第60話

 ゴーレムを使っての魔法攻撃をする練習がある。

 だが、これは騎士コースの者たちの授業だったはず。

 そう思いながらシャインはゴーレムの前で戦っていた。

 

 助走して、ゴーレムの足に飛び乗ると、関節部分に炎の魔法をぶつけ、後ろに回転して飛びのく。

 威力はあっても、コントロールしきれなかった入学時と比べたら精度が上がってはいる。

 そのまま炎の魔法を使うより、道具に魔力をのせて使う方法を学ぶことになった。

 その授業ではあるのだが。


 矢は苦手なのだ。

 しかし、その矢に炎をのせると威力のコントロールにも繋がるし、精度もあがる。


 ゴーレムが右足から崩れ、頭部の位置が低くなったところに、シャインは矢をつがえ、放つ。

 胸にある魔石は狙わない。頭部を砕けば、それでゲームオーバ。

 学園の練習用だから。

 ゴーレムの頭部は炎の矢を受け、破壊された。


 最初は、散々だった。

 まず、矢が炎で溶けた。炎自体の威力である火力は高かったから。飛行距離はないから、射貫く威力もない。炎の力は強いくせに、腕力は魔力で補強しても普通。いわゆる、アンバランスの極意にあった。それらを魔力のコントロールでどうにかここまでにした。


 

「シャイン、腕があがったな」

「ルカ、見てたんだ。矢のコントロールのために魔力を消費するのが少しもったいないけど、だからこその制御力だし、そうじゃないと当たらないのよね」

「で、メインのニーズは?」

「うん、ニーズとはもう終わったというか、ニーズと戦うとニーズが頑張ってくれるから、すぐ終わってしまって」


 そうなのだ。

 花竜だと思われているニーズを召喚獣に持つことから、それも色が黒というイメージからなのか、騎士コースの学生だけが受けるはずの授業を受けることとなった。

 実は、マルガリータも黒飛猫で、彼女は自分から率先して、騎士コースを受けており、私を推薦したという経緯がある。

 なんてはた迷惑なっ


 マルガリータはこの黒飛猫が大のお気に入りで、「自分のトレードマークの赤と黒はとても合うの」と衣装は全て赤を基調として、そこに黒を加えたものばかり。ゴスロリスタイルの赤と黒の割合が逆バージョンって感じかな。

 加速しているマルガリータはどこまで行くのだろう。そのうち、唇も真っ赤から真っ黒になっていたりして。いや、黒と赤のハーフ&ハーフ?

 

 でも……、ニーズが喜んでいるから、いいのかな。

 ニーズは自在に小さくなれるのだが、それは一応秘密なので、召喚したあと、元の世界に戻すのだが、一緒にいたがるのだ。

 ニーズにとっては、空中を自在に駆け回れ、練習用の物理的攻撃しかしてこないゴーレムというのは、遊んでくれる相手という感じであるらしい。

 楽しんでいるニーズと一緒にいれるのは、シャインも嬉しい。


 一カ月間は嫌だと逃げたのだが、騎士コースの実技が楽しいとルカに聞かされ、抜ける授業内容はまだ簡単だったし、リタが動画を撮ってくれるというので、騎士コースも受けている。

 半分、マルガリータに脅されたようなものだけど。騎士コースを目指すからこその入学時の加点であったと。はい?

「せめて一年間は頑張りなさい」と言われたのだ。話が違う気がしますが?


 遠い目になりそうな瞳に、映るのは曇り空。ちらほらと雪が降りそうな気配だ。すでに遠くの山頂は白く雪化粧されている。



 午後の訓練が終わり、宿舎に帰るだけ。

 リタが待ってくれていた。ふ~ん、それでチビ騎士たちが最後のほうで、いつもだったらだれているはずなのに張り切っていたわけか……。


「リタ、寒くない?」

「シャインがたくさん【体温調節】のついた服をくれたから、平気。それより、シャインこそ、無理してない?」

「ん?」

「あのウルフの件もあったから、シャインは騎士コースを受けたんでしょう? 女性少ないし、本当に騎士になる生徒と違って、シャインは動画で補習しているわけだし、大変だろうと思って」

「それはマルガリータさまも同じなんだけどね。……でも、心はまだ迷いがあるようで、ゴーレムに対峙するたび、なぜ自分はゴーレムと戦っているんだろうっていまだに思うよ」


 ウルフの件は、確かに威力はあるのに、使えないことは悔しかったけど、私たちが気づいた時点で、すでにグラシエラは襲われていたし、駆けつけた後は誰も大きなケガをしていない。

 ただ、もしも、次何かあれば、もう少しは戦えるようになっていたいという欲はある。

 抜けた授業の補習をしていると言っても、まだ小学生の授業範囲ということもあり、前世の記憶持ちな分、楽をしていると思う。ルーン文字もすでに覚えていたりするし。


 この世界で生きている記憶は、忘れることも多々あり、入力したはずなのに、引きだせず、思い出せないということがある。それが普通だけど。脳の海馬ちゃんから大脳皮質にちゃんと移動してくれてないときもあるわけで……。

 でも、前世の記憶は、思い出したことはこちらの記憶とは違うような不思議な感じなのだ。使わなければ忘れるはずなのに、ちゃんと覚えている。無くならない。現にモールス信号なんて、六歳で思い出して、その後使ったのが確か一年半後だけど、覚えていたし、今もはっきり思い出せる。

 私の脳はどうなっているんだろう……。


「リタ、ありがとう」


 私は少し冷えてしまったリタの手をとって、手袋に【体温調節】や維持をつけなきゃと思いながら、二人でニーズに乗って宿舎へと向かった。



 今日の夕食のメインは、エスカルゴ。

 私は貝が好きなくせに、エスカルゴはなぜか食べれない。

 ブュッフェで良かったと思いながら、キャッシュとパン、ソーセージなどを盛り付けていく。

 スープはチキンカレーポトフ。濃厚だしカボチャなどの野菜が具沢山で温まる。


「エスカルゴおいしいのに」

「バターとニンニクにパセリの香りはいいんだけどね。姿がムリ」


 エスカルゴトングで器用にエスカルゴを出しているリタを見てしまい、目を背ける。

 リンゴマイマイの卵がホワイトトリュフになると聞いてから、そっちも食べれない。

 この世にはおいしいのがいくらでもある。

 エスカルゴが食べられなくたって、死にはしない。餓死する状況になったのなら、その時考えればいい。


「エスカルゴなんて高級食材だから、学園で初めて食べたしな。シャイン、もったいないな、おいしくて高価なのを食べれないなんて」

「ルカ、高価かどうかは私には関係ないんだよ。たぶん……」


 今、私の目の前には湯気のたつカレーポトフがあるんだ。

 そういう皆だって、ウナギを食べようとしない。日本では土用のウナギは高級だった。ふわっとした身には、醤油ダレがおいしいんだけど、こちらでは醤油がない。

 白くなるまでウナギの栄養が出るように煮込んだ。

 でも、人気がなかった。おいしいのに。

 捌いて、辛いタレに付けて焼いてみたけど、これはいまいちだった。熟成してない辛いタレだったからかな。

 ショウガの千切りを添えて、食べてもおいしかったはずなんだけど……。

 カレーのポトフを食べながら、ウナギのことを考えている自分もどうなんだろ。

 最後の一口をスプーンですすった。


「冬休みの訓練はどうする? ダンジョンにでも潜るか?」

「そうだな」


 ルカとクレトは訓練も兼ねてダンジョンに潜るらしい。

 他の生徒はお屋敷で訓練するんだろうな。社交界もまだあるし。

 デザートのマスカルポーネティラミスはフィンガービスケットにラム酒を効かせてあるのか、鼻から抜けるお酒の香りとコーヒーやココアとチーズの合性が絶妙で頬が緩む。

 私は服の量産を完成させて――


「シャイン、おまえもだぞ。パーティ組むからな」


 あ、強制でしたか。

 はい、ルカさまの仰せの通りに。

 私は口に広がっているおいしいティラミスの威力で、ルカの言葉にも素直にコクコクと頷いていた。

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