第44話

 ジーンたちに薬の報告と感謝を言いたくて、ルカとクレトと共にダンジョン二層に行ったけど、また会えなかった。

 私が吹く草笛の「プゥォ~ン」という変な音がダメなんじゃないかとクレトに言われたが、私はこれで精一杯なんだ。クレトは私の手からジーンの草をとると口に当てて器用に吹いた。

 ハッ!

 も、もしかして私が吹かなくても、他の人に頼めば良かったの⁉ ぐぬぬぬぬ。

 吹くだけで一年半もかかった私は、一人頭を抱え悶絶した。

 ただ、ジーンたちは出てこなかったから、私以外が吹いても来てくれるかは分からずじまいだったけど。


 魔物の代わりに、外で狩りをして、バーベキューの材料を捕る。

 お祝いと、パーティ解散の送別会を兼ねてクレトの工場で野外バーベキューをするんだ。

 私は追い込み専門だけど。大きな獲物は肉の硬直が解けうまみが増える熟成期間が長くて、必然的に小さい獲物を狙うことになるから。


「小さい獲物のほうが狩れないとか、おまえくらいだろうな」

「……そのうち慣れるかもしれないから気長に待ってて」

 

 ルカにはそう言ったけど、私を襲ってこない小動物を狩るのはまだ少し先になりそう。はぁぁ。


 大きな獲物でもいいんだよね。

 魔法の練習で水分を飛ばし、ミンチにすればいいから。

 ただ、今日は三人で狩りに出てるから、無理はできない。……と思っていたら、二人がシカを狩ってくれた! 


「生でいけるな」

「やめた方がいいよ。野生の動物には菌や寄生虫がいる可能性もあるから」


 シカ肉を捕れたてだと生で食べる人は多い。でも、絶対安全ってわけじゃない。

 子供たちも食べるのだから、熱を通したい。魔法でどうにかなるならいいんだけどなぁ。私は毒素を抜くことはできるけど、寄生虫を抜くとかはできないから。

 結構できないこと多いな……。



 お祝いはクレトのお爺さんと従業員たちも誘うと満面の笑みで参加してくれた。おいしいものの香りは皆を幸せにするからね。

 私やルカたちの家族も誘ったけど、ニコラスパパだけ参加してくれてる。

 代わりに母たちは手料理を大量に準備してくれた。ケーキもある。ひゃっほぅ。


 パーティ仲間たちは送別会だけど豪快な料理を前に、笑顔全開、気分もハイテンションという感じで騒いでいる。

 学園に行くまでにあと数回はパーティとして依頼を受けるつもりだし、今瀬の別れでもないし、もともと明るい。明るすぎる。

 リタは踊りを踊ろうと誘われている。女の子一人だもんね。あ、私もか…………。

 私は着ている服がワンピースであることを確認して、確認しなければよかったと後悔した。

 

 代わりにそんな私の手を何度もとってくれたのは――


 ウルバノ爺さまからクレトをよろしく頼むと何度も何度も手をとって言われた。

 大事にしてるんだね。

 クレトにも直接愛してるって伝えたらいいのになって思った。

 クレトには、はっきり言わないとそういう大事に思ってるとかはあまり伝わってない気がするんだ。


 私は、クレトがひとりで水らしきものを飲んでいるのを発見して、その肩をぽんっとを叩いて言う。


「クレト、ウルバノ爺さまがクレトのこと愛してるってよ」


 ぶほぅっと飲んでた水を吹き出すクレト。……正面に行かなくてよかった。

 私はハンカチ……は、持ってなかったのでそばにあったクロスを手渡す。

 こんなところが、踊りに誘ってもらえない差になるのだろうか? 

 踊りを踊るのは嫌いじゃないから。相手の足は踏むけど、ダンスは好きなのだ。

 

「おまっ……、ホラも大概にしろよ」

「へ? 直訳したらそういうことだったよ?」

「同じ言語を訳すなよ。本当は何?」 

「何度も何度もね、クレトを頼みますって言われたの」

「解せないね。頼まれないといけないのは俺のほうだろ?」

「は?」

「何をやらかすか、心配で目を離せないのはおまえのほう」 

「ひどい!」


 そこへルカまでやってきて加勢する。


「何々、シャインがまた何かやらかそうとしてるのか?」

「違うよっ、何でそうなるの? ほわぁい~?」 


 私は肩をすくめて、わけわかんないよポーズをとる。

 ルカがクレトの肩に腕をのせ、二人で上からの流し目線をこっちに送りながらコソコソと「またわけ分からないこと言ってるな」とか言ってるんだけど――あれ? 私の目がおかしくなったのかな?

 二人が成長したようなイケメンたちが――血統証つきと野生的な違いはあるけど、じゃれあいながら、こっちを魅惑的な眼差しでクスクスと笑いながら見ているような、そんな恰好いい姿がダブって見えた。

 恰好いいって、二人が? 


 これ酒入り? 

 思わず手のコップを見つめ匂いを嗅ぐ。うーん、お酒ではないよ。

 目をごしごし擦る代わりに、トントンと「おめめさーん、大丈夫ですかぁ」と軽くノックしていたらリタの声がした。


「シャイン、服ありがとうね」

「あ、うん。下着類はどう?」

「快適だよ。高かったでしょう?」

「いやぁ、あれはまぁ試作品だから、原価だけというか……」


 ヲシテ文字を書いて、魔術が発動するようにした下着などもあげたんだけど、製作は秘密だからなぁ、と困っているとルカまで話に割り込んでくる。


「シャイン、あれら試作品だったのか? 汗かいてもすっきりな下着とかいいよな」

「うーん、まぁ、そんなもの? 気に入ってくれたらなによりだよ」

「はっきりしないな。もっとほし――」

「貴族には貴族の繋がりがあるんだろうよ。それより、リタが持ってるのおいしそうだな」

「うん、おいしいよ、あっちにある」

「行こうぜ」


 今の、クレトが話を逸らしてくれた? 秘密が多いって知ってるからかな。

 ルカたちの魔力があがっているのを知ってるだろうに、何も聞いてこない。そんなクレトがありがたい。

 

 二人が移動したその先で、マリオとイバンが二人でおちゃらけたダンスを踊っている。

 私はひらめいた。ぴかっとな。

 踊りを誘ってくれるのを待っているのではなくて、自分から誘えばよかったんだという事を!


「ピーター、わたくしが踊りを踊って差し上げてもよくってよ?」

「……遠慮しときます」

「なぜ⁉」

「えー、足ふまれるの嫌だから」

 

 ごもっともな意見ね。

 結局この日、私の相手をしてくれたのは、ニコラスパパと一度も踊ったことのない従業員の方たちだけだった。  



 リタが言っていた服。服の魔具化は思ったより進んでいる。

 あまり多くの機能を持たせない服しか作ってないことと、少しの機能でいいなら魔石の要らない方法が分かったから。


 一枚の布だと、ちょっとしか魔術は発動しない。ところが、数枚の布を繋げる前に、それぞれの布に先に魔術を施しておき、縫い合わせると枚数分、発動する。ポケットの布に書いたものでも。


 リーマン面による葉層構造作用のため、かもしれない。

 前世の記憶だが、リーマン面というのは、数学においては連結な複素一次元の複素多様体のこと。


 ここでは――

 布が違うということで、一枚をある葉=次元、もう一つがまた別のじげんと捉えると、ある次元で発動できるのが一つだとしても、複数次元観念の布がいくつかあれば、複数の魔術を発動できるのではないか、と思うのだ。

 よく分かってはいない。


 ただ、外側ポケットの裏に書いた文字が発動して布が分かれていればいいこと、その布が自分に直接当たっていなくてもいいことなどから、そうじゃないかと思っただけ。

 一枚の布に一つの魔術しかできないけど、複数の布の縫い合わせだとその布の数だけ魔術を発動できるのは、端布を使えばいいのだから、お財布に優しい。

 魔石が要らないのは助かる。でも、簡単なものの複合にしかならないけど。

 

 服だもの。それでいいと思っている。

 上着なら防水性、透湿性などまでつけたいけど。

 魔法を跳ね返すとかの戦闘時ではなく、日常生活するうえで必要な機能だけに特化しただけ。

 

 ルカたちにあげた下着は、ユニオンスーツに汗処理ドライ機能、体温調節などを描いたもの。

 家族用ドロワーズには汗処理機能を付けたら夏快適と喜ばれた。

 シミーズという上半身に着ける下着にも汗処理くらい。

 

 自分だけでこっそりとするはずだった。

 なのに、まさか本当にクレトの言う通り貴族絡みで魔具服を作ることになろうとは思ってもみなかったんだ……。

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