第77話

 私はケガの程度を確かめるため、点滴を受けながら横になっているヨハンネスの傍に行く。婚約者のビアンカがヨハンネスの隣に腰かけて話をしている。


「ヨハンネス、大丈夫? 血はどれくらい出たの?」

「あ、シャイン。うん、大丈夫だよ。血は結構出たと思うけど、すぐに俊足を使える上級生がポーションを持ってきてくれたからね。それに、急所はコーチが叫んでくれたから気づけて外れたしね」


「え? 急所まで狙われたの?」

「狙われたわけではないよ。騎乗している一人が戦っている僕たちの間に魔法を投げたんだ。それで、重心が崩れたように見えたよ。味方から魔法を受けて彼もびっくりしたんだろうね。ただ、剣が胸に刺さるところだったんだ。マントはあるけど、あんな剣でまともに心臓を突かれたらさすがに死んでたかもね。あはは。運が良かったよ」

「心臓を⁉ 笑い事じゃないと思うけど……。それで、どこを切ったの?」

「腕で庇ったから左腕をざっくりね。腕がとれかけるかと思ったよ」


 骨まで貫く鋭い剣で、胸を狙った? それはあんまりじゃないだろうか。


「ポーションが速く届いて良かった。ビアンカびっくりしたでしょう? ビアンカは大丈夫?」

「ビアンカはさっきまで泣いていたんだよ。悪いことしちゃったな」

「ヨハンネスのせいじゃないわ。無事で良かったけど、心臓に悪すぎるわ。シャイン、あなたがポーションで治せても、血がたくさん出た選手は交代するように言ってくれていたのでしょう? 三年生がすぐに控えの選手を出してくれたの。血もたくさん出たのよ。それなのに、交代なんてしたくなかったのにって言うのよ」

「未来の騎士らしい発言ね。でも、休む時は休むのも立派な騎士よね」

「はいはい」 


 肩をすくめて見せるヨハンネス。痛さで戦うのが怖くなる人もいるのに、ヨハンネスはメンタルが強いようだ。

 お昼は血が早く作られるようなものを食べるように言って私はルカのもとへ行く。

 血を作ると言われる食べ物は鉄分や葉酸ようさんなどが多いレバーやほうれん草、シジミ、パセリなどだけど、野菜をいっぱい食べさせてねとビアンカに伝えてあげた。

 ヨハンネスが「また余計なことを」と言っていたけど、ビアンカに耳元で「はい、あ~んって食べさせてあげたら喜んで食べそうだよね」と言ってあげたことは、後でお礼の言葉をもらわないといけないと思うんだ。



「ルカ、ケガはない?」

「あぁ、このマントのお陰かな? 何度か危ないと思ったけど、大丈夫だったよ。相手も驚いていたけどな」


 にかっと笑うルカ。


「何度か危ないと思ったのって?」

「ん? 二度ほどあの剣でぐさりと突かれたんだけど、衝撃だけでマントは少し痕は残ったけど中の服は無事だったぜ」


 ……それって、かなり危なかったのではないだろうか?


「ね、どこを剣で突かれたの? 剣の腕がたつルカが二度も突かれるなんて」

「最初二人で俺を狙って来たんだよ。一人早くつぶしてしまおうと思ったんだろ。地上戦は俺だけ一年で後は三年生だし。相手はたぶん上級生だな。『おまえ一年のルカだろ』って聞かれたからな。突かれたのは腹と肩だ。斬られそうになったのは体中だけど、全然切れない剣で笑っちまうくらいだったよ」


 いや、その剣すっごくよく斬れるから。笑ってる場合じゃないよ?

 現にヨハンネスはマントの上から腕を斬られている。

 斬れないから、貫こうとしたのか。


 平民狙いという可能性は? うーん、最初にヨハンネスも大けがしているし、貴族も関係ないのかもしれないが、学年だけでなく、ルカに名前を確認しているのが気になる。

 クレトは近くで戦っていたけれど、狙われたかは分からなかった。何しろフェンがすばしっこく縦横無尽に空を駆け抜けるから相手が付いていけなかった。


「シャイン、眉間に鉛筆をはさめそうだな。気にするな。他の領地も、結構斬られているらしいぞ。毎年どんどん過激になって行ってると聞いたよ。俺たちのように拘束道具を使おうとする領のほうが少ないのはお前も知ってるだろ。斬った方が早いし相手の減点になるからと斬ってくるらしいからな」

「……うん」


 実は――

 春休みの前から準備していたことがあった。

 長袖カットソーを魔導服に仕上げること。それも対戦闘用。

 領地で準備してくれる装備の中には、さすがに魔導服まではなかった。

 マントも魔導服だし、ランバートからまた量産の話があったり、他にばれることを思うと多くの人にあげることにためらったけれど。

 ルカとクレト、私のマントにはすでに【攻撃反射】や【物理攻撃緩和】などを付けてある。新しくリタに作ってもらっていたマントを渡してそれを着るように言った。


 【鎖帷子の如く剣を通さない】とヲシテ文字を描いたら、剣を通さない生地が出来た。

 他にも【物理攻撃緩和】、【魔法攻撃反射】と描きたかったのだが、剣を通さないだけでも魔力をかなり使う物だったので、そこまではできなかった。

 ルカとクレトに着るように言ったのだが、長袖カットソーが鎖帷子として機能したようだ。これがなかったら、ルカは大けがをしていたかもしれない。

 やりすぎな感はあるが、ヨハンネスたちに渡さなかったのが一方で悔やまれる。


 人数分用意はしてある。

 これを渡すべきだろうか。次は二位と当たる。昼食を挟んで、ハーフタイムで戦う七位以下試合の第一弾が、二試合終わった後だけど。


 答えがでないまま、私は昼食をおいしく頂いた。

 運動した後はお腹すくんだもん。


 

 お腹いっぱい食べたあと、私はベルナルドを探した。

 今回は対策提案ではなく、私を交代してもらうために。


「ベルナルドさま、先ほど少しだけ城壁を出したら出せたんです。私が魔力いっぱい城壁を出しますから、すぐに選手交代してはいただけませんか?」

「城壁が出すのはいいんだが、花竜が戦えないのがな。花竜の活躍が目覚ましいと聞いてる」

「二位は今まで城壁を出したことがないのですよね? 二位のチームに錬金術を使える生徒がいないのかもしれませんよ。かなり時間を稼げると思うのです。その間に、攻めることはできませんか?」


 ニーズが戦えないのが惜しいらしい。そこへランバートが助け舟を出してくれる。


「ベルナルドが攻めに行く? 攻めたいと言っていたよね。今年が最後かもしれないしゴーレムの首、次取ってきたら? シャインはよく頑張ったから、疲れたよね? いくらポーションで魔力は補えても、体力までは補いにくいし。一年生は騎士を目指している生徒ばかりだから出場して場の緊張感を体験しておくのも大事だと思うよ」


 おおお!

 ランバートさまがいいことを言う。体力はすでに戻ってはいるが、ずる賢い自称ホーク=私は無言を貫く。


「ランバートならゴーレムの指示も的確だしな。一年は確かに剣の腕もたつ生徒が多いか。召喚獣は三年のほうがいいから、一人守りに回して三年が召喚獣、地上戦を一年に任せればいいな」


 一年で登録している四人のうち三人が召喚獣で出ているから、召喚獣に乗る選手を三年生に変えるのは可能だ。

 こうして私は、ムスベル領から学んだことを実践できる運びになった。しめしめ。


 ニーズは一度元の世界に戻した。

『一度帰ったら回復が早い』と言うから。他の仲間にも理由を言わずにすすめたが、召喚する際に魔力を使うので無理強いはしなかった。

 召喚獣は深い傷を負うと、勝手に元の世界に帰ってしまうのは、回復が早いからだったようだ。


 私は、魔物の糸を混ぜて編んだサミンガのような組み紐をヲシテ文字入りポーションで魔導具にして、中にワイヤーを通し、ニーズたちに付けている。

 機能は【物理攻撃緩和】だけ。魔法反射とかも付けたかったけれど、ランバートにばれたときのために、この機能だけにした。


 フェンには付けてもらえたけど、飛猫たちは嫌がったので付けることができなかった。黒が嫌がっているのをたまたま見かけたのがマルガリータ。

 「あら、猫用の飾りなの? 赤色がこの子におしゃれね」と気に入ったマルガリータの黒飛猫には、彼女が無理やり付けていた。とても小さな魔石をつけて、あえて魔導具ということにしてある。ばれないといいけど。

  

 二位の試合で先頭に立つだろうベルナルドの召喚獣にも付けてあげたいが、そうするとランバートの目にとまるだろう。

 結局、魔導服も魔導具も他の仲間には渡せないまま、競技場に立つ。

 二位のニヴル領はムスベル領の戦い方よりずっと温和だと聞いたのも魔導服を渡さない理由の一つになった。



 試合開始の合図と共に、私はいっぱいの魔力を注ぎ、城壁を出す。

 ごごごごごぉおおおっ! という音が恰好いいが、初めて大きな城壁を出したから、硬度も分からない。召喚獣に倒されないといいけど。上級魔法も使うだろうから、どれだけ持つか分からないが、今できる精一杯だ。

 私は少し魔力切れを起こしかけている体を久しぶりに味わいながら、選手交代した。


 ふらふらと控室に入り、ガンマポーションを飲む。

 足りない。

 デルタポーションも合わせて三つ追加して、ようやく息をついた。

 あと二つ飲んでもいいくらいだ。中級ポーションを四つも飲んでもまだ足りないと思う程、魔力は増えているらしい。


 そう思ったときだった、ずどぉぉぉおんと音がした。

 会場を見ると、城壁がずずずっと音をたてて泥に沈んでいる!

 土の上級魔法の中でも難しい【土石流】だ。


――うわぁ、あれは城壁のせいで一緒にゴーレムも沈んでるわ。


 誰かが城壁を破らないとゴーレムの救出は難しいだろう。ゴーレムだから時間が経っても死にはしないが。

 相手はどうやってゴーレムの首を取るのだろう、と思ったら土石流が回りだして、城壁が壊れ、その間からゴーレムの頭も壊れつつあるのが見えた。竜巻系の何か魔法を追加で放たれたようだ。さすが昨年の二位だ。魔力が半端ない。

 守りも頑張っているが、風刀で頭を完全に壊されて、競技終了の合図が高らかに鳴った。


 あっけなさすぎる敗退。

 負けが、早すぎる。


 ……やばい。私の案が完全に裏目に出た。白目をむきそう……。


 一人オロオロとみんなを待つ。

 手にお手製ガンマポーションを持って。お詫びの品は準備した。

 後は、何土下座を繰り出すべきか。

 ジャンピング土下座は一度誰かに使ったし、バク宙からのローリング土下座か、スライディング土下座か、はたまたその上バージョンか。

 ドキドキしながら扉が開かれるのを待つ。


 バンッと勢いよく扉があき、ぞろぞろと仲間が入ってくる。私は覚悟を決め、ジャンプするために、体勢を低く取る。飛び出そうとしたそのとき、耳に入る言葉。


「三位だ、三位~。ヤッホー」

「俺たちすごいよな!」


 あれ? 笑顔? 

 目を瞬いていると、三年生が私を見て言う。


「せっかくふらふらになりながら城壁出したのに、無駄だったね。あんな大きな土石流なんて出されたら一発で負けるよ」

「上級魔法の連投だろ。俺、まだ一つも上級魔法できないんだよなぁ。あいつらが羨ましいよ」

「でも、あれ最後の切り札だったようだよ。一位との対戦で使う予定だったようだけど。魔力はポーションで補えるけど、あの魔法を出させないために、妨害が大きいだろうね。出せても対策取られて空に逃げられるだろうし今年もヴァナが一位かな」


 すでに私のことは目に入ってもいないようだ。

 ゴーレムの首を取らんと目を輝かせていたベルナルドも、楽しそうに会話している。

 私はそっとみんなにガンマポーションを「お疲れさまです」とだけ言って渡して回ったのだった。


 七位以下の試合が続き、全て終わった後に決勝戦が行われた。

 優勝はヴァナ領。


 すぐに表彰式が行われた。

 三位で表彰台にたつ皆の笑顔が嬉しそうだ。

  

 私は最後補欠メンバーだったし、まだ魔力も追いつかないと言い逃れをして控室の窓から拍手を送る。

 表彰台に上らないとお菓子を貰えないとかでない限り、緊張するから上りたくない。助かった。


 早く帰ってシャワー浴びてひと眠りしたい。


 順位の発表もされていた。


【前等部 領地対抗戦 結果】

 ※領地全体の順位ではありません


一位:ヴァナ、二位:ニヴル、三位:アンブル

四位:ムスベル、五位:ビフレス、六位:アルフ

七位:ニダ、八位:スヴァルト、九位:ウト

十位:ヨツン、十一位:フニット、十二位:ログローニャ

十三位:ウブリケ、十四位:バダロナ、十五位:モンソン

十六位:コスラーダ、十七位:トルトーザ、十八位:アンボスタ

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