第58話

 召喚獣に乗っての飛行の練習が本格的に始まる。

 前回、背中に乗っていた生徒もいたが、私は乗ってみることもできなかった。


 でも、朝ニーズに会って、乗せてもらえることになったし、リタが私のためにリンゴとパイナップルを貰ってきてくれてたから、ぐうぐう鳴っていたお腹だってもう大丈夫。

 そういえば、イズン女神の黄金のリンゴは、オレンジだとこの国では言われているけど、パイナップルかもしれないなぁとふと前世の記憶から思う。

 Pineappleのpineは松で、松ぼっくりに姿が似ているからって説もあるようだけど、appleが果実として、松果体にいい食べ物だって言う人もいた。パイナップルは表面の鱗状態のもの一つ一つが実でたくさんの果実の集合体だから。

 色も黄色だし、黄金のリンゴがパイナップルのことだったとしても、こんなにおいしいんだからあり得るかも? とにこにこと食べていたら、「ニタニタと笑う程甘いのか?」と最後の一切れをルカに取られてしまった! 一番甘い下の方を残しておいたのにぃぃいいい!



 楽しみな飛行の時間。

 のはずがみんな思い思いに召喚して、遊んでいる――


 ニィナ先生が言われるから。


「飛行の練習は、召喚獣と仲良くなることからです~」


 念話ができるのは、特殊で、普通は意思疎通の方法を手探りで探すらしい。

 一緒に遊ぶことで、力の制御などもお互いに学ぶのだろう。

 もふもふがいいなぁと横目に見ていたら、騎士を目指す男の子たちにはニーズが恰好よく映るらしく、「花竜いいな」と言われた。お互い、隣の芝生は青く見えるのね。


 ニーズの背中に乗る。鞍をつけてもいいんだけど、せっかく念話できるのだから、鞍はつけない。


「シャイン、鞍を付けなくて大丈夫?」

「うん、リタ。馬には乗れるし、どうしても乗り心地が悪ければ、その時つけようと思って」

「そう、気を付けてね」


 リタは心配してくれるけど、まだ飛ばないから。


――そう思っていました。


 ひゃぁぁああああああ



 気持ちいい~。

 上空の風が顔をなぞり、マントをはためかせる。

 ニーズの首に片手で掴まり、片手は風を感じるように広げる。

 ニーズも楽しいらしい。お互い触れているからか、感情が何となく伝わるような気がする。だからこそ、飛んでくれたんだろうけど。


 フェンが青空を駆け抜ける姿はそれは素敵で、羨ましいと上空を見上げ、私はゆっくり這うように歩くニーズに乗っていた。


『空の風、感じたい?』


 そういうと羽を広げ、ばささと羽ばたく、と共にふわぁと浮かび、加速していった。

 最初こそ驚いたけど、さすが龍。翼があるからすぅと滑らかに飛んでくれる。

 フェンリルの空を駆けるような飛行とはまた違うけど、楽しい。


 目の前には青空。眼下には学園が小さなお菓子の箱となり、森が緑の絨毯となり広がっている。

 風を感じながらふと前を見ると小さな霧がある。

 違う、これは雲だ。雲のある所まで上がったの?


「ニーズ、降りよう。雲があるところまで上ってたみたい」


 ニーズはゆっくりと回旋するように降りてくれる。

 空気抵抗とか酸素不足にならなかったことに、遅れて気づきほっとする。

 降りてくる途中で、ニィナ先生が白飛猫に跨り駆けて来た。


「お友達が心配してたわよ~。さすが花竜だけあるけれど、鞍も付けてないし、飛行最初の授業ですから、あんまり無茶しないでね~」


 口調はいつもの通りだけど、心配されてしまったようだ。


「はい。すみません」

「楽しかったのでしょ~? 無事ならいいのよ~」


 笑いながら言ってくれるニィナ先生はウィンクをして、他の生徒に向かう。


 とんっと地面に降り立つと、黒飛猫に乗ったルカが寄ってきて言う。


「シャインは本当無鉄砲だよな。浮遊は一番下手なのに、飛行はうまいと、うわっ、ちょ、ちょっとまだ行くなよー」


 黒飛猫が急に駆け出したから、乗っていたルカは慌ててる。その様子がおかしくて笑ってしまう。

 黒は大きくなるらしいから、まだ青年の飛猫なのかも。

 猫だから、翼はあっても、地上を駆け抜けるのも早い。


 その点、竜はなんとなく、地上を駆ける姿はフェンリルや飛猫に比べたら様にならない気がする。やっぱり竜は空を飛んでる姿が似合うと思う。

 リタは低空飛行していたようだ。こちらに難なく飛んでくる。リタは器用だし、飛猫が人懐っこいからか、パートナーとの息は合っているようだ。


「シャイン、大丈夫だったのね。良かった」

「うん、飛んでる下にフェンがいてくれたから、安心して遊んでいたらいつの間にか雲のあるところまで上っていたみたい」


 念話でニーズが教えてくれたんだ。『フェンリル、下で見張る』って。下を見たら、クレトがこちらを見ながらゆっくりと回旋していたから、私が万が一落ちてもクレトが受け止めてくれるだろうって信じていた。勝手に。


 

 フェンの姿を探すと、皆とは少し離れた丘のようになっている木の木陰で休んでいる姿を見つけた。

 ニーズと一緒にクレトへと向かう。


「クレトってフェンと念話できる?」

「やはりシャインもか」


 私が最初召喚した時から気づいていたとか。ニーズが大きさを変えたからね。

 ニーズから降りて、クレトと話をする。


「さっきはありがとう。フェンたちがいてくれたから安心して飛行を楽しめたよ」

「念話できるんだし、空は龍にとって自由自在に飛べる場所だけど、まだ召喚して日が浅いんだし、気を付けろよ」

「うん。私もフェンと念話できたらいいのになぁ」


 それを聞いたフェンの顔が面倒だって感じにふぃと横を向く。

 私の言うことが伝わってはいるんだよね。

 私は近づいて、フェンの首を撫でる。モフモフだぁ。そしたら後ろで「きゅぅ」って音が、違う、声がした。

 振り返るとニーズが私を見ているのだけど、首を少し傾げて不安を目に浮かべているその様子が可愛いらしくて、笑いながらニーズを抱きしめた。


『ニーズ、私のところにきてくれたニーズが、私にとっての一番だよ』


 私は念話で話しかけ、ニーズはぐぅるるるという喉を鳴らす音でそれに答えた。


 ババさまが以前言っていた「もし王都学園に落ちて他へ行くことになっても、シャインを受け入れてくれた所があったら、そこがシャインにとっての一番なんだ」って言葉を思い出していた。

 落ちることと一緒にするのはどうかと思うけど、モフモフの召喚獣でなかったのは正直、残念だったから。でも、ニーズが来てくれて嬉しいというのはまた別なんだなぁと思ったのだ。

 モフモフは好き。でも、ニーズとは比べられない。そう思えたことが、ニーズが慕ってくれていることが、私を笑顔にしてくれていた。

 だから、今度は言葉に出して伝える。


「私を乗せてくれてありがとう。ニーズ、大好きだよ」

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