第94話

 北欧神話には、ワイルドハントとか「オーディンの渡り」と呼ばれる十月三十一日から翌年四月三十日まで続くとされる猟師団のサムハイン伝説物語がある。

 この国で中秋の名月の前を収穫月、その後を狩猟月と呼んでいるのも、前世の一部ヨーロッパの伝統と似ている。

 サパニッシュ国では領地によって祝う領地とアンブル領のように、冬のトール神にまつわるクリスマスのような行事を祝う地域などさまざま。王都付近ではオーディンに関する行事に力を入れていることが多いようだ。


 ワイルドハント祭というとこの国では十月三十一日を指す。 

 前世では、十月三十一日だとハロウィンが有名。

 魔女の新年サムハイン祭が由来とも言われて、サムハイン=サウィーン=ハロウィーンの説があり、サムハラとはシャンバラのこと、地底国を指したりする話を思い出す。地底が出てくるあたり、ワイルドハント祭もハロウィン祭も似たようなものだと思う。

 いきなりハロウィンを思い出したのは、後等部の生徒たちが浮足立っているから……。 

 生活している人々にとっては、それら伝承などもお祭りにして楽しむ日になっている。学園ではお菓子が配られるくらいだけど、街では夜にお祭りが行われる。


 前等部生徒は夜の祭りだから参加することができない。

 後等部になると、申請は必要だけど大人同伴で祭りに参加することが許される。

 一か月前から始まる、お祭り参加申請の時期になり、そわそわしだす生徒たち。

 それでなくても、その前に学園舞踏会もあるからか、魔物討伐なんかいつの事、状態だ。貴族にとっては、社交は大事だからね、うん。

 ただ、私は気分的に気になることがあって――


 本当に皆既日食が起こってしまった。

 ばっちり黒い太陽で空は覆われた。


 確か西洋でも月は狼男だったり魔女だったりと、日本のように中秋の名月を愛でる感覚がなかったと記憶が言っているが、ここでも同じ。だからか余計に日食は不吉だと言われている。

 ランバートが言った予言なるものを信じるなら、来年が凶年になる。

 星の角度を計算できるシステムがあれば、それが占星術と言えど、皆既日食も予言できるだろう。だから、予言とかをまるっと信じなくてもいいとは思うが、予防できることがあるならした方がいいのかなと、悩み処だ。


 くすぶる気持ちでいたからか、舞踏会はローサ夫人にドレスなどは全て任せて私はもう一つの上級ポーションの材料を探しに採集に出かけたりと自分の好きなこと、ごほん、地道に頑張っていた。


「ドレスの仮縫いが終わりましたので、着て頂かないといけないのですけれど。今日も泥だらけなのですね」


 苦笑してそういうローサ夫人には申し訳ない気持ちもする。

 舞踏会の衣装などコーディ力は侍女の腕前が試されるところだろうし。

 ちなみに、ルカたちの衣装もローサ夫人にお願いしたので、負担は四倍。

 さすがは王宮にも勤めていただけあり手際だけでなく、センスも文句ない。ご用達だった服飾店を紹介してくれた上に、四人分ということでかなり割り引いてもらえるようにしてくれたらしい。


 シンプルなドレスでいいのだけれど、あまりシンプルだと豪華に着飾った中ではかえって悪目立ちする。

 放課後にダンスを練習する生徒が増え、楽しそうな雰囲気の中、一人黙々とポーション作りの実験や研究に励んでいた私は、有事には有り難いけど、残念な子という名称をもらっていたらしい。


 舞踏会では前もって、男子生徒が女子生徒にダンスの相手を申し込む。

 婚約者がいれば、最初に婚約者と踊るが、それ以降は自由。同じ相手とは婚約者のみ三回まで。事前受付は本来三回分までだけど、フリーの時間も踊ってほしいお願いはできる。

 三回踊った後はフリーの時間となるから、三回までのダンスが社交的に意味を持つ。周りへのアピールともなるから。最初のダンスを誰からも誘ってもらえないとかわいそうな子となるようだ。エスコートして入場してくれる人がいないことになり、先生たちの出番となる。

 そして、私はそれらをうっかり忘れていたわけで……。


 舞踏会前日に寄宿舎の仲間たちから声をかけられた。


「シャイン、どうせ誰からもダンスの申し込みないんだろ? 三番目で良ければ俺が踊ってやろうか?」

「僕はフリーの時間なら空いてるから、その時なら相手してあげれるからね」

「あ、ごめん。先に謝っておくよ。今回のダンスは踊ってあげられそうにないんだ。予約オッケーもらった子がいっぱいでさ」


 …………誘われ文句もだんだん酷くなっていくが、私がいつ義理ダンスをお願いしようとしたかね?

 ま、隣のリタが申し込み殺到しているから、比べられたんだとは分かってはいるが。婚約者のいるビアンカすら、フリーの時間もすでに埋まりそうだって言ってたからね。

 気づいたら、私以外はみんな申し込みを受けていたようだ。

 さすがにダンスの練習に出ないといけないか、と気づいた日が舞踏会前日だったて訳だ。

 内心すごく焦るが、私は平気よという体で「御心配には及びませんわ」とおほほ笑いをしていた。



 結局、誰からも誘ってもらえないまま舞踏会当日になってしまった。

 当日も午前中授業はある。その時に先生から自分と踊るやつはいるかと聞かれ、みんなの前で公開処刑の時間となるのだ。

 朝食を食べていたらルカから聞かれた。


「俺とクレトどっちから踊る?」

「え?」

「ダンスの練習にも来てないなんて、誘われれる気ゼロだろ。クレトが一曲目、俺が二曲目、三度目もクレトでいいよな?」


 何その誰もいないから、俺たちで考えてやったよ的な順序構成。

 なぜに皆んな上から目線で言うのかね?


「あら、わたくしにだって選ぶ――」

「シャイン、舞踏会は今日。選ぶ時間も人もいない。現実を見ろ」

「……はい、クレト。ルカもよろしくお願いいたします」


 ルカたちにはお見通し。

 彼らの方から誘ってくれたのだから、良しとしよう。私は素直に頭を下げた。

 さすがに誰からも誘ってもらえずに、先生たちにエスコートされ踊るのは避けたい。ぼっちでなくて本当に良かったと、ない胸をなで下ろした。

 最初の三曲さえ踊れば、その後は食事をするなり、庭に出ているなりできるだろう。

 お昼からは、生徒たちが一斉に準備に取り掛かる。

 

 私の衣装はホワイトに少し金色が混じったような光彩のシンプルなドレス。色が派手だから、シンプルなデザインでも浮かないはず。

 リタの衣装は、色違いのオーガンジー生地を七枚組み合わせた生地が上品な色の虹彩を織りなし、彼女の可憐なイメージに花を添えている。

 ルカの衣装は光沢のある飾り帯のカマーバンドがアクセントになった燕尾服。色は夜の光の中でより映えるミッドナイトブルー。

 クレトはダブルブレストのフロントコートにウエストコートを合わせた装いが、彼の端正な顔立ちを引き立たせている。

 フロックコートは昼の正装だけれど、学園舞踏会ではフロックコートも騎士コースの者は騎士服も認められている。ルカが燕尾服を作ったのはマナー授業もあるかららしい。


「リタは一曲目、ルカで良かったの?」

「だいぶ前からルカからお願いされてくれって言われていたしね」


 一曲目を誰が踊るかで揉めた末、幼馴染のルカに決まったことは知っている。

 暗黙の了解で二曲目がクレトらしい。結果、三曲目の相手を誰が務めるかでシビアな戦いが繰り広げられたようだ。

 騎士コースを選んでいる男子が多い宿舎内の話だから、本当に剣での話し合いになったらしい。「私のために争わないでっ!」なんて言葉はリタは言わないけど、私ならノリノリで言いたいところだ。

 クラスの男子たちからも誘われていた。フリーの時間まで予約でいっぱいらしいよ。


 いいもん。一人でご飯食べるから。

 少し拗ねた気持ちでいたけれど、初めての舞踏会は楽しかった。


 一人目のダンスのパートナーにエスコートされて入場し、短い開会の辞の後はシャンデリアが煌くホールでダンスに入る。

 クレトのエスコートは完璧で、まるで自分がお姫様になったかのような気にさせられる。ダンスの相手としても完璧だった。ルカもどっしとしていて、パートナーが踊りやすい。

 オーケストラの演奏に合わせて踊るのは気持ち良かった。


 フリーの時間はおいしい食事に行こうと思っていたけれど、私が相手の足も踏まずに結構踊れたからかは知らないが、結局フリーの時間も、食事に行こうとするたびに生徒たちに誘われて踊ることになった。

 さすがに踊り疲れたなと思ったタイミングでリタに食事休憩に誘われ、その後も誰彼となく誘ってもらえた。

 よく考えたら女友達は少ないが、男友達は多かったのだ!


 騎士コースをとっていたことを初めて感謝した。


 壁のシミになる予定はキャンセルされ、次の日筋肉痛となっていた。   

 走り込みとか付き合わされているし、剣術も忘れない程度に体を動かしているけれど、ダンスで使う筋肉とはまた少し違うらしい。

 来年は前もってダンスの練習にも励もうと心に誓った。

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