第131話

 私たちは岩戸を出て、すぐに父たちに連絡を入れた。

 ただ、不入の森の中だからか何を言っているのか、あまりよく聞き取れない状態だった。

 それは移動したらひどくなり、世界樹に繋がる大木の前の方がまだ通信できることが分かった。不入の森を抜け、すぐに連絡を再度入れようとしたが、騎士団に迎え入れられることになり、一瞬、敵側かと攻撃態勢を取ってしまった。


「大丈夫だ、シャイン。俺の知っている人がいる」


 私たちが挨拶している間に、クレトが連絡した護衛と、父たちも到着。

 上の兄の熱烈すぎる歓迎に少し引いてしまったけど。感情を出さないと思っていた兄がだぁああと涙する姿に唖然とした。父は知っていたようで、苦笑いして騎士団たちへ挨拶していた。

 まぁ、若干遠回りして王宮の上は通らないようにしようとしたのだが、行き違いにならずに良かったと言うべきか。


「疲れているはずだから、すぐに家に連れて帰りたい」


 という上の兄の言葉にも騎士団側は譲らず「世界樹の中にいれば、疲れることはないはずだ」と説得されて、渋々私たちを先に王宮へと送ることになった。もちろん、保護者として一緒に付いてきてくれたが。

 

 そんなごたごたと、国王に初めて謁見するという事態に、緊張はしたものの、忙しすぎる国王との非公式な会見時間は十分にも満たずに終わった。後処理は父がしてくれる。 

 国を、世界を救ってくれてありがたいという国王の御言葉に、いえ、こちらこそ恐悦至極にございます状態だったが、先人たちの遺品、あれらはほぼ没収されてしまった。まぁ、私たちの物ではないし、国の役に立つだろうと持ち出したものだしね、構わないけど。


 何より、国王たちの顔には疲労が色濃く表れていた。国の、世界の危機に奔走したのは彼らも同じだ。同士意識を持ってしまったのかもしれない。世界樹の外は外で、ラグナロク回避に全力で当たっていたのだから。

 父は春の到来が私たちの仕業だと気づいていたらしい。というか、王族も、だって。すぐに連絡が父へあったそうだ。早っ。そこまで時間経ってなかったよ? 


 よくよく考えたら、騎士団にいたのに再度誘拐され、世界樹の中に入ったのだ。把握してないほうがおかしいのか。

 ちゃんと私の護衛も、女騎士たちも無事だったらしい。安堵のため息が出た。

 ありがたいけど、色々なことが中途半端すぎて釈然としなかった。

 


 過激派組織の騎士たちは、黒の召喚獣持ちは召喚獣で、そうでないフェルマー隊長たちは単身、下層に潜り魔物討伐に出たという。

 逃げた? と思ったのだけど、逃げたのではなく、本当に下層の超大型魔物、それも最下層級を討伐して回っていたのは、冒険者や他の騎士たちの証言で確からしい。どころか、たぶん遺品が残っていたことから、殉職したと一般には知られているらしい。

 はぁああ? 殉職ぅ?


「本当に死んだのかも怪しいが。最後までいけ好かない」


 クレトが苦々しく呟く。クレトにしてみたら隊長の息子代わりに犠牲にさせられるところだったのに、結局は殉職扱いになっていることに納得は行くはずもない。


 私は――

 死んでほしくないと思う。奇麗ごとすぎるけど、死んで欲しくない。生きていても処刑となっただろうから、殉職になった最期は彼の家族にとっては幸いなのだろうけれど。どこかで生きていてほしいなと思ってしまう。もう反逆はいらないけれど。


 フェルマー隊長の一歳の初孫は闇魔法遣いで、そう長くは生きられないのだとか。


 国王と同じ色合いの瞳を持つ第二宰相が隊長の代わりにと頭を下げて話をしてくれた。友人でもあったらしく、殉職扱いは彼が手を回したのだとまた頭を下げていた。過激派での薬品開発が盛んだったのも、闇魔法遣いの独特な病気を治したいという隊長の私心も入っていたのだろう。孫のために。子供たち夫婦のために。彼の家族は組織には関与していない。


 組織の中には闇魔法遣いもいたそうだ。つまりは王族に連なる者もメンバーにいたということ。やはり大きな集団ではあったようだ。


 他に国内で奴隷売買しようとしていた烏合の衆はすでに捕まり、過激派組織の黒幕は本当にフェルマー隊長だと、幹部と思われるメンバーの証言などから判明しているという。だが、数年前に壊滅状態になってから復活したことを一般には知らされていなかった為、奴隷組織の解体、そんなショッキングなニュースだけが駆け回ったと聞いた。


 隊長が何故に魔物討伐に出たのか、は屋敷の家令に残した手紙に記載されてあったそうだ。

 ラグナロクとは、魔物の集団暴走のことだと、知っていたようだ。今はまだ中間層までだが、すでに最下層で超大型魔物の増加は見られていると。

 知っていたのに、なぜ暴走させた?、とは思うが組織の一員に組み込まれた後は、彼の意思が通るよりも身動きが取れない状態だったらしい。彼がいるから組織に入った者もいて途中で離脱することもままならず、そのまま来ていたようだが、私からの情報を組織に役立てたり、彼の優秀さが組織撲滅の障害となっていたのは確かだ。


 それでも、勝手とはいえ、魔物討伐に貢献して死んでいった。

 彼の願いは彼を慕って組織にいた騎士団の者たちへの温情での情状酌量を、ということだった。捕まっていなかった部下たちは共に殉職している。


 人柱の存在自体が秘密であり、組織はすでにない。

 私ができるこそ、することはないし、大人に任せておけばいいことは任せたい。

 できたらあまり人柱など秘密はなくしてほしいのだが、このご時世に人柱だなんて、奴隷すらも衝撃のニュースだと言うのに、あまり人々を怖がらせるのもよくないだろう。どんな変な噂が尾ひれはひれを付けて広がるとも限らないし。 


 【言語翻訳機能】や【仲良し小好き】スキル持ちはいるらしいのだ。だが、【言語翻訳機能】持ちが人柱に選ばれなかったのか、ノートを見なかったのか、どちらにしろ長いこと人柱を続けてしまったことは、哀しい裏の歴史の一幕として降ろされた。


 春が一気に来たことと、フィンブルヴェルトも剣の冬へ移行しなかったこと、また預言でもフィンブルヴェルトの脅威は去ったと発表があったことで、世の中は騒がしく、人々の顔は明るい。


 私は何とか生還できたと、家族に会うにもリタ達に会うのも歓喜これ極まりだったが、私たちが世界樹の中に入ったことを知っているのは父と嫡男の上の兄だけ。

 義母と下の兄フェルミンは上の兄ピオニーの私への溺愛ぶりに目を丸くしつつも、義姉カトレアのお陰で変わったのだと思うことにしたらしい。

 フェルミン兄は王都の美味しいお菓子を準備してくれていて、二日間たっぷり堪能させてもらった。それを見て、上の兄は自らお菓子を買いに疾風の如く出かけて行った。持つべきものは兄だ。だけど、ごめんね。アンブル領にも帰りたいんだ。

 私は兄を待つことなく、アンブル領へ向かった。もちろん、お菓子半分は時間の止まる収納カバンに入れておいてねと伝言を残して。


 ただの冬休みだし、私の半分我儘で王都での実験諸々をしていたと思っているリタたちにとってはアンブル領への帰省が半月遅れただけにしか見えずに、温度差が酷かった。


「俺にそこまで会いたかったなんて、シャインもまだまだ子供だな」

「ふんっ。ルカはおまけだよ? ……でも、やっぱりルカにも会えて嬉しいよ~」

「私もシャインとルカに会えて嬉しいー」 


 飛びつく私とリタをルカはちゃんと支えて、頭をなでなでしてくれた。

 私が帰省する時間に合わせてルカは家に来ていた。召喚獣がどこでも召喚できることでマルガリータと共に一足先にアンブル領へ戻っていたルカだったが、私の帰省を聞いてすぐに駆けつけて来てくれたのだ。


 ルカは領主の娘マルガリータ達とダンジョン潜りで貢献したんだとか。特にマルガリータとは同じ黒飛猫に乗って王都付近のダンジョン下層での魔物討伐を頑張り、多くの報酬を手にしたらしい。その半分は王都とアンブル領の孤児院に匿名で寄付したそうだ。匿名だけど、私に自慢しまくるのは何故だろうか? シャインに勝ったって、勝負いつした? 何に対しの勝った、なのかも分からなかった。中二病の考えることはたまにまったく分からない。


 領地のダンジョン潜りを一緒にどうかと誘われたけれど、「明日王都へ帰らないといけない」と言うとあっさり体に気を付けろと一言残して去って行った。

 リタはお菓子を作ってくれると家に戻って行った。


 祖母が私を手招きして、座らせると「よく頑張ったね」と褒め、抱きしめてくれた。

 祖母は何か気づいているのだろうか。


「親友がね、ノルンの意思を継ぐ者の一人だったんだよ。アンブル領の知恵者なんて呼ばれているが、単に彼女の預言や助言のお陰でしかない。おまけに孫娘が大変な時に何の手助けもできないただの年寄りでしかないがね、シャインを誇りに思うよ」

「私もババ様を誇りに思っているわ」


 私は祖母の腕の中で静かに涙を流した。きっと嬉し涙。 

 多くのことを言わずとも、分かってくれている人がいて、私のことをできると信じ待ってくれていた。それがとても嬉しかった。



 一泊だけで王都へとんぼ返りした私は父と話をしたが、ロキの気配は微塵も感じられなかった。唯一、父も若いころはイケメンだったという点だけが共通点に思える。それも今は昔のこと。

 禿よりも、このぽっこりお腹を気にした方がいいと思うんだ。お腹だけ出てるんだよね。後は少し二重顎気味。


 運動のためにも、息子たちだけに任せずダンジョン討伐参加したらいいのに。だって、父の召喚獣はフェンリルだもの。ダンジョン潜りに最適な召喚獣ではないか。フェンより少し小さくて名前をハティと呼んでいる……。

 ラグナロクの際に月を捕まえるフェンリルですか。フェンの息子と言われるハティと同じ名前、ね。召喚してもらって、思いっきりもふらせてもらった。「憎しみ」の意味を召喚獣に付けるなんて、とは思うが確かに目つきは悪かった。ハスキー犬のように濃い銀色の縁取りが目の周りのクマのように見えるからなんだろうけれど、私の目にはとっても可愛く映った。


 私はすることができた。

 だから、ダンジョン討伐に欠かせないニーズは貸し出すことにした。ニーズは人の話が分かるし、多くの人を乗せることができる。何より強い。下層の討伐には役立つ。かと言って、誰にでもというわけにもいかず、兄たちに任せた。

 以前よりもずっと念話できる範囲が広がっているのも一つ。まぁ、ダンジョンに入ると聞こえないのだけど。


 クレトは、その後世界樹の中と外とで奔走している。国外の人柱をしている王国にすぐ連絡を取り付けたのは、クレトだった。助け出すことが可能なら助け出すようにと。百年超えていれば、分からないが、世界樹に繋がる大木の中に入って数年内なら、すぐに中に入り、救出するようにと指示を出したそうだ。

 それで分かったのは、他の世界樹に繋がる大木の中には木の洞があるものとそれすらない大木があるということだった。装置なんてもちろんない。ただし、人柱は預言で選ばれる王族一人だけ。


 他国での救出作業がスムーズにいくために、この国の世界樹の中で、クレトは光魔法遣いと共に魔力供給を小まめにしていたらしい。

 そっか、私でなくてもいいんだよね。てか、クレトでなくてもいいはずなのにね。

 生まれ年も関係するから、数としては断然少ない闇魔法遣いが貴重なのもあるだろうけれど。


 預言の『光は五つと共にあり、闇すら共にあるだろう』の部分ははっきりしなかったのだけど、クレトは洞の前にあった装置のことを指すのではないかと言っている。光と闇と五つって表現じゃないのは何故と問うと、その前にある魔物と意思疎通できる子が光魔法遣いだと示唆するためじゃないかって。

 ふぅん。ラグナロクが回避できたのだから、ま、いいかな。


 彼は装置に興味を見出し、科学の方面に進むことにしたらしい。魔力を増幅させる装置だとか、魔導具とかもそこには入る。クレトなら、世紀の大発見とやらをしてくれるかもしれない。



 私もしたいこと、やることがある。それは――


――闇魔法遣いのためのポーション作りだ。


 その為に、国からの報酬を闇魔法遣いの紹介、に変えてもらた。だが副宰相により、報酬は報酬でもらえることになったので、報酬を使って薬剤を揃えているところだ。

 私の実験はまだ始まったばかり。というより、その前段階。闇魔法遣い達に体を診断させてもらっているところだ。彼ら自体に問題が無くても、後代に闇魔法遣い特有の病気持ちが現れるかもしれないからか、ほとんどの人は診断を断らない。もしかすると初めての闇魔法遣い専門の医療が誕生するかもしれないと、誰かさんに吹聴されたから、というのもあるのだろうけれど。


 何と、医療機関の中に闇魔法専門科を臨時設置してもらってそこに詰めている。さすがは副だけど宰相。

 冬休みは有限だ。前倒しで学習してあるから、二月末までが冬休みとなる。残り一か月切った。その間に多くの人を診察し、ポーション作りを成功させたいと思っている。


「シャインさーん、ご紹介のご婦人がお見えになりましたー」

「はぁい、今行きます~」


 私は診察室への中ドアを開き足を踏み出した――


 ~完~


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あとがきが二つほどあります<(_ _)>

かなーり、偏ってますが、シャイン視点ということでお許しを(;'∀')

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