第116話

 学園舞踏会とワイルドハント祭りも終わった途端、一気に気温が下がり冬が到来した。二十度が一気に落ちた。

 気象庁から発表されていたことではあったけれど、あまりのその変化に戸惑う声が多い。


「今年は厳冬になるとは言われていたけれど、この寒さはあんまりじゃないのか?」

「そうだね。すでに夜はマイナスだそうだよ」

「氷点下か。道理で霜が降りているのを見たよ。変化がないのはダンジョン内くらいか」


 ため息をつきながら隣を通り過ぎていく男子学生たち。

 町ではダンジョン内に逃げるかという冗談も聞かれるくらいなのだという。でも、ダンジョンは元々魔物の住処。いくら気温が下がったとしても、常に危険が伴う場所でどうやって人が住むというのだろう。おまけに去年から集団暴走が始まっていて、冒険者だとしても、ダンジョンを居住地に、というのは避けるべきだと思う。

 それでも、まだ十一月。本当の寒さは十二月から。


 風の冬、剣の冬、狼の冬が来ると発表があった。

 あの預言書と同じ表現……。フィンブルヴェトが発生することがラグナロクの前触れだとは言わないけれど。風がヒュウヒュウと音を立てて厳冬になることはあるのだし。

 だが、気温でいえば風の冬が氷点下二十度、剣の冬は氷点下四十度、狼の冬は氷点下六十度以下の世界。


 現象からは別名、ダイヤモンドダストの世界、樹氷と白霧の世界、星の囁きの世界と言われている。ダイヤモンドダストとは光でキラキラと輝く細氷のことで、樹氷は木に氷の花が咲いたように見えること、白霧は海の上にたつ毛嵐のことで、星の囁きというのは、吐く息の中の水蒸気が凍るときの音のことを言う。言葉だけ聞くととても幻想的で美しい世界だが、実際氷点下六十度に覆われたらあらゆる分野で支障が出てくるだろう。

 支障はすでに学園でも表れているわけで、その一つが授業の前倒し。一日に二時間ずつ授業が増やされた。不満が出ないわけではない。だが、寒さという体感を伴う変化と国からの発表があったことで、従っている状態。


 私はといえば、預言書の言葉が展開されつつあることに戸惑いのほうが大きい。

 念のために、量産に体温維持機能付きの手袋やマフラーなどを付け加え、大量に生産できるようにポーションの準備をしていた。


 ちょうどタブレットにホセから連絡が入り、イヤホンとマイクを付けた。

 授業が終わった時間を狙って連絡してくれたのだろう。


「はい、シャインです。ホセさんどうかされましたか?」

「シャインさん、急で申し訳ないのですが、できている量産用のポーションがあれば送っていただきたいのです」


 もう学園の執事ではないからとようやくお互いをさん付けで呼ぶようになっている。同じ領の貴族なのだ。年上の先輩にもあたるから、さまも遠慮してもらっている。私の護衛をする時だけは様付けに変わってしまうこともあるけれど、社交界では私もホセ様と様付けするのだからお互いさま。


「はい、全部送りますね。たくさんあるので役に立てそうですわ」

「ありがたい。大量生産をおっしゃられていた分、すでに完売したそうです。また、気温調節用の魔導具を作ったほうがいいという領主への提案に領主からお礼を言われたと、子爵様のお言葉です」


 去年から魔石だけはこの国に豊富にある。集団暴走もマイナスの面だけではないということなのだろうか。気温維持の魔導具がどれ程追加で必要かはわからないが、たぶん既存の物で足りるとは思う。でも、念のため、作るなら温度調節のものをと領主へ伝えてもらっていた。預言書の追加を早めに知ったので、それを伝えただけだけど。


 王都の建物などは窓も全て二重窓で、部屋の周りには回廊だったり、町でも屋内のベランダもあり、採光の技術がありながらも厳冬にも耐えられる造りだ。だが、アンブル領だと窓は一重でしかないし、ベランダも開放されている。テラスなども多く、窓の大きさも大きい。領主の館をはじめ、数軒だけが二重窓だったり回廊がある造りをしてはいるが、貴族街だけの話であって、町のほうは氷点下五十度の世界に耐えられるだろうか。


「これはまだ予想ですが、十二月から二月までは学園は休校になるでしょう。冬の間はお父様たちは王都の屋敷を使うと思いますので、私も十二月は厳冬に対応できるような魔導具を王都の屋敷のほうで作りたいと思っています」

「魔導具とは、気温調節の物ですか?」

「いえ、建物自体を守る結界に温度調節が入るものを作れないかと思いまして。あとは魔導具といっても、魔石の要らない魔具になりますが窓に透明なフィルムを貼って温度が下がり辛くするような物を魔物の糸などから作れないかと思い、今、色々と試作中なのです」


 単なる温度が下がり難くする物にすぎないのだけど。

 透明フィルムとは前世の知識からのもの。梱包の時に使った気泡入り緩衝材、あれを窓枠まで全面に貼ると半透明な二重窓程の節電効果がある。窓だけでは足りないとは思う。カーテンでもいいのだけれど、隙間ができるから、隙間ができない採光可能な半透明カーテンもどきを目指している。


 部屋の暖かい空気が窓ガラスで冷やされ、冷気となり降りてくるダウンドラフト対策ができないかと思っていたのだが、ホセと話をして温度調節の魔導具だけで大丈夫ではないかと。厚手で長いカーテンを買い替えることさえ、平民にとっては大変だと言われて、自分の盲点に気づかされた。作ったものが高価だと買える人は限られるだろうし、量産してそれが市場に出回るまでに時間が今年は足りないだろうということで、それらは却下になった。ぐぬぬ……。

 いや、できる前に気づかしていただけ、よかったと思おう。


「結界は、王族独自の魔法のはずですが……」

「あー、結界もどきを作れないかなぁと思っているだけ、です。できるかも分からないですし。はぁぁ。何か足掻いているだけで全然進まない感じです」

「いえ、色々なアイディアを思いつくこと自体はすごいと思いますよ。ただ、今回は特殊な緊急事態ですから仕方ありません。それらのアイディアがいつか役立つといいですよね。ただ、大人たちの仕事はそちらに任せて下さい。一人でしようとせず、頼ってくれたいいんですよ」


 ため息と上手くいかない気持ちを吐露してしまったが、苦笑しながら慰めてくれるホセにありがたいと思う。私は人にお願いすることが多いと思っていたけれど、ホセからしたらまだまだ甘えていいらしい。器の広い男性は好きです! 

 そういえば、頼んでいたモコモコグッズのできあがりはどうなったかな。

 着ぐるみ系のパジャマなどが欲しかったのだけど、それらはほぼ却下され、子供用の可愛いフードマントに耳を付けたものだけは作ってもらえることになった。


「耳付きのフードやカラフルなマルラーとかの売り上げはどうでしょうか?」

「それが、すごい売り上げなんです。フードマントは待ち状態でして」

「え? 試作品をいただけるという話は?」

「あぁ、申し訳ない。試作品のウサギさん用を子供サイズで作ったそうなんです。それをランバートさまがご親戚の侯爵家の子供のお誕生会で差し上げて。そこから他の貴族から注文がすぐに入ってしまいました。マフラーもカラフルな糸の服は売れないと言う説は何だったのかと思うくらい、小物だからか人気があるそうです。もちろん、寒くなったのもあるのでしょうが」


 試作品のあらいぐまを私サイズでお願いしてあったのにぃぃぃ。

 工場がフル稼働しているときに、趣味の物を作ってほしいとは言えず、泣く泣く来年約束を期待して待つことになった。ホセが申し訳なさそうに謝るのだもの。彼のせいじゃないし、仕方ない。

 どうしても欲しいなら、リタさまという私の女神がいるのだ。別に量産で作ってもらう必要はないのだし。  


 カラフルな糸を大量に生産した工場があって、売れず倒産の憂き目にあったものを安く仕入れた物が余っていた。それをマフラーや靴下など小物にして、体温維持機能を付けて安く売ることにしたのだけど、それは人気があるようで嬉しい。

 と言っても、それらを買い付けた、というか半ば泣き落としで押し付けられ人助けしたのはランバートだ。私は小物に使うのはどうかと提案しただけ。売り上げはポーションだけとなる。マフラーや手袋は毛糸でなくても、細かく縫い上げてそれを袋状にしたりと二重にし、体温維持機能まで付けたから、温かいそうだ。


「人が何色に反応するかなんて、分からないものなのですね」


 そう。アライグマのフードと言った時も、色は黒かこげ茶色にされそうになり、ぜーったい、黄色で! とお願いしたのだった。私が水色の象さん柄が欲しいと言ったら、象は灰色ですと言われた……。

 可愛さを求めて作ろうとしているのに、色からして地味とかやめて。

 そういえば「クマが黄色で、ネズミが赤ですか? ウサギの白にピンクは理解できますが……」と言われていたんだった。


 器の広さと遊び心などの感覚の違いは別物だね。通話を終えて思う。

 これがルカだときっと「怪獣合体で恰好いいものを作ろうぜ」なるのだろうなぁ。キメラを見たからね。ライオンとウルフ付きの頭に、しっぽは毒蛇か……。それが恰好いいかは、私にも理解不能だけど。重そうだとしか言えない。


 

 宿舎で夕食が一緒になったルカに尋ねる。


「ルカ、着ぐるみ作るとしたらどんなの着たい?」

「ん? 着ぐるみかぁ。そうだな。急に言われてもなぁ。それに着ぐるみは恰好よさとは反対側にあるものだし、俺には似合わないだろ」


 は? それは自分が恰好いいと言っているかね、ルカ君? と言いそうになるのを喉元で何とか押さえる。


「ふーん。この前のダンジョンで見た合体魔物のよう――」

「お! それならいいな! ライオンや鷲がいいけど鷲は使えないだろうから、やっぱり鷹かなぁ」


 うきゃきゃきゃ。

 やっぱりルカはルカだ。スプーンを置いて真面目に悩んでいるルカを見ながら、吹き出さないために、私もスープを飲めずにいたが、着ぐるみ仲間がいることに嬉しくなる。


「シャイン、ウルフにトサカ付きのフードはダメだからな」

「クレト、私にそんな合体動物は要らないの。可愛さで勝負なんだから」


 クレトの心配は無用だ。

 だが、隣の席にいたテオハルドたちに言われる。


「着ぐるみで勝負とか、シャインの思考はまたブラックホールへ旅行中らしいね」

「しょうがないよ。シャインだもん」

「そうそう。うきゃきゃきゃと笑う後等部の女子はシャインくらいだからね。舞踏会ではどこの美少女かと二度見したけど、こっちが本来の姿だよなぁ」


 あ、あれ?

 心の中の笑い声が漏れていた?


 ルカたにんを笑おうとして自分が笑われている……。

 人を笑わば穴二つ。

 私はこの日、宇宙の真理を知った。

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