第33話

――フィドルは私だけだった。


 今日は領主の館で楽器の先生に習う様子を見学。 

 マルガリータはもちろん、アリシア、ビアンカも楽器はピアノ。

 集まった男の子たちもピアノだという。


 そっか。住んでる家にピアノがないから他の人も弦楽器だろうと勝手に思ってたけど、そういえばお義母さまはピアノ弾いてたな。


「ピアノで連弾するのが夢なの」


 こっそりと頬を染めて話をするビアンカが乙女だ。この中に意中の相手がいるのかな?


「ヨハンネスと去年婚約したからね」

「婚約! まだ八歳なのに」


 マルガリータが教えてくれたけど、びっくりして声が大きくなってしまったらしい。


「あら、生まれたときから婚約者がいる人もいるわよ」


 アリシアの言うことに、そうだったと思う。周りに婚約者がいる子がいなかったから、なんか新鮮だ。

 上の義兄は学園を卒業したからそろそろ社交界に力を入れないといけないという話は小耳にはさんだけど、成人するからだって思ってた。


 

 ピアノは二台あって、一台は純正率で調律してあり、一台は平均律のピアノだという。

 前世ではバッハ以降ピアノは平均律になったはずだ。変調するのに、便利だもの。

 純正率のピアノの音を聞いてみたいと思っていたら、マルガリータから声がかかる


「フィドルがあるから、純正率のピアノのほうがいいわね。平均律のと合わせると音がうねるから」


 フィドルは純正率なのね。ヴァイオリンと一緒だ。

 でも、音がうねるって何だろう?

 その疑問は、純正率のピアノの音を実際に聴いて少し分かった。


 和音が綺麗? たぶんフィドルの音とぶつからない、そんな感じを受けた。

 

 少し感動したけど、気になるのはピアノが一台ってこと。どうするのだろうと思っていたら、先生が大きめのタブレットで鍵盤を出している。


 うお! タブレットで演奏可能なのね!

 

 ガン見していたらしい


「子供にはピアノを弾くのは手が小さくて大変だから、こちらのほうが楽なの」


 先生がタブレットを出しながら説明してくれた。

 そこからは、先生の指導でどれくらい弾けるのか他の子供たちの音を聴く。

 女の子たちは数曲弾ける感じで、男の子のレベルはまちまちだった。

 ヨハンネスは上手かったから、ビアンカとの連弾は夢ではないなと思う。

 

 私はリタとルカとの演奏が、貴族のレベルとしてもそこまで悪くないことを知れて満足だった。もちろん、領地のレベル上げを考えると悩ましいかもしれないけど、さすがに自分もそこまで楽器が上手なわけじゃないのに、何かできるわけもない。


 魔力の底上げは、魔力蓄積なら貴族は普通にしてるようだし、ほんの少ししか手伝えることがない。

 

 魔力量のことを考えていたら、クレトを思い出し、会いたいと思った。

 私は、その日のレイピアの手合わせは辞退し、クレトの家に向かう。

 今行くと、オリーブの収穫を手伝わされるかもしれないけど、だからこそ家にいるだろうと思う。



 オリーブ工場につき、クレトを探す。

 顔見知りになった従業員たちに挨拶をし、クレトの居場所を尋ねたらすぐに居所が分かった。


「君の風魔法はすごいよね。今日も手伝いかい? ちょうどクレトも収穫に行ってるよ」

「クレトが風魔法使ったら、すぐ終わりそうですね」

「え? クレトは風魔法使わないだろ」

「見たことないぞ」


 ん? クレトって収穫に風魔法使ってないのかな? 練習になるのに、なぜ使わないのだろう……。

 私はお礼を言って、クレトのいるオリーブ園に足を運ぶ。


 クレトは一人で収穫を行っていた。確かに動く熊手もどきを使っていて、風魔法は使っていない。


「クレト、シャインだよー。元気ぃ?」

「……収穫の手伝いか?」


 クレトは一度熊手を止めて、答える。動く熊手もどきはうるさいのだ。


「収穫はしてもいいんだけど、それよりクレトと話をしたくて来たの。ね、風魔法使った方が早くない? クレトの魔法量なら余裕でしょう?」

「話とは何だ?」


 風魔法についてはスルーなのかな?

 私は何から話をしようかなとまとまらない思考を摘み出す。


「ねぇ、クレトは魔法学園に行きたいと思う気持ちある?」

「……さぁな。それを聞いてどうするつもりだ?」

「ルカから聞いてると思うけど、私たち学園に行くつもりなの。一緒にクレトが行ってくれたら、ルカは大喜びだけど、私も嬉しいかなって」

「なんでお前が嬉しいんだよ」

「え? 友達なんだから当たりま、、えええ!? まさか私たち友達じゃないの?!」

「……いや、別に友達でもいいけど……」


 ボソッと答えるクレト。そこから違うと、何も言えないところだったよ。


「あのさ、クレトって魔力がすごく多いでしょう? 頭もすごくいいよね?」

「は? なんで魔力量が多いとかお前に分かるんだよ。普通だろ」


 この話すときのテンションの低さは何だろう。クレトって自声は高めなのにな。なぜ低く聞こえちゃうのかなぁ。不思議な声音だ。


「魔力量私より全然多いよ……。魔法の呪文だってよく知ってるし、計算能力も高いよ」


 私の方を怪訝なというより、疑うような表情で伺うクレトが早口になりながらそれにこたえる。


「計算なんてできねーし、魔法の呪文はたまたまここに来る前に教えてもらってただけだ。貴族のお前の方が魔力量も多いだろう。ここの従業員たちがお前の風魔法で助かると言ってたぞ」

「……クレト、魔力量多いことなるべく秘密なの? 私はクレトと一緒に学園に行きたいんだけど」

「はぁ? お前がペンダント貸してくれたから蓄積はされてるとは思うけど、そんだけ――」

「それあんま関係ない。ね、クレトが元貴族でもそれも関係ない。今、私の目の前にいるクレトが、シャインの友達のクレトだよ」


 遮り、一気に話し一息つく。

 クレトは目を大きく見開いてこっちを見てるけど何も言わない。


 だから私は、続けた。少しゆっくりと。


「クレト、私は友達と一緒にいたいの。クレトの頭の良さと魔力量、体力なら余裕で魔法学園に受かる。それこそ同い年のここの領地の貴族よりクレトの方がいい成績で受かると思う」


 クレトは黙ったまま私を見ている。


 平民で魔力量が普通か少し多いくらいしかなかったルカとリタと学園に行きたいと思ったのは、一年も前だ。魔力量を見て一緒に学園に行きたいと思っているわけではない。

 クレトだから一緒に行きたい。

 

「ともに、いっしょに行こう?」


 私は気づいたら足を踏み出しクレトの手を取っていた。

 その取られた手に視線を移したクレトがポツリとこぼす。


「共にいたいと願われたのは初めてかもな……」

「え? みぃーんなクレト大好きだよ? 一緒にいたいって思ってるよ?」

「みんなって誰だよ。適当だな、お前」

「えええ? みんなはみんなだよ。私とか、わたしとか、あたしとか?」

「おい」

「えへへ、冗談だよ。ルカもマリオも仲間はもちろんリタだってそう思ってるよー」

「はぁぁ……。お前といると気が抜ける」

「気が適度に抜けたところで、さぁ、私の後について言ってみて! ぼ く は が く え ん に い く !」

「あははははは」


 え? そこ笑うところじゃないよね?

 お腹を抱えて笑うクレト。

 こんなに笑っているの初めて見たよ。こんな風に笑えたんだね。良かった。

 そう思えて、クレトの笑いが移ったのか、私もあははって笑っていたら上目遣いに言われる。


「ばーか、言うかよ」


――言ってよ! 言おうよ! 漢なら言うべきところよ、ここよ?



 憮然としていたら、頭をわしゃわしゃされた。今日は編み込みハーフアップだよ!? 完全に崩れただろう頭に手をあてて、あたふたとしていると言われた。


「いつ貴族だったって知ったんだ?」

「え? 知らないよ」

「おまっ、……ちっ」


 やっぱり元貴族だったんだ。

 ちって、知られたくなかったのかな。


「ね、クレト、私さ秘密が結構あるんだよね」

「お前に秘密って全然似合わないな」

「そっかな? なのにね、家族にも言えないような秘密トップシークレットがあるんだよ。それも一つじゃないんだな、これが。困るよねぇ~」

「全然困ってないだろ」

「あはは。困ってるって」

「それ、あのモールス信号とか言ってたことに関することか?」

「うわぁ。鋭いよ。まぁ、それはババさまには伝えたんだけど、とりあえず他の人には秘密にしてね」


 クレト、モールス信号のこと覚えてたんだ。記憶力もいいよね。モールスなんて言葉初めて聞いただろうに。


「誰にも言ってない」

「うん、そうだと思った」


 笑顔でそういうとクレトはふいっと横を向く。


「秘密があってもね、家族は私のこと大好きだと思うんだ。ルカたちだって、気にしないような気がするしね。だから、困ってはいるけど、心は深刻シリアスじゃないの」

「お前のその頭は深刻そのものだけどな」


 くぃと顎を上にあげ、クレトにわしゃわしゃされたせいでぐちゃぐちゃだろう私の頭をさす。


――誰のせい?!


「外も中身もピンク色のおつむで羨ましいよ」

「ひどいよ! 私の自慢の髪なのに! きぃぃぃぃいいい!!!」


 私は髪をほどき、手櫛で整えながら思わず叫ぶ。

 あははと笑うクレトが楽しそうで、口から出る言葉よりは心はそんなに悪くないと思いながら。


 二人で笑ったあと、風魔法でオリーブを落としていく。

 人が来ないからかは分からないけど、クレトも風魔法を使ってる。


「イバンはねぇ、家が鍛冶屋でね、スキルもあるんだって。だから学園には行かないの。ピーターもマリオもそれぞれ行かない理由があるから誘ってないんだけどね、同い年の貴族の子たちもいい子が多いからさ、学園行くこと考えといてよ」


「本当はマリオたちが行けたら、俺が行くよりそっちのほうが良かっただろ?」

「え? なんで? マリオはマリオで、クレトはクレトなのに。変なの」


 何が言いたいんだろう? 首がこてりと倒れてしまうよ。


「俺とはまだ知り合って一年しか経ってないし」

「うーん、よく分からないけど、もし去年出会ったのじゃなくて、今年出会ったとしても私はクレトと一緒にいたいよ? 私、嫌いな子には一緒に行こうって言ってないよ」

「嫌いな奴なんていたのかよ」

「……いないねぇ」

「おい」


 がっくりと肩を落とすクレト。

 そもそも好きじゃない子とは遊ぶことも、一緒に何かすることもないと思う。それだけなんだけどな。家の近くにそんな子がいないこともあるけど。

 そういえば、私って友達にすごく恵まれているのかも。


「オリーブ落とすのはもう、これでいい」

「あ、うん。分かった」


 クレトが私の頭に手をやると綺麗に手櫛で整えながら撫でてくれる。

 鏡がないから、きちんとできてなかったらしい。

 クレトの手が気持ちいい。いい子いい子されてるようで、眠くなるね。


「シャインが願うなら、共にいてもいいぞ」

「え? いてもい―― !!!!! それって、一緒に学園に行くってこと!?」

「それ以外何がある」

「わーい、クレト、一緒に行こうねぇ~」


 思わずクレトに抱き着いてにへらって笑ったら、顔面を手のひらで押されて「ぶひっ」って声が出た。痛いよ。


「こぶたかよ」


 違うよ。シャインだよ、って思ったけど、嬉しすぎてクルクルと飛び跳ねていたら、後ろからクレトの「こぶたが尻振って跳ねてる」って声がして、ピタッと飛び跳ねてた体と心臓が止まった。ギギギって後ろを振り返ると


「ぷっ、尻振りシャインって本当だったんだな」

「ち、ちがうーーー!!!!!」


 この日、オリーブ畑に私の絶叫が哀しく響き渡ったのだった……。

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