第117話

 冬休み中に読もうと思い借りた本の中に神話の本があり、出発までの空き時間にパラパラとめくっていた。この世界が九つの世界からなっているという一文を読んだとき、浮かんだのは前世の知識、九星気学のことだった。


 私がポーションに役立てている『漢方の考え方というのは、気学が元になっていた』と思い出した……。

 気学には九星という観念もあるが、三界という分類もある。

 天界、地界、人界に分かれていて、天界は宇宙のエネルギーで太極と五気を、地界は地球のエネルギーで十二支を、中間に位置する人界は天界と地界の間で循環するエネルギーで九星の気があるとされていた。

 太極は陰陽で十干を表し、五気というのは、五行の『木・火・土・金・水』のことだけど、これはたぶん五大元素にあたるものだ。『空・火・土・風・水』なのだと思う。

 

 また、北欧神話の世界観でも、三界はある。

 天界、冥界、人界の三つ。冥界と地界という言葉の違いはあっても、まんま地底世界のことだと思う。

 三界に九つの世界があるとされていて、それらは世界樹で繋がっている。


「前世東洋の気学と北欧神話って根本は同じもの?」


 そんな疑問が浮かんでしまう程には、同じような世界観。

 北欧神話は天界に神という存在を作ってはいるが、気学の世界では宇宙エネルギーという人智を超えた存在として扱っている差などはあるけれど、基本構造が似ている……。


「私が漢方の知識をこの世界に取り入れることができたのは、同じ宇宙の理だから?……」


 うーん、ちょっと違うかなぁ。

 だって、漢方って体質に合わせて飲むものだけど、ポーションに入れてしまうと副作用もなく、今のところだけど万人に合う薬になってしまっている。生年月日からでもその人にあう漢方を出してくれる国も確かあったはずだし、漢方が気学の考えを取り入れてるというのはあるのかもしれないが、ポーションに活用できていることが気学とこの世界が通じるものがあるからと結論付けはできそうにないと思い至る。

 漢方のよいとこどりを出来ただけ?

 何かすごいことを思い出したのかと思ったけれど、そうでもなさそうで少しがっかりしてしまう。


 前世の東洋と西洋に同じような世界観があっただけ、なのだろうか。

 東洋では世界樹が桑で、その名を持つ桑寄生がヤドリギのことだった。北欧神話では、ヤドリギはとても大事な役割をしている。ロキがオーディンの息子バルドルを殺すのに、使ったものだけど、ヤドリギというのはツタ植物で、クリスマスリースになるような細い枝でしかない。

 だけど、五大元素の『空』が気学の五気の『木』に当たるとしたら、世界樹という木で世界が繋がっていたり、空と木は同じような性質を表しているのかもしれない。


 重力レンズを使い星の重さは測定されている。そしてその星間にある空間暗黒物質ダークマターにも重さがあることは知られている。

 宇宙にある観測できない正体不明の存在を暗黒物質と暗黒エネルギーと定義しているのだけど、それが九十五%もあるという。でも、重さもあり、存在している。目には見えないとしても、ないわけではない。

 くうはカラではない。


 北欧神話では最初には虚無だけだったとあるけれど、虚無とは無いのとは違うらしい。虚の中には空が内在されそれは何らかの宇宙のエネルギーなのではないだろうか。だからこそ、この世界が生まれたのだと思う。空気だって電気だって目には見えないけれど、不可視の世界にも存在するものはあるのだから。

 東洋にエネルギー学でもある気学という世界観があり、それを西洋では神話で説明したのだろうか。エネルギーを魔力として使っているこの世界に存在する不思議。


 東洋でも西洋でも科学でもきっと感じていることは同じ。そんな気がした。

 気学は現象の前の段階を知り、それを生かすことで幸せになろうとする学問だと思うけれど、その世界そのものが展開している魔法のあるこの世界――。



 コンコンコン

 扉がノックされる。私は本から顔をあげ、応えた。


「はい」

「階下でクレトさまがお待ちです」


 ローサ夫人が伝えてくれる。いけない、約束の時間過ぎている。

 私は急ぎコートをひっかけ階下に降りる。


 ローサ夫人は生まれは伯爵家。男爵家に嫁いで今は男爵夫人になったけれど、元は伯爵家のお嬢様なわけで、れっきとした高位貴族だった。それが学園で私の侍女になったことで私にはもちろん平民の生徒にも様付けをしないといけないことに気づいたとき、少し微妙な気分になった。

「申し訳ないです」そう言った私に、「すべて私自身が選んだ道ですから」と笑顔で答えてくれた。子供を育てて、子供から学ぶことのほうが多いこと、誰にでも学べることはあるのだと感じるという。貴族と平民という壁すら彼女の前では透明になるらしい。九星気学の中に一白水星という星がある。その良い象意として、人の壁に穴を開けるという意味があった。王族から平民までの人間関係を難なく過ごせるローサ夫人は一白星の恩恵が大きいのかもと先ほど本を読んで思い出した気学と合わせて感じた。

 ありがたいと思う。そういえば、ローサ夫人の息子ロレンツォは魔心臓が三つ活性化していたから高位貴族だろうと思って違ったんだっけと思う。魔力量が多く優秀でも、剣技も優秀で友人たちに好かれるのは彼の努力だし、周りの家族の陰ながらの援助があってのことなのだろうなぁと、立ち振る舞いの美しいローサ夫人を前に思う。


「ローサ夫人とはここで今年はお別れですね。来年暖かくなり、学園が再開されたらその時にはまたよろしくお願いいたします」

「侍女ですのに、いつも長い休みをいただいて感謝していますのよ。体には気を付けて寒い冬を越されてくださいね。何かあったらすぐに連絡してくださいませ」


 暖かく微笑むローサ夫人に私は腰を膝より深く曲げ丁寧なカーテシーにお礼の気持ちをのせた。


 待たせたクレトと共に近くの馬車乗り場まで移動する。

 うぅ、外はさすがに寒い。私はぶるっと体を震わせてコートの襟をぎゅっと合わせた。まだ寒いの感覚で済んでいるけれど、氷点下六十度とかになったら、寒いを通り越して痛いのかなぁと想像してしまい、頭をふって嫌な考えを追い払う。

 冬の暖かグッズは結局できなかったけれど、温度調節機能がついた小物類は上級ポーションもあったおかげで量産は順調で、すでに他国にまで輸出されているそうだ。寒さはこの国だけの問題ではないから、他国の人々も無事に過ごせるといいなと思う。


 冒険者の働き場所はダンジョン内だから問題なし。流通も物は魔法陣で送れるから、そこは大丈夫……。

 魔法陣で思い出す同音異義語の魔方陣。


「魔方陣って魔法陣をもじってる?」

「魔法陣がどうかしたか?」


 クレトから聞かれてまた独り言を言っていたと気づく。何でもないよと白い息を吐いた。

 魔方陣は、正方形の方陣に数字が配置されてあり、縦・横・対角線の列の数字の合計が同じになるもののことだけど、気学の方位を描いた遁甲盤と同じだなぁと思う。魔法陣から魔方陣ができたのか?……卵が先か鶏が先かの論争になりそうで思考をストップする。


 学園は前倒しした授業のおかげか、十一月末にとりあえず三月初めまでの長い冬休みに入った。休みは休みで楽しもうと思っているんだ。

 私とクレトは王都のほうで十二月を過ごすので、いったん王都の屋敷に二人で向かう。クレトは明後日から王都にいる知り合いの家に厄介になるらしい。


 リタとルカは朝早くアンブル領へ出発した。

 馬車に乗り込みながらクレトが申し訳なさそうに言う。


「学園で過ごしても良かったんだが」

「宿舎は閉じてしまうから外にある建物しか使えないでしょう? 食事も収納カバンがあって温かくても一人で食べるのは寂しいわよ。クレトと一緒なら私も楽しいし遠慮はいらないよ」


 馬車の中は温度調節がなされているから暖かで自然とほほが緩む。

 護衛も一緒だから、クレトとは学園でのとりとめない話をする。

 だが、学園を出るところで、伝言があると紙切れを渡され戸惑う。連絡ならタブレットもあるのに、とは思うが紙切れを広げて見る。

 そこにはキンダリー先生からで、時間があるならでいいが、見てほしい薬品があり大聖堂にいるからと書いてあった。宿舎に連絡したらもう出た後だと言われたと。

 大聖堂なら第二裏口のほうが近いし、すでに門にいるのだから、一度出て裏口から入るほうがいいだろう。私はクレトに了解をとり、すぐに御者へ裏口から再度学園に戻ってほしいことを伝えた。


「それは本当にキンダリー先生からか?」

「門番が連絡受けた代筆だから、どうだろ。一応連絡してみるね」


 クレトに言われて、私も念のためタブレットを手にとった。学園内で危険は少ないとは思うけれど。

 キンダリー先生はあっさり出てくれた。声だけでない姿も見える動画通話で。


『実験に熱中していたらこんな時間になってしまい、すまない。シャインさんは先回の遠征であの合体した魔物を見て、分解だったかな? したと聞いたよ。その合体の薬品になるかもしれないもが手に入りそうなんだ』


 興奮したように薬品の話をするキンダリー先生は、薬品作りが好きなんだろうなぁと思う。私はすぐに着くことを伝え一度切る。

 通話中にすでに学園内に入っている。一緒に付いてきてくれるというクレトと護衛と共に私たちは大聖堂へ向かう。学園が閉ざされてしまっても、ミサなどがある大聖堂は公開されていることが多い。だから大聖堂での待ち合わせなのだろう。


 私は馬車から降り立ち高くそびえ立つゴシックの塔を見上げ、前階段を登る。重厚な扉を開けてもらい中へと足を運んだ。

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