第93話

 魔導服の値段が銀貨二枚に決まったとレイバ伯爵子息のランバートから連絡があった。ちょうど大店からも人が来ているから同席したらいいと、宿舎の中にある応接間に招かれた。

 寄宿舎の中だということを忘れそうになる豪華なインテリアの部屋。大きなシャンデリアが昼だというのに灯を付けている。

 その豪華なインテリアに負けていない王子様然としたランバートが気づいて、わざわざ席までエスコートしてくれるから、ここはどこ? 状態になりそうだ。

 お口ぽかーんになりそうなので、自分の制服を見下ろし、ここは学園で自分が何をしに来たのか思い出し気を引き締める。


 値段交渉だ。

 思っていた金額の倍だけど、小売価格だし、折れてくれたと聞いては了解するしかない。それでも思っていることが口をついて出てしまった。


「銀貨一枚と小銀貨九枚でも良かったのですが……」

「値段をあえて半端にする意味を聞いてもいい?」


 微笑みをたたえてはいるが、ふと漏らした言葉の理由を聞いてくるところはランバートの手ごわさを感じる。


「心理的に価格をきりの悪い数字にするとお得感が出る、端数価格効果があるかなと思ったのですが、貨幣で考えるからあまり意味がないかもしれませんね」

「というと?」

「キール単位で見ると銀貨二枚が二十万キールで、銀貨一枚と小銀貨九枚が十九万キールですよね。人の心理として、本当は銀貨二枚もしないのに、きりがいいからと少し上乗せさせられた気になってしまうそうです。これが十九万八千キールだとさらによく考えられた適切な価格設定になっていると勝手に思い込んでくれることを端数価格効果というらしいです」

「へぇ。そんな心理効果があったのか。失礼だけど、それは町で言われていることなのかな?」


 あ、これって前世の知識だ……。

 実はこの国にもキールという円に該当する通貨単位があったのだけど、普段ほとんど使わない。知識として学園でさっと習っただけ。普段、貨幣だけなのにこんな心理には気づきにくいだろう。

 貨幣じゃらじゃらが嫌でカード決済が発展したのかもしれないと思った。紙幣がないから、どうしてもかさ張るのだ。


「ええっと、本だったかすぐに思い出せません。それに銀貨一枚と小銀貨九枚に大銅貨九枚だとかえって面倒だと思われるかもしれませんね。すみません、気にしないでください」

「いや、人の心理ね。確かに多くの貨幣が行き来するなら数えたり、かさばったりと面倒だけど、カードで決済できるわけだし、一考の余地はあるよね」


 はぁ。

 口は禍の元ってこれのことかな。要らない汗をかいた。

 ランバートは大店の商人たちに話を聞いている。

 商人と言っても所作が奇麗だから、商売もしている貴族かもしれない。

 端数の件は説明の時点で面倒だなと思ってしまった。日本人のように気が長い民族ではないから、かえってマイナスではなかろうかと心配になったが、どうやらそれは隣に座る執事や大店からの男性も同じ意見だったようで、結局は銀貨二枚に落ち着いた。

 銀貨二枚と小銀貨九枚にするといわれたら、銀貨二枚でいいですと言うしかないよねぇ。銀貨三枚でも安いと言われた。

 そうかなぁ。小銀貨三枚でも私には高いよ。


「シャイン、今回は君の作ったシャツも見せてもらったけれど、五つもの機能をつけるのだから、マントや騎士服のようなものに付けることになったよ」


 追加説明をしてくれるランバート。

 シャツ基準で考えていたから【汗処理ドライ機能】を一つ付けているけれど、マントに必要かな、この機能……。ないよりましと思ってもらおう。

 軽い鎖帷子に、熱にも強い魔物の糸を少し使って、耐久性もあるが、そこにさらに耐久性を増やしてしまっているし。

 【打撃緩和】はいいとは思う。【毒消し】も毒を霧のように吐く魔物から身を守るのに袖で口を覆えばいいから有用だろうけど。もう少し量産用のポーション内容を考えれば良かったなと思った。でも、ポーションとしてすでにいくつか渡している。


 確かに学園の魔導服マントも銀貨するんだけどあれは六個の使える機能付き。

 銀貨五枚だけどね。銀貨二枚なら半額以下じゃないかと言われて、しぶしぶ頷いた。 

 その代わり、量産だから普及して多く売れたら値段は安くできるらしい。需要と供給のバランスかね。

 数年後に期待しよう。小銀貨まで早く落ちたらいいな。冒険者たちにこそ着てもらいたいから。


 デザインや魔物の糸など材質で、値段設定に幅を持たせてはどうかという案は採用してもらったけれど、魔物の糸を使わなくても銀貨二枚はもらうというから、魔物の糸は使ってもらうようにペコペコと頭を下げることになった。……ランバートや商人たちに私が敵うことなんてないだろう、と理解した。


 大店から来ていた男性は価格設定などの話が終わると執事が見送りに立って帰っていった。私は兄の代わりとして聞いてるだけになっている。

 応接間に残ったのはランバートと二人きり。

 足を組みなおすランバートの足が長い。思わず自分の足と比べてしまった。く、悔しくなんかないもん。ランバートはすでに身長が百八十近くはありそうだし。

 上級生のお姉さま方に二人きりでいるところなんて見られたくないので、私もいそいそと退室しようとしたのだけど、もう少し話があるという。

 仕方なくあげた腰をまた下ろした。


「ポーション作るのも大変だと思う。鎖帷子の機能が付いているのに、軽いというだけで魔導服としても優秀なんだよ。そこにプラスされている機能が四つもあるんだからね。今までの量産魔導服が大銅貨で買えるといっても、あれは下着だ。今回は物がものだけに、利益もそこそこ頂くよ」


 確かに、上級ポーション自体、魔力を多く必要とするし、魔導服に五つの機能に数を増やそうとするとどうしても魔力はかなり必要となる。

 朝か寝る前に作る理由の一つが魔力回復のためだったりするし。

 ただ、寝る前にかなりの魔力を使って、ポーションなどを作ることで今でも魔力量は少しずつだが増えている気がする。疲労はするけれど、次に繋がると思うと張り切ってしまう。

 需要と供給のバランスが逆転するくらい私がポーションをたくさん作れば、量産化で値段もより下がるだろう。

 私は気持ちを切り替えて、ランバートなら知っているかなと思うことを尋ねる。


「魔物のほうはその後大丈夫なのでしょうか?」

「魔物集団暴走スタンピードのこと? うん、今のところは聞いてないよ。それより、収穫月に太陽が陰りそうだという予言を聞いたから、そちらのほうが心配かな」


 太陽が陰りそうというのは、日食の事だと思う。

 収穫月ハーベストムーンというのは、秋分の日に近い月を言う。そのまた次の月は狩猟月と呼ばれる。


「心配というのは?」

「まぁ、ただの言い伝えではあるけれどね。『収穫月に太陽が陰ると次の年は凶年となる』聞いたことない? それも完全に隠れる太陽はさらに黒い太陽と呼ばれて恐れられているから」

「聞いたことあります、ね。今回は黒い太陽なのですか? 天文……地文学で予測されたものではなくて、予言ですか?」


 黒い太陽とは皆既日食のときの月の事。

 ランバートが予言を信じるということが、何となく似合わなくて尋ねてしまう。


「地文学で予測しても外れることがあるだろう? 蝕であることは間違いないらしいけど、黒い太陽というのは予言で言われているらしいよ」


 そういえば、前世日本でも日食などは奈良時代とか昔から予測はされていた。だが、当たらないことが多く、十九世紀に大和歴が出てから正確になったはず。

 きっとこの国では天文学と占い両方で予測しているのだろう。

 前世のインド占星術でも日食などは分かったはずだから、予言とはそういう緻密に計算して出す占星術のことかもしれない。


 凶年かぁ。凶作になるのだろうか。

 ふと収納カバンにある大量の食料が頭の隅に浮かんだ。


 他は決まっていた報告だけだったが、最後にランバートから思いがけない話を聞いた。


「シャインはよく本を読むの?」

「本は嫌いではありません。図書委員になりましたし」


 先ほどの端数価格効果の言い訳がばれていたのだろうか。前世云々までは気づかなくても、ランバートは目聡いから違和感を感じたのかもしれない。私は図書委員ということで「本は読んでいますわ」アピールをする。


「そう。それでは来年二年生になったら図書委員長になれたらいいね。領主の子供たちがいたら無理だろうけど」

「委員長ですか?」

「そう。委員長にはね、秘密のカギが手に入るんだよ」


 にこっと笑って話すランバート。

 うわっ、眩しい。笑顔から光線でも出せるのかね。この笑顔にお姉さま方はやられちゃうのだろうな。

 でも、秘密のカギ? からかわれてる?


「秘密のカギとは何でしょうか?」

「基本王族しか読めない書庫のカギの事。委員長はそこの管理も手伝うから、委員長だけは出入りできるんだ。神殿と図書の書庫カギは領主の子女までが本来管理していたらしいけど、最近は委員長なら入れるようだから二年生になったらぜひ立候補してみるといいよ」


 またね、と去っていくランバートを見送り私も自室へ向かいながら、来年まで覚えているだろうかと、思う。

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