第55話

 おかしい。

 中級ポーションの材料というのは、かくも簡単に手に入るものだっただろうか?


 学園内で、中級ポーションの材料が比較的ではあるが、採集してしまえるのだ。

 寄宿舎の近くの東の森で。

 さすがに上級ポーションの材料は見かけないけど、初級ポーションの材料を採っていたら、中級ポーションの材料までも手に入ってしまった。


 学園というのは、薬草の楽園?

 飛猫フライ・キャットがよく集うあの大木の名前はトネリコと言うのだが、そのトネリコの木を囲むように少し離れたところに薬草が多く生えている。

 領地にトネリコの木を植えようかしら? そう思えるくらいには、集中しているのだ。


 学園は生徒が通うところだから一般人は入ってこない。また、貴族の子女がメインの学園だから、冒険者ギルドに採集した薬草を売ろうとも思わないのだろう、私たちのように。

 ポーションを作りたいし、まだ召喚獣もいないので私が全部使うし手伝ってもらった分は買い上げるけど。

 少しなら余っても乾燥させてベランダに干して置けばいい。


 そして、念願の私のポーション改良は進む。

 部屋で。

 とうとう宿舎で中級ポーションまで作ってしまった。

 そして、なんという偶然。いやもう必然と言いたい。

 葛の根を入れることで十倍化の中級ポーションができた。ちょうど持っていたから、入れてみたという安易さ。


 治療中級ポーションのほうには、リンドウの花の根を入れたら十倍化した。

 リンドウの根は竜胆という漢方薬になる。

 別のポーションは作ったことがあったので、竜胆の粉末を持っていたから加えてみたのだ。

 すべてが勘で作った結果。以前、五倍化した初級ポーションのαアルファβベータでも、祖母たちの手を借りて、売り出すまでにも時間がかかった。

 

 今回はさらにその倍、ドーン。

 でも、ここには頼れる祖母たちがいない。

 ちなみに、ユリ根や桔梗の根も試したりしたが、こんな奇跡は起きなかった。成功した後に、失敗作を作ってみた感じもしなくはないけど。失敗ではないから、いいかな。


 リンドウと言えば、リンドウの髪飾りをくれた兄を思い出す……。

 クレトの魔力量が分かるスキルが【鑑定】なら、クレトに見てもらえば、効能まで分かるだろうけど、違うときは? なんて説明したらいい?

 腕を組んで薬の前で悩む。


 チ、チ、チ、チーン。 


 わっかんなーい。という事で、安易な方法へ走ることにする。

 新しく手に入った兄からのお下がりのタブレットは通信機能も付いている。

 父へ電話する。動画電話、いわゆるテレビ電話になる。

 

 私はヘッドホンをつけて、アンブル領にいる父へ連絡した。


「お父さま、シャインです」

「シャイン、来週には王都の屋敷に行くことにしたよ。来週の休みは屋敷に来るかい?」

「ちょうど良かったです。あの、見てもらい物があるんです」


 そう言ってタブレットの中の父に見せるのは改良した中級ポーション。

 色の濃さから、中級以上の品質のようであること、そして色が少し違うことにも気づいたらしい。


「それは中級と上級の間のようなポーションなのかな? それとも、αとβポーションの中級版と思えばいいのかな?」

「それを鑑定していただきたくて連絡しました」

「そうか。確かαとβポーションは領主が他領に卸していたね?」

「そうです。もし、中級版αとβポーションなら、領主にお願いしたほうがいいでしょうか?」

「それでもいいが、それを作るのは誰だい?」


 αとβポーションの発案者は祖母になってはいるが。作れることは知っている。


「私も作りますし、祖母たちも作ります。ただ、中級ポーションの材料が実は学園にいるほうが手に入りやすいんです」

「ほう、それは……。あまり広めない方がいいか。領地から他領へ渡すときは領主にお願いすることなるかもしれないが」


 顔に手をあてて考え込む仕草をした後、父は続ける。


「では、鑑定士を来週呼んでおくから、それを持って屋敷のほうに来なさい。フェルミンも一緒だろう?」

「もちろんです。私が伝えますね」

「そうしてくれ。では来週に。愛してるよ、シャイン」

「はい、お父さま。私も愛してます。お義母さまにもお伝えください」


 通話を終え、兄に連絡する。

 兄は父はもう王都に来るのかと笑っていたが、それでも帰省するのは嬉しそうだった。

 私は王都の屋敷にはあまり行かなくてもいいのだけど、今回はポーションの件があるから行くことにして、リタに必要なものがあれば買ってくると伝えようと思う。



 一週間は早かった。

 私は父にお願いして、鑑定士には会わなかった。スキルまで見られるのは嫌だし。

 ただ、スキルを見られるときには、「見られているな」と相手が感じるからそうそう人のスキルを覗き見する鑑定持ちはいないらしいが。


――結果。


 初級ポーションのときと似た効果を持っていることが分かった。

 中級の魔力回復と治療の二つの効果を一瓶で補える。

 副作用はなく、追加効果は葛入りのほうが『うんと免疫向上』、リンドウは『天然抗生物質並々』だった……。

 「うんと」?、「並々」? 私が作るポーションの追加の形容詞がおかしい気がするんだが? 並々って普通という意味だから、気のせいかな。


「お父さま、これらのお値段や名前などはどうしましょうか? ガンマ、デルタでしょうか?」

「前の例にならったらいいだろう」


 はぁい。アルファとかってギリシャ文字だったはずだけど、細かいことは気にしない~。


――中級ポーションはγガンマΔデルタポーションと命名された。ナウ。 


 では、と十倍になった各百個のポーションを父に渡す。

 二回作ったのだ。それが十倍になったので、約二百個ずつできたから、半分持ってきた。売れたらお金も入るし。

 そういえば、王都の貴族が持つのは中級ポーション以上だと聞いたような気もする。それなら、王都では中級ポーションのほうが売れるかもしれない。


 ちゃんと祖母たちには速達宅配で各三十個のポーションと、祖母たちだけが分かるような説明書を付けて送ってある。次の日には届いたはずだ。その後何も届かないのを見ると、値段なども前にならえばいいということだろう。今日の報告は後で手紙とお菓子をいれて送ろう。学園から送れるのは楽だし。


「領地での分はババさまに代金が行くが、この分の代金はおまえに渡そう」

「では、半分はお父さまがとり、残り半額を私たち兄妹で三等分して銀行へ入れて下さい」

「なぜだ?」

「あくまでも私は作るだけです。でも一人で作る量ではないので分散しておきたいのです」


 これは祖母にならった他の人に任せるというやり方の真似。と言っても、祖母もいないし、周りに薬師がいない。今回一度きりなら目立たないだろうが、今後も作って王都でも売るとなるとどこで目に付くか分からない。


「ふむ。わざわざ金に成るのが分かっているのに、他へ譲るというか?」

「領主を通すことを言われているなら、私はまだ子供ですから。完全に潰されたり、他に取られるよりは安全なほうを選びなさいとババさまから言われたことを真似しているだけです」

「ババさまの知恵なら今回はその通りにするか。ただ、王都で販売する方法も考えてもいいんだよ。例えば王都支店をこの住所で薬剤師ギルドに登録してもいいし、店舗が必要なら商業ギルドに伝手もあるからね」

「分かりました。祖母たちにも相談してみますね」


 確かに王都で作って王都で販売できるなら、収益も大きいのだが、私が販売することはない。

 その後、兄は臨時収入が入ると聞いて少し当惑しながらも喜んでくれた。一人当たりの小銀貨二枚と大銅貨五枚はすぐに父が振り込んでくれるらしいから。残りの金額は売れた時点でもらえる。

 良かった。私に髪飾りをプレゼントしてくれたので、たぶん兄のお小遣いは底をついていたと思うんだ。

 中級ポーションの作り方は知らないが、葛とリンドウ以外の材料は伝えて、中級ポーションを私を手伝って作ったことにしてもらうことで兄は了承した。


「本当に手伝うよ?」

「時間が合えば、採集をお願いするかもしれませんけど、今のところお兄様の気持ちだけで十分です」 


 十倍化するのは、さすがに言えないから。



 だがその後、兄の執事であるホセに薬剤のスキルがあったことで、王都での販売経路が開かれていくことになる。

 王都では販売をホセに丸投げし、そのことで臨時収入が格段に増えたホセと兄からとても感謝されることになるのはまた別のお話。 

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