第104話
領地対抗戦が終わった。
終わってから、ビアンカがやたら声をかけてくれるし、お菓子もくれる。
今までもいい友達だったけど、とってもいい友達になった。と思ったら理由をマルガリータに聞いて知る。鎖帷子の服のことを話したそうだ。確かに安全だと分かっていた方が、婚約者としても安心して観戦できただろう。
ヨハンネスのこと、大好きだもんね。
政略結婚の多い貴族たちの中で、二人の姿はとても微笑ましい。
学園の入試試験の時、ピアノの連弾が夢だというビアンカのためにピアノを一生懸命練習して臨んだヨハンネス。その横で可愛らしい笑顔を浮かべるビアンカ。二人は本当に可愛らしかった。
今はヨハンネスの顔も幼さが消え、精悍さが加わっているけれど、ビアンカに対するときはとても丁寧で優しい。ビアンカもヨハンネスの前だと可愛さが増える気がする。あぁ、笑顔が増えるのか。
ヨハンネス、私には思いっきり剣を振り上げて練習していたのに、な……。
転がって擦り傷いっぱいできたよね……。
うん、やっぱり、爆ぜてしまえぇえええっ! と思いそうになったので、急ぎビアンカに貰った生キャラメルを舐めて心を落ち着かせた。
心の平安にはお菓子、だよね。
美味しい。ざらっとしてない。滑らかだ。今度どこで買ったか、聞かなきゃな~。
私は、ケガなら私の方がよっぽどたくさんヨハンネスに負わせたこともちらっと思い出していたので、二人に美味しいお菓子を作ってあげることにした。
抗生物質の効果の話を聞いたのは、ちょうどビアンカたちのお菓子を作ろうとしていたときだった。
細菌からの肺炎や膀胱炎、中耳炎に効果があると認められたと。
問題はポーションの必要数と値段だが、他の薬で治るものはそちらのほうがいいものもある。緊急を要する肺炎などはすぐに完治するゼータポーションの抗生物質がいいという話だった。
副作用がないのは分かっても、詳細を知るには時間がかかることを知った。
抗生物質が追加作用で出たのはいいが、将来的には単独で使えて安く手に入るようなポーションを作る必要があると思った。
上級ポーションが必要な戦いの場で抗生物質が必要だとしたら、破傷風菌だろう。でも、肺炎や中耳炎を治すのに、魔力回復と外傷の治療は必要ない。余計なお金がかかる。
抗ウイルスのポーションはまだ作れてない。
やることはいっぱいあるね……。私は卵白を泡立てながら少しため息をついた。だけど、先に焼いていたラング・ド・シャの甘い香りにヨダレが垂れそうになって口元を引き締める。
タイミングさえ頑張れば、結構簡単にできるラング・ド・シャなのだけど、そのタイミングが私には難しく、リタ任せなのはいつものこと。ラングドシャ・シガレットをくるっと奇麗に巻けたことがない……。ただのいびつな丸になる。リタが作ると型も使わずまん丸になる。私は型から出すときにどっかが引っ張られる。
型でダメならと、絞り袋で出した。自然と生地が広がるから、まん丸になるはずなのに、ま~たいびつになるとか訳わかんないね。このお菓子、どうかしてるよ。
まぁ、いいや。今に始まったことじゃない。
ヨハンネスが好きなお菓子だから、ビアンカが喜ぶだろう。
そんな私に、さらにやることが増えた。
図書委員長から話があると呼ばれた。
「早速で悪いのだけど、シャイン、次の図書委員長になってほしいの」
「え? 委員長は領主の子供以上が本来するはずですよね?」
「そうね。でも、シャインでないとだめだと思うわ。他の生徒たちも同意しているし。理由は――」
つまりは虫が嫌で私に任せたいと。延々と説明しなくてもいいのに。
特別管理をしている書庫、通称特管庫の方でも、虫の影を見たとかで、ぜひ本が無事か確認をしてほしいとのことだった。虫、じゃなくて、影……。
司書たちは何をしているのだろうか?
心の声が顔に出ていたのか、説明してくれる。
「司書たちも頑張って殺虫剤を使ったりしているのだけど、やっぱり女性でしょう。シャインが持ってきてくれる殺虫剤とてもいいわよねぇ。シャインって天才だわ。図書室の英雄って呼ばれるだけあるわよね――」続く褒め言葉の数々。ただし、虫に関して。
褒め殺しされ、あひゃあひゃと愛想笑いをしていたら、いつの間にか図書委員長に同意していたようだ。
おのれ、安いな。
他の図書委員長の仕事は図書委員長代理が立てられてしてくれるそうだ。お茶会の進行とか。ただのお菓子食べておしゃべりしているだけかと思ったら、あれも立派な図書委員長のお仕事だったのか。貴族とは摩訶不思議なり。
結局は、虫退治のために図書委員長に選ばれることとなり、「一年の任期があるのだから、ゆっくりで構いませんわ。任期満了までに駆除及び書籍の安全確認をしていただけたら、先生方も後輩たちも安心するでしょう」とにっこり微笑まれた。
引き継ぎも代理たちがしてくれると言うので、私は早速虫がいないか一度見てほしいと頼まれた。
全体の書籍数からしたら、王族関連の書籍は少ないだろうけれど、全部を確認するのかと思うと少し頭が痛い。
だが、司書の先生より十センチにも満たないカギを見せられて少しテンションが上がった。
飾りの施してあるカギはそれ自体が一つの芸術品のようだった。宝石が埋め込まれているとかではないのだが、繊細な模様のカギはランバートの言った「秘密のカギ」の名にふさわしい気がした。
「王族は皆さま、光か闇の適性があります。ですから、光か闇の適性持ちの方だけがこのカギを扱えますの。シャインさんは光魔法が使えるそうですから問題ないですわね」
ほほう、それは知らなかったぞ。
王族になったかのような気持で威厳を出して答えてみた。心の中で。
ん? それにしては王族や領主の子供たちが全員治療魔法を使えるとか聞かないけど?
闇魔法使いも聞かないし。
「先生、光の適性があるのなら治療魔法使えますよね? 王族や領主たちはみなさん治療魔法が使えるのですか?」
「シャインさんは治療魔法が得意なのよね。そうねぇ。一応使えはするのでしょうけれど、光の複合魔法使いでなければ習得には努力が必要ね。光魔法だけでも、水魔法と組み合わせて治療魔法を使えはするのよ、もちろん。でも、それは火と風の複合魔法がない人が二つを同時に使う時のように鍛錬が必要になるでしょうね」
少し納得だ。治療魔法は光と水の複合魔法を使うから。
知らないことのほうが多いけど。
「特管庫はここの奥にあるのよ」
そういわれるが、かなり分厚い壁の向こう側は外のはず。
壁一面に飾られた絨毯のように重圧なタペストリーを巻き上げると、のっぺりとしたただの壁が現れる。その一部に司書が手をかざし魔力を通した。すると鍵穴が現れ、そこにカギを差し込んだ。
ガガッ ギギギッ
ガラス板が先ず現れ、その向こうに見えるのは螺旋仕掛けの機械。
「おおっ」
びっくりした。
これってぜんまいからくり?
大がかりなトゥールビヨンの柱時計のようでもあり、美しい鈍い銅色に輝いたゼンマイたちが踊るように回っている。
カタンカタンと音を立てて螺旋が回りながら道を開く。
この扉が秘密の扉と言ってもいいのではないだろうか。書庫の中に、秘密の本があるのかと期待したが、『秘密』とは扉の仕掛けのことかもしれない。もちろん、王族関連の書籍もあるらしいが。
一歩中に踏み出すとバルコニーのテラスのような踊場があり、左手には下に続く螺旋階段が見えた。
正面には背の高い棚がずらっと円形に広がる。一階分降りるから、二階分の吹き抜けの空間。シャンデリアの照明があるから、暗くはないが、内装は重厚なせいで落ち着いた雰囲気。
書籍の数としては、個人で持つ図書室くらいはあるだろうか。
「わぁ」
思わず感嘆の声が漏れていたようだ。
司書の先生がくすりと笑って言う。
「空間魔法がかかっているから、広いでしょう? 扉も闇魔法がかかっているそうよ」
「闇……、重力の魔法ですか?」
「そう。詳しくはここの書庫に書かれたものがあるはずよ」
ゼンマイは重力加速度などがかかり、ずれが生じる。
重力を動力とする機構を使っている歯車もあるはずだが、これらはその反対かな。歯車が一定の速度で動くように脱進機や調速機が普通必要だが、闇魔法があればそれらが必要ないのかもしれない。詳細は本を見たらわかるだろうか。
空調設備とかもきちんと機能しているらしい。それでも、虫の侵入はどうにもならなかったのだろうか。
よろしくねとそそくさと出て行ってしまう一番新人の司書の先生を見送り、私は本の確認をする。
魔導書の種類もいろいろある。
立体映像や動画が出るのは普通にあるが、中には元になるものに新しく記入されると、その追加事項が自動で記入される魔導書などもあるらしい。
王族の家系図や預言書などがその魔導書となる。
物の触感を知ることのできる魔導書などもあるが、それは一般の方にもある。
ざっと目の前の図書だけを見る分には虫の被害は見受けられない。虫よりもせっかくの普段は閲覧できない本を見ることにして、螺旋階段を下った。
私は中央に設けられた円卓に三冊の本を積み、一冊を広げる。
本の状態もいい。
手に取ったのが歴史の本だった。
私は興味のある分野の本がないか、本の状態も調べつつ斜め読みしていった。
最初は、書庫から出てきた私を司書の先生たちも気をつかってか「大丈夫?」と声をかけてくれたが、そのうち一人書庫にこもるのが普通になっていった。
誰からも邪魔されない空間での読書。
夏休み前の週末から私は通うようになった。
薬草についての文献などが新しいものがないか調べたが、私の知識がまだついていかないのか、そこまで多くのことを知ることはできなかった。
だが、多くの草と思っていたものに、薬草としての一面があることを知った。内容が膨大だから、ざっと目を通しただけになったが。ハーブも種類が多い。料理に使えるもの、食べられるものなど詳細な絵や動画付きなので、こういうのを多くの人が知れたらいいのにと思った。貴族には必要なさそうだけど、騎士には必要かな。
「読む資格がないと、開かない魔導書もあると思うわ。それは仕方ないので、そのままでいいわよ。この中にある本は外に持ち出せないように魔法がかかっているの。もし虫がいたら、先に処理して円卓の上に置いてくればいいわ」
そう言われていたが、今のところ開かない本はない。
私は「この棚の本はほとんど読めないと思うわ」と言われていた王族関連の本棚の前に立つ。目についた『王族と闇魔法』という本を手に取った。
闇魔法について知っていることはほとんどない。収納カバンは持っているけれど。期待半分で魔力を流してみる。
少し流した魔力に反応してカチッと音を立てて、あっさりと本は開いた――
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