第56話

 今日のいで立ちは、パンツスタイル。制服にマントだけどね。

 召喚獣を呼べる日。うふふふふ。


 他のクラスはとうに召喚獣を手に入れている。

 なぜこのクラスが一番遅かったのか? 浮遊を完璧にできないと召喚獣に乗る訓練が始められないから。

 完璧じゃなくてもいいとは思うんだ。頭をごちんと打ったりするだけだと思うのだけど。

 ニャンコ先生ことニィナ先生が、「だめよ~」とおっしゃるからであって、決して私のせいでは……ありますね。すみません!

 他の人が優秀なだけなんだ、きっと。

 遅れたと言っても一週間の差。もちろん、一組はほとんどの生徒が元から連れていたけど。

 それがどれほど羨ましかったことか! ふんぬぅ。

 飛猫はふわふわした毛を持っているから、自分の召喚獣ならもふり放題! もふり天国!


「一番嬉しそうなやつが、一番浮遊が下手で遅くなったとはな」


 うっ。ルカの言葉が突き刺さる。でも、気にしない。


「さぁ、この魔法陣の上で召喚呪文を唱えて下さいね」


 ニィナ先生がお手本を見せてくれて、大きなニャンコ、飛猫を召喚してくれたから。魔法陣の上で召喚するほうが、呼びやすいらしい。

 ニャンコ先生の名前の由来になった召喚獣は飛猫の中でも一際大きく、真っ白な毛並みと立派な虹色の羽を持っていた。

 白、黒、キジの模様の順番で飛猫は希少とされている。

 特にニィナ先生の召喚獣は、白色の毛並みに虹色の羽で、とても珍しい。


 私は毛並みが最高であれば、どんな飛猫でも構わない。どんな猫も愛らしすぎるもの。

 フェンリルも珍しいけど、たまに召喚されるらしい。ただ、大きさがフェンはとびぬけているそうだ。

 でも、大きさを変えれるフェンは小さくご登場予定。クレトはやっぱり策士だ。


 王族の中でも王になる運命の人は鷲馬ヒッポグリフを召喚するという。鷲の羽と上半身を持ち、下半身が馬。

 王族の大半と公爵家の一部の者は飛馬フライ・グラニを召喚する。

 他に飛竜や土竜、花竜もいるらしい。 

 隣国では土竜が主に召喚されるそうだから、この国で数が少ない召喚獣でも、世界的に見ると、そうでないこともある。

 

 

 ルカの番だ。見ている私もドキドキするよ。

 ルカが堂々と声を張り上げ詠唱する。


「我が真名により召喚する! 我が呼びかけに応じ我がもとに来たれ! 我が盟獣メイユウ!」 


 ぼふんっという音と共に現れたのは――


――黒の飛猫!


 少し小さくてルカ一人しか乗れないサイズ。


「ふん。八組でキジ以外が出たのは初めてか。黒でもやはり小さいな。こんなもんだろう」

「黒の飛猫は大きくなりますから~、成長するでしょう。おめでとう~」


 ニヤリとニィナ先生がルカに正反対にも思える言葉をかけている。

 サルバドール先生が普通に言えないだけかな。


 その後ろで、ぼふんっと音がした。

 同じ領の騎士を目指すエリアスが召喚したようだ。


 飛猫の色が変わっている。


「まぁ! 白が混じったキジね! 珍しいわ~」

「このクラスの男子は騎士を目指す生徒が多いからキジや黒が召喚されるのだろう」


 ニヤリ先生は悔しいようだ。

 黒とキジ飛猫は性格がワイルドなんだとか。白は大きいのにのんびり屋。大きいのに戦闘向きじゃないらしい。もちろん、個体によって性格は違うそうだけど。


 クレトがフェンを召喚したら、サルバドール先生は目をくわっと見開き、その後唇をぎゅっと噛んでいた。小さくてもフェンリルを平民が召喚したのが悔しいようだ。


「ふんっ、一組から三組には飛馬も土竜、飛竜もいるからそんなに珍しいものでもない」


 そのお言葉、どう考えても、珍しいって言ってますよ。三組までって公爵家の子女たちがいるもの。


 リタが召喚したのは、目がくりっとした可愛いキジの飛猫だった。人懐っこい子らしく、リタに顔を摺り寄せたりして甘えている。くぅ、なんて羨ましい。

 同じキジの飛猫でも、性格はさまざまらしい。召喚されてもう寝てる飛猫もいる。

 私は、自分のせいで遅れたこともあって、最後尾に並んでいた。

 私で終わり。どんな飛猫に出会えるかなぁ。あぁ、顔が緩むよ。


 

 気を引き締めて詠唱する。


「我が真名により召喚する! 我が呼びかけに応じ我がもとに来たれ! 我が盟獣メイユウ!」 


 ぼわわわぁぁ~ん


 え? 音がおかしい?


 現れたのは大岩……えっと、そんなわけない。

 私はそろそろと見上げる。

 そこにいたのは、龍。大岩と思ったのは、龍の鱗。どう見ても鱗に覆われた龍。

 私のモフモフは? どこかに隠れていないかと龍の足元をみるが見えない。

 

 げぇええええええ!!!!!!

 わ、私まさかの龍を召喚しちゃった!?

 私のもふり天国は!?

 目を回しそう。気絶していいかしら? 起きたらちゃんと飛猫に代わっているという奇跡を今こそ、この手に召喚!


 私は目をつぶったが、一向に気絶する気配はない。当たり前か。

 私はゆっくりと目を開けて龍を見る。

 龍の目を見た瞬間、もふり天国のことは霧消した。

 その瞳に宿る光は哀しみと怒りにも似たもの。そして、私がその瞳に感じる感情は愛しさ……?

 愛しい? この子が? あぁ、この子と思う時点で私はこの龍が嫌いじゃないらしい。


 私は気づかないうちにふらふらと近づきその首をかき抱こうと手を伸ばしていた。龍はその伸ばされた手を見ていたが、ゆっくりと首を下す。

 龍の首元に触れた瞬間、何かぽんっと音がした。

 龍を見るとその頭上には花が咲いて、まるで花冠をつけているよう。

 今、花が咲いた? 花が咲くの?

 それは龍にとって問いかけになっていて――


『初めて』


 頭に響く不思議な声音。


『名は?』


 私は心の中でその声音に声をかけていたらしい。


『ニーズヘッグ。根の国のニーズヘッグ』


 え? やはり今声した?

 うぉおおおおお! 念話してる?


『名は? 主よ』

『主じゃない。盟友だよ、ニーズヘッグ。私の名はシャイン。シャイン・マディチ。ね、花竜なの?』


 あれ? ニーズヘッグって確か北欧神話で出てくる名前だけど……。


『花竜ではない。根の国の龍、ニーズヘッグ』

『では、名前をニーズと呼んでもいい? なぜ花が咲いたのかしら? 花冠持ちなの?』

『ニーズいい。花なかった。シャインが触れた、花冠が咲いた』


 ええええええ!!!

 な、なぜ?


 そこで気づく、周りの様子。しまった! ニィナ先生の顔色が悪い。女生徒たちはお互いしがみついている。


『ニーズ、体小さくできる?』

『できる』


 ぼふぅ~んという音と共に小さな龍になった。えっと、小型犬サイズ?

 小さすぎるよ? これじゃ私が乗れない。

 先ほどまで大岩のようにそびえていた龍が小型犬サイズになったのを見て、ようやくニィナ先生が近寄ってくる。


「初めて見た召喚獣だけど、これって竜かしら~?」

「は、はい! たぶん花竜の一種かと」


 花竜は遠くの国にしかいないと聞いた。この国ではあまり見ないはず。

 思い出したのだ。ニーズヘッグが何の龍なのかを。

 世界樹の根をかじり、九つの世界を滅ぼそうとしている、それがニーズヘッグという龍だったということを。

 もし、その龍だと思われたら? 

 本当にその龍ならニーズは狙われるかもしれない。

 でも、この子は私に必要。そう感じるんだ。その名前ニーズひつようのように、私がニーズを必要。


「そうなのね~。大きさが急に小さくなってしまったけど、これじゃぁ乗れないわね……」

「た、たぶんですが、遠くの国に召喚されてサイズ調整がまだできてないのかもしれないですね。きっと次は最適化されると思いますわ。おほほほ」


 声も裏返ったし、いいわけが苦しいけど、急にいい案なんて思いつかない。


「そう。それより、サルバドール先生が花竜の尻尾に押しつぶされてしまっているから、助けましょうか~?」


 先生の視線の先を追って振り向くと、確かにサルバドール先生らしき人が地面にうつぶせに倒れている。

 ニーズが大きすぎて、近くにいたサルバドール先生が、ニーズの尻尾に踏まれたようだ。

 先生! そっちを先に気にしましょうよ!


 私は急いで駆け寄り、脈を確かめるる。大丈夫だ。

 ほっとしながらも、先日作った中級デルタポーションをサルバドール先生の口に入れた。


「う、うーん……ん?」

「先生、大丈夫ですか?」

「サルバドール先生ったら、急に倒れるんですもの。びっくりしましたわ~。シャインが中級ポーションを持っていたようで良かったですわね。あら、このポーションちょっと色が違う~?」


 目を開けたサルバドール先生に、ニィナ先生が話しかける。

 ごまかしてくれた? ありがたいけど、さすがに覚えているんじゃないだろうか。

 私は心配しながらも、ニィナ先生へ答える。


「値段のことがあり、まだ薬剤師ギルドの正式な販売許可がおりる前ですが、鑑定士には鑑定してもらった中級ポーションです。これ一瓶で二つの効能があるんです。一つ先生もどうぞ」


 私は追加効果の効能を知りたいし、まだたくさんあるから、ニィナ先生にも渡す。


「色が違うようだが?」


 サルバドール先生が自分が飲まされた空き瓶の底に少し残っているポーションの色とを見比べて言う。あ、関心がポーションに移った?


「同じ中級ポーションですが、追加効果があるんです」

「念のため、それも」


 そう言って手を出すニヤリ先生。ありがとう、私がニヤリになるよ? このまま潰されたことは忘れていてね。

 私はニィナ先生に渡したγガンマポーションを念のため二つ渡す。

 他の生徒にもびっくりしたお詫びとして渡しておこうかな。効能知りたいし、宣伝にもなるから。


「後で、みなさんにもお渡ししますわね」


 そうにっこり笑って声をかけた。――かけて気づく、生徒たちがまだ固まっていることを。

 ルカが口を開く。


「それって中級ポーションだろう? 全員分あるのか?」


 頷くと、おおって声がエリアスたちからあがり、他の生徒もつられるように、喜びが伝播していく。先日のウルフの件があってから、中級ポーションを持ち歩く生徒もいる。

 生徒たちは自分たちの召喚獣に気持ちが移ったようだ。

 今日はルカが救世主に見えるよ!


 ニィナ先生がみんなに話す。


「では、元の世界に召喚獣を返しましょうね」


 召喚の授業は元の世界に帰すまでを習い、無事に終わった。

 乗るのは次の授業で。


「五組から七組は飛猫だけって聞いてるから、フェンリルと花竜までいるのは珍しいか」

「でも、五組には白も黒飛猫もいるらしいよ」

「八組は変わり者が多いって言われてるらしいから、召喚獣も変わってるのかな」


 そんな会話が聞こえる。

 変わり者が多いっていうところが、龍を召喚してしまったから気になるけど、入っていないはず。


 変わり者が多いんだ。誰だろう。そう思うシャインであった。

 一番の変わり者として有名なシャインは、自分の噂「ピンクのお頭」をまだ知らない。

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