付けるか、なければベルトをするように言う。


「俺たちだけか? 他の子にはないのか?」

「これは戦闘服なの。だから高価なのよ。他の子にはニックたちが狩りをして潤ったらそれで何か買ってあげたらいいでしょ?」


 そういうと、「おう」と嬉しそうにニィと笑った。

 チビなくせにリーダーだからね。孤児院では他の子供たちがきちんと食べているのを確認してから自分も口をつけていたりと、チビのくせに気配りをしていた。でも、気になることもなくはないので、直球で尋ねる。


「ニック、屋台で最初会った時、そばにパーティ仲間がいたけど、その子たちの分まで頂戴と言わなかったのはなぜ? その後買ってあげたらお礼は言ってたけど」

「ん? 当たり前だろ。自分でできることは自分で交渉しなきゃ対人能力、覚えねーだろ。買ってくれた相手にもそれ以上の負担を負わせることになるんだから、自分の食いぶちくらいは自分たちでお願いしなきゃな」


 何とそこまで考えていたか!

 リーダーだからと毎回率先しても、他の子供たちが自分でできることは自分でするようにしてるってこと? そのうえ、私のことまで考えてた?

 私ならそこまで考えないし、出来ないと思う。

 ……えー、本当? このサルがぁ?

 

「おい、何か失礼なこと考えてねーか?」

「いえいえ、トンでもございませんわ」

「……口調がすでに怪しい。それに、もしあいつらがもらえなくても大銅貨一枚くれるって話だったしよ。その金で買ってあげれるだろ? 金払いは良さそうに見えたし、聞いてくる内容が孤児院の話だったからよ。買ってくれるだろうとは思った」


 にやにやしながら語るのは、思い出しているからか。

 買ってくれるだろうと思っただと?


「ほう。まさか串肉をじぃぃと見ていたのは、こいつなら買ってくれそうだ、チョロそうだし、と思って見ていたか?」

「お、チビが少し賢くなったな」


 チビ言うな!

 ミジンコ言うぞ!? ……知らんだろうけど。

 ニック、リーダーの素質ありまくりだなぁ。途中で孤児院に来たとはいえ、年上も自分の配下においてるし、いつも笑顔だ。

 剣技とかはさすがにうまくはないけれど、ルカが教えてくれるのを一生懸命練習してるし、いい子なんだよねぇ。ニックが作ったというポーションを見る限りでは調剤のスキルがあるようには見えないから、見習いとして窓口に置くことはできないだろう。パーティのリーダーだし。

 私が何とかしようとしなくても、ニックたちなら自分たちでやっていきそうな気はする。


 魔術を使えないのは、ニックのいた孤児院だけのようだ。爺さまのいたときに喧嘩で魔法を使ってケガさせるという事故があり、それ以降、教えてもらってなかったらしい。

 どうせ社会に出れば必要なものは教わるからと。


 ただ、爺さまには薬剤のスキルがあったのか、ポーション作りは教えていた。ハゥツポーションと初級ポーション。だが、質がよくないので、売れなかったらしい。冒険者としては必須アイテムなので、自分たちで使う分だけ作るという。

 魔力が少ないのに、茎と葉を別々に入れることを知らなかった。作る手順も変更するように言う。質が改善されたら売れるかもしれない。

 学舎には強制ではないが、通いたい子供たちには通えるように父にお願いしてある。学舎に通えば基礎はもちろん攻撃魔法も教えてもらえる。いい友人もできたらいいなと思う。



 その後、ババ様からも入った情報によると、食料のほうはやはり来年から予算が組みなおされるそうだ。今年は変わらずと聞いて、持っていた食料のほとんどが王都付近の孤児院へと消えていった。

 来年までのつなぎ食料があって良かった。

 だが、来年予言が当たって凶作だったら、どうしようか……。

 考えた末、悪いことは信じない、という安易な方法をとった。



 食料もだが、孤児院で聞いた狂暴化している獣の件が気になる。

 狂犬病ならウイルスに感染しているのだと思う。狂犬病と言っても、犬だけでなく哺乳類まるっと感染する。

 発症したら治療薬がないと言われているが、噛まれた後、発症前にワクチン対処すれば実はほぼ助かる。発症までに七日から長ければ一年以上かかる狂犬病には、噛まれた後でワクチンや狂犬病免疫グロブリン接種が有効とされる。


 ただ、それは前世の話で、この国にワクチンや免疫グロブリンがない。

 抗ウイルスのポーションができたらいいのだけれど……。

 漢方の葛根湯が風邪ウイルスに処方される代表だが、ウイルスと言っても種類は多い。葛根湯の葛ではすでに中級ポーションができていて、追加効果に抗ウイルスとは出てない。


 麻黄湯がインフルエンザの抗ウイルス薬と同等もしくはより有効という研究結果もあり、以前、麻黄を取り寄せてポーションの実験をしてみたが、思ったような効果は出なかった。

 ゼータ上級ポーションもできてない。

 追加効能は「天然抗生物質」に関するものだとは思い実験している。エプシロン上級ポーションがそれまでの追加効果「免疫向上」からいきなり「神経毒無効」の追加効果になったから、違うかもしれないが。


 ポーション作りに煮詰まっていると、クレトから呼び出された。

 少し話があると言う。ちょうどポーション作りの建物には誰もいない。


「孤児院で獣の狂暴化の話が出たが、三年前のウルフ事件と関連があると思うか?」

「え!? あのウルフ事件と? うーん……、どうだろ。狂暴化はしてたようだけど、ヨダレを垂らしてたの見た?」


 あの時、私は通り過ぎただけで、きちんとウルフたちの様子は見ていなかった。狂犬病の代表的な症状はヨダレじゃないのかな。

 それに薬品の匂いがしたから、あれは人為的なものかもしれないと疑ったはず。


「元々体格が大きいものはヨダレを垂らしていることもあるけど、その程度だったと思う。特別ヨダレには気にならなかったが、シャインはヨダレを垂らしていたという話がきになるのか?」

「うん。ヨダレと聞いて、感染症かなと思ったの。あの時は人為的な可能性を疑ったけれど、今回のは動物の感染症かなと」

「感染症を人為的に引き起こす可能性はあると思うか?」

「人にも移る病気をわざわざ広めるってこと? 私が疑っている狂犬病ウイルスは空気感染はしないはずだけど、人にも移るし、狂暴化するから危ないよ?」


 クレトの言うことに若干びっくりする。

 少し考えた後の発言にはもっとびっくりされられた。


「空気感染しないからこそ、だ。もしくは予防薬や治療薬があれば自分たちだけ予防や治療すればいい」 


 クレトが怖いことを言い出した。

 わざと病気を広める人なんていてほしくはない。

 人為的な狂暴化の薬品も分からない。それが狂犬病ウイルスの可能性がある?


「……可能性としてかぁ。何のために?」

「目的までは分からない。ただ三年前の事件を思い出したから関連がないか気になった。あの時は薬品の匂いがするという話だったし、証拠隠滅されたから疑わしかったしな」

「確かに疑わしかったよね。あの時、襲った個体だけでなく他に逃げたウルフがいたとして、そこから感染が広まった可能性ってことね? そこまで考えなかったよ……」


 確かに、発症が人だと一年かかると言われているくらいだったし、感染媒体は哺乳類全部になりうる。逃げたウルフがいなかったとしても、噛まれて生き残った動物がいたり、ウイルス感染した噛まれた死骸を食べたネズミなどから移る可能性もある。

 最初が人為的なものだけど、ミスがあり三年経って、それが表れた?

 魔物も狂暴化していた。魔物に狂犬病って移るだろうか。


「その感染症の治療薬はあるのか?」

「たぶんないと思うよ。感染した動物から薬を作れれば治療できるようにはなるだろうけどね。でも、今回の狂暴化って魔物たちも同じように狂暴化してたから、魔物との関連性や魔物経由も考慮しないといけないのではない?」

「確かにそうだな。なぜ狂暴化しているのか、その治療薬ができるのか、分かれば対応がしやすいだろうけど、俺たちは学生だし無理か」

「一つできることがあるかも……!」


 私はクレトにウルフの血が含まれた土を保管してあることを伝えた。収納カバンがなかったから、箱に入れて冷凍庫にいれてある。

 そこから狂犬病ウイルスが出たら、ビンゴかもしれない。

 狂犬病ウイルスが手に入ったらワクチンができる可能性はある。

 だが、クレトに「ワクチンとやらを誰か作れるのか?」と聞かれて暗礁に乗り上げてしまった。不活化ウイルスにする方法を一個人ができるのか? ……私には無理そうだ。


「あ! ポーションにできないかな? 私がウイルス成分を抽出できたらいいのだけど」

「冷凍してあるんだろ? それも三年も前の。使えるのか?」

「うん。氷で覆っておいたし、ダメならダメなときだね。次を考えよう」


 結果――

 土から血を取り出すことには成功した。

 だが、ウイルスの検出は私にはできなかった……。

 ふりだしに戻った。


 何か混ざっているのは感じるから、それがウイルスかもしれない。

 とりあえずマジックアイテムの収納カバンに保管した。


 やることが上手くいくことなんて、実験の中では結構少なかったりする。

 いつものこと。いつものこと。……はぁぁ。

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