第19話
リタの家に、お菓子のおすそ分けと称して、リタお手製のおやつをもらいに行く。
「リター、シャインがきたよー」
「入ってきて~」
自己申告をしてから、裏口より入る。
店のほうからひょこっと顔をのぞかせ、「座って待ってて」というリタが今日も愛くるしい。
私は勝手知ったる食卓に、持ってきたお菓子を置き、小さなクロスを二人分用意して敷いて待つ。
香りからして、今日はスィートポテトらしい。軽くつぶした芋に生クリームと砂糖とバター少しを入れてオーブンでこんがりと焼く。焦げ目がつくよう卵黄もちゃんと塗ってくれる。私が作るときは面倒だから、卵黄は塗らないけど、リタはきっちり作るほうがおいしいよと言って、本当においしく作ってくれる。
これがうちの母だと、焼き芋を大量に作り、冷凍しておいて、それを自然解凍して食べてねってなる。それはそれでおいしいけど、できたら、リタのように手間をかけ、なおかつおいしいものを食べたい。
そろそろ本格的な冬に入ると、とたんにリタは体調を崩すことが多くなるから、おいしいおやつがお預けになるはずだ。それでも、去年より作れる種類も増えてる。リタは同い年だけど、秋生まれで、すでに七歳となった。でも、私より小さい。
同じ秋生まれのルカは二、三歳は上に見られることがあるから、下手したら四歳以上離れて見られることもある。
リタの母親は病弱だったらしく、すでに亡くなっている。歳の離れた兄がいるから、お店はその兄が継ぐ。父親の兄弟がこの町に住んでいることもあり、リタの伯母が夜食は作ってくれるか持ってきてくれる。朝は果物だし、昼はパン屋で買ったパンとかだったのを、リタが去年あたりからサンドイッチにしたり、軽食やおやつも頑張って作っている。
父親からはしなくていいと言われているらしいが、したいからと台所に立つリタはいつもふんわりと笑顔だ。
「お待たせ」
「リタ、今日はスィートポテト?」
「あたり。昨日蒸かした芋とジャガイモを伯母が持ってきてくれたから」
出してくれたスィートポテトは黄金色に輝いてまだ少し湯気が出ている。
冷たくしてもおいしいのよね、と思っていたら天使の声がした。
「三個包んであげるから、持って帰って冷やして食べてね」
「拝んでいいですか?」
ふふと笑うリタ、まじ天使。
「冷やして食べる時のために、いつもより甘くしてあるの。だからお茶はストレートがいいかな? それともミルク?」
「ミルクがいい」
ふわっと香るバターと甘いサツマイモが口の中で柔らかく私に馴染んでいく。
思わず笑みがこぼれ、リタとは笑顔だけの会話で、食が進む。
食べ終わるころ、聞きたかったことを尋ねてみる。
「ねぇ、リタ、体がとても元気になれたら、したいこととかやりたいことある?」
「寝込まなくなって、元気になれたら、それだけで嬉しいけど……」
そこで、リタは考えるように少し間を置いてから言う。
「私ね、誰かに必要とされたい。願われて、役に立ちたいと思うよ」
「今も役に立ちすぎだよ! こんなにおいしいおやつ作れるし――」
「しなくていいよって言われていることをしたいってやらせてもらってるだけなの」
なんだか悲しそうなリタの表情を見て、思わず声が大きくなる。
「私が必要だよ! リタが必要なの! すっごく必要!」
「シャイン?」
首を傾げるリタに続ける。
「ね、リタ、私が頑張ってリタを元気にして、魔力量も増やせたら、その時は一緒に学園に行ってほしいって言ったら来てくれる? こんなこと、頼めるの幼馴染しかいないの」
「元気になって、王都にも行くのね。……楽しそう」
未来を見上げるように右上を見ながら微笑むリタ。
彼女が思い描く未来像に、学園で過ごす日々が映っているだろうか……
「リタ、私どんなリタでも必要だよ。でも、リタが元気になったら、魔力量も増えたらその時は学園でも一緒にいたい」
「うん、シャインと一緒なら行きたいな」
「ありがとう!!」
思わず、リタに抱き着いてしまう。
「でも、シャイン、魔力量なんて上げれるの?」
「うん、考えていることがあるんだよね。まだはっきりしないから、できそうだったらその時に言うね」
「シャインならできそうだよね」
「まだ分からないよ。でも、魔法の練習をしながら実験してることがあるんだぁ~」
「危ないことはやめてね」
「大丈夫。よぉし、シャインはやる気が出てきました! 魔法の練習してくるね!」
グイッと残っていたミルクを飲み干し、立ち上がる。
「うん。シャイン、お菓子ありがと」
「うん。ごちそうさま。またねー」
お皿とコップをエアー食器洗浄機に入れて、リタの家を出る。
家に帰り、お店には祖母がいることを確認してから、母を探す。
鍋を火にかけながら、編み物をしている。今なら教えてもらえそうだ。
「母さま、魔法の続き教えて」
「そうねぇ。少しの間なら大丈夫そうね」
治療魔法の方法を学んでいる。前回は体に巡る魔力を感じる練習をした。まだ初歩の初歩。それでも、ルカたちと学ぶ時とはまた違う気づきがある。
その気づきは小さいものだけど、それらがいつかは大きな流れへとなっていってくれそうな気がしている。
二階の寝室で横になるように言われ、その通りにする。
部屋の温度は魔導具で快適だけど、最近寒くなってきたから心許なくて、ブランケットを軽く自分にかける。
「横になったよ。今日は何をするの?」
「心臓の上に手を置いたらドクドクと動くのは分かるでしょう? それを感じながら、魔力がどう動いているか、感じてみて下さい」
目を閉じて魔力の流れを心臓を中心にして視て、感じる。それは細やかでいて、確実にうごめいていた。
「心臓から出ているの?」
「はっきりとは分ってないのですよ。ただ、心臓の辺りを中心として巡っているようだと言われています。ほとんどの魔物が心臓部分付近に魔石がありますしね」
――心臓。
その姿がはっきりと映像で瞼の裏に映る。四部屋と四つの弁。
四つの部屋――
「その動きを自在に操るように、少し遅くできますか?」
「魔力の動きを遅くするの?」
「そうです。心臓付近に意識を集中してやってみてください」
再度目を閉じ、魔力の動きが始まる心臓付近に意識を集中する。
瞼の裏には左心室からの魔力の流れが視える。実際には左心室ではなく、左心室とダブって見える処?
とにかく、その流れを遅くしようと意識する。左心室の動きが遅くなるにつれ、流れもゆっくりと続く。そっか、流れよりも心臓の動きをコントロールしたほうが早いのかな。でも、心臓とも違うような気がするけど。何だろう……
「できているようね」
母が私の腕をとって言う。
「母さま、心臓の近くに第二の心臓ってありますか?」
「ないでしょうね。左に心臓がある人はたまにいるという話ですけど。次は早くするのですが、早くするときは気をつけてゆっくりと早くしていってね。急ぎすぎず、時間をかけてもいいから、のんびりと」
今度は心臓の右心房に戻ってくる魔力の流れが視える。貯水池のような右心房。次は右心室へと続くはずなのに、右心室と左心房がとても薄くはかなく感じられる。私の第二の心臓は左心室と右心房が主に動いているような不思議な感覚。
それでも、その動きを早くしてみる。ドクドクドクと動く心臓から流れる魔力が早まる。全身を流れる感覚で満ちた後、私はゆっくりと目を開けた。
「できました」
「もう?! そ、そう。……できたみたいね」
「次は?」
「その前に、この練習は、誰かいるときにし続けるといいのだけど、シャインはこのコントロールが上手だから、遅くするのはいつでも練習するといいと思います。では、次の課題ね。この本を読んで、体の仕組みを知ることね。読み終わるころ、また実践に入ります」
「では、今日はここまでですか?」
「そうですね」
「ありがとうございました」
母との魔法の練習が終わる。浮かんだ映像に思いをはせるが、うまく繋がらないようなもどかしい気持ちになる。
そこで、ルカを学園に誘うことがすっかり抜けていることを思い出した。
――ま、ルカなら魔力さえ上がれば、喜んで来てくれそうだしな。
それよりも、早く魔力を底上げする方法を編み出すほうが先かもなぁ。マテができるといいんだけど、ルカにマテができるか分からないから、早くしなきゃ。
すでに町の景色や空気は迫る冬の到来を告げて来ていた……。
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