第78話

 学園が夏休みを迎える直前、領地対抗戦のルールが来年から大きく変わると発表があった。変更というより、元に戻しただけだが。


 ・剣と弓は学園が準備したものを使い、なるべく拘束道具を使うこと。

 ・負傷させても、相手の減点にはならなくなること。


 大きくはこの二項目。もちろん、後等部でも適用される。

 今年、たくさんの負傷者が出た。年々エスカレートしていたらしい。

 ポーションで治るとは言っても、心の傷やトラウマは消え難い。斬られた方も次は斬っていくという悪循環だったようだ。

 人数が足りなくて男子生徒の代わりに立っているだけの女子生徒までもが足を斬られ、大声で泣きわめくことまで起こった。


 ヨハンネスのところは、ビアンカが親に泣きついたらしく、そこから領主へと話がいき、他の領の貴族たちと合わせた改善を願う嘆願書が多く学園に届くことになったと言う。全ての領から嘆願書が届いていたらしい。

 元々は競技なのだから、斬る必要はないという意見が多く、生徒たちも同じ気持ちだったようだ。

 上位領地、ムスベル領からも嘆願書が結構な数出ていたという。


「ムスベル領は来年も三位復活は難しいかもな」

「え、どうして? クレト、何か聞いたの?」

「ムスベル領やいくつかの領が率先して、一般の剣を使ったり、拘束道具の代わりに負傷させていたらしい。たぶん監督や裏にいる大人の指示だろうけどな。子供だから素直に従っていたんだろう。相手を傷つけるほうが、楽だし早いからそうやって勝ち進んでいたようだから」

「同じクラスの生徒を傷つけるのはためらうし、気持ちいいものじゃないと思うけど」

「指導者になるためだ、とか説得されたんだろう。でも、斬られた方は痛いからな。以前から反対の声が上がっていた。そこへアンブル領が相手にとって安全な学園指定の剣と矢で勝ち進み、三位を獲得した。さらに反対意見に火が付いて今回の決定になったようだ」


 生徒の安全を考えるべき立場の者が、かえって生徒の安全を脅かすなんて、普通に考えてしないだろうに。


「そう。ムスベル領は騎士団もあるし、良い剣を使えなくても、強いでしょう?」

「上位貴族は多いらしいから、学園の剣に慣れたらまた上がってくるだろう」

 

 私は頷きながら、すぐには変えられなくても、徐々にでも安全に競技できたらいいと思った。



 アンブル領に対する生徒たちの間での評判が高まったとは領主の娘のマルガリータから聞いていた。

 ベルナルドもマルガリータも領主の子供だから、領の騎士たちと共に練習もしているから、ケガをしない、させない重要性を知っている。

 彼女たちが率先して安全性を主張してくれたのは、血を見るのが嫌な私としてはありがたい限りだ。


「ムスベル領に勝つことで、上位領地から敵視されるかと心配しましたが、かえって受け入れられているようで、安心しました」

「試合は試合だよ。自分たちだって、斬られたくはないだろ。やったらやられるくらいは誰でも分かるさ」


 ベルナルドはそう言うけれど、分かってない大人がいたからこそ、生徒が振り回されたのだと思う。 


 領地自体の順位はそこまで変化はないだろうとのことだった。

 たぶん、寄宿舎の順位も今までと変わりないだろう。


 

 私は今年の夏休みでしたいことに取り掛かった。

 それは――


――下位領地の寄宿舎に建物を増築すること。


 建物と言っても、ちゃんとした土台から造るようなしっかりした建物ではないが、それでも前世の知識も総動員して、倒れないように柱はしっかり土の中に数メートル埋める。

 学園からの了解は得やすかった。元々勝手に増築していいと言われていた土地で、試合で城壁を出したのも大きかった。

 壊すところも見られているから、なおさらだろう。

 もちろん鑑定士に耐久年数などの合格はもらわないといけない。


 柱と梁だけでは横方向への力が弱い。でも、大きな建物でなければ大丈夫だろうと、大きさで適当な建物を探して、それを研究した。と言っても、見て回ったり、学園内の図書室を漁っただけだ。

 どうやらドミノシステムなどは使われてないようだ。

 と言っても、私の建築に関する前世知識はあやふやだ。近代建築の構造原理なんて、言葉とあいまいな概念しかない。

 それでも、住宅を大量生産するための構造を少し知っているというのは、建築するうえでは役に立った。


 自分が使うだけの建物なら、単なる『箱』でいいのだが、他の領も使う建物を作ろうとすると、どうしてもある程度の見た目は必要になる。そんなのいらないと言われたら悲しいし。寄宿舎の横にあっても、おかしくはない程度の小さな建物を建てた。

 大きな窓からの採光があるゴシック建築物があれだけの高さを保てるのは、尖塔アーチと飛び梁のお陰であるとは分かっていても、取り付ける位置や角度、圧力までは分からない。


 高さがあれば、それだけ崩れる危険は高まる。

 ゴシック風は取り入れられても、実際には外見だけそれらしくしただけの、ドミノシステム風の建物。

 ガラスはまだ作れない。窓ガラスや他にも必要なものは発注した。

 そして、空調や温度維持などの魔石が必要な部分は、チビ魔石も使いはしたが、ヲシテ文字のお陰で楽に水回りもある建物にできた。


 鑑定士により軽く五百年は持つと言われた。

 鑑定士からの合格ももらえ、できた小さな建物は、自由に使える建物として喜ばれ、私たちの宿舎横には三棟建てることになった。

 小さいと言っても、ホールやキッチンとトイレがあり、一棟に各部屋は五つある。

 さすがに各部屋にトイレなどを付けることはできなかったが、部屋は十分な広さとクローゼットスペースがある。

 二棟は部屋数を少なくして、共同スペースとしたが、元々アンブル領が使っていた宿舎は十分な広さも設備も整っていたから、私専用に一棟を使わせてもらい、ポーション作りの拠点が出来たのだった。


 下位領地にも建ててあげることにした。

 無償ではないのだけど……。

 下位領地は最初こそ戸惑っていたが、夏休みも終わり、実際に使って快適であることにとても喜び、お礼をしたいと言われた。

 待ってました!

 あぁ、腹黒なのがばれる。


 「隣の森にある薬草をたまに採ってほしい」とお願いをした。

 一度に採ると薬草がなくなるから、本当にたまにでと、念は押した。

 宿舎の近くに森があるのだ。貴族子女はしないから執事や侍女たちの自由時間を奪うことになったかもしれないが、その執事たちも使う建物になったようでお礼を言われた。


 「薬草代は払う」と言えば、「ガラス代に充ててくれ」と言われたが、採るのが特待生や執事たちである以上、そこはきちんと払うことにした。

 私は卒業するまでの薬草採りの時間を浮かせることができ、その後も下位領地は薬草を乾燥までして、兄の執事ホセに売るか、冒険者ギルドへ売り、お小遣い稼ぎを覚えた。

 建物が出来ることで領地ごとの下位領地の宿舎になりたくない、という意識が下がり、生徒同士の心の変化にも徐々に表れていくこととなる、嬉しい副産物もあった。また、領地関係なく錬金術の才に長けた生徒たちが意見を交換しあって、実際に建物を作ってみたりと新しい創造の場にもなっていく足掛かりになっていった。


 いろいろなことがあったが、二年生の領地対抗戦では、戦いではなく競技という雰囲気の中、試合が行われた。

 ベルナルド、ランバート、監督に向いていたコーチ役の二人がいないこともあり、順位こそ落としたが、他の領の生徒たちにとっても充実した試合となった。

 また、コーチ役を自分たちでしていると聞いた他の領も真似をし始め、チームワークを育てたり指導の楽しさを感じることなったという。


 二年、三年になっても、クラスの生徒も先生も同じ繰り上がりで楽しい学園生活を送ることができた。後等部で分かれてしまう前に、楽しい思い出を作ろうとするクラスメートのお陰で、笑ってばかりの合宿や修学旅行をおくり、破目を外し過ぎだと怒られもした。他領の地下鉄の中には途中から地上に出て走っている部分があり、透明な筒状の中を走る地下鉄から見る景色は絶景で、それだけでも楽しい時間となった。


 三年の領地対抗戦では、私とクレトは出ず残りの男子生徒が交代しながら参加した。クレトは文官のほうへ進むことを決めたから。それでもアンブル領は全体的にチームワークもありベスト六入りを果たした。一度勝つだけだけだからというのも大きかったが。


 学園に入学して三度目の夏が終わり、私たちは新しい制服に袖を通し、後等部へ進んだ。

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