第102話

 ポーションの数々は殺虫剤系が多かった。

 劇薬というのがあり、毒が薄まっただけのかと思ったら、名前もあったから、これからまた薬が作れるのかもしれない。ただ、劇薬がポーションと言えるのか、大いに疑問だ。麻酔薬やカフェインなども劇薬指定になるから、これはこれでそのまま使えるのかもしれないが。よくわからず祖母たちに任せることにした。


 トリカブトからは強心剤ができていた。これは前世と同じ。

 ということは、ニトログリセリンから狭心症の薬などもできそうだ。と、ここまで思ってそろそろ毒から離れようかな、わざわざ毒を扱う必要はないな、と気付く。


 蚕自体からのポーション化は失敗したけれど、思い出したことがあるから、そっちは試してみたい。こっそりと。

 まゆからいろいろできたはずなのだ。

 化粧品に、手術の糸や検査薬等の医薬品から人工血管も。蚕にウイルスを攻撃するたんぱく質であるインターフェロンを造らせれば、そこから薬も作成可能。


 だけれど、問題はある。いろいろと。

 前世の蚕は品種改良を重ね大きい繭を作るようになったものだった。高いたんぱく質生産能力があったが、こちらの蚕は小さかった。生きているのを見てないから分からないが。

 何より、蚕とはいえ、生き物を実験として私が使えるかと言う問題。

 ここで生きている蚕を使うのは無理だと理解した。

 絹を着ている自分が言えたことではないし、もしかしたら前世では薬など他の恩恵も受けていたかもしれない。でも、薬で言えばこの世界にはポーションがある。他の方法で薬になるものがないか、調べることにした。


 蚕が食べるものは?

 私は桑の根皮が桑白皮そうはくひ、という漢方薬だったと思い当たる。桑の葉も果実も体にいい成分があったはずだ。

 前世日本では「桑は是れ又仙薬の上首」と言われ、養蚕発祥の地の書物「山海経」に出てくる扶桑は世界樹的な役目を持つ聖なる木だった。日本を扶桑国と呼ぶことがあるのはここからきていたはずだ。扶桑国で使われた文字がヲシテ文字だという説もあった……。

 世界樹にヲシテ文字!


 うん、桑白皮も手に入れよう。

 


 桑白皮を思いだしたが、漢方で他に何かあったような気がする……。

 うーん……。


「桑 寄 生……」


 ゾワッと身震いした。

 呟いた言葉に反応するかのように、瞬間、鳥肌が立つ。

 気持悪くなったけれど、一方で自分の心と体の反応に驚いている私がいる。

 桑の木に何か思い出があったかと逡巡するが、思い出せない。先ほどまで桑の木の漢方について考えていた時には、前世の記憶を思い出して少しワクワク感もあったはずなのに。


 深呼吸してみる。うん、大丈夫。

 寄生で寄生虫を連想してしまった? 

 ……確かに寄生虫は嫌い。でも、それとはまた違うような。

 桑寄生、それそのもの、かな?

 その漢方名が何だったかを思い出そうとする。


 サルノコシカケは、……梅寄生ばいきせい、違う。


「ミ ス テ ィ ル テ イ ン」 


 自分の呟いた言葉に神話の剣を思い出し、苦笑が出る。漢方なのに剣が浮かぶとかどうかしている。疲れているのかも。


 それ以上はすぐに出そうもない。

 私はいったん逡巡を止め、疲労した私のピンクの脳細胞へご褒美のデザートを探しに椅子から立ちあがった。



 医療班に行った私を、学園内で探している人がいるらしいという耳にはしていた。何の為に探しているのかが分からなかったし、春はいろいろ忙しい。そのままにしていたら、図書委員の帰り、声をかけられた。


「突然失礼します。去年、ニヴル領堺のダンジョン魔物討伐の際、医療班に行かれたシャインさまでいらっしゃいますか?」


 私より背が小さい女の子だ。少し肌の色が褐色に近く、ぱっちりおメメの少女。前等部の制服。


「はい、そうです。様は要りませんが」

「私はアイェレット・メゾ・ラッシュと申します。お聞きしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「立ち話でよろしいですか? カフェにでも行きますか?」

「改良上級ポーションの事をお聞きしたいのですが、何かご存じであれば少し長くなるでしょうか」

「それでしたら、カフェに行きましょうか」


 ポーションね。

 学園のカフェはあまり利用したことがない。図書室に隣接している小さなカフェにはお世話になっているけれど、王族専用スペースまであるカフェなんて、王族たちがくるってことだもの。自然と足は遠のく。

 肌の色といい、名前といい、留学生だなと思うからカフェでのお話にした。個室もあるし。お付きの方もいらっしゃるしね。放課後で、リタもいなかったけれど、私だけでも大丈夫かと一人で向かう。

 やはりというか、個室に誘導された。


「エプシロン上級ポーションについて何をお聞きになりたいのでしょうか?」

「名前までは分かりませんが、あるポーションがサソリの毒に効果があると聞いたのです。ご存知でしょうか?」

「はい、神経毒無効という効果があります」

「本当だったのですね! もし、そのポーションが手に入る方法などもご存じでしたら教えて頂けると嬉しいです!」


 作ったのが私だから、そりゃ分かるよね。

 で、話を聞いて分かったのが彼女の国にはサソリの魔物だけでなく、サソリもコブラも、コブラの魔物もいるということだった。砂漠でもあるのだろう。

 普通のサソリやコブラはそこまで毒は強くないらしく、命までは奪われることはないらしい。と言っても、指や腕を切り落とした後、ポーションを使わないといけないことはあるとか。ポーションが手に入らなければ、腕をなくすことになる。一番の問題は魔物だが、ダンジョンで普段は回避すればいいとはいえ、神経毒持ちの魔物数が多く、出るダンジョンの数もこちらの比ではないそうだ。


 お客様、ゲットだ。

 神経毒に効くポーションが発売されたことは学園情報にも出ていたと思う。そちらに気付かず、私に来たのは気になるけれど、窓口を教えたらいいだけだ。


「とりあえず、今持っている二つお渡ししますね。窓口は王都にありますからそちらにお願いします」

「え……、これですか?」


 ずいっと目の前にポーションを出す。

 私がそのポーションを持っていたこと、無料でもらえたことにびっくりしていた。コブラ毒に効くだろうけれど、使用量が分かれば教えてほしいとお願いしておいた。

 神経毒全般に効くのか知りたいと思っていたし、留学生が聞いてくるのなら今後の大口のお客様になる可能性もある。年下の女の子が嬉しそうに笑う笑顔がかわいかったというのもあるけど。


「ありがとうございます! 近年天候が不安定なせいか、自然災害や害虫被害が大きかったりと大変なことが多かったのですが、解毒剤が手に入ったのは朗報です」

「天候が不安定なのですか? それは大変ですね。害虫被害というのも、図書室で虫が出るだけでも女性は嫌がりますし……。そういえば、人畜無害の殺虫剤も開発されてますが、そちらの殺虫剤はどのようなものでしょう?」


 気象の変化には敏感になっているところへの、話題で思わず食いついてしまった。

 凶年云々うんぬんは信じないことに決めたのに、こういうところで小心者なのがばれるなと思う。


「天候による直接の被害はそこまでではないのです。魔物の集団暴走などもありませんし。ただ、天候の影響なのかイナゴの被害が見受けられたと聞きます。西の方へ移動しているというような話が出ていました。殺虫剤の種類については詳しくないので分かりませんが、人畜無害のものですか。国のほうへ問い合わせてみますね」

「イナゴが移動、ですか? 蝗害こうがいでないといいのですが」

「こうがい?」

「イナゴの大量発生による災害のことです。蝗害になるとイナゴは群生相に変異し、集団を形成しようとするんです。普通のイナゴに比べて頭が大きかったり、暗色だったりと外見も変わってきます。移動しているというのが気になりますね。そちらの西だとこちらに向かってきているということですよね?」

「西、ですからそうなりますね」


 蝗害は農作物を絶滅させるとも言われる災害の一つだ。

 まだ数が少ないのだろうけれど、すでに移動が始まっているのではないのか。食い尽くしているからこその移動だと思われた。

 前世日本でも大砲が使われたり、障子までもを食べつくされ、三万人が駆除に動員されたりしたことがあった。フィリピンから海上五九〇キロを渡ってきたこともある。

 高さ二キロまで飛行でき、風に乗って移動する。

 今年良くても、来年更なる被害が出ることもある。海だって渡れるのだ。二千万平方キロメートルを移動できる……。


「数年かけて規模がどんどん大きくなることもありますので、早めの対策を取られた方がいいかもしれませんね。それでなくても春。これから夏、秋と増え繁殖する時期です」

「そうですか。確か隣国でもイナゴの被害が出ていると聞いてます。それも併せて国の家族に尋ねてみます」


 女の子に虫の話題をさせるのは忍びないけれど、被害が出る前に対処できたらいいなと思う。

 侍女と大事そうにポーションを持って帰るアイェレットの姿を見送った。



 数日後、兄から連絡があった。

 エプシロン上級ポーションの輸出が決まったこと。そこに殺虫剤のポーションも含まれることなどの話だった。

 アイェレット早っ!

 国のお偉いさんのお嬢さんなのだろうな、とは思うが。


 そこから始まり、イナゴの被害が隣国でも発生していたことを知ることとなった。大事に至る前に対応できたのは幸運だった。

 つまりは、兄たちの多大な貢献で殺虫剤のポーションを、大量に輸出することができたということ。殺虫剤ばかり多種多様にできてしまい、頭を抱えたが、そのおかげでイナゴの被害が食い止められた。

 よい結果が出たので、人畜無害の殺虫剤をメインに幾つかのポーションのレシピを国を通して他国にも公開した。その前にはもちろん領主を通して。


 アンブル領の子息令嬢であるベルナルドとマルガリータに「虫のことならシャインね!」と言われたのは腑に落ちない。だが、使用後の結果、例えばどんな虫に効果があるのかなどの研究報告をしてくれるというのは嬉しい。

 レイバ領も虫が多いからか、殺虫剤の件でありがとうとランバートから久しぶりにお菓子をもらった。何と一年分三百六十五個全部違う味のショコラ。

 蚊に効くかはまだ分かっていないのに。

 ランバートはいい人、ではなく、とってもいい人に復活した。


 「わたくしが いいねと君に言ったから、今日はあなたの復活記念日」


 口の中がおいしすぎて頭がどうにかなってしまったらしい。変な短歌ができた。なーんかどっかで聞いたフレーズが入っているような……。いや、こんな何様な短歌ないわ。うん、ないね。

 ウイスキー・ボンボン・ショコラで酔うな、自分! ペチペチと頬を叩いた。


 

 うひひと一人ショコラを前に、心やすらかでいるころ。

 アイェレットの父が宰相で、蝗害に早期対応したことや神経毒のポーションの輸入及び取り扱いに関しても可及的速やかに採決、奔走し、賢相けんしょうと呼ばれる遠縁となっていたことを、もちろん、シャインは知らない。


 そして、シャインの言葉と殺虫剤ポーションでイナゴの被害から自国を救った、……かも知れないことにも、もちろん、気づいていなかった。

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