第53話

 ウルフに襲われた日の夕方、私はクレトと大木の下で落ち合った。   

 大きな木がとても心地よい木陰を作ってくれるし、木をさわっていると穏やかな気持ちになれる。

 飛猫がたまにいるってことも理由だけど、人はあまりこないから。

 

 木に抱きつきながら、アースだなぁとぼんやり思う。

 裸足で土の上を歩いたり、木をさわったりすることで、体の中の余計な静電気が抜けて、体の痛みが減少するという話があったなぁと前世の記憶を思い出していた。

 この世界から全ての痛みが消えますように。必要なのかもしれないけど、多すぎるから。


「シャイン、待ったか?」

「ううん、ここは気持ちいいから寝そうだったけど」

「それって待ったってことか?」

「一秒で寝そうだったってことだよ」

「シャインらしいな。で?」

「うん……、ね、クレトを学園に誘ったのは間違いだった? クレトって狙われているの?」

「ふっ、そんなこと心配してたのか。狙われてなんていないよ」


 いつもより優しい声音のクレト。ふって笑うのも自然だけど、だからこそ何かあるんじゃないかって思ってしまうよ?


「でも、俺のせいかもって言った」

「フェンリルはウルフに恐れられるんだ。だから凶暴になったのかと思っただけだ」

「クレト、正直に言ってよ。クレトは『誰かが故意に放った可能性もある』とも言ったんだよ?」


 私は狙われてないって言葉を信じかけたし、信じたかったけど、その前に言った言葉も覚えていた。それにフェンリルを召喚してもいなかった。

 クレトは、はぁとため息をつくとじぃぃっと私を見つめる。

 こういう時ににらめっこはやめようよ。私、勝てる自信あるんだけどな。


「……あのさ、シャインが考えているほど、危ないわけじゃないんだ。ただ、万が一を考えてはいたし、あのウルフたちには人為的な何かあったように感じたんだ」

「命の危険が少しはあるってこと? 誰かに狙われているの?」

「よく分からない。終わったはずだから。でも、絶対じゃない」

「それなのに、学園に来て良かったの? 私余計なことしたんじゃ……」

「学園には一歳誤魔化して入っているし、名前も変わった。まして貴族でもない。フェンリルのことは知られてないはずだし、シャインに誘われなくても入学していたと思う」

「え? 一歳誤魔化すって? クレトって年下なの?」

「あほか。一歳お前より年上だよ」

「えええええ! それで頭良かったの? 詐欺だっ! ここに詐欺師がぁぁあっいだい、いだい!」


 クレトは私の頭をぐりぐりしながら、黒い笑顔で「年上に詐欺師とか指さしていいのかな?」と言うから、「ごめんなさーぃ」と言ったらようやく解放してもらえた。


「それより、以前シャインが言っていただろう。平民へのあたりがきつくなっているって。それかもな」

「?」


 私はまだぐりぐりされたのが痛くて、涙目で首を傾げる。

 クレトは悪いと思ったのか、片手で撫でてくれるんだけど、撫でるくらいならぐりぐりしないでほしいよ。


「一年八組、平民が他より多いのを知っているか? キンダリー先生は高位貴族だが、平民を差別しないことで副学園長とは対立の立場だしな」

「知らなかった。十組が一番多いいんじゃないの?」

「普通はそうらしい。でも、今年は人数的なものもあったのか、八組に十人近く平民がいるんだ。それも寄付をしてない平民ばかり。九組、十組にいる平民たちは補助金合格をして入っているか、さらに寄付をしている富裕層らしい。その上、俺は奨学金までもらって、委員長も副も平民だから、いろいろと言われているそうだ」

「そんなの実力で入ったのだから文句言われる必要はな――、もしかして、副学園長って貴族第一主義か魔力至上主義者とか?」


 キンダリー先生と対立という言葉を思い出し、尋ねたらクレトは頷いた。


「それも、その二つを合わせた至上過激派。もし、証拠を隠滅されたり、消されたらそっちが動いた確率の方が高い」

「ちょ、ちょっと待ってよ。八組には貴族もいるよ? それに魔力量ならクレトも私も高位貴族に負けてないよ?」

「八組には下位貴族の子供しかいない。おまけに魔力量が高位貴族並みに多い平民の俺と下位貴族のシャイン。かえって目を付けられたのかもな」

「そんな……だって、それじゃ無差別に近い……」

「まだ分からない。明日になればもう少し分かるだろう。あの襲われたグラシエラが狙われた可能性もあるし、俺たちの勘違いってこともある」


 クレトの顔や銀髪が茜色にけぶっている。

 私は振り返って夕日を遠くに見ながら答える。


「日が落ちるね。帰ろうか」


 私はクレトの手をとって駆け出すように歩き出した。


「……おまえ、どんだけ怖がりなんだよ」


 ありゃ、ばれた。だってこの辺外灯がないんだよね。暗くなる前にせめて外灯のある所へ行きたいよ。

 怖さは考えなければならない思考を凌駕してしまう。


「フェンを出してくれたらきっと怖くないよ。ほら、早く日が沈む前に帰ろうよ」


 私は手を引っ張りながら前だけを見ていて「俺がいるのに」と呟くクレトの言葉は耳に届かなかった。 



 そして、次の日副学園長らによって後処理としてウルフが焼かれてしまっていたことを知った。

 これは、彼らが関与していると思っていいのだろうか。

 それも「警備に不備はなかった。不慮の事故だった」として片づけられたらしい。


 ちょうど魔法実技の授業があったから、尋ねてみた。

「獣も自分たちに似た者を狙うのかもしれないな」とか「ウルフが寄ってくるようなスキル持ちでもいたんじゃないのか」とかどう考えても教師の言葉とは思えないことを言われた。

 サルバドール先生に。

 わざと嫌われ役でもしたいの? それか挑発しているのだろうか。

 今回の目的は大人しくしとけ、というメッセージ? 学園が始まって数日なのに?


 私が考え込んでいたからだろうか、クレトに授業が終わったら現場に行くぞと言われた。

 おお! なんか刑事みたいだね! ん? それは前世だ。


 証拠隠滅だよねぇ。どう考えても。

 私とクレトはウルフに襲われた場所に来ていた。焼かれた土を見ながら思う。

 土が黒くなっている。燃やし尽くしたんだろう。

 もし、薬品名が分かるなら、この土から成分を抜き取れば証拠になるだろうか。


「あっちから来たようだ」


 クレトが指さすのは森のほうじゃない。

 私たちはウルフの足跡を追ったが、途中で切れていた。


「不自然だな」

「クレト!」


 私は小さく言うと、近くにあった木の上を指さし、二人でタタッと枝の分かれ目を飛び台にしてサッと木の上に登る。

 ふっふっふ。山猿と言われた私の木登りは発展を続けているのだ。……って、重要なのはそこじゃない。

 少しして人の声が耳に入る。キョロキョロと周りを見渡しいている。誰か探しているのだろうか。


「いないようだな」

「ウルフに襲われた場所に来たい生徒なんてそうそういるはずないだろうに」

「まったくだな。それにウルフが現れるなんて初めてなんだし、心配することもないさ」

「帰るか」


 二人の警備員なのか職員なのか分からないが、それらしき人たちはブツブツ言いながら帰って行った。

 心配してくれた? それとも見張られている?

 私たちはしばらく様子をみてから、来た道とは別のほうから宿舎に戻った。



 全容がさっぱり見えず不安は消えないまま、その後大きな問題は起きずに学園での日々は過ぎて行ったのだった。

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