第20話

 その日は祖母との貴族街への配達だった。

 社交界から領主も一旦戻ってきているらしく、領主の館へ向った。


 応接室でお待ちくださいと言われ、そこへ向かう途中でいきなり出くわした。

 「ぐえっ」とひかれカエルのように床に這いつくばる少年とその上に跨り「どこに隠したの!」と叫んでいる少女。

 領主の館内という場所にはとうてい似合わないその光景に、私は唖然として彼女たちを見ていたが、祖母が「どうしたのですか?」と尋ねると少女がこちらに気づき視線をくれた。かと思うと、やおら立ち上がり、私にずんずんと近づきながら「その籠見せて!」と短めのレイピアの切っ先を顔面に向けて突っ込んでくる。


 とっさに、体が斜め前に動いていて、細いレイピアの柄に近い部分を腕のバングルで横に押していた。よろける少女と、目に入るもう一つのレイピア。床に転がるそれをサッと拾い、声を放つ。


「いきなり顔にレイピアを向けないで」


 私より少し背の高い少女はびっくりしたような表情をしていたが、私がレイピアを握っているのを見るとニヤリと口の端を上げる。

 構えを取ったと思ったら、タンッと足を前にぐっと出しレイピアで突いてくる。私は避けるのを第一にしながらもレイピアで応戦し、四度目くらいの突きに、柄のスウェプト・ヒルトで突いてくるレイピアを絡めとった。

 籠を体にくっつけるようにしてその重さに振り回されないようにしながらの、レイピアでの応戦は簡単ではなかったが、相手の動きはルカたちの比ではない。レイピアの特徴は父のところで義兄たちと何度か手合わせしてもらったことがあるから、知ってもいた。

 そうでなければ、「曲線状のつばをもつ柄」という意味のスウェプト・ヒルトに絡めて取り上げてしまうという技を使えなかっただろう。


 少女は顔を赤くして肩で息をしている。さらに怒らせただろうか……。


「お姉さま! 私にご教授くださいませ!」


 私は幻聴に襲われたようだ。私より背の高い少女が目を輝かせながら、そう叫ぶのを聞いた。


――あなたのほうがどう見ても年上ですよね?


 これが領主の子供たちとの強烈な出会いだった。


  

 ちょうど来られた領主がいなかったら、どうしていいか分からなかったと思う。


「娘は少しお転婆でな。気にせず先に応接室へ向かってくれ」


――少しですか? あれが少しのお転婆? 山猿と言われている私もびっくりの突進型の動物なにかではないでしょうか……。突っ込みどころ満載すぐる。


 まさかの領主の娘とは思わなかったが、この屋敷でそれなりの服装をしていたのだから、気づくべきだったのだろうか。

 真っ赤なドレス風ワンピースを着こなしているし。でも、彼女に真っ赤はどうなの。気の強さがさらに加速されて見えるのだけど。色の効果ってあるらしいよと、侍女に教えてあげたい。

 元の素材はいいのだ。金髪碧眼の美少女だよね。かなり気の強さは前面に押し出てるけれども。


 さすがに領主の登場では彼女、マルガリータも大人しくならざるをえなかったようで、私たちは先に応接室で待つことができた。

 ついでに、伸びていたカエル、、ゲフンゲフン、もとい領主の息子はベルナルドで私より二つ上。マルガリータは私より一つ上だから、年子の兄妹らしい。家令からの情報だ。


 そんなことよりも、私が持っていた籠の中身も全て無事でホッとする。

 今回は紹介用として少ししか持ってきてないけど、大事なポーションだもの。


 待つこともなく、領主が応接室に入ってきて、話が始まる。

 領主はひげを蓄えていて、少し目の鋭さがマルガリータと似ている。ソファのひじ掛けに置かれた手がトントンと忙しなく動くさまは神経質なのかもしれない。


 五倍化したポーションを初めて紹介することになる。

  出されたポーションを手に取りながら、領主が口を開く。


「これが一つで二つの効果があるという初級ポーションか。ふむ。……で、値段は?」

「薬剤ギルドのほうからは初級と中級の間でと言われています。小売り価格は中間の大銅貨二枚がいいかと思っていますが、領主さまには大銅貨一枚と小銅貨三枚でお譲りしたいと」

「ほう。こちらは従来のものも購入するつもりでいるのだが?」


 確かに、魔力回復のみ必要なら、わざわざ少し高いポーションを飲むことはない。既存のもので十分だ。

 それにしても、小売り価格が高くはないだろうか……。


「はい。その代りと言ってはなんですが、他領の窓口となることの了承と、追加の効能がございます。その効果がどれくらい出たのか、教えていただきたいと思っています」


 ババさま、さすがです! ポーションの追加効果がどれくらいなのか知りたいと思ってました。


「他領の窓口になることは、以前に了承していることだ。追加というのは免疫の向上とかであったな」

「その通りです」


 祖母はいつの間に、他領への窓口交渉をしていたのでしょう! 頭痛いことは丸投げするっていうあれですか? あ、それは私だ。

 領主は家令を呼び寄せ、話をしている。


「報告はさせることにした。ただ、効能がゆるやかとか少々であったし、飲んだものがはっきりと感じるかどうかまでは分からないが、それでいいなら交渉成立だな」


 祖母との話し合いはスムーズに終わる。


「ところで、シャインと言ったかな、レアピンはどこで習った?」


 来ちゃったよ。領主さまからの直々の質問。

 本当、人生を巻き戻せるなら、マルガリータたちに会う前に巻き戻して、彼女たちに会わずに籠を隠してスムーズに通過したい。巻き戻せないのが人生だけど。ううう


「はい。レイピア自体は父の屋敷で兄たちに少し手ほどきを受けたことがあります」

「少しか。うちの娘の先生になる気はないかね?」

「私自身が、先生について習ったわけではございません。不足であると存じます」


 お願いだから、無理強いしないでほしい。年下にお姉さまとか言っちゃうマルガリータが怖いんですけど、その先生ってムリ。

 頷きながら、祖母に向かって領主が言う。


「賢い孫を持ったようだな。マディチ子爵だったか……。兄たちは今学園に通っている年齢だったかな。魔力を体力増加と筋力増加にもすでに活用できているようだしな」


 魔力を体力と筋肉増加に活用? 誰が、だろう。いや、それよりも、まさかの兄たちに話が行くのだろうか、と冷や汗が出る。マルガリータの面倒を見させられるなんて、させたくない。いい子かもしれないけど、兄の上に跨っていた彼女の姿がどうしても先行する。


「マルガリータがシャインを気に入ったようだから、たまには遊びにきてやってくれ」


 嫌ですと言いそうになるのをこらえる。そこに続く「お菓子も用意させておくから」という言葉に「はい、ありがとうございます」と即答してしまった自分は果たして偉かったのだろうか、愚かだったのだろうか……。

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