第96話

 舞踏会の次の楽しみは、ワイルドハント祭。

 神殿を中心とした厳かな儀式もあるらしいが、町ではお祭り。


「今年は金曜日がワイルドハント祭だから、屋敷でゆっくり休めるよ」

「だな。僕は週末まで領ごとのお祭り気分を楽しむつもりだよ」


 舞踏会に続き、浮足立つ生徒たちはお祭りの話ばかりしている。社交界も始まるから、というのもあるだろうけど。この時期だと仮面舞踏会もあるらしい。……やっぱりハロウィンを思い出す。



 王都の街では、神殿を中心に屋台は神殿側が貸し出して十店舗ほど軒を連ねる。

 平民の住む町のほうでは、商業ギルドが貸し付けを行う。この日だけは村に住む農家の人や冒険者でも審査が通れば屋台を出せるらしい。

 屋台は主に食べ物と手作り玩具。貴族街のほうでは魔道具の玩具を売る店も出るようで、十軒の枠では競争が激しいだろう。


 私は週末を兼ねて屋敷に泊まりに行くから、ルカたちも誘ってみる。


「ルカたちもお祭り楽しみよね?」

「まぁ、どんなのか見てみたいよな」

「お祭りの規模的には町のほうが楽しそうよね。安全面では貴族街だけど、神殿周りしか屋台がないし」


 ルカとリタが楽しみにしているようなので、クレトも一緒に四人でお祭りに行くことにした。

 父に連絡したら、護衛を二人付けてくれることになった。これで美少女リタが一緒でも町へ行ける。盗賊と対峙したとき、クレトがいなかったらケガをしていたかもしれない。自分のわきの甘さを思い知ったから、護衛を付けてくれるなら有り難い。

 屋台は町に三か所ある広場を繋ぐ形で広がり、各広場では料理対決や大食い競争など催しがあるらしい。

 夜はキャンプファイヤーを囲んで踊りがあるが、それは八時すぎ開催。私たちは五時から八時までの参加と約束させられた。

 お昼が子供たち、夜が大人たち向けと内容が入れ替わる。

 お昼は子供たち向けの人形劇も催されるとか。



 当日の夕方、王都の屋敷に寄り、親へのあいさつも早々に町を練り歩く。

 料理対決をする屋台には、「料理対決出場店」の張り紙が貼られてある。。

 お店持ちの屋台がほとんどのメイン屋台エリアは、他の屋台エリアより値段が少々お高いようだが、その分美味しいものに出会える確率は高い。私たちは店持ち屋台エリアから攻めていく。

 騎士団から人が派遣されているが、夕方の時刻はまだそこまで混んではいない。

 騎士団と言えば、ローサ夫人情報によるとロレンツォがいる小隊は夜の時間帯に警備にあたるそうだ。夕方の時間帯なら会えたかもしれないけれど、夜の時間帯では挨拶は無理だろう。


 私たち四人は一つを四等分して食べ歩きながら、勝手な品評会をしていく。同じ種類の料理は食べないし、全料理制覇は無理だから票入れは適当。

 学園の食事やリタの料理を食べなれている私たちだけど、屋台とはいえ種類も豊富で美味しいものが多かった。


「この串焼きを作ったのは料理のスキル持ちだな、きっと」

「うん。肉は普通の鳥だろうけど柔らかくジューシーで、滑らかなソースも文句なく美味いな」


 ルカが舌鼓をうち、クレトも頷いている。

 リタも食べ過ぎるらしい。


「見慣れないものもあって、ついつい食べ過ぎてしまうね。お腹いっぱいだよぉ」

「次はあの丸いものを食べよう~」

「シャイン、さすがに少し休もう?」


 他の二人も首を縦に振る。

 そういえば、屋台の味付けは濃いからか喉が渇いている。


 私たちは大きめのカフェを探して入った。

 ココナッツジュースも屋台にはあったけれど、座って少し休みたい。

 護衛の人たちは屋台の周りではさすがに人も多く、何も食べていない。ついでにカフェで少し休憩してもらう。

 彼ら用にパイスープとサンドイッチを注文し、私たちはそれぞれ飲み物を頼む。


「人ごみの中を歩いたからかなぁ。もっと時間が経っているいるかと思ったけど、まだ一時間しか経ってないのね」

「そういえば、リタは疲れていない?」

「ダンスで鍛えられたから大丈夫」


 ふわっと笑って答えるリタは、冷たいローズヒップティーをこくりと飲み答えた。

 

 

 護衛の人たちの食事が終わり、広場中央から離れたところにある屋台エリアまで歩きすすんだ。端に位置する屋台だと銅貨一枚から買えるものもあるらしい。


 継ぎはぎもしていない服を着た孤児が物乞いしていた。

 物乞いしているのを近くで見たのは初めてで足が止まってしまう。それはルカたちも同じだったようだ。アンブル領には物乞いする人はいなかった。 

 冬の到来はまだだが、それでも夜は冷える。孤児院に住んでいたら物乞いはしないはずなのだけど。孤児院に居れるのは一五歳まで。巣立ちには早すぎるが、住み込みの見習いができるし、孤児の数は少なくない。

 前世豊かな日本でも、相対的貧困率では、六人に一人の子供が貧困状態だった。 


 思わず物乞いをする一人の利発そうな少年に声をかけていた。


「孤児院から来たの?」

「答えたら金くれるか?」

「きちんと答えてくれたら大銅貨一枚」

「何でも聞け! 孤児院には今は住んでない」


 目を見開いて食いつくように答える少年。


「なぜ?」

「……俺がいたところは、管理する大人がいなかった。食べ物は運ばれてくるけど量が少なくて小さな子供たちの分だけでなくなるんだ。夏から数が増えたからな。だから寒くなるまでは外で過ごす。今日はお祭りだから大人たちが奢ってくれることがあると聞いてたんだが、まさかおまえのようなちびにおごられるとは思わなかった」


 ちび言うな!

 少年のほうが小さいでしょ? とは思ったが、質問を続けた。

 

「大人がいない?」

「夏に爺さまが亡くなった、からな」     

「いくつなの?」

「……八歳。住み込み見習いを探してるんだけど、誰も雇ってくれない。ダンジョンには行くけど、今は棍棒しかないからいつもスライムばかりさ。雨露しのげる休憩所で寝れるのはいいけどな」


 にかっと笑って答える。外で暮らしているけど、明るいのは元の性格なのか、孤児院にいつでも帰れると分かっているからなのか。

 受け答えもしっかりしていると思ったら、八歳だった。六歳くらいにしか見えないけど、栄養が足りてないのかもしれない。

 孤児院を運営しているのは、国だったり、領主だったりたまに教会だったりするけど、アンブル領なんかだとその子の能力であるスキルを最初に見て、里子に早くから出したりする。

 ババさまが後見している孤児院があるから、少しは知っているつもりだった。


「冒険者としてのスキルの適正はあるの?」

「スキル見るのに金がいるって」


 そうでした。

 確かお金かかるんだよね。あれ?、でも学舎なら無料だよね。


「学舎に行ける年齢よね? そこでスキル見てもらえるはずだよ」

「学舎に行く時間も必要なものもない」


 文房具も買えないってことかな。学舎は三時間だけで終わるのだけど。文字も知らないとそれこそ雇ってもらえないだろうに。


「うーん、とりあえずご飯食べようか」


 私は勝手に行動したことをルカたちに謝ってから、消化の良さそうなものを先に買い与えた。

 がつがつと食べているところをみると、お腹が減っていたらしい。

 他の孤児たちが四人、遠巻きに見ていたから、手招いて彼らにも買ってあげる。最初の少年が「こいつらまでありがと」という。五人はパーティ仲間だそう。七歳から九歳までいるらしいが他の子たちの身長は普通だ。

 人にチビ言うやつが一番小さかった……。


 はふはふと美味しそうに食べる姿を見ながら思う。

 思わず彼らに声をかけていて、食料が足りないことを聞いてしまった。食料と言えば今、手元にあるんだよね。

 皆既日食の黒い太陽の予言とやらも気になって安い食料があれば欲しいとは思っているけど、目の前にお腹すかせている子供がいる。先にすることが見えてしまった。

 もちろん、全部はしないし、出来ないけど。

 私は、それまで一緒に聞いていたリタたちに話しかける。


「私、孤児院の様子を見に行きたいの。ここから別行動しようか」

「一緒に行くわよ。一人よりみんなで行った方がいいでしょう?」

「せっかくのお祭りなのにリタたちは楽しんでよ」

「おまえが余計なことをしないか見張りを頼まれているからな」


 ルカが言う。

 そういえば、父がお小遣いだと大銅貨を十枚ずつ手にのせて、そんなことを言っていたな。


「みんな、いいの?」


 三人が頷くので、護衛にも一言声をかけて、ちびジャガイモの揚げたものを持てるだけ買う。安くて腹持ちも良くて、美味しいから。食べながらずっと彼らが横目で見ていた細切れ串焼きは男の子たちに買ってあげる。良い食いっぷりだ。


「孤児院に行くから案内して。名前は? 私はシャインよ」

「いいのか? 俺はニックだ。こいつらは俺の子分一号、二号、三号、四号」


 自分だけ名前持ちかい。

 子分一号とかないわー。と思ったら、ルカが「シャインも俺の子分一号だったよな」と言うのが聞こえた。

 いつ私がルカの子分だった時があったかね!? キッと睨んでおいた。

 一番のチビなのに、子分がいるとか生意気だが、恋人じゃないだけ許せる。


「ニックね。孤児院から出れない子たちにもおすそ分けしなきゃね」


 ニックは嬉しそうにスキッ歯を見せてニィと笑った。あまりかわいくはないが、愛嬌はある。


「すげー喜ぶぞ! 俺がまだ小さい時、屋台の物をもってきてもらったことがあって、すげー嬉しかったから覚えてる」

「じゃぁ、ちびジャガイモは残念がられるかな?」

「まさか! 皆んなすげー喜ぶぞ!」 


 ニックは走りかねない勢いだ。子分、もとい、他の子供たちも一緒だ。小走りで二十分の距離。私たちにとっては早歩きだけど、王都の中では結構寂れた地域かな。スラム化してないだけましだけど。

 空き地に石やレンガの破片などで塀のつもりだろうか、それらに囲まれた場所に立つ孤児院。平屋の建物は手入れされていないのが分かるが、腐臭などはしていないことに安心する。

 空き地横に潰れかけた倉庫みたいなものがあった。中の物はゴミかと聞くと他の子たちがダンジョンに潜るときの棍棒などもあるという。空き地だと思ったところは畑だった。その畑を耕す道具なども収納されてるんだとか。草だと思ったものは、何かの野菜なのかな。茜色の空がすでに瞑色に変わっているからよく見ない。


 孤児院の中に入ると本当に大人がいなかった。

 見知らぬ私たちが一緒だけど、ニックたちがいるからかすぐに子供たちは寄ってきた。揚げじゃがの香りでつられたか。


「病気、えっとお腹が痛いとか風邪ひいてる子はいない?」

「おいしぃな!」「ぅんめー!」「はぐはぐはぐ」


 人の話を聞いてよ! 聞こうよ!

 ジャガイモに全員食いついているのを見ると、元気なのだろう。病気の子がいないのは良かった。

 手を洗ってから食べさせたかったけれど、お腹すいていたのかもしれないと思うと叱ることができなかった。先に手を洗ってと指示しなかったというのもある。

 ニックたちもちゃっかり食べている。

 小さいけど、結構食べる。胃が小さくはなっていないということだろう。食料不足といっても深刻ではなさそうで安心する。


 リタがハンカチを濡らして手を拭いてあげていた。

 気の利く天使リタはここでも健在だった。

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