第51話

 遠目に映るのは、まさかのウルフ! それも四匹。違う、五匹だ!

 ウルフの斜め手前、私の二時方向には震えている後姿の生徒たち。

 そして、ウルフより向こう側に横たわって見えるのは、……女生徒? その横にはアリシア?


「火魔法を使って追い払えーっ!」


 ルカがクラスの生徒たちに叫ぶが、固まったまま魔法を使おうとする者がいない。ただ、ヨハンネスがビアンカを背中に庇い、短剣の切っ先をウルフのほうへ向けている。もう一人は確かテオハルドだったと思うが、他の組の女子を庇うように体制を低くしているが、採集用のナイフしかないようだ。


 ルカも私も短剣しか持っていない。それでも突き進むルカ。

 ルカが詠唱した。


「切り裂け! 【風刀エア・カッター】ー!」


 だが、ウルフは素早い動きで避け、風刀は地面を抉った跡をいくつか残した。

 近くの木や地面に抉れた場所があることから、誰かが【風刀】の魔法を使っては見たのだろう。火魔法のほうが獣を寄せ付けない効果はあるが、【炎玉】が使えなかったのも知れない。確かヨハンネスは火魔法が得意でない。

 ルカは火魔法を使うことで、ウルフが他の生徒に向かうことを考慮して風刀にしたんだろう。

 私は生徒がいて、広範囲になるだろう複合魔法を使うことは諦める。


「立ち憚れ! 【土壁クレー・ウォール】」


 その代り、生徒の前に気休めだが腰までの土壁を作る。

 土壁で囲んでしまえばいいのだが、自分の目の前ではないところへ正確に土壁の囲いを作ることは、私にはまだできないのだ。

 魔法は詠唱のために魔力を練る時間もほんの数秒とはいえ掛かるし、大量の魔力を使う程必要だ。

 試験と実践の違いにほぞを噛む。

 土壁はウルフにジャンプされる高さだとは思うが、ウルフとの間に障害があることで、気持ちが落ち着けば、攻撃までできなくても自分を守るくらいはできるだろう。  


 土魔法詠唱に続けて、走りながら火魔法を詠唱する。


「燃えろ! 【炎玉ファイア・ボール】ー!」

「ギャンッ」


 後方真ん中にいた小さめの頭に命中し倒れた。完全に殺れたかは分からないが。

 一匹か。

 やはり本物の獣の動きは試験のゆるゆる動くだけの的なんかと違って素早い。自分の能力が届かないことに歯がゆさを感じる。威力があっても、それは仲間の手助けがあってこそ発揮される。

 横ではルカが短剣で右側のウルフを相手に苦戦している。相手が大きいのだ。ウルフのリーダーだろう。

 追いついたクレトの声が耳に届く。


「後は俺たちに任せろっ。シャインはアリシアへ行けっ!」  

「任せたっ」


 私は俊足で走りながら、短剣を投げる隙を伺ってはいたが、そんな隙は見つからず、ウルフの横を俊足で通り抜け、アリシアへと駆け寄る。

 横たわる女生徒は血を流している。

 息は……ある! 胸がかすかに動いているのを確認する。


「気づいたら、彼女が襲われていたの。火魔法で追い払ったけど、全然当たらなくて……わたし……ど……」

「大丈夫だよ。続けて見張りをお願い!」

「う、うん」


 アリシアに優しい言葉をかけてあげたいけど、今は目の前の女の子が先だ。女生徒の具合を確認しながらそう言うのが精一杯。 

 脇腹と腕、二カ所の傷。とっさに腕で庇ったのだろうか。だが、他のウルフに脇腹を噛まれたのだろう。

 私はすでに左手でとり出していた中級ポーションのふたを口で開けると、脇腹の傷に少しかけ、服をビリッと破った。深い傷に残りをかける。

 そしてもう一本取り出し、半分を女生徒の口に入れる。そして半分を腕にかけた。腕は、アリシアが火魔法で追い払わなければ、食いちぎられるところだったかもしれない。ただ――

 マントの上から噛まれたのは幸いした。牙は食い込んだのだろうが、マントの魔法陣【打撃緩和】が効いたのだろう。どちらも致命傷には至ってないと確信する。  

 私は治療魔法を開始した。


「癒せ!【治療ヒール】」


 治療はされていくが、脇腹という場所が悪かったのか、内臓破損の完治には中級ポーションでも【治療】でも足りない。

 私は目をつぶると集中する。


「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」


 淡い光のベールが女生徒の上半身を包む。

 内臓が、腕の傷が消えたのを感じ、流れる魔力を止める。

 息遣いも大丈夫。【治療】を始めてから二分はかかってないはずだ。


 私は斜め後ろを振り向く。

 途中、すぐに先生が駆け付けてきたのも、他の生徒が加勢し始めたのも耳に入っていた。

 キンダリー先生が加わったことで、決着はついた。

 でも、クレトが来たときに討伐完了は分かっていた。そして、フェンを出さないのはそれなりの理由があるだろうことも。私はよっぽど彼の実力を信用しているらしい。

 

 やはり大人である先生の姿が見えることに安心するが、他に群れがいないか心配になり辺りを見回してしまう。 

 マイクに声を載せる。大声を出しても聞こえる距離だが、他の生徒にも伝えるために。


「ルカ、女生徒もアリシアも無事。先生とみんなに伝えて。リタ、終わった。みんな無事よ」

『良かった!』


 その場に留まっていた通信機から入るリタの声と、他の生徒の安心したような声と一部の歓声が聞こえた。 

 キンダリー先生が駆け寄ってくる。

 そして、無事と聞いただろうが、大量の血の跡を見て、顔色をさらに蒼くする。


「彼女を医務室へお願いします。私たちはみんなでまとまって、教室へ移動していますから」

「そうしてくれ!」


 言いながら先生は女生徒を抱いて駆け出していた。

 治療はできても、血がかなり流れていた。


「アリシア、ありがとう。アリシアのおかげであの子は助かったね」

「大丈夫かしら」

「治療はしたから。生理食塩水を点滴すればいいと思う。アリシアは大丈夫?」


 私たちは様付けをせずに呼び合うくらいにはなっていた。緊張で固まったアリシアの手をとりそれを解すように撫でながら、どこか怪我がないか確かめていく。


「ええ」


 そういうと、アリシアは息を長く吐いた。

 短剣か採集用ナイフしかない中、何の連携防御・攻撃もまだ習う前だった。

 それも最初に襲われたのが女生徒ばかりの場所だった。魔法は使えてもレイピアすら触ったことのない貴族子女もいる。そんな中、アリシアは女生徒が襲われているのを見て、火魔法で追い払ったのだ。

 とっさの火魔法を使った判断力と度胸は褒めて余りあるものだろう。

 

 

 ルカに近づくと彼のマントがボロボロだ。かなり噛まれたのか、てかっている。


「ルカ! 噛まれたの⁉ ポーションは飲んだ⁉」

「無事だ。このマントにウルフが弾かれたり、噛みつかれても牙が全然通らなかったんだ」


 そこで思い出す。ルカに渡したマントには追加魔法【攻撃緩和】【物理攻撃緩和】を施しておいたことを。下の制服にも同じように施したから、二重でルカを守ったのだろうと。


「よかった。それちょっと特殊なの」


 私は耳元で言い、人差し指を縦にして口に当てる。

 マイクはオフにして。他の言葉は入っただろうけど、今は仕方がない。

 ルカは頷いたから秘密だということは伝わったようだ。


 他の人たちに声をかける。


「けが人はいますか?」

「ビアンカが足をくじいたようだ」


 ビアンカの腰を支えながら、ヨハンネスが心配そうに答える。  

 私は先にαポーションを飲んでもらう。 


「治療しますから、そこの木の株に座ってもらえる?」


 足を痛めているなら教室まで歩くのは大変だろう。初級ポーションしかないし、くじいたのかヒビが入ったのか分からないから。


「癒せ!【治療ヒール】」


 ビアンカは青い顔をしていたが、気丈に泣いてはいなかった。


「ヨハンネスがちゃんと守ったのね」

「私が転ばなかったら、ヨハンネスはもっと戦えてたんだろうけど。ごめんなさいね」

「いや、あっという間だったし……」 

「ありがとう。もう痛くないわ」


 ヨハンネスは顔を赤くしたり青くしたり忙しい。でも立派なビアンカの騎士ナイトだね。

 うん、大丈夫そうだ。私は彼女の背中をポンポンとさすりながら尋ねる。


「医務室へ行く?」

「教室へ一旦戻ってからにするわ」

「分かった。他にけが人がいなければ教室へ行きましょうか」


 魔力切れを起こしそうな生徒には初級ポーションを渡す。携帯していた全てのポーションがなくなった。

 治療の間に全員そろったようだ。確認してくれていた委員長・副委員長のクレトとルカの指示で私たちは移動を始めた。

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