第42話

 会場に入ると、目の錯覚だろうか、緑のマルガリータもどきが見える? と思ったら、彼女の兄、ベルナルドだった。

 ご自慢の目の色に合わせた彼お気に入りだろう緑色の服が、相変わらずカエルぽさを際立たせているが、目立つのはさすが兄妹の運命なんだろうか?


 ベルナルドも、学園が休みのたびに、私たちを呼び出して、稽古をつけてくれてたから、ルカなどは慕っている。


「ルカー、クレトー、おまけでシャインも頑張れよー」


 おまけって何だ⁉ 笑いが起こる観客席。

 ベルナルドのせいで笑われたよ⁉ 知らない人の振りを決め込もう。


 私は兄がどこにいるのか気になったが、どこかにいてくれると思うだけでも心が少し落ち着くのを感じた。



 中級魔法を放つ順番がリタにまで巡ってきた。


 リタの前に受けた受験生は、中級魔法の威力はあまりなかったらしく、火魔法で木が二本少し焦げた程度。

 空中に漂う的に当てた風魔法は三つ。威力も打ち破るほどではない。

 土の魔法の壁は高さ一メートル、幅十メートルくらい。厚さはあまりないようだ。

 それでも、的に当ててるし、発動しているから十分合格ライン。

 三種類の中級魔法を出して、的に当てさえすればいい。


 

 リタは火、風、水魔法を使うと言っていた。

 胸の前で手をぎゅっと合わせてしまう。


 リタなら、大丈夫! 

 ドキドキする心臓。今日、私の心臓はジェットコースター状態だ。

 


 しっかりと大地に立つリタが手を前に突き出し、呪文を詠唱する。

 彼女のプリン色の髪がふわぁと波打つ。


「切り裂け! 【風刀エア・カッター】ー!」

 

 出た風刀は空を走り的に向かう。


 ガッガッガッと私のところまで聞こえる音。

 さすが器用なリタ。出した全ての風刀を上空にある的に命中させてる。

 真ん中に命中したら的は落ちるらしい。十以上の的が落ちた。


「おおおおおおおおおおおすげー」

「やるなぁー、いいぞー!」


 観客がわいている。リタの可愛さで頭が沸いてないといいけどな。


 また、歓声があがった。隣で受けているルカの方に視線をおくる。

 彼も風魔法で的を落としたんだろう。地面に落ちている的の数は二十を超えてる。

 

 思わず顔が緩む。

 いかん、私がニヤリになっとる! ほっぺをパシンパシンと叩いて表情を引き締める。


 この日のために作ったシャイン特製ポーションが効いてる。

 もちろん、それだけじゃない。リタたちだって、沢山練習し、努力した、その成果が今目の前で繰り広げられているだけだ。


 ただ、特製ポーションは、実際画期的なもので――画期的すぎて、まだ一部の人しか知らないけど。


 

――魔心臓の部屋を一つ活性化させるポーション。


 王族と同じ魔力量にまでなれるかもしれないもの。 



 私が作ったのは、魔力の世を下剋上させる可能性を持つポーションだった。

 後悔はしてないけど。


 

 去年の春、私はジーンたちから私は葉っぱを数枚貰い受けた。その葉脈から植物細胞を抜き、透明の状態になったものを、魔力回復のポーションに入れた。

 そうしてできた、完全に魔力を底上げする魔力増幅のポーション。試行錯誤はもちろんあったけど、決め手になったのは、あのビジョン。


 私が以前見たほうれん草のビジョンには続きがあった。

 ほうれん草の五つの葉脈から植物細胞を抜いて、セルロースだけにして人の心臓組織を作るものだった。

 セルロースには生体適合性がある。移植された葉の葉脈を損傷している組織に血液を送る血管として使える。

 そこから魔力底上げの、薄くしか見えない魔心臓を活性化できるかもしれない、いやできると確信して植物の魔物ジーンから葉をもらって作ったポーションだった。


 心臓は四つの部屋があるが魔心臓も同じ。王族はたぶん四つ全部が活性化してる。例外もあるがほとんどの高位貴族が三つ。下位貴族が二つ、平民は一つの部屋しか魔心臓は活性化していない。

 その動いてない部屋を動かすもの。そしてそれは魔力量の違いに大きく関わってくる。


 誰にも言わずに先ず、自分で試した。魔力は確実に増え、それを見破ったのが、クレトだった。フェンがフェンリルだと知ったあの時、言われたんだ。


「お前、最近また魔力がかなり上がっただろう?」と。



 結局、ジーンから葉をもらっても、出来上がったのは半年後だった。

 春になり、私が飲んで数か月経っても体の異常を感じなかったから、作ったポーションをルカとリタに見せた。飲むと選択したのは彼らだけど、背中を押してしまったのは、私。


 一つのポーションで一部屋分の魔心臓が活性化する。試してはないけど、たぶん二つ飲めば二つ分活性化すると思う……。



 私は目の前で繰り広げられるポーションの成果を今、見ている。


 リタの目の前にあるのは、巻藁のような太い丸太の数々。

 奥に行くほど丸太の直系は太くなっている。


 落ち着いた声音は凛と響き、呪文は詠唱される。


「燃えろ! 【炎玉ファイア・ボール】ー!」


 火の玉がさく裂して丸太を襲った。


 二十本ほどが燃えただろうか。

 ひゃっほー、思わずジャンプしてしまう。


「いいぞー!」

「俺の心にも炎がついたぞー」


 誰だっ、声援に混じって変なのが入ったぞ!

 リタは二つの魔法を放ち終わると、私の方へ普段と変わらないあのふわふわした微笑みを携え歩いてくる。


「リタ、さすがだね」

「ふふ。少し緊張したけど、私は別の場所でする水魔法を選んだから少し気持ち的に余裕があったお陰ね。後はあのポーショ――」 


 そこへ先ほどのニヤリ先生が慌てたようにやってくると、口早に喋る。


「名前はリタ・カナバルで間違いないか? 貴族か?」

「リタで間違いありません。平民です」


 くわっと目を見開いたニヤリ先公は「なぜ、貴族並みに魔法が使えるんだっ! 何か魔導具でも使ってずるをしているんじゃないのか? 魔力増幅系の魔導具を使ったら、失格だぞっ」って叫んでる。


「あら、平民でも魔力が多い人はいますわ。魔力増幅系の魔導具を身に付けていないことは、門を通るときに、検査したと聞きました。失礼ですけど、先ほど魔力量を測っていますから、そちらでお調べ下さい」


 私は割って入る。まったく、ずるですって⁉ こんな天使よりも天使なリタがずるなんてするわけないじゃん! 

 例え、ポーションがなくて威力がなかったとしても、合格ラインには到達していただろう。

 彼女たちが毎日のように、頑張っていたことを知っている。


 タブレットで管理してるのに、データーの相互送付が遅いのだろうか。


「確かめてくるから待ってろっ」


 そう言い残して、駆けて行った。

 隣では、すでにルカも終わり、次のクレトが順番待ちの状態だ。


「リタ、きっと大丈夫だから水魔法試験場の方へ行ったらいいわ。時間を置きすぎるとかえって、減点になるもの。私が代わって答えておくから」

「ありがとう。シャインは水のほうが上手なのに、土魔法にするの?」

「移動が面倒」


 私は笑顔で頷く。リタも「普段通りね。ふふ」と可愛く笑って次へと向かった


 落ちた的を取り換える準備が整うまで待つ間に、ニヤリが戻ってきた。


「リタとやらはどこに行った?」

「最後が水魔法でしたので、場所を移しました。時間を置きすぎると減点になりますから。何か問題がありましたか?」

「……いや、魔力量がたまたま多い平民だったようだな。母親が貴族なのか?」

「……そうかもしれませんね」

「そうだろ、そうに決まってる。養子にはしなかったのか。あぁ、駆け落ちとかでもしたのか、そうだろな。父親が綺麗だったからどこぞの嬢が追っかけでもしたんだろうな」


 勝手に実は片親が貴族だったということにしている。おまけに駆け落ちとか。


 傍にいてくれるだけで十分な私の癒しのリタ。そんな彼女を自分勝手にあれこれと評価されていることに、だんだん腹が立ってきた。


 ぎゅぅっと拳を強く握る。


「準備が整いました。次の受験者は立ち位置に進みなさい」


 声がかかった。


 ふぅーっと息を吐いてざっと踵を返し、中級魔法を放つ位置にたつ。

 怒りがおさまらないけど、かえっていい。このまま、魔法をぶっ放そう。



 私は魔力を体にまとうように意識する。自分の魔力が螺旋を描きながら上昇していくのを感じる。

 風・火・土魔法を連続で詠唱するために声を張り上げた。


「切り裂け! 【風刀エア・カッター】ー! 燃え上れ! 【灼熱フレア】ーー!! 立ち憚れ! 【土壁クレー・ウォール】ーーー!!!」   



 ズゥビューンという重さを感じる低音と共に風刀が飛び出していき、炎の手が丸太を焼き尽くすように伸びた。

 それは一瞬のこと。

 空中にある全ての的がバタバタと落ち、丸太は全て瞬時に炭化した。

 土壁がズドドドドと地響きと共に現れ、天に向かう。 


 炎の規模がかなり強く広範囲に出てしまったので、土壁は観客を守るように高くそびえ立てるしかなかった。


 ちょっとやりすぎた? まぁ、いいや。


 スタスタと歩いて戻りながら、異様な雰囲気に気づきはじめる。

 シーンとした会場。土壁があるから、観客は分からないが、列に並ぶ受験生や学校関係者たちの表情がおかしい、気がする。


 私はクレトを目で探し、こっちを見ているのを気づいてホッとする間もなく。ため息をつかれるのを目撃する。

 クレトが近づくと小声で言われる。


「シャイン、あれは何だ⁉ 火魔法何を使った?」

「えー、少し頭にきて威力を増しただけで、普通に炎玉、、あれ? 私、炎玉じゃなくて…… うわっ、ど、どうしよっ」


 小声で答えていた私は、自分の間違いにようやく気付いてオロロロロとなる。

 クレトの耳元で言う。


「クレト、私、灼熱使った。火と光の複合魔法……」

「まじかよ。お前、魔力切れは大丈夫なのか?」

「うん、全然。あ、でも倒れたほうがいいかも⁉」


 おしっ、私は演技をすることにした。このシーンとしたままの雰囲気をどうしていいか分からなくて。


「あぁっれ~、魔力が、魔力が切れて、ぐ、ぐるじぃーーーっ!」


 そう叫ぶと、バタリとクレトに倒れ掛かった。

 クレトは慌てて、受け止めてくれた。ナイスです! クレトが小さく「どんな大根役者だよ」と呟いたけど、知りません。


「先生方ー、魔力切れ起こしましたー! 救護室に運んで下さいーっ」


 クレトの声を聴いて、大人たちが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 私は思惑通り、救護室に運ばれ、魔力回復ポーションを飲ませてもらった。

 魔力は沢山使ったから、丁度良かった。体力測定まで少し横になって休もう。



 私はぐーすかぁぴーと気持ちよく寝ていたら、叩き起こされた。


「誰⁉」

「ここで何を?」

「昼寝に……。まぁ、私ったら、魔力切れがきつかったようですわ。先生、休ませていただき、ありがとうございました」


 白衣の先生に礼をすると、ルカの手をとり、救護室の外に出た。


「ルカ、体力測定の時間になったの?」

「ヨダレ、出てんぞ。クレトが揺り動かしても起きないって心配してたから俺が見に来たんだよ。なのに、ぐーすかいびきかいて寝てやがるから、叩いただけだ」


 小声で言うルカ。まぁ、ここにはまではさすがにマナーの先生はいないと思うけど、私も小声で言う。


「あのねぇ、私は寝てる時には、ヨダレなんて垂らさない。垂らすのはお菓子とおいしいものを目の前にしたときだけっ」

「自慢かよっ。ほら、サンドイッチだ」

「気が利くね、ルカ」

「はぁぁぁ」


 私は、自分のやらかしことの結末も知らず、水とサンドイッチを素早く空腹のお腹に収め、体力測定へと向かったのだった。

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