第8話 ルカside
俺は冒険者ニコラスが息子のルカという。
七歳になるので、俺も学舎に通い始めた。
長く座っているとお尻がムズムズしてくるが、三十分の授業だからなんとか机にしがみついている。休み時間は十五分。午前だけで終わるし、魔法の実践は学べるのが楽しみだ。
午後からは冒険者ギルドで実技などを学びながら、見習い冒険者として簡単な依頼から任されることになる。
三歳から剣をもち、父親や兄に教わりながら毎日訓練しているのは、男に生まれた宿命なようなものだ。親父からの受け売りだけど。
母アニタは俺たち子供に冒険者にはなってほしくないらしく、兄を門衛の見習いにした。
「ルカも門衛になったら、決まった給料はもらえるし危険もずっと少ないよ」
これが母の近ごろ俺へかける言葉。
勇者という最上を目指して訓練を怠らない俺が危険だからと二の足を踏むと思うのだろうか? 本の中にしか魔王はいないがな。でも、魔物はいるんだから気を抜いたらダメだと思う。
ま、母は女だからな。仕方ないと思っている。
母の親友の娘にシャインという幼馴染がいる。俺の子分的な
シャインは「宇宙から来た前世があるっていったら信じる?」とか聞いてくるような見込みのある面白いやつだ。
俺よりも先に覚醒しやがったか! と焦ったが、一度聞いただけでその後はこちらからそれとなく聞いても、覚えてないような感じなのが残念で仕方ない! ま、すでに聞かれていた時点で、子分認定しといたから、どっちでも構わないがな。
母親に俺はいつ頃覚醒するだろうかと聞いたら「お兄ちゃんの真似したい年頃なのかねぇ」と言われたが意味が分からない。兄貴は素直だが、目標を高く持って突き進むタイプではない。覚醒したいとか話すような兄貴じゃないはずだが?
「思春期になると変なことを口走るからねぇ。ルカは真似しなくてもいいんだがねぇ」
「真似してねーから!」
母親に変なことを口走ると言われた俺は、シャインに八つ当たり……ゴホンゴホン、訓練という名の猛特訓でもしてやるかと、東門前にある薬屋へ向かう。
裏口のほうへ行くとドアをドンドンッドンッドンと叩く。すぐに中から低く出そうとして失敗したへんてこな声がする。
「にゃのられよ」
――あ、噛んだ。かっこよく決めようとしてかえって噛む残念な子がいるらしい。
「……俺だ」
ガチャッと音を立てて、ドアが開き「名乗られよ」をぶつぶつと繰り返すシャインが顔を出す。台所ではシャインのばあさまがこちらを見て苦笑している。いつもの挨拶をするため一歩中に入る。
「私の部屋へあがって」
俺が訓練しよう、という前に二階へ上がるように促される。こんないい天気の日に家の中で遊ぶことはまずない。
「なんでだよ」
「あ~ら、お父様からのお土産のお菓子はいらないのかしらぁ?」
「早くこいよ」
駆け足で二階へ向かいながらシャインの手を引っ張る。
シャインは父親のところへ行くたびに町では手に入らないようなおいしいお菓子や果物を持ってきては友達に惜しげもなく分けてくれるいいやつだった。
口調が貴族ぽくすましてやがるのは気に入らないが、お菓子に罪はない。存分にもらってやるぜ。
シャインは俺たち冒険者の子供たちとも遊ぶ。普通の女子はゼィゼィ言ってついてこれないのに、シャインだけは背だって小さいくせに平気でついてくる。いや追い越してることもあるな。
シャインが後ろの高いところで一つ結びにしている長い髪が、走ると風になびき、飛び跳ねると一緒に揺れ動く。
そういうときのシャインは女騎士を彷彿とさせる品がある。山猿のくせに、たまに目を引き付けられてやまない場面があるんだ。
瞳もそうだ。青の中にピンク色の瞳。母に言わせると
ある吟遊詩人に「顔に二つの宝玉がついてるようだ」って意味で詠われてたことがあった。瞳だけじゃなくて、目元そのものが宝石のように見えるから、まるで大粒の宝石のようだってことで、宝玉なんだと。
詩人はすごいけどな、山猿に宝玉は豚に真珠と同義語だと思う。
「シャインは大きくなったら美人になりそうよねぇ。貴族じゃなかったら、ルカのお嫁さんになってもらいたかったのだけどね」
「いらんわっ」
即答させてもらった。そう言われたのは学校に入るずっと前のことだけど。
いくら親友の娘だからと言って、
「自分の恥体験は他人の笑いの種!」とか手を腰に当てて豪語するやつだぜ? 疲れて家に帰ってきたら待っているのが仁王立ちの妻とかやめて、まじやめて。
シャインが語るには、自分に恥ずかしいコンプレックスがあったら、それをネタにして人に笑ってもらうと自分も笑えてきて楽しくなり、コンプレックスも忘れるらしい。
偉そうに言っていたが、単に、気にしてたら表歩けないレベルで、シャインがドジばっかりしてるからだと思う。
他の人が言ったら高尚なことでも、あいつがまともなことを言うときは気を付けないといけない。
最近、シャインが俺に「ルカなら騎士を目指すべきだと思うのよねぇ」という。嬉しかったけど、悪い顔をしてるから何か企んでるんだと思うんだ……。
親父から剣や弓などを教わるときにもしれっと横にいて、一緒に習ってやがる。父に言わせると体の線がぶれない良い太刀筋をするらしい。
シャインこそ、貴族だし願えば女騎士になれるとは思う。男装の女騎士とか似あうようになるかもな。中身の残念さは置いとくとして。
シャインは見た目だけは可愛らしいからか、親父は嬉しそうに教えてやっているのが、なにか少し気に食わない。シャインは父親にあんまり会えないから、親父恋しいんだろうと思って、俺だってもっと構ってもらいたいのを渋々譲ってやることもあるけど。
シャインは俺といるときよりもニコラスといるときの方がにこにこしている。
「お前、俺よりも俺の父ちゃんのほうが好きだろう?」
「当たり前!」
「即答かよっ」
「お菓子くれる人はみんないい人だもん」
――餌につられるなよ。てか、好きとか言っちまったって焦ったのに、あいつは全然しれっとしてる。まぁ、シャインに恋なんて遠い、なんなら宇宙の果てまで遠いものだろうしな。
そんなシャインが冒険者ギルドに登録するというので、一緒について行ってやることにした。ま、俺も登録しないといけないからな。
そこで驚いたのが、すでにシャインは登録申請書に書いてあることは読めたってことだ。
タブレットの使い方も知っていたし、書いたものから他のタブレットに複写されていたが、驚いてもいなかったから、複写できることも知っていたのだろう。
数日後にシャインたち見習いパーティ仲間と共に採集に出かけた。
ポーションや一般薬の薬草はいつでもギルドが買い取りをしてくれているから、それでランクあげを狙う。
「みんな私のために採集ありがとうね」
「おめーのためじゃねーよ!」
「俺と兄貴がお菓子の取り合う度に『私のために喧嘩しないで』と言う、うちの姉貴となか~ま、だとは知らなかったな」
ふざけたことを言うシャインに仲間が突っ込む。
シャインは首をかしげながら、「あれ? 採った薬草はうちに全部売ってくれるんじゃないのか」と呟いている。ギルドに売らないとランク上げにならないだろうが! 思わず声を上げそうになったが、シャインは冒険者になるつもりがないからランク上げに興味がないのかもしれない。
採集はどこに何があるか知っているシャインがいるから、薬草はすぐに籠にいっぱい集まった。
シャインは小さいのに、俺たちが知らないことをたくさん知っている。貴族街にも行ったり、薬草の知識から、読み書きや計算もできる。
賢いシャインが羨ましいと思う。
そういえば父が言っていたのが思い出される。
「シャインは五歳を過ぎたころからだったかとても賢くなった」
新しい遊び方もたくさん知っていて、年上の子供たちもシャインの周りに集まる。
「ケイドロとか貴族街で覚えてきたのか?」
「うぇ? そ、そうだね。警備のケイと泥棒のドロだから、騎士の子供たちの間で流行っているとかいないとか……」
手をもじもじさせて目が泳ぐシャイン。こいつ貴族街に行ってまでお転婆してるらしい。
「貴族街では少しは大人しくしないと嫁の貰い手もないぞ」
「貴族の間では深層の令嬢で通ってるから大丈夫!」
ドヤ顔で手を腰に当て、足をバーンと開いて仁王立ちになるシャイン。
――世の令嬢に頭を下げて謝れ! 全力で謝れ! 一軒一軒まわって謝罪してこいっ!
森の手前の開けた所で、シャインのお陰で余った時間に剣術やナイフ投げの練習をすることにした。
シャインだけは、家でも作る分をもう少し採るらしい。俺たちはすぐに練習という名の半分遊びに夢中になっていた。
そろそろ帰るか、というピーターの声にシャインを探すと、大きな根が盛り上がったところに腰かけ大木に抱き着くように寝ている姿を見つける。
「よくこんなところで寝ようとか思うよな?」
「危機感ゼロだな」
俺たちはため息をつきながら、シャインに近づいて名前を呼ぶ。急にシャインがガバっと起き上がり「ごめんなさい!」と木に向かって頭を下げる。ガツンといういい音が響き「うぇ? うぇ?」とおでこに手をあてて周りを呆然と見回しているシャインの間抜けな姿に俺たちは腹抱悶絶した。
俺たちは笑いを、シャインは頭の痛さが、お互い少し落ち着いたところで、シャインに寝ぼけた理由を聞く。
なんでも頭を強打したことで、夢の内容もわすれたとか。
――ひぃひぃぃぃ 笑い殺すなよ! そうだった、こいつは賢いかもしれないが、あほの子だったよな。力が抜けたよ……
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