第57話
「お兄様、後等部の方々、なにかそわそわされていませんか?」
「……そう見えるか」
私は考えないといけない目の前の課題――龍、から逃げるため、周りに目を向けて、目に付いたのが、夕食のときの上級生たちの様子だった。
男子生徒の集まりも、女生徒の集まりもそれぞれを意識してこそこそと話をしていた。
兄に聞いてみたが歯切れはよくない。でも、上級生たちは楽し気なんだけどな。
「何か楽しい行事でもあるのですか?」
「ダンスの練習が始まっているんだよ」
「ダンスは授業で習いますが?」
「うん、社交界に合わせた舞踏会の練習で、パートナーを選んで約一カ月後にある学園舞踏会で踊るんだ」
「では、お兄様にはたくさんの申し込みがあるのではないですか?」
私は笑顔で聞く。
恰好いい兄のことだから、女性から申し込みがたくさんあると思うんだ。きっと多すぎて決めかねているのだろう。
「全然ないよ」
「え?」
全然? そんなわけ……
「家を継げる嫡男でない次男以降はもてないのが貴族社会だからね」
ええええええええええええ!?
そ、そんな殺生な!
うちの兄は、こんなに恰好よくて、家族思いの優しい兄なんですっと叫びたい。
「あ、あの、それって社交界に出てからではないのですか? 学園では関係ないのでは?」
「シャイン、ここは貴族学園と言っても過言ではないだろう? 生徒は平等であると一応謳ってはあるが、それは建前。時間と財産に余裕がある親ほど子供に口出しするのは当たり前だから、どうしても親の影響を受けるしね。そんな過保護の子供たちが選ぶのは親が好む相手だと思うよ」
うわっ、兄が悟ってるよ? いい方向じゃないけど……。
「お、お兄さま、でも私はお兄さまのいいところをいっぱい知っています!」
「ありがとう、シャイン。大丈夫だよ、心配しなくても。実力があれば認められることもあるし、まだ僕は一三歳だからね」
兄は苦笑しながら言う。
くぅぅ。頭の痛い問題から逃げたら、さらなる打撃を受けた気分だ。
兄に、いつでもダンスの相手をすると言ったら、困ったように微笑まれた。何か困らせることを言っただろうか?
私はヨロヨロと宿舎の外に出る。
クレトに聞いてみるか、ニーズを呼び出して聞くか、二択のうち後者を選択した私は、すでに暗くなっている外の景色を見て、ぶるっと身をすくませ、くるっと踵を返す。
「明日の朝にしよう。今日は逃げ続けよう!」
誰かの言葉であったんだ。
動物は敵に会ったら全力で逃げる。逃げて非難されるのは人間だけだって。
そうだよ。少し避けるだけでも、強風にあおられるだけですむのに、敵や問題に激突して潰れる必要はない。
逃げない選択もあっていいし、その勇気は褒めたたえてあげたいけど、逃げる選択だって反対にあっていいはず。
言い訳をしてベッドに入って一秒後に寝落ちし、すっきりと起きた次の日の朝。
朝もやにまだ世界が煙る中、私は宿舎から程近い所にあるトネリコの木へ行き、そこで召喚する。召喚獣たちが好のんでいる木だから。
ニーズと念話ができるのは心強い。爬虫類――という事実からは目を背けよう。
二度目からは簡単な召喚の詠唱でいい。
「出でよ 我が盟獣!」
ぼわぁ~ん
姿を現した最適化サイズのニーズを見上げる。
「ニーズ、呼び出して良かった? 後で授業のときも呼び出すけど、時間の都合は大丈夫?」
私の口から出たのはそんな言葉。
召喚って相手の都合なんて考えてないな、と呼び出して置いて気づいた。
『時間軸は同じ違う 大丈夫』
「そう。よく分からないけど、ありがとう。それとサイズちょうどいいね。これからもその大きさでお願い」
頷くように頭を下に向けるニーズ。
時間軸が違うから大丈夫の意味も分からないけど、聞いても理解不能な気がして、いつでも呼べることを今は喜ぼう。
「触ってもいい? 後で飛行訓練もあるんだ。私を乗せて飛んでくれる?」
『シャインが引っ張るから来た。仰せのままに』
「私が引っ張ったって召喚のこと?」
『トネリコを通してシャインの歌、願い、聞いてた』
「え? 聞こえていたの?」
目をゆっくりとそうだよというように一度閉じるニーズ。
うぇ。恥ずかしい。私何を歌った? 何を願った? 戯言しか言ってない気がするけど。
「トネリコの木を通して聞いて呼ばれちゃったんだね。てっきり、花の根のポーションばかり縁があって作っているから、根の国から来たってことと、ニーズの頭に花冠が咲いたから、それのほうが関係があるかと思っていたんだけど、違うのね」
『根、大事。シャイン、根が好き、根と仲いい』
根が好き? うーん、どうだろ。
それより、根が大事というニーズがあのニーズヘッグなら、
「トネリコの木って根の国に繋がっているの? 神話では世界樹はトネリコの木だと言われていたようだけど?」
『世界樹、トネリコに魔力が入った巨樹。根、繋がる記憶、記録。シャイン、歌う』
「え? 歌を歌えってこと?」
ニーズが微笑んだ気がした。
うぉ。この子、瞳もそうだけどなんか愛らしいんだよね。仕草? 何だろう。姿は暗黒の龍という風情に近いのだけど……。
私は木の前で歌っていたのは、きっと前世のアニソンだと思い、アニメ曲の中から思いつくまま歌う。
気持ちよく歌いすぎて、朝食を食べ損ねてしまい、ぐぅぐぅなるお腹を抱えて授業に臨むことになるのだった。
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