第97話

 孤児院が王都管轄なら、至急管理できる大人を送ってもらいたいところだ。

 孤児院にいた子供たちはニックたちに比べて少し清潔だけど、継ぎはぎされていない所々擦り切れた衣服をまとってる。

 魔道具の洗濯機と食器洗浄乾燥機があるのは幸いだ。と思ったら、食器洗浄機の方は動かない。動力の魔石が切れているようだ。完全に白濁して魔石自体の寿命が尽きているから、魔力をつぎ込むのは無理そうだ。交換したほうがいいだろう。


 リタは食堂になる部分を見て回っている。ルカとクレトに子供たちの世話は任せて、私は建物の様子を見て回る。

 しかし、専門家でもないので、家の状態なんてよく分からなかった。

 すごすごと戻り、雨漏りしているところはないか尋ねると、ないという。思ったより管理状態は良好らしい。

 食堂を見たリタが言うには、保存食などもほぼ見当たらないそうだ。包丁から石臼などまで道具はあるとか。

 私はニックに倉庫のもので必要なものは明日までに取り分けておくように言う。


「明日までに? 明日も来るのか?」

「うん。オート麦なら石臼があるからお粥にできるでしょ? 穀物があるから持ってくるね。畑は何を作っているの?」

「ジャガイモ。でも小さくて育たないから、食べれる葉っぱを植えてるの。でも、それもあまり育たないの」


 横から女の子が答えてくれる。

 連作障害を起こしているんだろう。土から換えないとあの固そうな土壌では植物が育ちにくいと思う。


「森のふわふわの土を持ってきて混ぜると野菜がよく育つよ。できたらクヌギとかポプラとかの広葉樹の近くの土ね。変なにおいがしたらだめだよ」

「そうなのか? じゃぁ、あの葉っぱを明日までに抜いて土も準備すればいいか?」


 ニックは賢いらしい。

 土を耕そうとしていることを理解してくれる。森が近くにあるかは分からないが、ダンジョンに行くと言っていたから、土はあるだろう。六畳もないくらいの小さな畑だけど、冬越しの小麦や大麦を植えたら春に穀物が採れるだろうか。

 ただ、麦類まで育てて脱穀し食べれる状態まで彼らがするのは難しいと思う。

 十歳以上の男の子たちがいないのは、見習いとして住み込みの仕事を見つけて全員出て行ったからだという。

 去年爺さまが病で倒れるまでは、きちんと運営されていたようだ。


「土に栄養がないから栄養を足して、空気を入れるために耕すまではするけど、野菜つくりは大変だと思うよ? できるの?」

「ネギ類は根の部分を植えたら生えてくるんだ」


 どうやらできることだけ、していたようだ。 

 手伝いをするのはお祭りだけの出来事だよと伝えた。ずっと面倒を見れるかなんて分からない。釘をさすようで申し訳ないけれど「お祭りのおすそ分けだよ」と言う。

 ニックは「分かってるさ。おまえもまだちびだもんな」と憎まれ口を叩いた。それが一番胸にきた。

 だが、その胸の痛みも次に続く言葉で消え去った。というか、別の痛みの到来で霧散した。


「隣のねーちゃんはにーちゃんたちに比べてちびだけど、胸はあるからな。シャインはペッタンコすぎるよな」

「……なっ!」


 こいつ、今何言った? 禁句か、禁句を口にしたのか?

 リタは顔を赤くしてるし、その横でルカはがははと爆笑。クレトは苦笑してる。

 最近、周りの成長が著しいので、気にしていたのに!

 というか、舞踏会で見せつけられたというか……。

 夜のドレスで胸元が開いたデザインだとそりゃぁ、強調される。

 

「女の子にそういうこと言うと、もてないぞ」


 ルカが言いながらニックの頭をわしゃわしゃしている。

 私はこめかみぐりぐりの刑にしてやろうとしたが、サルのようにすばしっこい。ルカに引っ付き庇ってもらいながら、舌を出してベーとされた。 

 あのすきっ歯サル、許すまじ!


「ふふふっ、いくらサルがすばしっこいと言っても私はその上を行くっ!!!」

 

 私は俊足を使ってサルをがっしりと捕まえた。

 捕獲成功だ。ふぅー。

 早速ぐりぐりをしようとしたら、子供たちに囲まれる。何? なぜ囲むの?


「お姉ちゃん、すごい! 今の何?」


 私の方が質問されてしまった。

 首を傾げる私に代わり、ルカが答える。


「シャインが使ったのは俊足だ」

「すっげーな、シャイン!」

「そ、そう?」


 ニックにすごいと言われて思わず頭をポリポリ。……あ、手を放してしまった。  

 サル脱走。

 サルに構う前に「教えて!」と迫る子供たち。ほんの少しレクチャーする。気づいたらサルのやつも一緒に聞いていた。

 ちゃっかりしてる!


 帰り際、ルカが口を開く。


「先日の舞踏会と孤児院が同じ世界の中でのことだなんてな……。でも、あいつら人を怖がらないし、前の爺さまには可愛がられてたようだった。早く次の人が来てくれたらいいな。シャインは明日行くのか?」

「うん。実は穀物がいっぱいあるからそれを持って行ってあげようと思って」

「倉庫も新しく作って、畑も土魔法で耕すんでしょう? 畑に手を出したらまた次も期待されるかも。それにシャインは孤児院に対していい思い出だけじゃないから私はそこが心配」


 リタは孤児院での出来事を知っているんだっけ。

 ただ単に、ある子から祖母の実の孫であることに嫉妬されただけなんだけど、自分も子供だったし、当時は結構ショックが大きかった。

 孤児たちは見捨てられ不安が強い。子供にとっては親の死という事故でもそれは見捨てられ経験となってしまう。試し行為やしがみつき行動などに走る孤児は多い。もちろん、そうならない子供だっている。

 そんな知識もない状態で言われた言葉は、本当だとは思えなくても心に突き刺さった。「ババ様はあんたなんかより私のほうが可愛いって言った!」そんなウソを信じたというより、憎悪される対象になっていることのショックも大きかった。

 私はあまり中には入らない。入れない。情が湧いたらそこで動けなくなりそうで怖いから。臆病だ。

 それでも、勝手に体は動いていた――


「昔のことだし、立場も違うからね。大丈夫だよ。大人もできないことをしようとは思わないよ。ただ食料があって、気づいたら声をかけていただけ」

「明日行くなら俺が護衛代わりに付いていく。学園に一度戻るんだろ?」


 クレトは食料を学園から持って行くことも分かっている。


「うん、お願い。リタたちは元の予定通り動いてね」


 王都の屋敷に帰り、部屋につくと私は祖母に連絡を入れる。やはり管轄は王都らしいこと、祖母も調べてくれると言うので大人ができることは任せることにした。



 翌日、クレトと一緒にニーズとフェンを召喚して学園に飛び、マジックアイテムの中にあげる穀物を入れる。

 孤児院の近くへとび、ニーズたちは元の世界へ行ってもらう。

 孤児院の倉庫は空になっている。木でなく土で出来ていた。助かる。

 私はさっさと詠唱を唱え、まずは土に還す。

 そこから地下部分を作る。ポーションを一つ飲んで地上部分を建てた。二階建てにしたかったが、そこまではまだ力不足だ。

 扉などは外注することにして、空調などの魔道具の設置をした。ただの倉庫だけど、食料を保管するなら、湿気などが気になる。食料はクレトに運んでもらった。と言っても、収納カバンから出すだけだ。


 さすがに音が響いたのか、途中でニックたちが出てきて騒いでいたが、やることから済ませてしまう。

 食べ物があれば、ニックたちも孤児院にいれるだろう。荷物も孤児院にあるのだし。

 潜るダンジョンの休憩所がどんなかは知らないが、さすがに屋根付きの家より住みよいはずがない。


「大麦とオート麦を地下に入れたけど、製粉が必要なの。大丈夫?」

「お姉ちゃん、石臼があるから大丈夫」


 比較的大きい少女が答えてくれる。


「そうだったね。畑に蒔けば来年採れるけど、手間がかかるのよね」

「麦踏とか?」

「知ってるの?」

「農家の依頼で手伝ったことあるから」 


 もしかしたら管理する人に知識とやる気があれば、麦も育てることが出来るかもしれない。とりあえず食料は入れた。

 製粉してあった小麦三袋六十キロは孤児院の中にしまう。もらった食料の中にジャガイモやサツマイモはなかったけれど、豆類は結構あったから、それらも持ってきた。他には塩と砂糖が各二十キロと油類。はちみつは自分が飲むから巣の状態で一つだけ。濾す必要があるけど、大丈夫だろう。

 塩を少しいれ、豆を湯がいておく。


 クレトには魔石の付け替えをお願いして、私は畑へ行き、土を魔法で掘り返す。

 森から持ってきてくれたという腐葉土を土にまくのは子供たち。楽しそうに手伝っている。それを風魔法で混ぜ込む。溝も作って畑の出来上がり。魔法を教えろと言われたが、豆が先だ。

 豆もゆであがったので、皿に取り出すと手が伸びてくる。手は先に洗わせたから大丈夫だけど、席にはついてない。


「ちゃんと座らないとあげないよ」


 一斉に席の奪い合いが始まり、笑ってしまう。

 素直で可愛い。

 十五歳と十四歳の女の子たちもいるそうで、その子たちが中心となって下の子の面倒を見ながら働きに出ているらしいが、十五歳なら来年はこの孤児院を出ていくだろう。

 その女の子たちが裁縫はできるというので、持ってきた端切れも渡した。継ぎはぎ用だ。後等部が始まって数カ月なので、古着はなかった。

 週末だけ帰省する見習いに出ている子供たちもいるという。ニックたちも週末帰宅組のつもりだったのかもしれない。ダンジョンは家じゃないけど。

 

 私に向ける表情にも笑顔が増えた。

 豆を子供たちが食べている間に、食料を届けに来ているというおばさんが来た。倉庫を造ったのがうるさかったらしく、何事かとご近所さんから食料を届ける大人に連絡が行ったようだ。

 管理する爺さまが亡くなって、周りの大人たちも気にはかけてくれていたらしいことが分かった。子供たちが素直なのも周りの大人たちのケアがあってのことだろう。生意気なサルもいるけど、それだって普通に育っている証拠だと思う。

 ペッタンコ発言はまだカサブタにもなってないから、許さんけどな。


 おばさんが尋ねる。


「食料をもらったと聞いたけど、いいのかい?」

「はい。他の孤児院も同じように食料が不足しているのか、知っていますか?」

「そうだね。三年前ぐらいかね、上の人が変わってからケチになったよ。後は……ほら、最近魔物が集団暴走してただろ? あんなことがあると孤児院は影響がすぐにあるからねぇ。それでなくても普通の獣が狂暴化することが増えてるって話だよ」


 魔物が来て、村が襲われたはずだ。たぶん盗賊たちもその余波だと思う。

 町の結界は威力が大きいけれど、村は魔物除けの魔導具があるものの、集団暴走までは避けきれない。村に孤児が出たら、町の孤児院でお世話をする。

 クレトが珍しく口を挟む。


「獣が狂暴化ですか?」

「あぁ、そんなこと言ってたよ。野良犬もね、ヨダレ垂らして様子がおかしいらしいしね。人に噛みついて死んだ者も出たらしいし、ここ数年物騒だよ。狼なんかも狂暴化してるって話さ」


 ヨダレを垂らす犬というと、狂犬病ぽい。

 野良犬が狂犬病になり、その病気が狼とか他の動物に移ったのだろうか?


 爺さまがいなくなった後、大人がいない理由は、もともとは孤児院ではなかったからだそうだ。個人で始めたことが大きくなってしまった。爺さまの死後、他の孤児院に子供を移そうとしても、周りの孤児院の方がさらに子供が増えていたし、子供たちも移動を嫌がった。

 病で臥せっていたから、王都管理の孤児院にする手続きができなかったのか、知らなかったのかまでは分からない。おばさんもお願いはしていたらしいが、手続きとかまでは気づかなかったらしい。

 男手なので、三歳以上の子供たちを面倒見ていたらしく、乳飲み子がいないのだけは助かった。倒れた後は引き取っていないから、六歳が一番下なのも何とか子供たちだけで数カ月暮らせていた理由の一つらしい。


 爺さまが去年病で倒れてから、学舎に行けない子供たちも出てきていたのだろう。おばさんは学舎に行ってないことまでは知らなかったようだ。ニックたちの「見習いだから大丈夫だ」という言葉で、ニックたちよりも小さな子供たちへの食料配達のほうを優先したのだろう。

 実際に穀物などの食料を見て、疲れた表情が消え、涙ぐんで感謝された。冬をどうやって超えさせようかと悩んだらしいから。

 副職として配達していたのに、その副職費を孤児たちの食費に充てていたようだ。

 二、三年分の穀物があるとのことだったから、一袋さしあげるというと笑って大丈夫と言われた。

 子供の周りの大人が笑顔になって良かったと思う。


 私たちは、挨拶をして孤児院を後にした。

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