第103話 ビアンカside
私はビアンカ。王都学園後等部一年生。
貴族にとって大事な社交の場、舞踏会の前段階になる学園舞踏会に今年から参加する。その舞踏会、目立つ女生徒がいた。
その名はシャイン。私の友人だ。
シャインはちょっと、ううん、かなり変わっている。
とても美人だから、最初は私も変な対抗意識を持ちそうになったけれど、そんなこと持つ暇もなかった。
だいたいが、私たちが出会ったのは、領主の娘マルガリータさまの招待を受けての緊張の場だったということもあったけれど。
「そこ滑り易いので気を付けてくださいね」
と言ってくれるのは有り難いのだけど、言い終わらないうちにシャインが滑ってこけてた。
は? 言ったあんたがこけたの?
女の子がガチ滑りするのを久しぶりに見たかも。いや、初めて?
それくらい奇麗で完璧な滑りを見せてくれた。
「受け身」というのをとったらしいのだが、ただの華麗なる尻滑りにしか見えず、笑いをこらえるのがやっとだった。
「転ばないように無理な体勢をとると、他の部位を痛めやすいと聞きます! さすがですわ!」
とマルガリータさまが言っていたのだけれど、その後お尻をさすっているシャインに、私と親友のアリシアはお互いをつねって噴出さないように我慢した。「つらたん……」というアリシアに同意見だ。
次の日、婚約者のヨハンネスが興奮して話すのはルカのことだった。
剣術でマルガリータさまに負けてない同い年の男の子。って、それ平民よね。
「ルカってすごいんだよ! さすがシャインの師匠の息子だけあるよなぁ。二人ともすでに俊足も使えるんだよ! 僕も頑張らないと!」
少し顔を赤らめて話すさまに思わず眉間が寄りそうになる。
貴族だから、そんなことはしないけど。顔に出しちゃダメ。ヨハンネスの前では可愛らしくありたいから、常に笑顔を心掛けている。
ヨハンネスたちが各家庭でもルカたちの話を興奮気味にしたようだ。そこに領主から学園にいる・入る子息令嬢たちの成績・体力向上などの要望もあったらしい。親たちは「平民にまけていられるか」と立ち上がることになった。
これもルカという平民を連れてきたシャインのせいだと、八つ当たり気分だったけれど、後で本当にシャインがぼっちが嫌だから平民を誘ったと聞いて、私は間違っていないことを知った。
でも、おかげで最下位をうろついていた成績が急上昇して、大きな寄宿舎に入れたのは嬉しかったから、平民のことなんて気にしないことにした。人数が必要でもあったし。
何よりヨハンネスがルカたちにお世話になっているとか言うんだもの。しょうがない。
おまけに、初めて会ったこれまた平民のリタは夢のように儚げで、とびっきりかわいかった。「……ゆめかわ」って親友のアリシアが呟いていた。同じこと思ったな。
私の、いや私たちのかもしれない。平民への気持が完全に変わったのが、ウルフ事件だった。だいたい、平民への気持ちって何だったのだろうと今では思う。
あのとき、アリシアも頑張ったけれど、やっぱりすごかったのはルカとクレトの二人だった。クラス代表なだけあると思った。もちろん、キンダリー先生がすぐに追いついてきてくれたし、他の生徒も頑張ってくれた。ヨハンネスが私を庇って戦ってくれたことは一生忘れない。
私はパニックに近い状態だったから、襲われてたクラスの女子生徒グラシエラを庇ってとっさに火魔法を使ったアリシアがすごく偉いと思った。でも、アリシアが言うにはシャインがいなかったら、グラシエラは危なかったし、自分よりシャインのほうが本当はすごかったのだと。
でも、シャインはアリシアが立派だったという。私も咄嗟に行動できた親友のアリシアが誇らしい。
そこから八組は皆が仲良しのクラスになった。
貴族も平民も関係なく、みんなが仲いいクラスなんて奇跡だと思う。
寄宿舎は領主の子供たちがいて、彼らのおかげでとても暮らしやすかった。
マルガリータさまにとって、初めての後輩女子ということもあり、気にかけてくださったし、シャインはその中でもお気に入りだった。
親からもシャインには丁寧に対するように言われていた。領主除いてアンブル領では一番の家柄。姉たちが言うには、領主の子供たちが良くても、二番目が問題ありな場合が多いから気をつけなさいと。それって、シャインよねぇ。
領地では上から二番目だと一番になれないストレス、全体の貴族世界では子爵は下から二番目。平民をいじめるのは実は下位貴族のほうが多いと言われる。
アンブル領を「あら、田舎なのね」と言ってくるのは、たいがい私たちより少し王都よりの領地だった。王族たちと知り合う機会もないからとも言えるけど。
その気を付けるべきシャインはいつも何かしていて、女子が好きな噂話には我、関せずの姿勢。アンブル領を「田舎」と言われると「ええ、そうなんです! とてもいいところですわ」と手を腰に当てて言うシャインに、悪口として言った生徒たちの顔が引き攣っているのが可笑しい。シャインにとって、薬草が採れるところがいいところなのだろう。
お菓子の話になると食いついてくるけれど、それ以外は自分のしたいことをしてる。
ぼっちが嫌だという割に、我が道をひたすら行くシャイン。
週末にはキッチンを使って、お菓子を作ってはふるまってくれる。
自分が食べたいからだろうけど。
リタも一緒に作るからか、男子が付きまとっては食べられてしまうらしい。私とアリシアの分はリタが確保してくれていることが多い。
ちなみに、シャインが食べる前に男子たちに全部食べられたときは、「馬車馬のように働けぇー」とシャインの怒鳴り声が響き、男子たちは料理での力仕事や魔法での粉砕などで働かされている。
馬車馬のように働くとは前方以外見えないように覆いをしてあることから「わき目もふらず働く」という意味がある。いっぱい働くではないらしい。この国では、王族の召喚獣が馬が多いことから、もう一つ意味があり「凛々しく働く姿に惚れます」となる。
男子生徒たちがいきなり張り切りだすのを、首を傾げているシャインは二つ目の意味を知らないのだろう。男子生徒の大半はリタをチラチラ見ながら頑張っている。その言葉を言ったシャインのために頑張っていないのは確かだけど、シャインは満足げに次々と指示を出す。アリシアの「コントか」に共感してやまない。
寄宿舎の食事もデザートもおいしいけれど、シャインとリタが作るものは、ちょっと特別。
できたてのお菓子をその場で頂けるのだから、贅沢なお茶の時間を過ごしている。初めて食べるお菓子もあるし。
おかげで、他の宿舎の生徒がしている休日スィーツ巡りはほぼほぼしなくていい。
話は冒頭に戻る。
舞踏会ではシャインが悪目立ちしていた。
美少女過ぎた。
何かと行動が変だし、採集が趣味だから土つけていることも多いし、実験してはすすけている顔もよく見ているからか、忘れるけど、シャインは美少女だった。
おまけに隣のクレトがこれまた端正な顔立ちの美少年だった。
その近くにはゆめかわなリタに、背の高いルカ。
シャインは半分平民。他はまるっと平民の三人が王都でも通用するような装いと振る舞いに、生徒の注目を集めていた。シャインたちのドレスを用意したローサ夫人の名が一躍侍女たちの間で有名になったと後で聞いた。
そういえば、入学試験のときの演奏のときの四人も噂の的だった。実は平民ばかり三人いるということで、すぐに噂は立ち消えたけれど。
特にクレトとシャインは舞踏会の主人公かと言いたくなるほどだった。美少女の笑顔は破壊力半端ないのね。
だが、私は最初の出会いを思い出して、美少女がすってーんころりんしないかとハラハラしてしまった。もちろん最後までそんなことはなく、踊り切っていて、安心のため息を吐いた。
ダンスも完璧すぎた。パートナーが霞む。一年のとき、ダンスの先生から変な踊りと言われていた彼女はどこにも見当たらなかった。
そんなわけで、尻滑りスライディングとしての注目は浴びなかったが、どちらにしろ、目立ってはいた。
舞踏会が終わり「惨敗だ。誰一人私よりぺったんこはいなかった」と悲しそうに呟くシャインのうわ言を聞いた。最初ヒールの高さかと思ったけれど、シャインの目線が私たちの胸元にあるのを見て苦笑が漏れてしまったのは仕方ないと思う。一番そういうことを気にしなそうなのに。ドレス姿で勝負したい女子生徒がかなり胸を盛っていたから、本物は少ないのだけどねぇ。
完璧だと思っても、本人はそうは思ってないらしい。
春が過ぎ、夏が近づくとそわそわする。
後等部の体育祭と領地対抗戦は、騎士コースの生徒たちにとっては、将来がかかった大事な試合。ヨハンネスももちろん、参加する。婚約者の私としても健康管理から装備に至るまで気にしてしまう。
健康管理はシャインが得意だ。さすがは薬師見習いと言ったところか。栄養剤のポーションには試験前も助けられている。
装備はマルガリータさまも出られるのだから、領地が力を入れてくれている。そこへシャインが鎖帷子の魔導服を出してきた。
本当にシャインは歩くびっくり箱だと思う。彼女から何が出てくるか予想の斜め上を行く。
前等部一年のときに、その魔導服があれば婚約者のヨハンネスも大けがしなかったかなと思うけれど、今は大けがすることもなくなった。だから、鎖帷子の服は必要ないのだろうけれど、マルガリータさまがこっそり私だけに誰が作ったのか教えてくれたのは、ヨハンネスは大丈夫だからって意味だろうし、それを作ったというシャインに感謝だ。もちろん、領地対抗戦だけでなく、体育祭の個人剣術戦でもその服は活躍した。
「気持に余裕が出る」とヨハンネスも言っていた。体育祭の剣術では初めて五位入賞を果たした。
剣術の一位はルカ。四年連続。背も高いが、練習を頑張っているのは知ってる。少し悔しいけれど、同じ領地の生徒としては誇らしい。女心は複雑なのだ。
領地対抗戦は、三位入賞はならなかったけれど、四位という好成績を収めた。
「兄たちとシャインとクレトの召喚獣がいれば三位も届いたのにっ!」
悔しそうなマルガリータさまだけど、私はみんなにほぼほぼケガがないのが嬉しかった。
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