第133話

 次の日、婚約式を兼ねた食事会は穏便に終わった。

 叔母夫婦と言う方も物静かで優しそうな方たちでほっとした。


 クレトは、食事の前に私の部屋で膝を付いてプロポーズしてくれた。顔が真っ赤になったのは分かったけれど、さすがに他の家族の前でされなくて良かった。

 もらった指輪は私には大きすぎる七色に煌めくダイヤモンド。

 目を丸くする私に「時間もなくて、シャインの部屋でのプロポーズに、母の形見で申し訳ない」と謝ってくれたのだけど、いや、こんな大きなダイヤ、初めて見て驚いただけですから。大きさが指の幅を超えてるし。


 それにしても、指のサイズはぴったりだね? この家の誰がスパイだろうか?

 私は食事中、そのことに気を取られていて、「キョロキョロしすぎですよ」と小言を言われてしまった。

 ちっ、いつかスパイは成敗しちゃるのだ。


 

 ただ、その後の学園が大変だった。

 クレトがあんなにモテてたなんて知らなかった。平民だと思っていたのが、侯爵だと分かったとたん、すごい人気で。

 まぁ、座学は学年トップの成績に剣技なども素晴らしい。最近は背も伸びてどこの貴族紳士だ? と二度見するほど……あ、貴族になったのだった。それも侯爵当主だよ。確かにこれ以上ないってほどの優良物件か。

 なのに、クレトが婚約したと聞いた令嬢たちからの私への嫉妬が半端なかった。

 上級生にまで絡まれる。


「指輪ももらえてないなんて、まだ仮の婚約者なのよ、きっと」

「そうよね。曰くつきの子爵令嬢でしかないのでしょう? 伯爵令嬢以上じゃないと侯爵さまには釣り合わないわよねぇ」


 そんな言葉を浴びせられるのだけど、指輪は大きすぎてさすがに学園に持ってこれなかっただけだ。子爵令嬢なのは、それも半分平民なのは当たり前のことなので、言われること自体はいいのだけど、悪意を向けられるのは普通に好きじゃない。


 どうすっかなぁー、と考えていたら、一つ上のご令嬢たちにはマルガリータが動いてくれたらしい。助かった。

 彼女は何でも王族関係者からも縁談が来ているって話だ。誰も口を出せないらしい。すごいな、マルガリータ!

 最初に出会ったときは、カエルの上に跨っていたのに! ……違った、兄ベルナルドの上だ。

 

 そんなごたごたもあり、自分がまだまだ婚約したと言う嬉しい方の実感がわかないので、親友のリタに相談した。本当、親友が近くにいるって大事だわ。


「恋愛、してみたかったなぁ」

「え? ふふ。シャインらしいね。してると思うけど?」

「え? 誰と? いつ? リタ、私の話だよ?」

「うん。シャインが闇魔法遣いのポーション開発を頑張っているのって、クレ…ヘンリーさまの為でしょう?」


 クレトはそのまま、クレトでいいと言ったのだけど、周りがそうは思わなかったらしく、ヘンリーさまと呼ばれている。どうやら王族に近い家系だったようで、王族関係者がいない学年だったこともあり、注目度が半端でないらしいのだ。だから、様付けして呼ぶことになった。


「ポーションは自分の趣味! かつ実益も兼ねてのこと! だよ? それに、彼だけじゃないもの。闇魔法遣いは」

 

 私の言葉にはふふと笑ってスルーするリタ。 


「貴族って好きでもない人と結婚することもあるでしょう? シャインは幸せだと思うよ?」


 確かに。

 下位貴族の方が自由さはあるのだけど、それでも親が進めれば結婚しなければならない。父親次第なのだ。強欲な父親なら条件が後妻であっても金を取る人も多い。

 私は大好きな幼馴染と婚約できたのだ。ただ、ちょっと今周りの反応が煩わしいだけで。おまけに、侯爵当主になった為に、クレトは忙しいらしく学園にすらいない時がある。


「そうだけど。でもね、こうも相手がいないんじゃあねぇ。手を繋いだり、スィーツ巡りに街へ遊びに行ったり、召喚獣と森に遊びにいったり、そうやって皆がしているようなことしたいって思っただけ」

「シャインはヘンリーさまがいなくて寂しいのね」

「リタがいるからいいもーん」


 私はリタに抱き着いて、他のおしゃべりもたくさん楽しんだ。



 次の週末、忙しかったはずのクレトから二時間だけ、と言って近くの森へ久しぶりに遊びに誘われた。フェンに二人で騎乗したのはいいけど、なぜ手を恋人繋ぎするのだろう? 危ないよ?

 見晴らしの良い場所に到着したあと、フェンをいっぱいもふらせてもらっていたら、街で今有名なスィーツがテーブルクロスの上に並べられてあった。いつの間に敷物からテーブルに椅子、クロスにバスケットまで準備して出したのだろう。仕事が早い。早いんだが、別なところに気が付いてしまった。


 おらぁ? まさかのスパイは一人だけじゃない?


「シャイン、何を考えてる? 眉間に皺が寄っていて、可愛い顔が台無しだ。ほら、シャインの好きなイチゴのパフェもあるんだ」


 クレトが優しい口調で私の顔に手を伸ばしておでこをなでるものだから、顔から火が出るかと思った!

 可愛いって初めて言われたかも?


「シャインは奇麗だけど、俺からしたら全部可愛いから。以前も言ったと思うけど?」


 えええ!? いつ言った? 覚えてないよ??


「やっぱり覚えてなかったんだ。シャインって自分勝手に聞く時が多いからな。冗談も含めて貶されたことはしっかり聞こえているのに、褒め言葉はスルーしてるよね」


 エスパーがいる。

 ……私って爺のような勝手耳だったの? いや、あれは自分に都合の悪いことは聞えないというやつだ。褒め言葉をスルーしてる?


 「これから慣れたらいいよ」と言って隣に座らされた。「膝の上でもいいよ」という言葉に全力で「結構ですっ」と返したらくくくっと笑っていた。

 あ、遊ばれている?

 さっきのも冗談?


「可愛いと言ったことは何度かあるよ。ドレス姿や髪飾りが似合っていて可愛いというのは、何度も言ったし。はい、あーん」


 それはドレスが可愛いと勘違いするよ。

 てか、あーんってクレトの手からパフェを食べなきゃいけない?


「じ、自分で食べ、んぐっ! ……お、おいしい! クリームにもイチゴ味がしっかり付いているぅ」


 私は気づいたらパフェを完食していた。もちろん、全て食べさせてもらって……げに恐ろしきはパフェの美味しさよ。

 でも、本当に恐ろしいのは甘~いクレトだなと思い知らされた。二時間だったはずの刻が倍以上に感じるほどだった。声音から眼差しから、甘いって何?

 私は嫌がるフェンを間におくしかなかった。クレトは嫌そうにしていたけれど、さすがに還しはしなかった。

 デートってこんなにどこか精神がガリガリに削られる思いをするものなのですか?


 私はその晩、知恵熱ってやつを発症した。


 知恵熱に効くお薬はなかった。

 私が知恵熱を出したと知った家族や友人には呆れられたようだけど、仕方ないじゃないか!

 デートがあんなに砂糖いっぱいだなんて知らなかったんだから!

 クレトからのお見舞いの花束に埋もれながら、心の中でそう叫んだのだった。


 私には目標ができた!

 やはり目標は高く大きく持つべきだ。


「知恵熱に効くポーションを生み出してみせる!」


 闇魔法遣いのためのポーション開発と共に、私のポーションへの限りなき挑戦はまだまだ続く――。


「シャインさま、礼儀作法のお時間ですよ。もう体調も良いようですし、侯爵夫人として相応しいマナーを今日は学びましょうね」


 にっこり笑う侍女の姿に現実とはこうだったなとがっくりと項垂れたのだった……。


---

完です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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光のポーション モネノアサ @monenoasa

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