第105話

 魔力を流すタイプの物であっても、他の魔導書を開けた時に、カチッと音はしなかった。

 これは『王族と闇魔法』という闇の名がついているから、扉のカラクリのような闇魔法でもかかっているのだろうか。

 私は開いた本を持って、何か他に始まるかなと少し待っていたが、何も起こらない。

 ひっくり返してみたりもしたが、ただの本のようで、パラパラとページをめくっても、立体映像などもない。動画も絵すらもない。

 なんて普通な本……。


 だが、その本の最初に書いてある文章に思わず首を傾げた。


『本書を読める者、歴代王三等身以内の血族者及びアースの意を継ぐ者』

 

 アースの意を継ぐ者?

 アースとはこの星のこと。もしくはアース(=アサ)神族のこと、だろう。

 アース神族とはオーディンを長とする神々の系統になる。

 ヴァン神族や巨人族も神話に出てくるけど。ちなみに、ロキは巨人族。

 

 読めるよね、私……。

 私が歴代王三等身以内でないことは確か。だとしたら、アースの意を継ぐ者ってことになるのだろうけれど。

 ……さっぱり意味が分からない。解読不能だ。

 

 前半には闇魔法について書かれてあった。

『光の魔法と闇の魔法はそれぞれ光の神バルドルと死者の国の管理者ヘルから世界樹ユグドラシルの中にいた生き残った人間リーヴたちが受け継いだものだ』と。


 ちなみに、バルドルはオーディンの息子で、ヘルはロキの娘。

 バルドルを殺したのはロキだけど、オーディンは預言とやらを信じてヘルを死者の国へ追い払ったり、他のロキの子供たちも殺そうとしたけど殺せなくて鎖につないだりしている。ロキはもともとオーディンが連れてきた側近のような立場だった。

 ロキがおかしいのは、雌馬に化けてお馬さんとの間にできた八本の足のある馬スレイプニルを産んでいること。その馬を奪い使っているのはオーディン。そしてこの国では馬の召喚獣が王族の証となっている……。

 この国で聖獣とされるフェンリルもロキの子供だったよね。

 うん、神話って不思議しかない。


 本に戻ろう。

 『闇魔法とは時空間、重力、精神系の魔法を操り、人によっては生き物の転移魔法も使える』


――精神系の魔法!? そこに生き物の転移魔法も操れるの!? 


 闇魔法って最強じゃない!

 精神系の魔法を使うことで、鑑定士の目もごまかせるとな!

 羨ましい能力だなと思ったけれど、『精神魔法を使い続けると己の精神に異常を来すこともあるので注意が必要』とあった。あまり使い勝手はよくないようだ。

 マジックバックである収納カバンに大きい物を入れれることができるのは質量保存の法則を無視しているけど、きっと空間や重力の魔法のおかげだろうと思っていた。出すときに出したい物を思いながら収納カバンに触れるだけでとり出せるのは、精神魔法の作用なのだろうか? と漠然と思う。


『闇属性を持つものが召喚するのはフェンリルや竜が多い』


 おおっ! ニーズはどうなんだろう? と一瞬目を輝かせたが、自分に闇属性がないことを思い出す。違ったね。

 ニーズの分身の姿が浮かび、もしかして闇属性の魔法に分身がないか本を読み進めた。

 逆にフェンリルや竜が闇魔法を使える存在なのかなと思ったから。

 分身についての記載はなかった。残念。


 王族との関係については興味深いものが多かった。

『・光と闇の属性を子孫が受け続けていくためには、光の属性が高い者同士の子供を残すこと、十代に一度は闇属性の者との結婚をすること。

・王は必ず光の属性が強いものがなること。

・闇の属性持ちを王としてはいけない』


 王にはできないけれど、闇属性の男性からは娘が生まれたら闇属性を引き継ぐことが多いらしい。必ず十代内に闇属性を持つ者を妃としなければならないらしいから、どちらにしろ貴重な存在には変わりない。

 闇属性は早死にしたり、あまり生まれないらしく、その力の故に存在を隠したがると分かった。


 不思議に思うことがある。

 子孫が受け継いでいるのなら、遺伝子情報にのっていると思われる。遺伝子で子孫に受け継がれている属性。だが、最初の人間はどうやってバルドル神たちからその属性を受け継いだのだろうかと。ただ、薄れているのを見ると、たぶん半分ずつ遺伝子情報を受け取っているのだろうと思う。

 生き残りの二人が男女だとして、その男女が光と闇二つの属性をそれぞれ受け取ったら、生まれてくる子の中にはメンデルの法則で、神と同じ……いや、元々神が自分と同じだけの力を与えてくれたと思う方がおかしいのか。

 光魔法を自分が使えるからか、気になってしまうが、他の四つの魔法についてもそれ程知っているわけでもない。


 私はパタンと本を閉じた。


 光と闇属性以外の魔法について書かれている魔法書を探す。分厚いいかにもこれは貴重ですよと存在感をかもし出している本を手に取る。

 そこに書いてあったのを、簡単にまとめるとこうだ。

 火・風・土・水が世界を形作るとされた四元素。

 それが四つの魔法として顕現し、氷は水の上級魔法で、雷は風の上級魔法で発現する。

 後は光と闇の魔法がある。

 そう習ったはずだったのだが、本に書かれていたのは四元素ではなく、本当は五大元素だとあった。


 五大元素!

 そこで思い出すのは、前世の記憶。確か前世でも四元素は紀元前から論じられた物質の元素を構成する概念。そこに五大元素説エーテルの「空」を入れて五大元素となっていたはず。


 本にはバルドルの神話を元に推論も書かれてあった。先ずは神話のお話し。


『バルドルは、母である女神フリッグの一番のお気に入りで、彼が死なないように世界中のあらゆるものにバルドルを傷つけないように了解を得る。だが、寄生木のヤドリギだけは、まだ若くその契約を結ぶことができなかった』


 ん? 寄生木……


「あぁっ! ヤドリギって桑寄生そうきせいだ!」


 叫んでいた。

 誰もいなくて良かった。ほっ。

 闇魔法の空間なのだから、音も遮断されているはず。

 

 ヤドリギの漢方名が桑寄生だった。

 以前桑寄生のことを考えて、気持ちが落ち着かなかったのは、神話に出てくる木だからだろうか。

 世界樹ユグドラシルが前世の東洋ではトネリコの木ではなく、桑で、その世界樹の名を持つ木だから、反応した?

 うーん、考えてもよく分からない。


 ヤドリギはミスティルテインとも呼ばれる木であることも思い出した。剣でなく、木の方だった。

 神話の話としては、ロキがそのヤドリギのことを知り、バルドルの弟で盲目のヘズにヤドリギで殺させるというものだ。バルドルが死んでしまっても、父オーディンたちは神々だから、ヘラに交渉し、全ての者が涙を流したら生き返ることができるように交渉した。だが、それもロキの計略で失敗に終わる。

 ロキは二度、バルドルを殺すのだ。


 本に戻る。ここからは推論らしい。


『ヤドリギだけ契約できなかったのは、寄生と言う形で、従来の土と言った四元素から生まれないものだから、契約出来なかったのではないか。四元素以外も存在していることを示すのが、このヤドリギではなかろうか。ヤドリギは五大元素があり得ることを示す存在だろう』


 ありよりのあり、か。

 そう言えば前世のケルトやゲルマン人の間で、ヤドリギは土から生まれず、地にも水にも根を張らないため四元素から生まれない特殊な植物と考えられていたはず。


 その五つ目が光や闇魔法だとは検証しなかったのだろうか。

 五つだから? 五大元素に「識」を入れた六大という話もあったから、それだと「光・闇・水・木・土・風」の六になるけれど……。ここで「根」という七大目のことも思い出し、数だけ合わせようとした自分の頭の悪さに気付いた。


 識や根の意味は思い出せないし、今日はかなり時間が経ってしまった。

 私は片づけて、書庫から外に出た。もう誰も図書室には残っていなかった。

 誰もいない学校って、暗い校舎を外からみるだけでもぞわわっとする。


 初夏だから、まだ日が完全に落ちてはいないが、暗くなる前に宿舎に戻らねばっ。

 孤児院に行くのは明日にしよう。夏休み前に一度様子を見に行くことにしているが、実はリタがたまに行っているようなのだ。「ひと月に一度くらいしか行ってないわよ」と言うが、私なんてその後全然顔を見せてない。


 一度だけ行ったときに、ニック以外の四人の剣が木剣に変わっていた。兄貴分たちに貸してくれと頼まれ交換しているという。まぁ、その分倒した物の一部をもらっているそうだから、それでいいとは思う。

 ただ、あの剣は私が作ってしまったものだったから、思わず「どうしたの!?」と勢い込んで言ったせいで、彼らは責められていると感じたようだった。あげたものをどうしようと彼らが好きにしたらいいとは伝えた。


 実は、剣もちょっとおかしいことに後で気付いたのだけど……。

 分からないことばかりで頭を抱えたが、外が本格的に暗くなりそうだったので、急ぎ外に出てニーズを召喚した。

 ほぅと息をつき、宿舎まで一緒に行こうとお願する。近いけど、遠いのよ。ニーズとの憩いの時間なのだ。決して暗くて怖いからではない。はずだ。

 私はいつの間にか癒しの存在になっているニーズをなでながら、宿舎までの道を楽しんだ。

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