第130話

「人柱は最後の手段だ! シャイン、まだ入るなっ」


 叫ぶクレト。

 私は説明不足に気づき、振り返えった。


「違う、違うよ? 人柱じゃないの。木の洞に入ってすぐには意識がどうこうなるものではないんだと思うの。洞に入って目の前のあの装置に向かって魔力を放出したらいいと書いてあったから試してみよう? あれが核融合炉、先人たちが造りたがっていた装置だと思うから」

「はぁぁぁ。びっくりするだろ。気でも狂ったかと思った……。装置か。具体的にはどれ位魔力をどこに充てたらいいんだ?」


 私の下手な説明でも、すぐに理解してくれる。そして、具体的に説明を求められた。

 魔力量? そんなの覚えてない。


「あ……。今ノート持ってくるね」


 えへへとごまかし笑いをして、私はリーヴのノートを取りにまた走りだすことになった。だが、がしっとクレトに腕を摑まれる。


「その手に持っているのではないのか?」

「本当だ! 持ってたね、ノート。あはは。ど、どこに書いてあったかなぁ~」


 私はノートを握りしめていたらしく、クレトに指摘され気づく。恥ずかしさを逃れるため、急ぎ該当箇所を探した。


「ここにね、男性は右側、女性は左側に入り目の前の装置にそれぞれの魔力を全力で通せば、太陽と同程度のエネルギーが地に満ち溢れるって書いてあるの。ただし、木の洞には長いこと留まってはいけないと注意書きがしてあるよ?」

「それって、ラグナロクが終わって地上が荒れ果てた後? 時期分かるか?」

「うーんと、そうだねぇ。炎が鎮火した後にすることになっていたらしい、かな。うん、太陽が昇るのを合図にって記載されているね」


 神話ではラグナロクの始まる前に太陽神ソールは美しい娘を産んでおり、その娘が落ちた太陽の軌道を巡ることになっていた。合図とはそのことだろう。


「なら、海の中から大地を浮き上がらせた力の源になったのかもしれない。それか、大地は他の力かもしれないが、種を蒔かずとも植物が育ったとされるから、そっちなのか……。植物の神とも言われていたバルドルの力か。あの時とは状況が違うのに、全力で力を出していいものだろうか……」

「ええっとね、全力放出の後は、すぐに洞から出て、また次の日同じことをするとあるよ? 詳しい時間はないけどね。木の洞に関しては右側は闇魔法が放出されやすく、左側なら光魔法に対応できるから、効率がいいって」


 クレトは私の説明を聞きながらも、装置の方へ歩み寄り触ったりして調べているらしい。


「固定されているから、方向などもそのままなのだろうな。木の洞は延命装置ではなくて、何らかの増幅機能なのか……」


 最後の方、と言うか先ほどからすでに独り言の域だ。クレトは先人たちが残した装置なども熱心に見て調べていた。

 形も様々な遺留品らは、まん丸なフラスコのような形もあれば、ドーナツのようなトーラス型など色々だった。捻れドーナツ型もあったし、細長い管のような形状のものなど様々だった。

 今、私たちの目の前にあるものは、ただの円柱箱にしか見えないもの。つなぎ目もないから、中を見ることはできない。もしかしたら、中には他の型のものが入っているのかもしれないが、見た目は何の変哲もない円柱、である。


「どちらにしろ、一度試して見ない?」

「分かった」


 ホッとした。中が見たいと解体されたらどうしようかと思った。

 私たちは木の洞の前に立った。だが、一歩が踏み出せない。先ほどは勢いがついていたから、忘れていたのだと思う。ここが人柱のポイントだってことを。


「俺が先に入って一分だけあの装置に向かって魔力放出をして見る。一度出てくるから、俺が無事なことを確認してから、シャインは入れ」


 クレトがそう言いながら笑いかけてくれた。

 あぁ、クレトにはしっかりお見通しなんだなぁ。


「ううん、私も一緒に入るよ。ただ、先にニーズたちに聞いてみない?」

「それもいいか」


 私たちは、ニーズたちを呼び出した。

 だが、彼らは分からないとのことだった。そうだよね。知っていたら真っ先に教えてくれるはずだ。木の洞に関しては、世界樹を通してエネルギーが流れてくるのは分かるらしい。


『基本、聞かれたことしか答えないし、装置とかは僕ら召喚獣にはさっぱり分からないよ。装置を召喚獣に聞きながら造ったというのはお互い相当大変だったと思う』

「そうなのね。先人たちは中央にあるその円柱が何らかの機械であることは感じて、木の洞にも入ったのかもしれないね」


 ニーズの答えに苦笑したけれど、人型じゃないことも思い出していたし、人も召喚獣も出来ることはしていた、のは分かった。


『木の洞に入る必要はないんじゃないか?』

「それは俺も思った。ただ、木の洞が何らかの増幅装置ならそれも試して見たいとも思う」


 フェンの発言に、私は乗り気になりかけたがクレトは気づいていて言わなかったんだと少しショックだ。


「クレト、気づいていたなら、教えてほしかったよ。木の洞を使うのは試して見てからでもいいんじゃない?」

「木の洞の男女の入る位置付けもされているし、稼働条件があるかと思って言わなかった。ごめん」


 ふむ。確かに、ノートには木の洞に入ってから放出とあるし、ある程度の魔力が流れないと動かない可能性もあるのだろうか。それか、魔法のバランスか。

 光魔法だけを放出とは書かれてない。魔力を流すとあるだけで、左側は光魔法に対応できると一言の説明、あれが大事だろうか。


「そうだね。万が一間違って装置が壊れてしまったら意味ないよね。私こそ責めるような言い方してごめんね。リーヴたちは生き残っているのだから、やってみよう」

「了解。フェン、何か異常を感じたら教えてくれ。シャイン、掛け声は俺がかける」

『分かった。任せろ』


 私たちは頷き合って木の洞に入る。

 自分の魔力の流れを感じつつ、手にそれをのせる。


「行くよ」

「うん!」


 私は全力で魔力を円柱にぶつける。

 私たちの魔力が円柱の表を虹色に染め上げながら吸い込まれるのが分かる。その魔力はトーラスの形を描きながら装置の下へと円錐の形に螺旋状に弧を描きながら吸い込まれて行く。

 魔力の流れは見えたけれど、かと言って何か起こる兆しは見えないまま、魔力を放出し続けた。


「出るぞ!」

「うん!」


 私は魔力を止めて、急ぎ洞の外に出た。

 うん、何ともない。体は無事だ。

 ただ、量が少ないのかな……。装置の方は何の変化もない。

 失敗か――



『成功のようだ!』

『うん!』


 フェンとニーズの喜びの声。


「え? 成功なの?」

『そう感じるよ! もう少し頑張れる? もっとやってみて!』

 

 成功と言われて、元気が湧いてくる。

 

「俺はまだまだ大丈夫だが、シャインは無理するな」

「私も大丈夫! それにね、二人の魔力が合わさって虹色に見えたの。光魔法を放出するときのように、私からは光の粒子のような色合いが、クレトからは合体魔物が合体するときの霧のような色合いが見えたものがぶつかると虹色に変わって、それが中に吸収されていったの」

「二人の力が必要なのか。光魔法が振動を、闇魔法が重力波を、そこにプラズマや熱などの力が加わっている? 光と闇に五つと共に、の七つで虹色なのか?」


 あ、預言。クレト知っていたの?

 レイバ領に魔物と意思疎通する童が~のあれのことよね? 最後の言葉に預言が浮かんだ。


『原理なんて俺たちは分からないぞ』 

「あぁ、すまない。動揺して考えていたことが口に出てしまったらしい。シャイン、もう一度試そう」


 クレトは動揺すると独り言を言うの? 顔には出ないし、あまり口にも出ないと思っていたけれど、違うのかな。少し恥ずかしそうにクレトは言ったが、独り言なら私は平常でも言っている。気にする必要は全くないと思うんだ。


「うん。またクレトが掛け声かけてね」

「分かった」


 それからまた同じことをして、外に出てニーズたちに尋ねてを三度繰り返した。魔力放出の時間は少しずつ延ばして。


『もういいよ。外を見てみて』

「外を? 分かった」


 外が映る装置で、外の様子を伺った。

 私たちの目に映ったのは、春の景色。

 え? 前回外の様子を見た時は、木枯らしに舞う雪景色だったのに、雪はどこへやら木には緑の蕾すら伺える。今はまだ一月半ばのはず……。


『見えたか?』

「あぁ。初春の様子が見える。第二番目の剣の冬だったはずだが」

『一気に春にはなったよ。でもね、不思議なんだけど、剣の冬にはなっていなかったんだ。案外フェルマー隊長の言葉も嘘ではなかったのかと思っていたんだよ』


 私は首を傾げ、クレトが尋ねる。


「どういうことだ?」

『二人が世界樹の中に入ったあと、何度か気持ちいい魔氣を感じた。それに預言されていたという次の段階にはならずに、風の冬で季節も止まっていた上、ダンジョンの暴走も酷いことにはなっていなかった。だからアースの意思を継ぐ者がいればという隊長の言葉があっていたのかと思ったんだが、お前たち二人だからかも知れないし、分からない』

「私たちだから? それよりも! もうラグナロクの危険はないってこと?」

『たぶんね。魔物の集団が襲ってくることはないと思うよ。大地が奇麗に整っている。たぶんだけど、世界中どこでも僕たち召喚獣も行くことが出来ると思うよ』


 私はその場に膝をついていた。

 地味に痛い。

 でも痛いのすら、嬉しい気がする。


 ラグナロク、回避したよ!!!


「うわぁああああんんん」


 号泣した。


 …………一時間も。


 びぇえええ状態からえぐえぐっとようやく少し収まってきた。

 人って、結構泣けるものなんだ。実際には、少し涙が止まりそうになっても、また号泣を繰り返す泣き方になっていた。陣痛じゃないんだから、と思うけれど泣くにも波があるらしい。私だけか?


「あ~ぁ、ほらもう泣くな。手でこすったら更に腫れるぞ」


 口ではそう言いながらも、私の横で優しく背中をポンポンとしてくれながら、涙とその他もろもろを拭いてくれた。


「だ、だって、ひっくっ、ラグナロク回避できたって。ずずず」


 こういう面倒見の良さが人間関係の良さに繋がるのかもしれない。……ん? こんなことしてくれてるのは見たことがない……号泣して鼻水垂らすのは私くらいだからか? ちょっと恥ずかしくなったが、フェンの言葉に微妙な気分になる。


『ラグナロク回避ね。これ以降は暴走しないだけで、すでに増えた魔物はどうにかしないといけないよ?』

「あぁ、分かっている。俺たちもリーヴたちのように本当に外に出れるのか、試して見ないといけないな」

「どうやって?」

「玄関口の自動ドア、あれ、装置か大地に魔氣がある程度ないと中からは開かないとかそんな作りになっているかもしれないと思って、ね」

「そっか。外が安全になってから開くとか、何か仕掛けがあるってこと? 分かった。あ、でも、どちらにしろ私たち二人の力じゃ岩戸が開かない?」


 一瞬で青くなる。

 外から何か仕掛けてあったら、二人の力では無理だろう。


『俺たちがいるんだから任せろ』

「どうやって? 洞窟の中は狭いし……ってそこは小さくなれるか。あぁ、中に入れないことはないって言ってたものね。そっか召喚できるのね!」

「シャイン、とりあえず外に出れるのを確認してから召喚しような」

「うんうん」


 頷きながらにっこりと笑い、立ち上がる。

 だが、腰が抜けていた状態が少し残っていたらしく、こけた。

 盛大に。

 手で支えてくれていたクレトのみぞおちに顔面から突っ込む形になり、涙目にしてしまった。いや、だって横にいたのに、こけた私を支えようと正面に回り込んだのはクレトだし……。


「……ごめんなさい。でも、ほら、涙目でおソロだね」

『シャインがまた何かやらかしたのか? そちらの様子を見れないのが残念だ』

「いや、俺のミスだ。すぐに出ようと思ったが、少し休んでから出よう。ここも最後かもしれないし、色々持って出たら貢献できる資料がかなりある」

『二人は自由に出入りできるようになると思うよ。クレトなら大量に持ち運びできるから一度で済むだろうけどね』


 クレトの闇魔法能力はかなり高いらしい。フェルマー隊長はそれを知っていたのかな。だから息子の代わりができると……。


「そうだよ! 隊長の息子も関わっていたらその後この中に入るかもしれないよ! その前に持っていける物は全部持って行ったほうがいいかも!」

「隊長は捕まっていると思うぞ。俺たちを誘拐したのは明白だろうから。俺の護衛が駈けつけなかったように、あの女騎士が他の仲間によって始末されている可能性もなくはないが、最後一緒にいたのは知られているはずだ」


 そうだった。

 そっちがまだ終わっていない! 道理でラグナロクが回避(仮)できたというのに、私程みんな喜んでいないわけだよ。

 大丈夫そうだと言うけれど、クレトの声には緊張が残る。


 私たちはすぐに収納カバンなどに、大事な資料と思われる物を詰め込んだ。

 やはりというか、自動扉は中からもすんなりと開き、クレトは持っていた魔導具に闇魔法を注力して自動扉の場所を隠してしまった。 

 こんな方法が!

 

 目を丸くしている私にニーズを召喚させ、難なく私たちは岩戸開きをして外に出たのだった。

 岩戸開きと言えば……


「天照降臨!」 ……外には燦燦と照らす太陽が昇っていたけれど、小さく呟いた。こういうのは気分が大事。春の日差しも相まって何だがニマニマしてしまう。


「アマテラスって何?」


 小さく呟いたはずなのに、しっかり聞かれていたらしい……。

 クレトさん、そこはスルーでお願いします。

 私は赤い顔を横に反らした。

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