第132話 後日談

 通常よりも長い冬休みも終わり、学園は二学期を迎え――そろそろ初夏の色に森が染まるころ。私は、今までとは違った忙しさに慌てていた。

 

 その前に――冬休みの間にポーション作りを頑張ろうとしたのだが、全然上手くいかず、実験半ばで断念した。


 とりあえず、効果ありそうだなと思っていた桑寄生ヤドリギなどの材料を置いてきたのだが、なんと! それらでポーションができたと連絡があったのは、つい最近のこと。

 いやぁ、優秀な人はどこにでもいるもので。臨時に設置された医療機関の中の闇魔法専門科ではあったのだけど、ちゃんと後継者、というか先輩はいた。キンダリー先生とも知り合いだと言うその研究者はさすがは類友、研究バ……研究熱心であられた。


 その方のお陰で、無事闇魔法遣い独特の病の一つは心配がなくなった。

 病の一つとは言っても、一番重篤な病気で、フェルマー隊長の初孫クルト君が侵されていた病気だった。時が止まったようになってしまう病気だけど、一般には知られていない。成長が遅く、結局は十歳を超えられないというもの。

 お陰で彼は命を長らえることが出来るという。


 実は、このクルト君、名前だけでなくクレトにそっくりなのだ。クレトの弟と言っても通じると思う。銀髪に紫紺の瞳、小さいのに端正な顔立ち。もちろん、可愛げはクルト君の方があるけどね。

 何しろ、私のことを「おねー……ったおねーさま」と舌足らずに呼んでくれるのだ。可愛すぎやしないかい?

 まだ小さいこともあり外にあまり出れなかったらしく、雪を思わせる真っ白の肌にピンクの唇。ぽやぽやっとしたほっぺは冬でもないのにバラ色に染まっていた。


 にこにこと笑顔で私の後をつかまり立ちしながらもとこ…とこっと付いてくるクルト君に私は陥落した。

 私が、この子のためにポーションを何としてでも完成させる! と意気込んだものだ。だが、結局、私では役不足だった。まぁ、学園が始まってしまったのもあるけれど。


 クルト君に「おねーたま、しゅごいすごい」と褒めてもらう予定がぁああああ! 号泣。

 だけど、これでちゃんとクルト君も成長できるし、多くの闇魔法遣いの命も助かる。


 その朗報をすぐに宿舎にいたクレトにも伝えた。

 

「クレトは十歳を超えられて本当に良かったよね! 次の薬は私が頑張るね! 大船に乗ったつもりで私に任せて、お昼寝してていいから!」

「は? 意味がさっぱり分からない」

「泥船じゃないか気を付けろよ、クレト。シャインが息巻いている時ほど周りが慎重になる必要がある」


 クレトを見つけて思わず激励したら、怪訝な対応に邪魔なルカの横やり。


「もう、酷いなぁ」

「……また言葉と表情が一致してないぞ。にやけてる」


 一歩ひかなくてもいいんだけどね、ルカ君。

 世界樹から出られてから、ちょっと顔が締まらないようなのだ。命の危機が去り皆が無事なのがとても嬉しいからかな。一緒に居れるのは学園だからであって、後一年少しでバラバラの道を歩む。だから、今の時間がとても愛おしくて顔が締まらないのだと結論付けている。 


 ルカはあのマルガリータと息が合うらしく、彼女の護衛になることを打診されているのだとか。同じ黒飛猫だし、ダンジョン狩りも楽しいようだ。ただ、マルガリータのことだから、領地にばかりいるとは限らないと思う。


 リタはやはり今のままだと領主の館の侍女になるらしい。マルガリータが自分の侍女にと、言い張ったようだけど、これはまだ分からない。

 領主曰く


「あのシャインの友人を長年務めていた逸材なら、優秀なはずだ」


 と、妻の侍女にしたいようなのだ。……えっと、リタは優秀だけど、なぜに私の名前の頭に「あの」という強調語ぽいのが付くのだろう? 私は先に自分がマルガリータのことを「あの」と思っていたことは棚に上げて思ったものだ。



 で、私はもちろん、医療機関へ、のはずだったのだけど、これが最近おかしいのだ――。


 闇魔法遣いたちを診察した。直接。それで何かを感づかれたのかは分からないのだが、診察した人、もしくは家族、もしくはその縁戚から縁談が持ち込まれている。

 困った。

 だって、彼ら王族関係者、じゃなかった王族に連なる者らしいから、断りにくい。

 父もさすがに慌てていたんだけど、ここで救世主になるのかなぁ。

 クレトが言った。


「俺と婚約すればいい」

「いやいやいや、あなたさま、そんな簡単に何をおっしゃいますかね?」


 私はもちろん、流したよ。スルーだよ、スルー。だって、まだ十四歳にもなってないもの。夏休み中には十四だけどさ。



 三日後、満面笑みの父から爆弾を落とされた。


「ヘンリー侯爵様の婚約を受けることにしたよ。それが一番いいだろう?」

「誰それ……どなたでしょう? 一番いいとは? 全然よくありませんわ、お父さまっ」

「そうですよ! シャインが婚約なんて早いです! 嫁修行に十年はかかります!」


 兄よ、修行に十年は酷くないか?

 そうは思ったが、横で一応頷いておいた。私は刺繍とか社交界とか無理ですし。  


「クレト君のことだよ。本名はヘンリー・ハイバウンド侯爵さま。本当は成人してから侯爵家を受け継ぐ予定だったらしいのだけどね、シャインのために急いで当主になられたらしいんだよ。いやぁ、感動だねぇ」


 狸腹親父の口調すら変わっているよ?

 頼みの上の兄は「え? クレト君? あのクレト君が侯爵?」とどっか行っとる。使えんな。

 私は視えない父の背後に向かってガンを飛ばし、叫んだ。心の中で。


『おい、こら、ロキ! あんたの娘ヘル憑き絡みだからって何かしてないか!?』


 ちなみに、ロキと父のキャラは全然似ていない。月とすっぽんくらいには遠い関係だと思う。父に半分似ている私としては、若かりし頃は恰好良かったと聞いている。兄たちは私の目にはイケメンだからね。

 だが、性格はあんなロキのような個性派ではない。だから、背後で付いていたとしても、それはそれ。全然今まで関与してないとしか思えなかった。だが、今目の前の結構威厳があると思っていた父のこの変わりようは何?


「シャイン? め、目つきが怖いよ?」

「あら、ごめんなさい、お父さま。ええっと、それでもう受けたということはお返事を私に相談もなく出してしまったということですか?」

「そうそう。それで週末に呼んだのだよ。明日、婚約するから。と言っても書類上だけのものだし、あちらのご家族と一緒に食事をして終わりだよ」


 簡単に言うなぁ。私の一生だお?

 あちらの家族は叔母夫婦らしいのだけど、これまたたぶん侯爵とかよね? あー、肩凝りそう。

 そこへ義母と下の兄が口を添えた。


「クレト……ヘンリーさまならシャインが大好きなクルト君似の子供が生まれるかもしれませんね」

「そうですね。シャインが誰かと結婚するなら、どこかの第二夫人とかよりはずっといい相手でしょうね。確かに彼なら優秀だし、何よりシャインを大事にしてくれそうではありますね。母上のおっしゃる通り、シャインはクルト君の写真をあんなに自慢していたし、シャインもいいよね?」


 クルト君!?

 え、あんな可愛い子がわが子? くぅ、何て至福の妄想。


 ……まてまてまてぇぃ! 妄想は妄想。私はまだ十四! 子供なんてまだま――


「はぁぁ。分かりました。シャインがそこまで望むなら、私もカトレアと応援しますよ。でも、結婚はちゃんと学園を卒業してからにしてね、シャイン」


 上の兄までいつの間にか陥落してた。

 実はカトレア義姉とは無事結婚して、ハネムーンベイビーがお腹にいる。つわりが酷いとかで実家に帰ってはいるが、たぶん兄がうっとうしい……ゴホン、職場に行かないでカトレアを診ると言い張るからだと思う。


 だが、私がいつ望んだと??


「そんなぁ。それに私とクレトの気持ちや意見はどうなるの?」

「え? 今更何を? クレト君、あぁ、ヘンリーさまはシャインしか見てなかったじゃないか。それにこの縁談は彼からの打診だよ? シャイン、気をしっかり」


 クレトが私を見てた? いつ?

 フェルミン兄が学園で一緒だったのはもうだいぶ前のことだお??

 うーんと悩み込んだ私を置いて、家族は楽しそうに話をしている。


 残るはババ様たちのみ。アンブル領の知恵者だもの。大丈夫。何か策を考えてくれるはず!

 私はこっそり部屋を出て、タブレットで連絡を入れる。


「シャイン、おめでとう。良かったね。幸せにおなり」


 え? もう知っているの? 祖母に続き、母も変なことを言う。


「お似合いの二人だと思っていたのだけど、平民だったから子爵さまからの許可が下りるか心配したのよ。実はクレト……ヘンリーさまが侯爵だったなんてねぇ。頑張って礼儀作法覚えないとね」


 私の味方はどこ?


「急なことで、シャインはびっくりしているみたいだね。でも、よぉく考えてごらん。シャインは誰といると嬉しい? 誰といると安心する? 誰と一緒にいたい?」

「そんなのリタもルカも同じだよ」

「そうだね。でも、最初に連れてきたあの日からこうなることは何となく思ってはいたよ。シャインはどうなんだい? 最初のころ、シャインも何か思うところあったようだったがねぇ」


 ババさまが何か知っているかのように含んだ言い方をする。


「貴族なんだから、早くもないでしょう? あ、お客さま。またね、シャイン」


 母により、急に切られてしまった。

 ババ様に言われて、過去を思い出そうとするけれど、クレトとの出会いは六歳のことだ。

 森で会ったはずだけど……。

 あぁ、そうだ。クレトの声を聴いて不思議な感覚になったのよね。今までずっと忘れていた。すでに声変わりもしてるし。

 でもなぁ。それだけなんだけどなぁ。


 だけど、その後、本当に上は公爵の第二夫人の打診から下は四十歳の男爵の後妻だとかの申し込みまであったと聞いて、クレトに感謝した。第二夫人って、ただの妾だし。

 男爵ならどうにでもなるけど、伯爵以上に断りを入れるのは子爵では大変らしい。それにしても、禄なのがないのはなぜだろうね。私を直接知っている学園の生徒や卒業した先輩たちからのは一つもないのに。……いいけどさ。

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