第95話ルカside 騎士コース男子生徒たちの悩み

「おい、ダンスの相手誰を誘うか、決めたか?」 

「まだ。おまえは?」


 そんな会話をよく耳にする。明日から舞踏会のためのダンス練習が始まり、放課後はフロアーが解放される。二時間ずつ一学年が使う。

 騎士コースの生徒たちは、表面は繕っていても誰を誘うか必死さがにじみ出ていて、見る方が辛い。

 俺は平民だから、かえって開き直れるけれど、貴族社会で生きていく彼らは大変そうだと思う。


「舞踏会、クレトは誰と踊る?」

「シャインたちがいるだろ」

「シャインはともかく、リタはすぐに埋まるぞ。リタには前もってクレトも入れとけとお願いはしてあるが」

「用意周到だな」

「リタは人気があるからな。女子は誘われる側だからいいけど、俺たち男子は申し込まないといけないし、男子生徒のほうが人数的にも多いだろ。誘うのも大変だとクラスの仲間たちが言ってるぞ」


 俺は騎士コース組の男子ばかりのクラスだから、周りから誘うのがいかに大変かって話を聞かされているが、クレトは文官コースだからかえって知らないのかもしれない。


「シャインでいい」

「シャインか。まぁ、一応踊れるようだしな。一曲目だとエスコートもするつもりか?」

「あぁ、それでいい」


 クレトは舞踏会に特には関心がないようだ。

 こういうやつばかりだと楽なんだが、舞踏会は貴族にとって大事らしいし、女子っ気がないところに舞踏会となると、騎士コースの生徒はどうしても浮足立つよな。


 クラスの連中の中には、小うるさい女子がいなくて天国だと言うやつが多かったのだが、舞踏会となって、そう言ってた奴ほど慌てている。

 放課後にあるダンスの練習が始まると同時に、男子は申し込みを始めた。


 リタはすぐにフリーの時間まで埋まったようだ。

 しかし、シャインの姿が見えない。放課後の練習時間が申し込みを受けるチャンスなのに、なぜ来ない。

 放課後の練習が始まって二週間経っても姿が見えないのが気にはなったが、舞踏会の服はちゃんと仮縫いまでしてあるのだから、大丈夫だと思いたい。

 放課後のダンスをするときに、申し込む生徒が大半だから、女子だって頑張ってドレスに着替えて練習に来ている。それでなくても、貴族なら学園を出た後は本格的な舞踏会があるはずだ。


 ホールで入れ替わり立ち代わりダンスをしていると「踊りやすいですわ、ぜひ舞踏会でもお願いしたいのですが」とか「背が高いのですね。ぜひ舞踏会当日も一緒に踊っていただけませんか」と女子の方から誘われた。俺といると華奢に見える効果を狙っているのだろうか。

 だが、返事を「フリーの時間に申し込ませてほしい」と言うと笑顔で了承され、名前を教えあった。普通に申し込みしやすい会話をしてくれただけだったようだ。


 初日で高飛車な女子から「学年で一番背が高いようだから、練習では私の引き立て役にしてあげますわ。でも、舞踏会の申し込みはお断りよ」と言われたことで、変な被害意識にとらわれていたらしい。 

 一年に一度くらいではあるが、平民風情がと言われたりすることがある。

 今回は冒険者の息子には場違いな華やかな舞踏会だからか、気持ちがそわそわと落ち着かない。

 あまり知らない生徒だと用心してしまいつつも、ダンスは好きだし笑顔で踊ってくれる女の子はかわいいと感じる俺も大概だとは思う。

 

 

 クラスの友人たちの中には平民もいるし、女子と話すこと自体が苦手という男子生徒もいる。


「ルカ、誰か申し込みをしたら受けてくれそうな女子いないかな?」

「放課後の練習のときに誘ったらいいだろ?」

「フリーの時間ならとは言われるんだが、三曲目までの相手が決まらないんだ」


 確かに、エスコートをお願いするには知り合いか、最低でも誰かの紹介がないと女子の方も受けにくいかもしれない。


「領地の女子自体が少ないからなぁ。とりあえず、同じ領の女子生徒に聞いてみるよ」

「助かる!」


 俺はあまり期待はしないでくれとは言って置いたが、そばにいた男子たちもちゃっかり乗っかってきた。紹介はしてあげたいが、すでに喜んでいる友人たちを見ると頭が痛い。

 リタは女子の友人が多いからと安請け合いしてしまったか。

 女子の方が少ないので、エスコート役は当日まで決まらなければ、男子生徒が割り当てられるが、男子の場合、相手が先生たちだったりするから、悪目立ちするらしいのだ。 


 早速リタがビアンカたちといたので、尋ねてみる。


「リタ、俺の友人たちがダンスを踊る相手を探しているんだが、誰かいないか?」

「ルカの友人だと騎士たち?」


 リタでなく、ビアンカが尋ねてくる。


「そうだ。全員騎士。ついでに言うと頼まれたのは平民がほとんど」

「リタ、シャインが寄宿舎に建物作ってあげた領地三つあったわよね。あそこの友人たちを紹介したらいいんじゃない? 確か女子も多いし。後は前等部の時の女子たちね。それでも足りないなら私も探してみるわよ」

「そうね。私たちはもうすでにいっぱいだから受けてあげれないけど、まだ三曲目までが決まっていなかったら喜ばれるかも」


 リタたちは嬉しそうにすぐに連絡してくれた。


 結果、翌日の放課後は俺の友人たちのテンションはマックスになった。無事に全員がエスコート役をつかんだ。

 舞踏会が始まる前に、その場がすでにお祭り状態だった。

 女子もいるところにはいるんだな。それもリタたちの友人だからか、押しなべて優しそうな雰囲気だ。おっとりして見えるビアンカが実は情報通だったりするから、人は見た目とは違うのは分かってはいるが、男子にとって見た目的に安心するのは大事だ。

 最初踊ったような高飛車な女子生徒だけでないことに安心する。シャインも一応貴族だから、一括りに貴族がどうこうと言うつもりはないが、警戒する気持ちは芽生えてしまうのは人の性か、俺が弱いのか。

 ところで、そのシャインはとんと顔を見せない。


 結局、舞踏会前日になっても練習の場には来なかった。

 横の部屋のクレトに尋ねると、どうやらまた実験に夢中になっている様子。おまけにクレトもまだ誘ってないのだとか。クレトも余裕すぎるだろ。

 シャインの方は、うっかりさっぱり忘れているパターンだな。

 舞踏会の当日。シャインの焦った表情が、繕っていても何となく分かってしまう。

 生まれる前からの付き合いだからな。俺にとってはシャインもリタも妹分のようなものだ。俺はため息と共にシャインに言う。


「ダンスの練習にも来てないなんて、誘われれる気ゼロだろ。クレトが一曲目、俺が二曲目、三度目もクレトでいいよな?」


 そういうと、不満そうにしていたが、ばっさりクレトに諭されていた。

 「担任よりはずっとましよね」というつぶやきが聞こえたが、女子生徒の数が少ないからそれはないんだがと思う。いや、普通に誘ってくれてありがとうでいいだろ。すぐに頭を下げていたから良しとした。


 舞踏会は一言で、すごかった。

 気おくれしそうになる。貴族社会を垣間見た気分だ。


 一緒にいるクレトは堂々としていた。まるでクレトの居る世界がずっと貴族側だったかのような自然な動きで、これまた舞踏会の場が自分のテリトリーのように凛とした振る舞いのシャインをエスコートしていた。


 山猿のくせに、豪華絢爛な場も似合うってどういうことだよ。

 前日まで森で土と格闘していたことを知ってるんだぞ。

 魔物討伐後も一人見回りをしているようだったから、付いていこうとしたけど、竜の速さには俺の黒飛猫では追いつかなかった。フェンなら付いていけたし、クレトが一緒なら安心だと思って放っておいたが、どうやらクレトに庇われたらしい。その後剣術が足りないと練習が増えた。

 おまけに秋は収穫の時期だから採集もある。だからダンスの練習ではなく、森に行っていたはずなのに、なぜかシャンデリアの下でも映えるシャイン。解せんな。


 リタも若干緊張しているようだったので、俺も同じだとぎゅっと手を握ってやると、俺を見上げて微笑む。それを横で見ていた友人たちに嫉妬の視線をもらうが、おまえたちは自分のパートナーに気を使えと思ってしまった。


 ダンスになるとリタはさすがに普通。

 一生懸命練習に励んでいたのは知っているが、これは可もなく不可もなくってところか。間違えてもはにかむ笑顔に周りの男子はぼぉっとなっているから、リタはそのままでいいらしい。


 授業中にも習うからか、シャインは放課後の練習に来なかった割にダンスは上手い。体重を感じさせないのは、きっと体幹が鍛えられていて一人でも立てるからだろう。手を添えてあげるだけでいい。ダンスにも普段男子に甘えない姿勢がそのまま反映されているのが面白い。剣術の練習も続けているくせに、手袋の上からだと剣だこも気づかない。


 町では散々人の足を踏んでいたくせに、煌くホールの下では雰囲気だけは一流。

 雰囲気だけだと見破れる奴は少ないらしく、フリーの時間まで次から次にダンスの誘いがあったようだ。見た目は奇麗だしな。


 シャインの事を可愛いと言っていた奴がシャインと踊った後「シャインってダンスがうますぎるのかなぁ。僕必要じゃないようだった」とシュンとしていた。だが、あれはシャインにも問題がある。リードされても自分のスタイルで踊り、全然相手に身を委ねない。一人でも踊れてしまう相手を見て、楽でいいなと思う俺とは違って、頼ってほしいと思う男のほうが多いんだろうな。

 ベタベタと相手に頼ってばかりのダンスもどうかとは思うが、きちんと相手を見て少し甘えたような感じで頼ってくるダンスを踊る女子の方がダンスが上手いことより、パートナーとしては人気があったようだ。

 

 次の日、舞踏会が楽しかったという話でもちきりだったから、俺はホッとした。

 暗くどんよりしているより、誰が可愛かったとか、誰それは俺に気があるらしいとかのバカ話の方がよっぽどましだから。


 だけど、騎士コースの練習見学に女子が増えて、仲間が浮ついているのを見るといらっとする衝動に駆られた。俺はまだまだ人格も未熟らしい。

 シャインから聞いた心を静める呪文を唱えた。


「爆ぜてしまえーー! ナムナム」

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