第38話

 この国には、メーデーという記念日がある。

 それを私は「遭難の信号を発信する時に使われる緊急用符号語の記念日」、通称「助けて記念日※ただしシャイン語録」だとなぜか思ってきた。


 五月一日だというのに。

 実際には「オーディン神が知識を得た記念日」だった。

 ルーン文字を得るために一度死んだ日なのだそうだ。


 前世の記憶が邪魔をしている……。いえ、思い込みのせい。

 メーデー・メーデー・メーデーで避難信号、のほうが、モールス信号を知っていることといい、きっと前世では身近だったんだろう。


 死者を祭るため王都の神殿では厳粛な行事があるとのことだが、ここ地方では記念日としか知られていない。学園・学舎は休みになるが。


 どちらかというと、冬のトール神にまつわる祝祭のほうがプレゼントをもらえる日として子供たちには知られている。

 これって、前世のクリスマスだよねぇ……。そう思いだしたのは、去年白と赤のキノコの服を着ている冒険者をみたとき。


 モミの木に生息する赤と白のキノコがある。幻覚作用を起こす危険なキノコなのだが、それがモチーフになっているそうだ。

 七竈ナナカマドという木があるが、その花は白、実は赤で、慣用句に「ナナカマドはトールの救い」というのがあり、この国ではキノコとナナカマドからトール神は白と赤のイメージだ。

 キノコにトール神が絡むのは、キノコが空中の雷電でよく育つからだろうとのことだが、本当のところは分からない。神話は意味不明なことが多いし。


 モミの木を飾る家に、キノコの衣装でやってきたトール神はミョルニルというハンマーを持ち、悪い子にはお仕置きを、良い子にはプレゼントをくれる。プレゼントはパン。シュトレンのようなクルミやオレンジピールなどが入ったパンだ。

 前世でもシュトレンは司教へのクリスマスの贈り物だったなと思い出す……。


「いい子にしよろ!」

「わるい子はいねーかっ」


 と脅すところなどは神というより、鬼。ナマハゲぽいのか……。


 さすがに今は泣かないが、小さいころは、顔を赤に染めたトール神に扮する町の冒険者たちが怖くて泣いた。一人でも十分怖いのに、数名で来る。トール神は分身の術でも使うの?

 覚えてないけれど「いい子にずるからパン~」と泣きながらもパンを強請っていたそうだが……。

 クリスマスという日はないのだが、新年の前の火曜日がこの祭りの日だ。

 火曜日はトール神の日だから。

 この一年で神話の内容も思い出しつつ結構覚えたらしい。知らなかっただけで、気づけば結構神話に基づくものが生活に入っていた。

 

 そして、このパンがこの領地の特産品でもある。

 名前をイズンパンという。

 「冬のトール神、イズンパン祭り」とでも命名したらいいのに。


 国外にもあるイズンパンが特産品となっているのは、オレンジを、南の島から運ばないといけない立地のせいだと思う。

 もちろん、オレンジピールを使うから、他の領地でも作れるが。

 イズンと言うのは女神の名前だ。不老不死の黄金のリンゴ=オレンジを管理していた女神で、悪神ロキによりクルミに姿を変えられたことがある。



 今日はイズンパンを焼く。

 一か月は持つイズンパン。冒険者たちのお供にもなる。少しお値段は高めになるが。

 一年、日持ちしたイズンパンもあるらしいが、私はおいしければそれがいい。

 水分を抑え、ラム酒につけたドライフルーツと木の実類、バターをふんだんに入れることで日持ちをよくする。最後に粉砂糖を振るのも、糖蔵替わりになる。白さが表面からなくなったら、水分を含んだという目印だ。


「ババさま、イズンパンが早く食べろと言ってるよ」


 子供の私は白さがなくなったパンを見て催促していたらしい。こういうところだけは聡い子だったようだな……。今も子供だけど。

 ラム酒はサトウキビで作るから、レイバ領の特産品。お菓子を作ると領地の特産品が見えてくる。


 ちなみに、日持ちがしない柔らかい手のひらサイズのイズンパンを子供にプレゼントする。子供たちもお酒に強い体質を親から受け継ぐからパンくらい心配ないとはいえ、配るものは二日前くらいに焼くのだ。

 ということで、年末の日曜日がパンを焼く日。私も今年は子供たち用のパンを焼く手伝いをする。

 前世風に言うと、幼稚園児以下の子供たちのために配るパンを町内で取り決めして焼くのだ。

 頼みの綱はお隣のリタ。一緒に遊ぶ、もとい、作るのだ。

  

 クルミはオーブンで焼いて、冷ましたものを私たちが細かくする。

 途中で少し私たちのお口に入ってしまうのは、しょうがないよね。


「シャイン、食べ過ぎだよ~」

「おいしいよぉ。リタも食べなよ」

「シャイン、後で食べる時にクルミが入ってないとどうかしら?」

「……私のだけクルミを多く入れる?」

「不正解!」


 母にとりあげられた。


 卵を割り入れたりするのも私たち。

 後は、混ぜて、台に出したものを叩きながらこねていく。これをリタとおしゃべりしながら叩くのが楽しい。マスクのせいで声が聴きずらいけど。

 母さまが切り分けたものを、小さく丸めていく。

 焼きあがって、白い粉砂糖を振りかけるのも楽しい。これをもらう子供たちは楽しいかは分からないけど、食べる時には幸せであるといいなと願う。


  

 私は焼きあがったパンのお裾分けをルカとクレトに持っていく。昨晩降り積もった雪が反射して少し目に眩しい。

 ルカはいなかったから、アニタママに渡して、クレトの家に向かう。

 年末の日曜で人気のないクレトの家に着いたら、出会い頭にフェンにぶつかりそうになった。

 うぉ、びっくりした。お互い目を丸くして見つめあう。


「ひ、久しぶりだね。いつも遠くから見るだけだったんだよねぇ」


 私は近くで会えたこのチャンスを逃してはダメだと気づき、ハッとして声をかける。


――犬だけど。


 フェンはふぃと視線をよけて、知らんぷりをして歩き出す。

 私は追いかけて、声をかけ続ける。


「ねぇ、フェン、私シャインって言うんだよ。仲良くしよう? おいしいパン持ってるよ? あー、お肉のほうがいいかなぁ」


 フェンは関心がなさそうに歩みを続ける。


「フェンてばっ! こっち向いて」


 私は無視を決め込むフェンに声を大きくしてみるが、そのまま進む犬。


「フェン~、握手なのだ!」


 私はフェンの前に躍り出て、足を掴む。

 途端に一瞬光を放ったかと思うと大きな姿のフェンが現れる。

 魔力が吸い取られたのと驚きで私は尻餅をついていた。


――え? え?? 何、これ……。


 フェンはどう見ても犬じゃなかった。これは、このかっこよさはオオカミ?


 違う! フェンリルだ!


 雪一面の白銀の世界にブルーグレーの混じった白銀の毛並みに金色の瞳のフェンは神秘的で神々しかった。

 私は息をするのも忘れて彼と見つめあっていた。


 どれくらいの時だったのだろうか。きっと数秒だったのだろうけど、時間の流れがない時の中に私たちはいたと思う。


「フェン!」


 クレトの声音に私は違う時間軸から戻らさせれる。

 駆け寄ってきたクレトは私を見ることもなく、フェンに声をかける。


「どうしたんだ⁉ 少し大きくなってるぞ!」


 少し? これが少しなの?

 私たち二人を乗せても余裕そうな大きさのフェンを見る。フェンはゆっくりと私からクレトに視線を移すと、その顔をクレトにくっ付ける。


――大きさは、クレトに触れても変わらないよねぇ? 


 クレトに触れても大きさがそれ以上変わることのないフェン。でも、私の魔力が流れたから大きくなったと思うのだけど。


「クレト、フェンってフェンリルだったの?」

「……」


 ふぅと息をついて、私を振り返ったが、何も言わない。


「フェンに触ったら、大きくなったの。私の魔力が抜けて。」

「お前が?」


 それだけ言うとクレトはフェンのほうに顔を向けてしまう。


「フェンを触りたい。私が触ったらダメ?」


 できたら今も、もふりたい。

 神々しいけど、それ以上に触り心地が良さげで手がワキワキしてしまいそうになる。


「フェンは聖獣だ。何故かはわからないが、シャインの魔力で大きくなってしまったようだな」

「聖獣? だからこんなにかわいいのに威厳があるのね。なぜ、小さくなってたの?」

「ここでは、小さい姿が精一杯だったんだ。王都では今の姿より大きいままでいれるけど、この領では召喚はできても小さかったんだ。まさかお前の魔力で大きくなれるとは思わなかったが、お前、何者だ?」

「え?」

「お前、最近また魔力がかなり上がっただろう? それに関係するのか?」

「――っ⁉」


 私は私の魔力があがっていたことをクレトが気づいていたとびっくりする。


「お互い秘密があるのは分かってるが、少し話をしないか?」

「……うん」


 クレトは人のいない工場の一つにフェンと入っていく。

 私はそれに続き、中にある椅子に座った。

 お互い、黙ったままだ。何から言えばいいのか、何を聞いたらいいのか分からない。


 

 沈黙を破ったのはクレトだった。


「シャイン、どうして俺が貴族だったと知った? 魔力が多いのが分かるのか?」

「……うん」

「そうか。ま、それは俺も同じだな」


 たぶん、見え方は違うと思う。私は魔力量が分かるのではなくて、魔心臓の大きさが分かるのだ。

 今度は私から聞く。


「聖獣って召喚獣のこと? この国では飛猫フライ・キャットがほとんどだと聞いたけど」

「そう、だな……」

「召喚獣って魔力を吸い取るの?」

「いや、聞いたこともないし、俺は一度もない」


 私がおかしいの? それとも、偶然?


「ねぇ、もう一度触ってもいい? 確かめたい」

「お前がいいなら。気を付けて触れよ。ポーション飲んでからのほうがいいか?」

「そうだね。持ってるから飲んでからにするよ」


 私は腰にいつも持っているポーションを飲んでからフェンの横に立つ。


「フェン、触らせてね」


 そろそろと手を伸ばし、フェンの毛を撫でた。ふわふわのその感触に笑みがこぼれる。


「変わらないな」

「え? あ、うん、そうだね」 

「お前、触る目的忘れてなかったか?」


 そんな呆れたような目で見れられても困ります。


「いやぁ、フェンの毛並みが素晴らしすぎるからねぇ。これ以上大きさは変わらないのかな? たまたまだったのかもね! これで私もフェンに触ってもいいんだよね⁉」

「はぁ? いや、やめとけ。たまたまでも何故大きくなったのかまだ分からないからな」

「ええええええっ! フェンに触りたいよぉ~! ねぇ、フェン、私が触ってもいいでしょう?」


 私はフェンに同意を求める。召喚獣なら賢いから言葉を理解できたはずだ。

 フェンは思案するように目線を一度外した後、ため息をついて、私に頭を預けた。


「ほら、フェンがいいって!」


 私は賢こくて、モフモフのフェンを撫でる。

 くぅ~、これぞ至福! 首に抱き着くといい匂いがした。

 それが幸せすぎて、何か考えたり、話しあったりした方がいいんだろうけど、する気になれなかった。


 私は嫌がるクレトも外に連れ出す。

 フェンと三人で雪の中で転げまわって遊び、その日は楽しく過ごしたのだった。

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