第18話

 私は今、怒られている。

 すでに先ほど怒られたばかりなのに、一日で何度怒られなければならないのでしょうか?

 私が、仲間を生暖かい目で見守っていたら、ちょうど私の家の前に差し掛かり、そうです。


――チクられた!

 

 「急に魔物の前に飛び出した」とか「醜い魔物を可愛いと言って、話を聞かない」、「命は大事と準備物だけは一人前だが一番危機感が薄い」等言われて、私は母にこってり絞られている、現在進行形で。

 私が母に怒られている間に、冒険者ギルドへ行って帰ってきた仲間たちと反省会が行われるらしい。

 どうやら、私の行動はかなりまずかったらしい。

 初めての反省会。主に私のせいで。違った、私のためだけの反省会らしいよ。あぅ、他人事にしたいっ。


「みんな疲れているから、まずはごはんでも食べようよ」


 提案してみた。


「いいな」

「俺もお腹すいたな」


 いいぞ。もっとお腹すけ。


「シャインが作ったもの以外でならな」

「そこ重要な」


 なんでそうなる。そして、母に縋る目を向けるな


「シチューでいい? クルミパンとほうれん草のキャッシュくらいしかなくても?」

「十分!」

「クルミの殻は私が叩いて出したし、野菜類も手伝いしたものだから、入っている材料は私が作った!……ようなものだ」


 私が作った材料だと主張してみた。最後だけは小声で。


「味付けしてなければ大丈夫。手伝い頑張れよ」


 すでに、食事の準備に動いてる仲間たち。ルカの捨て台詞が酷い。

 クレトが寄ってきて、聞く。


「お前、モールス信号だと言ったよな?」

「え、何のこと?」


 しまった。あの時、かわいい二体を前に思わずモールス信号と言ったのだったな。突っ込みがきた! この世界はモールス信号が必要なかった歴史を持つのか、もしくは今後必要なのだろうか。


「意思疎通ができただろう」

「あぁ、あれね。そうだね」

「お前、あれをどこで習った?」

「うーん、覚えてない」


 これは事実だ。


「シャインー。ハチミツどこだー」


 準備していたマリオが呼んでいる。ナイスタイミング。


「あ、今持ってくるー。ほら、クレトも食べに行こう」


 奥に声をかけ、クレトの手をつかんで連れて行く。


「クレトって色白いねぇ。じゃ、はちみつ持ってくるから、そこ座ってね」


 台所わきの小物棚からハチミツと祖母が作ったお手製のジャムも二つ持っていく。

 結局、私の初ダンジョン祝賀会ということで、結構な量の料理とデザートが準備されていたから、リタも呼んで、みんなで楽しい時間を過ごした。

 椅子が足りなくて、リタと二人で一つの椅子に腰かけてずり落ちながら食べたけど、それすら笑えて、ずっと笑っていたら、隣のルカにパンを口に押し込まれた。

 初ダンジョン祝賀会というものが他に存在するか知らないし、なぜ祝賀会になるかも疑問だけど、母がすることは意味を追求してはいけないものも多い。おいしく食べれて幸せだ。

  

 仲間たちが帰り、片づけも終わったあと、母たちに呼ばれた。

「疲れたから、眠たい」


 モールス信号をなぜ知っていたかについて、まだ言い訳を考えてない。ぎくぎくしながら、眠いふりをする。


「少しだけ聞かせて」

「魔物と会話をしたというのは本当かい?」

「会話というか、分かっただけ」

「その魔物というのは、マンドレイクで間違いないの?」

「違うと思う。マンドレイクを見たこともないけど、ツタがあったんだよ。ナス科のマンドレイクにツタってあるの?」

「聞いたことないね」

「それに、根っこをもらったの。虚弱体質の改善になるよって」

「魔物の一部が薬になる、か」


 祖母は顔に手をあて左横を見る。左横を見るのは過去に聞いたことを思い出すときの目の動き。何か知ってるのかな。


「今日はおやすみ。魔物に驚いてないといいけどね。寝付けない時は母さまのところへ行ったらいい」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」


 祖母のお陰で話は早く終わった。 

 ベッドで、モールス信号の言い訳とか考えようと思っていたのに、横になったと同時に眠りに落ちた私は、朝いつもの時間に起きた自分に、頭を抱えた。

 今日あたりおいしいお菓子を持ってきてくれる約束をした常連客がくるはずだと、渋々起きだす。


「あら、今日はさらに朝から機嫌がいいのね。お菓子でももらう約束でもしてもらったの?」


 ぎくぅ! し、渋々起きて来たんですけど。なぜ、お菓子をもらうことがばれてるの?

 お店番はきちんとして、見越した通り、お菓子もゲットした。

 今日もいい日だ。


 なぜか常連客のみんなに私がダンジョン潜りをしたことが知れ渡っていたようで、口々に感想を聞かれた。魔物と会話したことは聞かれなかったから、まぁ、いいかな。


 

――今の最大関心事項は虚弱体質改善ポーション作りである。


 ポーションと言えば、すでに色々試してはある。

 魔力回復薬にユリ根を、治療薬に桔梗の根を混ぜてみた。

 結果、五倍化しなかった。まさかの嘘予言が当たってしまった……。


 ポーションではあるし、色も少し変わった。だからこれも失敗ではないし、何か他の効能が追加されたのかもしれない。でも、鑑定士にお願いする程でもない気がしてそのままになっている。

 割と実験はしてる。体にいいという材料を元に。あまり結果が伴わないものばかりだったけど。

 さて、魔物からプレゼントされた根っこのポーションはというと――


――できた。虚弱体質改善ポーションが。

 するっとできてしまった。

 できないときは、全然できなくて堂々巡りしたり苦悩したりするのに、成功するときはするっとできてしまうね。


 本当に効能があるかは分からないから、祖母にお願いすることにした。人はそれを丸投げという……。

 母やリタに飲ませたいと思って、探していた材料が手に入って成功したらしいと伝えて。もちろん、魔物からもらったもので作ったことも話した。

 ポーションをどうするか、祖母に任せたのだけど、鑑定士に見せたら効能は出るだろう。毒があれば、それも分かるけど、毒はないだろうとババさまは言う。


「薬剤師として、ポーションだけならいいんだがね、シャイン、お前は調剤のほうも始めてる。実験が好きだからね。そのための心構えが必要なんだけど、まぁ、おいおい話をしていくかね」

 

 おままごとの延長まではいかなくても、好きだからしていたことが実際に世に出て、利益も生むものになってしまった現実を言われているのだろうか。


「ねぇ、ババさま、体が弱いのが強くなると幸せだよね?」

「そうだねぇ。一概に言えないけど、体が弱いことが不幸ではないよ」

「え?」

「不自由なことが不幸とは限らないさ。人が勝手にそう決めつけたらそうだろうけどね」

「でも、体強いほうがよくない?」

「それはその人が願えばね。それでも、全て生きてみないと分からないだろうねぇ。その立場で気づきもあるし、出会いもある」

「じゃぁ、私がやってるお薬やポーションの改良って無駄なの?」

「無駄じゃないよ。それ自体は素晴らしいことさ。ただ、先ずは、それを選択する自由は相手にあるんじゃないかい?」

「選択するのは相手……」


 体が弱いことが悪いこと、不幸なことって思い込んでいたのだなと気づかされる。それでも、体が強いほうがいいと思ってしまう自分がいる。


「だいたい、シャインは何か目的があって、母やリタの体調をよくしようとしたんじゃないのかい? 魔力の底上げも言ってたが、それも関係するんだろう?」

「うん。……リタのことはね、ルカもだけど、一緒にね、学園に行ってほしいって思ってるの」

「平民が学園ね。彼らには行きたいか聞いたのかい?」

「まだ。魔力が多くないとそもそも特待生受けれないし」

「そうだね。ルカなら行けるなら行くだろうが、リタはどうだろうねぇ。体が丈夫になれば、それだけであの子の器量ならどこでも貰い手があるだろうしね。本人に何かしたいことがあるなら別だろうけど」


 さすがババさま、よく見ていると思う。そして、自分の勝手さに気づく。見ようとしてなかっただけかもしれないけど。


「一緒に行きたいってのは、私のわがままかなぁ?」

「シャインの欲ではあるけど、他の人も同じように願うんだったらもちろんわがままではないね。それにどう転ぶかで人なんてどうでも心は変わるもんだよ」

「うーん、余計に分からないよ。どうしたらいいと思う?」


 祖母は笑って言う。


「やってみればいいだけさ。どうせ、してみるんだろう? したいんだろう?」

「うん!」

「やりたいことがあるのはいいことだね」

「いいこと? やりたいことがないのは?」

「それでもいい」

「どっちもいいのかぁ、結局」


 何の問答だろう。おかしい。笑っているとババさまは続ける。


「脳内物質や腸内物質が偏っていたりするとね、やる気も起きないこともあるからね。偏り自体は悪いことじゃないけど、本人は大変なことが多いようだねぇ」

 

 ホルモンバランスとか腸内細菌のことだろうか。脳内伝達、、あ、これら前世の記憶だ。

 私は浮かぶ思考を隅に追いやり、祖母に話す。


「私もなにもやりたくないときもあるよ。でも、実験は好き」

「ここは行動と体験の世界だよ。だから、してみたいことを出来ずに後悔するより、してみることだね。後悔と自虐は死んでからしても遅くないよ」

「あはははは。死んでから?」


 ババさまと私は笑いあって、ババさまがハグしながら、頭を撫でてくれた。

 それだけで、体のどこかから余計な力が抜けていくようでほぅっと息をつけた。

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