第67話

 うららかな春、と言えばゆったりとしたイメージだけど、私は忙しい。


「シャインお嬢様、そろそろ量産のポーションが欲しいと言われているのですが、できますか?」

「分かったわ、ホセ。明日には渡すわね」


 先ほどホセから言われた。

 今日中に量産のポーションを百本揃えよう。


 学園の行事が多いうえに、春に芽吹いた薬草採集とポーション作りに実験。そして試験勉強。あえて最後に試験勉強を思い出す。

 中級ガンマ、デルタポーションの作成方法を祖母たちには伝えた。薬草自体が王都のほうが手に入りやすいけど、アンブル領のほうが先に薬草は育つ。あえて採集の依頼を冒険者ギルドに出しているから、祖母たちは作るだけでいい。

 一つ買ったら一つおまけで売れ行きも悪くはないらしい。



 春にある主な行事とは体育祭と学園祭。私たちは関係ないけど修学旅行もある。

 体育祭、学園祭と祭りの文字が入っているけど、実際には試験も兼ねている。

 体育祭は騎士コースを目指す生徒にとっては、個人の成果を記録に残し、外部の人の目に留まる行事でもある。

 と言っても、前等部の体育祭に来るのは王都にいる騎士団の団長くらい。これが後等部になると、各領地からも見学に来ていることもある。

 ちなみに、召喚獣での競技もある。私も参加予定。飛行の競技のみの参加だし、ニーズが頑張ってくれるから、特に練習はしない。

 ルカは一キロ競走にも出場予定。まだ召喚獣が小さいし意思疎通が完璧ではないから、今年は入賞は無理だろうと言っていた。

 ルカは剣術などもあり訓練が忙しいようだ。

 学園祭は芸術の才がある人たちにとっての成果を見せる試験。基本、音楽だけど、絵も展示され、それは芸術点として加点される。舞踊も同じ。ダンスは楽しいけど、少し競技のようになり、真剣さが見える。



 こういう忙しい時は――


「エンドウ豆で甘煮を作ろう」


 リタに手伝ってもらって、甘煮を作るのだ。おいしく作れれば、ルカに差し入れしてもいいし。

 遊園地での屈辱を今日晴らす! のだ。

 饅頭までは道は遠いけど、甘煮だって、あんこに近い。

 グリンピースを見て思い出したのが、ずんだ餅。ただ、あれは大豆になる前の枝豆で作るはず。でも、大豆も小豆も見ない。お醤油があるらしいから、大豆があるのは確かなんだろうけど、この国にあるのかは分からない。

 私が料理上手なら、料理の材料を集めただろうけど、誰かいないとやばいものができそうで、二の足を踏んでいる。


 材料はシンプルに豆と砂糖、少しの塩。

 出来上がったものをドキドキしながら試食する。


「……」

「…………」


 リタと目だけで会話した。

 うん。これ私たちの味覚には合わない。

 豆臭さというのだろうか、豆独特の味があって、それが好きな人ならいいのだろうけど、子供向けではなさそうだ。


 そこへ作ることを知っている兄がきてぽんっと口に豆を入れた。

 目を瞬いている。


「あー、これはあまり子供む――」

「おいしいっ! これ母が好きな味だよ! エンドウ豆の甘納豆と言ったかな、外国のお菓子があるけど、あれに似てる!」


 こんなに声をあげる兄は久しぶりだ。

 びっくりして、リタと固まっていると、ホセが尋ねる。


「このお菓子はお二人で作られたのですよね? 今度、王都の屋敷でも作って頂けますか? 奥様が喜ばれると思います」

「それは構わないけど、外国の甘納豆を食べてみたいわ」


 甘納豆も外国にはあるんだ。義母が食べているところなんて知らないけど、他の金時豆とかあれば私も食べたい。


「そうだね。食べたら違いが分かるよね。今度取り寄せるように言っておくよ」

「お兄様、ありがとうございます!」


 今度は私の声が大きくなった。


「シャインお嬢様、甘納豆と甘煮は乾いているだけの違いでしょうか?」

「……あっ! そうだ! 乾かせばいいのかも! 甘さが滲みる必要はあるし、少し柔らかめに茹でたらいいかな。ホセ、ありがとう! 自分でも作れるか……あ、豆がエンドウしかないんだ」


 作れてもエンドウ豆の甘納豆。他の小豆とか金時豆とか欲しいな。白花豆があれば最高だけど。


「シャイン、とりあえず、これをもう少し煮込んで甘煮を甘納豆にできるのなら、作ろうか? 煮る間に簡単カップケーキを作ってルカたちに差し入れしよう?」

「分かった。でも、明日まで一日置いた方が甘みが滲みるかも」


 私たちは、もう少し豆を煮る間にカップケーキを作った。



 召喚獣との練習をしているルカたちにできたカップケーキを持っていくと、領地の生徒だけでなく、八組の生徒も集まってきた。ルカが慕われているからか、一緒に練習することも多いらしい。

 かぶりつく未来の騎士たち。まだチビ騎士だけど召喚獣を従えている姿はそれなりに恰好いい。


「リタの作るものは何でもおいしいね」

「リタ、また作ってね」


 おい、私も一緒に作ったんだが、私をスルーするのはなぜだ。

 ポンッと肩を叩かれて振り向くとクレトがいる。


「甘煮は失敗したのか?」

「甘納豆というものに変更したから明日までかかるの」

「ふーん。グリンピースを残すシャインには合わなかったのかと思ったけど、そうではなかったのか」

「そう、あまりおいしくなかったの。よく分かったねぇ」

「嫌いなもので作ろうと思う時点で気づけっ」


 お手てをぽんっとな。

 そこかぁ!

 エンドウ豆とグリンピースは同じ科属の植物。グリンピースは成熟してないけど。グリンピースが嫌いなのに、エンドウ豆の甘煮が口に合うわけがなかった。  



 次の日、煮詰めずに、オーブンで乾かしてグラニュー糖をまぶし、それなりの甘納豆ができた。

 兄が喜んでいたから、とりあえず成功らしい。無駄にならずに良かった。  

 大量にできたので、義母にもホセが送ってくれた。


 兄が伝えたのか、その後すぐに甘納豆の詰め合わせが義母から学園にまで送られてきた。

 その中には金時豆や小豆もあった。私はおいしく食べたけど、リタの口には合わなかったらしい。「豆は甘いのよりスープにいれたりマッシュピースにしたほうが私には合うみたい」と言われたから。

 うん。だよね。

 饅頭のあんこから甘納豆へ移行してまで、頑張ったとは思うけど、普通においしいデザートがあるから、そっちでもいいなと思ってしまった自分もどうかと思う今日。

 でも、数分でさっと作った先日のチョコカップケーキのほうが甘納豆より、上にのせたホワイトチョコクリームとの相性も良くてとてもおいしかったと思う子供味覚のシャインであった。

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