第49話

 ドアをノックする音に扉を開けると、すでに準備を終えたリタが微笑ほほえんでいる。


「おはよう。今日の髪型はどうする?」

「おはよう。今日は魔法の授業があるから、一つで結ぼうと思ってた」

「了解」


 冒険者に合わせて早起きしていたからか、朝は強い。目覚ましが鳴る前に起きてしまう。

 でも、時間があるからと言って、髪のアレンジをできるかというと、それはまた別の話。

 なので、毎朝リタが来て髪を整えたり、身だしなみのチェックをしてくれる。

 さすがに幼い頃のように後ろ前反対に着ることはもうないが。


「シャイン、体操着が裏返しだよ?」

「え⁉」


 まさかの裏返しで着てた!

 今日の一、二時限目が外で行う魔法の授業でマントの中に体操着着用なのだ。

 その後、ダンスの授業や男女に分かれて、剣やストレッチなどの授業がある。今日は体操着だけで過ごせる日らしい。

 まだ始まったばかりでそんなに授業がハードでないからだろうけど。

 体操着はなくても実は構わない。制服で受けてもいい。汗をかいても、予備のシャツに着替えて、体操着を着ない子供もいると聞いた。

 召喚獣に乗ったりするときにはパンツスタイルの方がいい。

 ちなみに、スカートの他にパンツも女子は購入が必須だ。

 Tシャツに短パンだから、マントを着ていれば中に何を着ていようと前を閉じてしまえば分からないが。


 私は裏返しで着ていたのが恥ずかしくて赤くなりながら着替えた。


「半袖で分かりにくいよね」


 リタがフォローしてくれる。

 タグはないが、学園のマークは胸にあるんだが……。



「みんな同じクラスで良かったよね」

「うん! 私だけ飛ばされるところだったって聞いてビビったよ」


 領地のみんな同じクラスになれた。

 一年目、同じ領地の生徒はなるべく同じクラスだ。成績が極端に違い、別のクラスになる時には、最低同性で二人以上いることが前提になる。

 領地で一人しか男子がいない場合などはその限りではないが、それでも同じ領地でクラス編成がなされる。

 王都周辺の領地は人数も多いし、高位貴族がいることもあり、クラスは成績などで分かれることが多いらしい。

 一番少ない領地は五人だと聞いた。

 こういったことも宿舎が小さくても大丈夫な理由にされているらしい。 



 魔法実技の先生はなんとニヤリだった……。

 いや、正確には補佐なんだけど、これが偉そうで補佐とは最初気づかなかったのだ。ニヤリの名前はサルバドール先生。


「みなさぁ~ん、はじめまして~。実技のニャンコ先生ことニィナと言います。一年間よろしくね~。隣はサルバドール先生で~す」


 ぷっくりとしたほっぺが可愛い少しお年を召したニィナ先生はその名の意味のように純粋そうな感じだった。サルバドール先生の「新入生の授業なんですよ。口調をしっかりしてください」にも「うん、ありがとうね~」って返してたから。


「今日は、魔法の実技なんだけど、みんな中級魔法を使えるから、簡単かもしれないのだけどね、浮遊をしてもらいま~す」


 浮遊の練習は召喚獣を持つ前に練習するのだとか。万が一落ちたときも【浮遊フロート】ができれば最悪死ぬことはないから。


「では、みなさぁ~ん、一斉に後について詠唱してね『浮け!【浮遊フロート】』はい!」 


 生徒は一斉に呪文を唱える。

 私も詠唱する。


「浮け!【浮遊フロート】」


 体がふわぁと上に浮かぶような感覚になる。だが、平衡感覚がつかめず、前にのめって力を抜いてしまい、顔を地面にこんにちはさせるところだった。

 これは私だけでなく、他の子供たちも同じだったようだ。

 ちなみに、このクラスには上位貴族がいない。地方の領地で固まっているからか、クレト以外誰も召喚獣を持っていないはずだ。

 クレトはさすがというか、一人悠然とふわふわと浮いている。


「クレト、ちょっと手を貸して」

「嫌だ、共倒れしそう」


 見捨てられた!


 なのに、ルカとリタには手を貸してるぞ。何でだ?

 ルカは魔力の制御はそこまで繊細ではないが、体の平衡感覚には優れている。ほんの少しクレトが横で何か言いながら手を添えただけでふわふわと浮いてニカッと笑っていた。

 リタは器用なのがいいのだろうか? 前に後ろにバランスを取るようにしていたが、クレトが背中に手を添えたら、目をつぶって集中していたかと思うと、ふわりと浮いた。

「すごい!」と拍手をしていたら、ニヤリから「何してるんだ。バカなのか? 拍手じゃなくて、浮きなさい」と言われた。


 リタが手伝ってくれようとしたが、クレトの言葉通り、一緒に前に倒れそうになったから一人でするよと言うしかなかった。

 バランスが悪いのかなと、しゃがみ、足の前で腕を組んだ状態で詠唱する。


「浮け!【浮遊フロート】」


 一瞬浮いた! だが、そのまま後ろに転がった。

 ルカたちから「ダルマさんが転んだ」と笑われた。しまった、遊ぶときにダルマなんて教えるんじゃなかった。

 

 終わるまでには、何とか浮けるようにはなっていた。

 先生が言うには、コツは慣れ、だけだそうだ。


「シャイン、魔力の流れとかの指導をしてるわりに、なんでできないんだ?」

「どっちかっていうと、平衡感覚もあるほうだしな」

「私だって知りたいよ!」


 自分が器用でないことは知っている。だが、体力測定で満点を取ったように、そこまで運動神経は悪くないと思っている。

 なのに、浮遊が下手だった。


「シャインはスタートが少し遅い時があるけど、その分じっくりものにするから、後で見たら先に行ってることあるよ?」

「リタぁ~、ありがとうー」

「頭でいろいろ考えすぎてるってことか」

「原理とか理論まで考えてつぶれるやつの典型?」


 こら! 誰がつぶれるじゃっ!

 ルカとクレトがひどい。

 むぅっと口をとがらせていると、次はダンスだと言われる。


「ぜってー、シャインのそばには行かない」

「貴族のダンスなら私踊れるよ? ごっちゃにならなければ大丈夫!」

「なるだろ、シャインのそのピンクの頭なら」

「なんか今日ひどくない?」


 私だって、ダンスの練習はしたんだ。もうばっちりだよ。



 音楽が流れると自然に体が動く。

 楽しく音楽にのって体を動かしていると、ダンスの先生から言われた。


「シャインさんの動きはなんだかクネクネしてますわねぇ。たまに飛び上がったり揺れたり、忙しいですこと」


 はい? あの、今ダンスの休憩中で、先ほどは何も言われずオッケーもらったと思ったのですが?

 クスクスと傍で聞こえた子たちが笑っている。


「ダンスをしているときは、普通でしたけどねぇ。一人で音楽を聴きながら体を動かすときだと本来の性格が、動きに反映されるのかもしれませんわねぇ」


 本来の性格がクネクネで、たまに飛び上がったり揺れたり、忙しいってことですか? それどんな性格……。



 こんな感じだった授業初日のおかげで、私の「満点越えの才女らしい」という噂は立ち消えになったのだった。

 満点越えだけは事実だったんだけど、注目されないならかえっていいかも。

 

 才女どころか、シャインは見た目と一緒でお頭もピンクのお花畑らしいとまで噂されていることを知らなかったのは、幸いだと言えるかもしれない。

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