第43話

 体力測定は加点されるだけだから、気を抜いてもいいかなって思ってました。

 一分前の私よ、少しは賢くなれ!


 真っ赤な服のマルガリータが「全力以上で行くわよっ!」って叫んでいるのを見て、私は当てが外れたことを知った。


 そうでした。マルガリータは去年、体力測定満点だったのよね。

 真っ赤のマルガリータに、緑のベルナルド。……このコントラスト、何かを思い出しそう。


 試験とは別のことに意識が向いたからだろうか。

 やっと目に入る周りの景色。


 緑の芝生が晴天の元、青々とはえて、気持ちいい風が吹いていた。

 緊張のあまり、目にしていながらいる場所すら認識していなかった自分に苦笑がもれる。

 横を見ると、堂々たる尖塔の建物はゴシック風な荘厳さと曲線が描く優雅さを同時に持ち、その後ろと右側には森が広がっていた。

 前世でゴシックの由来はゲルマン民族であるゴート族への侮蔑からだったと言う説もあったけれど、目の前のゴシック建築様式は大芸術としか映らない。

 パンフレットの立体映像で見て感動した、まさにその景色が広がっていたというのに、私は試験の事しか頭になくて、この雄大なものを見落としていたのか。どんだけ緊張しいだよ。ぐーすかぴーと寝はしたけど。

 いや、まだ試験は完全には終わってないんだよね。と、領主の子供たちを見て気を引き締めようと努力する。


 五百メートル走では俊足を使える。他の科目も魔力を筋力や体力に使ってもいい。

 だから、女子の中ではいい成績をおさめられるんじゃないかとは思っている。――のだが。

 男子と私の計九名は、揃って測定する。私女の子なのに……。測るだけだから男女混合もありなんだとか。

 寝てる間に先にしてくれたら良かったのに、と思うが。

 なんでも、マルガリータが「一斉にしたほうが気分が盛り上がるじゃない!」と宣われたそうで、領主代理の立場で参加されてると先に言われていては、誰も嫌とは言えなかったらしい。



 そんなマルガリータが私に気づきやってくる。

 ベルナルドはそれに続き、あろうことか私を指さし「あっ、ファイアオークが来た」と言い放つ。


「いや、ゴールドオークならぬシャインオークでもいいかもな」


 よくないっ、全然良くないよ? オークって魔物だよ! ファイアとかシャインとか付けて恰好よくしたつもりかもしれないけど、オークだよ?

 唖然としているところへマルガリータが畳みかける。


「すごい魔法をぶっ放したそうじゃないの! そんな予定があったなら、言ってくれなくちゃ! 今度見せてね!」


 ……直接ご覧になった音楽の感想は?

 あ、手は大丈夫だったかな?


「間違って複合魔法を使ったんです。光の複合魔法のスキルを持っていますから。手はだ――」

「でも、三つ同時に発現して、山のような城壁を作ったのでしょう?」

「ええぇっ⁉ 違います! 同時ではなくて、連続です。山のようでもありません。せいぜい観客席の高さのただの土壁ですよ?」


 同時なんて、どうやって出すの? 

 マルガリータの拍手をしすぎた手のことなんて頭から飛んだ。


「あら、お兄様が皆さんに大声で自慢していたから、てっきりそうなのかと思いましたわ」

「え?」

「シャイン、お前の雄姿はこの領地の誇りとして自慢させてもらったぞ。中級魔法試験に、複合魔法を使ってくるとは、なかなかの策士よのぉ」


 踏ん反り返って話すベルナルド、あなたですかっ!

 先ほど、オークと言われたのは忘れてませんよ⁉

 領地の自慢に私を利用しただけですか。


「ですから詠唱を間違っただけで、わざと複合魔法を使ったわけではないのですが」

「複合魔法なら適正があれば可能だが、威力もあったからな。新入生としては王族、公爵並みの魔力があるように見えたらしい。どこのご令嬢かとあの後、人々が騒いでいたから、うちの領の者だと言っておいた」


 力の抜けた私に、兄と執事のホセが足早に近づいてくる。


「シャイン、体は大丈夫? 壁で見えなくて、魔力切れで倒れていたと後で聞いたんだ。救護室に行ったら、もういなかったから、こっちに来たんだよ」

「お兄さま、大丈夫です。心配かけてごめんなさい」


 仮病で寝ていたとは言えないけど。 


「フェルミンさま、そこまでご心配なさらなくても、大丈夫だと思いますわ。私も去年、全力を出して、終わった後、魔力切れで救護室に運ばれましたもの。でも、ポーションさえ飲めば回復しますし、その後の体力測定では満点でしたのよ?」


 うわぁ、自慢げなマルガリータ、魔力切れさえ、誇らしいようだ。それに対して、まだ若干心配そうな表情の兄。


「頑張られたのですね。さすがマルガリータさまです。……シャイン、あまり無理をするんじゃないよ?」

「はい、お兄さま」


 私は兄に甘えたくなったけど、人目があるので、にっこりと微笑んでおくだけにした。

 気になる他のメンバーの合否をベルナルドに尋ねる。


「中級魔法はアリシアさまたち全員合格ですか?」

「大丈夫だったよ。後は結果を待つだけだな」

「あら、まだ体力測定が残っていますわよ? 彼らなら全員満点でしょうけど」


 おほほと笑うマルガリータの目のきらめきが怖いよぉ。


――結果、 

 体力測定は、まぁ、満点を取ることができた、と思う。

 マルガリータさまは「応援に来たかいがありましたわ」とホクホク顔だったけど、私はどっと疲れた。


 元気なはずの私が何年振りかに熱を出したのは、仕方ないことだったと思うんだ。



  

 受験結果は、数日後発表された。

 私は平民町の家で放送受信機を通して知り、友人たちに伝えた。

 結果は、晴れて全員合格。

 リタたちは特待生となった。

 

 後日、マルガリータからの話によると、私は体力測定の加点もあり、満点を超えたらしい。満点越えはたまにいるらしいけど、やっぱりやりすぎた……。

 クレトには成績優秀者として奨学金が出る。筆記試験で満点を取ったから。

 私は筆記試験は一問間違っていたようで、奨学金は逃した。

 クレトは中級魔法の力を抑えて使ったから、合計点では満点を超えなかったらしい。――クレトこそ策士な気がする……。


 新入生代表の挨拶を打診されたが、即お断りした。


「私でしたら、絶対に挨拶しますのに! なんて欲がないんでしょう!」


 いえ、緊張するのが嫌いで、目立ちたくないだけです。

 小心者の小貴族ですから。

 挨拶は普通、王族、高位貴族の子供がいればその子たちが大概することになる。そこに成績がいくらいいとはいえ、のこのこ出ていくなんて無謀な真似をしたくないだけだ。

 


 学園では静かに、目立たないようにしたい。

 もう、ボッチじゃないことは決定した! だから頑張らなくてもいいんだ。

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