第23話
領主の家に行く日がとうとう来てしまった……。
初めての貴族として招待されたお茶会。
でも、マルガリータとの最初の出会いが強烈すぎて、素直に喜べない。
いきなりレイピアで襲われ、年上のマルガリータから「お姉さま」と言われたのだ。
グダグダと考えていたら、いつの間にか領主の館に到着していたようだ。
いつもの家令に連れられて、応接室へ向かう。応接室の扉の前で一旦立ち止まったときだった。私の髪が後ろにぐっと引かれてたたらを踏みそうになる。
少し涙目で何が起こったのか、振り返るとそこには、カエル、、もとい、領主の息子のベルナルドが私の髪を手に持っているのが目に入る。
「これ染めてるのか?」
「……染めてません。痛いのですが、離していただけますか」
「ベルナルドさま! お手をお放し下さい!」
家令が慌てて、ベルナルドに言っているが、しげしげと私の髪を見ている彼は「どうなっているんだ」とか言っている。
そこへ中で待っていたらしいマルガリータが現れ、目を大きく見開いたかと思うとぺシンと兄の手を払う。
「お兄様! 私のお友達になにをしてらっしゃるの?!」
――あ、お姉さまから友達になってる。
「この髪、染めてないらしい。なぜ二重なんだ? こんな変な髪マルガリータは見たことあるか?」
「まぁ、染めてらっしゃらないのですか?! 不思議ですこと!」
二人で私の髪をしげしげと見る横では家令が一人慌てている。
私は少し息を吐くと、彼らに答える。
「この髪の色は生まれつきです。理由は分かりませんが、途中でピンクから金色になるのです」
私は自分のハニーピンク色の髪を説明する。母は普通のハニーピンク色。つまり、全体が少しピンクがかった金髪なのだが、私はピンクが途中で金髪になるツートン・グラデーションなのだ。
確かに、珍しいかもしれない。お気に入りだけど。
一歩下がって、彼らに言う。
「私にとっては大事な髪ですけれど、この髪がベルナルドさまにとってご不快を与えるなら、この場を辞退して帰らせていただきたいと思いま――」
「ベルナルドが謝るべきだろうね」
私が言うのを遮り、現れる紺髪の少年が一人。誰? 折角の私の退場チャンスを!
「ランバートさま、いらっしゃいませ」
私の発言に慌てた様子だったマルガリータが、嬉しそうに少年を見るとスカートを持ち軽く足を曲げ挨拶する。
「マルガリータ、招待いただき感謝する。ベルナルド、久しぶりだね」
「ランバートさま、来ていただいて、嬉しいですわ。こちらのご令嬢はマディチ子爵家のシャインさまとおっしゃいますの。シャインさま、こちらはレイバ伯爵家のランバートさまですわ」
私は微笑みながら軽くカーテシーをする。うわっ、もう一人の領主の息子だ。
「お堅いのは、ここまでにしようよ。シャインと呼んでも? 僕たちの二歳下だと聞いてるから、いいよね」
微笑みながら言うランバードは、すでに私のことを知っているらしい。
「おい、シャイン、手合わせしよう」
こちらのカエルは許可なくすでに呼び捨てですか……。
「お兄様ったら、まだお茶もしてませんのに。でも、シャインさまが望むなら手合わせからして差し上げても良くてよ」
兄を咎めつつも、嬉しそうなマルガリータ。
「あの、私お茶会に招待されるのが初めてなのですが、手合わせというのは、何でしょうか?」
自慢の髪を変扱いされたお詫びの言葉も未だですしね、お茶についているであろうお菓子もお預けになる私からの衣装返しのつもり。
「シャインは先にお茶をして、話をしてからのほうがいいみたいだね。二人とも、レイピアはその後でも十分だろう?」
あら、ランバード、いい人だった!
ホッとした顔の家令に促され応接室に入る。
ベルナルドは手合わせと言っていたわりに、一番にソファにどかりと座りくつろいでいる。
「紅茶にドライフルーツを入れるのが最近流行っているのよ。何がいいかしら?」
「俺はスパイス」
「僕はオレンジがいいな」
「……ではオレンジでお願いします」
何があるか分からないから、前ならえしてみた。
「今日のスィーツはマカロンを準備しましたわ」
執事と侍女たちが持ってきてくれたのは、色とりどりのマカロンタワー!
喜声を発しなかった私を褒めてほしい。でも、顔に出ていたらしい。
「シャインはマカロンが好きなのかい? 王都で一度しか僕も食べたことないよ。よく知ってたね」
ランバートに言われた。
そういえば、父のところでもマカロンは食べたことがない。
「何味がお好き?」
「アプリコットとショコラ、ピスタチオも好きです」
「ピスタチオなんてあったかしら? どこのお店のですの?」
しまった。ピスタチオはないようだ。やはり前世の記憶らしい。
「すみません、勘違いしていたようですわ。そのミントブルーのです」
「あぁ、ミントね」
「歯磨き粉味が好きなのか、変わってるな。シャインが全部食べていいぞ」
ぐぬぬ。ミント味だった。ミントチョコも食べられないのに、まさかのミント味マカロン! 折角のマカロンが苦手なミント味とか、やめて。
ベルナルドの余計な言葉で、執事がミントのマカロンばかりをサーブしてくれた。がっくり。
「ベルナルドさまの瞳はこのミントマカロンのようなエメラルド色なのですね」
嫌味は許してほしい。
「高貴なエメラルド色だとよく褒められるぞ」
……あ、通じなかった。
自慢気なベルナルド。私の敗北だ。
でも、ショコラとアプリコットのマカロンをランバードが載せてくれた。
まぁ、ランバード、とてもいい人!
そういえば、ランバードはとても優しい雰囲気の整った顔をしている。まだ子供なのに紳士的な言動がよく似合い、すでに洗練された雰囲気を持っている。
「ランバードさまは、女の子に人気がありそうですね」
「お、よく分かったな。そうなんだよ。ランバードばかりもてるんだよなぁ。俺なんて、紅茶のチョイスもスパイスにしてるのにな」
答えたのはベルナルド。……うん、子供は正直だからね。
スパイスを入れたからもてると言うのは何だろう? 斜め下を行ってる気がする……
ゆっくりと味わっているのに、さっさと食べ終わったベルナルドが立ち上がりながら言う。
「手合わせに行こうか」
早いよっ
「ベルナルド、淑女たちがまだだろう」
「どこに淑女がいるんだよ。もしゃもしゃ食ってる……ぐぇっ」
マルガリータの鉄拳がみぞおちへとストレートに決まる。
床では「ぐえっぐえっ」とベルナルドがカエルに姿を変えている。い、痛そう……だけど元のカエルに戻っただけとも言える? あ、私も相当失礼だ。
一度鉄拳を披露したせいだろうか、マルガリータはその後、素が出てしまっていた……。
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