第25話 ランバートside
名はランバート・レイバ。
レイバ伯爵の次男として生を受けた。
父は南の島の領主だ。四代前からナリア諸島を領地として任されている。
そんな父の周りには多くの人が集まるが、今日は平民の薬師が来ていた。
執事の一人が「アンブルの知恵者だ」と話しているのを聞いた。なぜか、父との話を聞いてみたいと思った。
応接室の隣の部屋からそっと中を伺う。
父と女性の声が聞こえる。女性の声が少し歳をとっている感じから、町の薬師だろう。
「それでは、魔物と会話をしたとうのか!……預言の子か。まさかそなたの孫がそうであろうとはな」
「預言の者とは限りませんよ」
「たしか『魔物と意思を通じる童がレイバ領に現れる時、神話の最終章が近づく。光は五つと共にあり、闇すら共にあるだろう』だったか」
預言? それもレイバ領に関する預言があったのか。父から聞いたことがないが……。
「それも本当に成されるのか、預言は預言でしかありませんからね」
「とは言っても、預言通りレイバ領で起きた、とうのがな。大人でもなく子供であったという点も符号はするな」
「でも、この預言を残したとき、すでに彼女は精神状態が普通ではありませんでした」
誰の声だろう。もう一人男性がいるらしい。
「魔物と会話をしたとき、一緒にいたのが全部で六名だったか。シャインという名が光という意味で、五つと共にありというのがその他のパーティメンバーを、闇すらというのが魔物を指すなら、その者たち全てが何らかの関係があるということになるな」
「そして、その魔物からもらったものでシャインが作ったのがこのポーション。私の鑑定では毒や副作用もありませんでした。シャインが言ったという効能で間違いないかと」
もう一人はどうやら鑑定士か、少なくとも鑑定のスキルを持つ者らしい。ポーションを子供が作ったのか?
「このポーションが本当なら素晴らしいと思うがな。それが神話の最終章とどう関係があると言うのか……」
「ポーションと最終章とは直接は関係がないかもしれませんね。そもそも最終章というのがどこを指すのか、定かではありませんし」
神話の最終章とは何だっただろうか……。
「五つとうのが属性や他の可能性も考慮しないといけませんが……」
「先ずは私の娘にポーションは飲ませてみます。効能は追々分かっていくでしょうが、『悪神の目がこちらを向いている』など他の預言も気になりますし、シャインの行動には気を付けておきます」
「そうしてくれ。シャインが預言と関係があるのか、先ずはそこからだな」
その時、自分を探す家令の声が聞こえたので、その場を離れた。
詳しくは分からなかったけれど、シャインという者が魔物と意思疎通をしたというのは分かった。
家令が自分を探していたのは、次の日、この地の領主の娘が遊びにくるという先ぶれのためだった。そこでシャインの話を聞くことになった。
招待するときにはぜひ自分も呼んでほしいとマルガリータに話し、すぐにその願いは叶えられた。
――そして招待日当日。
初めて見たシャインはマルガリータの兄、ベルナルドに絡まれていた。確かに珍妙な髪だ。ツートンカラーだと。初めて見るその髪色はそれだけで良くも悪くも話題になるだろう。その艶やかできらびやかなイメージと共に。
振り向いた顔は痛さで涙目になっていたけれど、それが美しい瞳をさらに輝かせていた。自分でも気づかぬうちに、帰ろうとする彼女を思わず引き留めていた。
それからは見るとはなしに観察してみたが、マカロンを前にぱぁぁああという効果音と共に顔に笑顔が咲いているのを見た。お菓子好きな女の子にしか見えない。相当な美少女ではあるが。ただし、嫌いなのだろうミント味を前にすると眉の間にしわが寄り、それが困った顔をした子ザルを連想させた。
貴族なのに表情の管理ができていないのは、平民の町で暮らしているからだろうか。
ショコラとアプリコットのマカロンをそっと渡すと、全面信用・信頼しています的な表情を向けてきたのは、さすがに見間違いだと思いたい。
レイピアの腕を見られるかと思ったが、はっきりと辞退していた。
せっかくのドレスだし、また次の約束を取り付けたほうが得策だと思い、助け舟を出したら、試合後にはあちらから汗を拭くための布を渡してくれた。
魔法陣を下着につけたものを量産できないかという案を口にしたシャインは、聞いていた六歳という年齢には確かに思えない。
だが、しっかりしているかと思えば、お菓子さえちらつかせると、途端に年齢以下に見えてくる残念さが垣間見えて、もう少し知りたいという感想で終わった。
その後、何度かシャインとは会い、話をする機会があった。というより、自分から積極的に動いて、マルガリータのところに来るときだけでなく、薬の配達で来るときも偶然を装って会うようにした。
たいがい、お菓子を持っていると、それがたとえ小さなチョコ一粒だとしても、頬が緩み切った顔で受け取ってくれ、その後の話がスムーズに進んだ。
領地の話もした。
「ナリア諸島に行かれることもあるのですか?」
「父について行くこともあるけれど、虫が多くてね。特に蚊が多いのが嫌で、行くとしたら冬の時期くらいだね」
南の島の虫はかなり大きい。蚊の被害は毎年島の悩みの種でもある。
「蚊ですか?」
「去年などは感染症が酷かったよ」
「蚊を呼び寄せる蚊取りハウスはどうでしょうか?」
「蚊取りハウス?」
「はい、ブラウンシュガーとお湯とドライイーストを入れておくと、汗の匂いと間違って蚊が寄ってくるんです。発酵して嫌な臭いを出すくらいじゃないと寄ってきませんけど」
「試してみる価値はありそうだ」
詳しく聞いてみたいと思う。それで死者や後遺症に苦しむものが減るのなら領地にとって幸いだろう。
「蚊が嫌がるハーブもあります。ゼラニウム、レモングラス、シトロネラ、ユーカリ、ペパーミントとか」
「薬師見習いだけあってよく知っているね」
「一番は、足をよく洗うことですけど」
「足を洗う?」
「蚊は足の匂いに寄って来るようです。でも、原因の水たまりを作らないようにすることができたら最高かと」
他にも色々な対策を知っていた。これは知恵者の孫だからなのだろうか。
知識の豊富さと言動の幼さがちぐはぐなのだ。そのアンバランスさが一種独特で目が離せない。妹がいたら、こんな感じなのだろうか……。
彼女が作ったというポーションを母も飲んだらしい。魔物からもらったもので作ったポーションということを知っていたから、心配したが、急激な変化はなく、一安心した。
その後、数か月経つが具合が悪くなることが減ったようで、何よりだ。
シャインをこれからも注視していくつもりだが、母のことでは感謝しているし、お菓子を与えるのが楽しみの一つになってしまっている自分に戸惑いもしている……。
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