第36話
夏になり、父の屋敷に呼ばれた。
下の兄も帰省してるというから会うのが楽しみだ。
いつもおいしいお菓子を必ず準備してくれる優しい兄なのだ。
そういえば、秋から一年間家庭教師を付けてもらうんだった。
お屋敷でマナーとかを学ぶのだろう。その話をするのかな。
少しだけ行くのが億劫になりながらも、迎えの馬車に乗り込む。
そういえば、召喚獣もいるだろうし、魔石で動く魔導車もあるのに父は馬車を使っているのだなと思い、召喚獣を一度も見てないことに気づく。
あれ? 召喚獣を学園で使うなら父はもちろん義兄たちも召喚できるよね?
疑問と共にお屋敷に着いたから「召喚獣はどこですか?」と第一声を発してしまったのは私的には適切だった。と、貴族社会不適合者的考えをしながら、苦笑いしているフェルミン兄さまに淑女らしい礼をする。
「シャイン、よく来たね。僕より召喚獣に会いたかったの?」
「まさか! ゴホン、そんなことありませんわ、フェルミン兄さま。馬車の中で考えていたから間違っただけです」
「そう。お土産に王都のお菓子を持ってきたのに、召喚獣に負けたかと思ったよ」
「フェルミン兄さまが一番大好き! ですわ!」
抱き着いたら、兄は笑いながらハグしてくれる。
すぐに手をひかれて席に着くと、メイドがお茶を運んで来る。
「お父様たちはどちらですか?」
「急用ができて出かけたけど、もうすぐ帰ってくると思うよ」
「わぁ、これチョコレートケーキですか?」
「ガトーショコラって言うらしいね。大きいだろう?」
「はい、ありがとうございます!」
笑顔で言う私に兄はうんうんと頷く。
口に入れたガトーショコラは濃厚でチョコが溶ける。おいしくて、足がバタバタ動いてしまったけど、兄しかいないから
口の中のガトーショコラは少し複雑な味がして、それで思い出す前世の記憶。本来、八種類以上の材料を『二つの材料だけで作れる簡単ガトーショコラ』と言うたい文句に惹かれて作った激マズガトーを。……まさかの前世でも料理ヘタかよっ
「召喚獣だけどね、王都でしか出せないわけではないけど、召喚獣に負担がかかるし、この領地は王都から離れているから召喚獣を召喚する人はいないんだよ」
「召喚獣というのは王都にはいっぱいいるのですか?」
「呼び出しには魔力が必要だから、常時召喚してるのは騎士くらいだと思うけど。学園内は召喚獣にとって環境がいいらしいから結構いるよ。まぁ、体の大きさがあるから必要ないときは彼らの世界に帰ってもらってるね」
「学園が召喚獣にとっていい環境なのはどうしてですか?」
「空気らしいよ。詳しくは分かってないようだけどね」
「酸素が多い?……は違いますねぇ。お兄さま、召喚獣はお持ちですか?」
「契約はしたよ」
おおお! 契約したんだ。何の召喚獣だろう。その前に召喚獣自体をよく知らないや。
「何の召喚獣ですか?」
「この国の召喚獣は
「飛猫なのですか⁉ 私も学園に行ったら、飛猫を召喚できるのですか⁉」
「う、うん、そうだろうね。 ……ほら、落ち着いて。お茶を飲んだらいいよ」
お茶を飲んだらむせた。
ゴホンゴホンとせき込む私の背中を兄がさすってくれる。
「はぁ。ごめんなさい。猫を飼えると思ったら、嬉しくて」
「うんうん」
「飛猫を飼ううえで気を付けることってあります?」
「急がなくても学園で習うよ。王都付近に家がある子たちは入学前に召喚することもあるけど、この領ではしないからね」
苦笑しながら言う義兄に、まだ兄の学園でのことを聞いてないことに思い当たる。
「そうですか。学園も色々制度が変わって大変だと聞きました。宿舎大丈夫ですか?」
「あぁ、去年は大変だったね。と言っても、大変だったのは大部屋に入れられた従者たちだったらしい。一年生が二人で一部屋を使ったけど、僕は楽しかったよ」
「それはお兄さまの順応力が高いからですわ」
「仲のいい友人ができることは、学園生活が潤うからね」
兄は楽しく有意義な学生生活を満喫しているようだ。私まで嬉しくて笑顔になる。
「宿舎が一緒なら、私が学園に入ってからは毎日会えますね?」
「そうだね。一階が共同スペースだから、そこで朝食の
「あら、広いスペースもあるのですね?」
「どの宿舎でもそれ位はあるよ。上位領地の宿舎が豪華なんだよ。娯楽スペースも大きくて、施設内にプールやサウナ、ジム、練習場まであるという話だから」
「なぜ全ての宿舎を同じようにしなかったのでしょうね」
「予算の関係らしいよ。敷地自体は同じ広さなんだ。建物の大きさが違ってね。文句があるなら、成績を上げるか、自分たちで施設を増築したらいい、ということらしい」
上位領地のほうが潤っているのに、施設の増築を下位領地がそうそうできるわけない。
「宿舎が移動するのに、増築してもいいのですか?」
「一番遠い三つの宿舎は願えば自由に無期限で使用可能。増築・改築なんでもしていいそうだよ」
確か学園から離れているから、近くに森があったね。
それって、採集便利で、ポーション作りの建物を作ってもいいということ?
いいかも! どうせ飛猫がいれば移動も簡単だし、毎日可愛がってあげれて、もふもふできて、一石二鳥。あれ~、いいことしか見えない。どうしよう。頬が緩む。
「お兄さま! 私たち、一番遠い宿舎を手に入れましょう!」
「……そ、それは、他の子たちは嫌がるだろうね」
目を見開いたあとに、うーんと首を傾げながら兄は正論を述べる。
「そうでした。入試試験もみんなで頑張ろうと領主の娘のマルガリータさまを中心に集って努力しているのでした」
がっくりと肩が落ちちゃうよ。声まで小さくなってしまった。ちゃんと兄には聞こえたらしいけど。
「らしいね。ベルナルドさまから聞いてるよ」
「私も今年からこのお屋敷で家庭教師について学ぶのですけど、一年で本当に大丈夫でしょうか?」
「母が大丈夫と見込んでそう決めたのだから、心配はしてなかったよ。マルガリータさまからの報告によると、とても優秀だと聞いてるんだが?」
「え? それはレイピアのことでしょうか?」
「いや、入試項目全般においてだよ。君の家族は賢いから三年も家庭教師を付ける必要はない、と母が言っていたけど、本当に座学から音楽、魔法に至るまですでに合格の基準にあるそうだね」
「えええ⁉ 初めて聞きました!」
お義母さまは、私にはもったいなくて三年間家庭教師を付けてくれなかったのではなくて、一年でも十分と思っていたということ? 私は世知辛い世の中だって二年前に思ったことを振り返っていた。
「あれ? もしかして、母のこと勘違いしてないよね? 父と君の母親とを一緒にさせたのも母だって知ってる?」
兄の言葉にびっくりしすぎて、固まる。
「その様子だと知らなかったようだね。母はね、僕を産んだときに産後の肥立が思わしくなくて、子宮を取っているんだよ。跡継ぎは二人もいたんだから問題なかったはずなんだけどねぇ」
言葉を選びながら話そうとしている感じに、義母のことを心配しているのかなと思ったら、次の言葉で他にも理由があったことを知る。
「君の母親は父に助けられたことがあったそうでね。その縁でこの家のメイドになったんだ。それを母は知っていて、結ばせたらしいんだけど、妊娠と同時にこの家は出たんだよね。深くは僕も知らないけど、とにかく、母が君をないがしろにしていないことは確かだよ」
「そう、だったんですね」
「うん。まぁ、夫婦の仲が悪いとかではないようだし、詳細は僕も知らないんだ。でも、母の思惑通り、シャインは優秀だね」
「お兄さまから譲っていただいたタブレットで、友達と学んでいただけです」
「ババさまとか何気に言葉を教えてくれたりしてそうだけどね」
ん? そういえば、ババさまが回覧板の内容を声に出して読んだり、板書に書くのは私がいる時だったような。今はそんなことしてない。……ババさまは私が見ている時にだけ書いていたってこと⁉ あ、あれ、もしかして、計算とかもそうだったのかな?
うわぁ、自分が頭いいと、一人で勝手に覚えたと勘違いしてたよ! 恥ずかしいー!
「お兄さま、私、今知りました! ババさまはさり気なく言葉とか教えてくれてたようです!」
「君の家族は優秀だって母から聞いてるよ。フィドルをすでに弾きこなせるそうだね? それは誰に習ったの?」
私にとってはクラシックがアニメ曲だから楽しく弾いてただけですとは言えない。
「タブレットで演奏の動画を見て覚えました。マルガリータさまの先生からも少し教えてもらっていますし、みんないい子たちですから楽しく学んでいます。弾きこなせるとまでは行きませんが、お兄さまとも緒に演奏してみたいです」
「いいね。シャインにはいい友人がいるんだね」
「でも、貴族の言葉もマナーもまだ難しいです」
「大丈夫だよ。子供なのにそこまで考えなくても。国外程ではないけど、地方で言葉が少し違うことだってあるんだし」
兄は学園でのことを沢山教えてくれた。
父たちが帰宅してから、一年間で学ぶことを聞いたけど、通いで一日五時間くらい学ぶそうだ。と言っても、昼食の時間も入るから全てが座学ではない。
兄が休みの時には、泊りがけで貴族としての一日を知っていくことになるそうだ。服を着せられるのも、着せるほうだけでなく、着せられる方も慣れてないとスムーズにいかない。
母からそういうところは自然と教わっているらしいけど、他人だとまた違うかもしれないと、そういう細かい貴族としての部分も身に着けていくことになる。
勉強のほうは、心配ないようだと義母から言われた。
今日で義母への心証はかなり変わってしまった。
決して温かい感じの方ではない。
上の兄もそうだけど、表情も乏しいというかあまり笑わないし、遠くに感じてしまっていた。でも、私はこの義母がいなかったらこの世にいなかったのかなと思ったら、抱き着きたい衝動に駆られて困った。
義母の表情に陰がありどこか暗いのは、もしかしたら私の存在がそうさせているのではとまで思ったこともある。でも、それは私の勘違いだったのかもしれない。
ババさまがそれとなく言葉を教えてくれてたり、義母がきちんと私のことを考えてくれていたことなどを知れて、自分の周りは優しい愛で囲まれいたのに、それに気づいてなかったと分かった。
何か心の中からあふれてきそうで、それと一緒に出てこようとする涙を私は我慢した。
こんなに嬉しいのに、泣いて困らせたくなかったから。
その代り、精いっぱいの笑顔で町に帰るまで過ごした。ありがとうの気持ちと共に。
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